朝ご飯も食べ終えて、早速修行に入ったのだけど、これが思った以上にキツかった。
木刀を用意してもらったのだけど、初っ端から素振りを二千回やるようにと言われた。ついでに言えば魔力の使用も一切禁止で純粋な力でのみだ。私は人外の身体能力を持っているわけだけど、それでは意味がないから殆どの能力を封印して普通の人間程度まで能力を落としている。
それゆえに体力がゴリゴリ削られる。体力は無尽蔵と言っていいほどにあるのだけど、流石にこれは厳しい。
途中途中で私の動きを矯正するためにアドバイスやらをしてくれたから始める前よりはだいぶ良くなったのではないかと思う。私も最後まで力を抜くことなくやり切ったし、十分及第点だろう。
などと思っていたのだが、今度は歩き方の指導だそうだ。何故? と思ったけど、歩き方、走り方はかなり重要だそうで、常日頃から意識して歩くようにしろと言われた。それから言われた通りの歩き方をしていたのだけど、いつのまにかそのことを忘れてしまい、普通の歩き方に戻ってしまうことがあった。その度に師匠に注意されるということがあった。
素振りが終わった後は目的地に向かいながら歩き方の指導を受けていたのだけど、ここは森の中だから木の根とか岩とかで歩きにくかった。私は時折バランスを崩してしまうことがあったのだけど、師匠はスイスイとよろめくこともなく歩いているので体幹が違うのだなと思った。
そんな感じで毎日素振りをして歩き方に気をつけながら一週間ほど歩いていたのだけど、少し大きな街が見えてきた。ひょっとしてあれが目的地だろうか。
「師匠、あそこが目的地ですか?」
「そう。」
街に着いてみると、随分と活気があった。商人が行き来したり、露天商で売買などもしている。どれも私は見たことがないものばかりで、首を左右に振って辺りを見渡していた。
「ツクラ、行くよ。」
ぽけーっとしていたら師匠から声をかけられたので、後ろ髪を引かれながらも仕方なくこの場をあとにした。
「あの、師匠。」
「何?」
「どこに向かっているんですか?」
元々ここに用があったみたいだし、私を拾ったことで予定に遅れがでていないかと心配になる。もし誰かと待ち合わせでもしていたのなら私が土下座でもなんでもして許してもらおう。
「剣の手入れをしてもらいに。最近はあまり見てもらってなかったからね。」
「なる…ほど?」
「あと、ツクラの剣を買いに。」
「……良いんですか?」
私は金なんて一銭も持ってないし、まだ剣を持てるほどの技術はない。剣を振り始めてから一週間ぐらいしか経っていないというのに、いいのだろうか。
「当然。木刀と真剣だと振る感覚が全然違う。今からでも持っておいた方がいい。」
確かに木刀に慣れすぎてしまっても問題だろう。真剣の重さにも慣れておきたいし、それはありがたい。
「とは言え、買うのはそこまで高くないけど。」
「? それでいいと思いますけど何か問題があるんですか?」
「品質が悪いとすぐに壊れる。」
ああー、なるほど。自分の命を預ける武器だし質が悪いものは避けたいよね。だけど金を持っていないから師匠が買ってくれるということだけど、流石に申し訳ないから全然安いのでいいかな。
「着いた。ここ。」
しばらく歩いているとお目当てのお店に着いたらしい。ここに来るまでに他の武器屋もあったけどわざわざここにしたということはそれなりの理由があるのだろう。
師匠は武器屋の扉を無遠慮に開けた。その様子から察するにこの店には何度も来ているのだろう。
「テツ、いる?」
店に入るやいなや師匠はそう言った。すると店の奥の方からのそりとゆっくりな動きでこちらに向かってくる人影が見えた。あの人がテツという人なのだろうか。
「なんだ、お前さんか。いつも言っているが来るなら来ると伝えて欲しいもんだな。」
「テツはどうせ暇だしいいと思った。」
えぇ……。
「待てや。それだと俺が働いてないみたいになるだろうが。」
「? 実際にそうでしょ?」
し、師匠!? いくら親しいからといってお世話になっている人に対していくらなんでもそれは良くないのでは!?
「お、おま……。」
「そんなことよりいつも通り剣の手入れよろしく。」
そう言うと結構怒っているテツさんを無視して剣を渡した。この空気で渡して大丈夫なのか? とも思ったけど剣を渡された瞬間テツさんは職人の目になった。剣の様子をじっくりと見て状態を確認しているのだろう。
「相変わらず丁寧に使ってんな。これなら俺が何かする必要はねえ。お前の手入れで十分だ。」
「そう、ありがとう。」
師匠はお礼を言うと剣を受け取った。
師匠に剣を返した後、テツさんは私の方に目を向けていた。店に入った時から私の方を気にしていたみたいだったけど、師匠の相手をするのが優先だと判断して後回しにしていた。でも、師匠の用事が終わったから初めて見る私の方を向いたのだ。
「で、そこのガキは何だ? お前の子どもってわけでもなさそうだが。」
「私の弟子。」
テツさんの問いになぜか師匠はドヤ顔で返答した。それを聞いたテツさんはかなりの動揺を見せた。表情が忙しく変わっていて、ちょっと見ていて面白い。
「お前に弟子ぃ? なんの冗談だ?」
「冗談じゃない。つい最近私に弟子入りした。」
「ウッソだろおい。」
テツさんは私の顔と師匠の顔を交互に見て、それが事実であることがわかったらしい。師匠に弟子ができることがそれほど予想外だったのだろうけど、そこまで驚くことなのだろうか。だって、師匠ほどの剣士ならば弟子入り志願が来ないはずがない。
「あれだけ弟子を取ることを拒んでいたお前がどういう風の吹き回しだ?」
え、師匠ってこれまで弟子入り拒んでたの? ならなんで私は弟子にしてくれたんだろう。
「この子なら良いかと思って。」
どういうこと?
私はそう思ったのだが、それはテツさんも同じだったようで、怪訝な表情をしていた。だが、師匠に聞いても明確な答えは得られないと悟ったのだろう、今度は私の方に向きなおった。
「嬢ちゃん、名前は?」
「ツクラです。」
「そうか、ツクラちゃんか。それで、何でコイツに弟子入りしようと思ったんだ?」
ここで選択を間違えたらきっと剣は貰えないだろう。でも、だからといって偽って答えるわけにはいかない。私の純粋な想いをこの人にぶつけて、納得させるんだ。
「強く、なりたいんです。そして、自分の大切なものを失わないように、護れるように。」
「そんなこと、殆どの奴が思ってる。自分の家族や友人だったり、大切な人を護りたいって奴は山ほどいる。君にとってのその相手は誰だ?」
私にはまだ大切な人はいない。師匠だって恩人ではあるけど会ってから少ししか経っていない。じゃあ私は何の為に強くなる?
「これからできる大切な人、昔の私と同じ思いをしている人、そんな人たちです。」
私はそう言い切った。これで駄目なら仕方ないだろう。だけど私は自分と弟子にしてくれた師匠を信じている。
「はあーーー。」
テツさんが唐突に大きなため息を吐き出した。え、何? ひょっとして私何かやらかした感じ?
「私の目に狂いはなかったでしょ?」
「……ああ、そうだな。」
二人は私を蚊帳の外において通じ合っているらしい。今の問答で何か感じ取れるものでもあったのだろうか。別に理由としてはありふれてるだろうし、私はそこまで高潔な精神の持ち主じゃないんだけど。
「……あの、お二人共?」
ずっと二人で“でしょ”だの“そうだな”だの、話をしているものだから、たまらず声を上げてしまった。二人は長年の付き合いがあって一言でも通じるかもしれない。でも、それだけで二人とまだ大して交流していない私が分かるはずもないのだ。
私が声を上げたからか、ああスマンスマンといった風にテツさんが謝ってきたのだけど、これは認めてもらえたということでいいのだろうか。
「ツクラ、お前さんは合格だ。」
おお、やった。
でも、判断基準は何だったのだろうか。
「それは嬉しいんですが、何故合格になったのでしょうか。別にそこまで特別な答えというわけでもありませんし。」
「そもそも私が連れてきた時点で認められてる。」
「……ん?」
なんだろう、今師匠がおかしなことを言った気がする。
「この店は一見さんお断りでな、誰かからの紹介がなければ客として扱わねえんだ。で、コイツはウチのお得意様でお前さんはその弟子だ。元々客だよ。」
その説明に私は目をパチパチと数回瞬きをした。そして師匠とテツさんの顔を交互に見る。師匠は薄く笑っていて、テツさんも優しく笑っている。
………
「はあーーーーー!?」
「んだよ五月蝿えな。」
「ツクラ、ここは店の中だから静かにしたほうが良い。」
「いや、いやいやいや!」
じゃあさっきの問答は何だったのさ!? これで認めてもらえなければ剣を買えないとか最悪なことも考えていたんだけど!? え!? ひょっとして私の改めての決意表明ってそこまで重要じゃなかったの!?
そう考えていると、それが顔に出ていたのかは分からないが、テツさんが口を開いた。
「別にさっきの質問が無意味だったってわけじゃねえぞ。ここで嘘をついて俺の心証を良くしようとする奴は断る場合もある。自分の思いを自信を持って口にできねえ奴に売る剣はねえからな。」
そうか、これがテツさんの考えなのか。この人が重要視するのは人柄と精神性なんだ。気持ちがない人に自分の剣を使わせたくないんだろうね。
「じゃあ、ツクラに合う剣を見繕ってくれる?」
「あいよ。」
テツさんは私の体格に合うような剣を探しに行った。剣の形は師匠と同じ形として、大きさはそのぐらいかなあ。
やがていいものが見つかったのか、テツさんがこちらの方に歩いてきた。その手には一本の剣が握られていた。確か刀というのだったか、片刃の珍しい剣で刀身は僅かに湾曲している。刀身の長さはおよそ三十センチほどだ。このぐらいの長さだと短刀と呼ぶらしい。まあ、私の身長だとこれぐらいが適している。
店の裏の庭で試しに軽く振ってみていいとのことだったので、お言葉に甘えて素振りをしてみた。振ってみると、初めて握ったというのに、殆ど違和感がなかった。私のために作った剣ではないのに、よく手に馴染む。きっと私をひと目見ただけで私にどんな剣が合っているか一瞬で判断したんだ。テツさんの見る目はかなりのものらしい。
私はこの剣が気に入ったので、これを購入してほしいと師匠に頼んだ。師匠は自分に任せなさいと言ってくれたけど、いつまでもこのままというわけにもいかないので、何かしらの働き口が必要だろう。早めに何かしら見つけないと私はずっと無一文で師匠に頼ることになる。それはよくない。よし、頑張って探そう。
「ほれ。大事にしろよ。」
そう言ってテツさんに渡された剣を私は丁寧に受け取った。その様子を見て師匠もどこか満足そうな顔をしている。
その後、テツさんに剣の手入れの仕方だとかを教わって、何か剣に不調があればいつでもウチに持って来いとのありがたい言葉をもらった。壊さないように丁寧に使うなんてことは考えなくていいから存分に振るえとのことだ。壊れてもまたウチに買いに来いって言われた。それで、剣のことでなにか困ったことがあればここに来ようと決めた。
「それじゃあ、私たちはもう行くから。」
剣も購入し、もうこのお店には用がなくなったので、出発するらしい。この街に来たのもここに用があっただけらしく、すぐに旅立つらしい。師匠が生まれたエルフの里に里帰りするのだとか。そんな場所に部外者の私がついて行って良いのだろうかと思ったのだが多分大丈夫、とのことだ。
そんな風にちょっとこの旅に不安を覚えていたが、これからテツさんとお別れをするというのにそんなことを考えることはないとその考えを追い出し、テツさんに向き直る。
「今日はありがとうございました。剣は大事に使わせていただきます。」
「しばらくしたらまた来る。」
「おう、いつでも来い。」
テツさんはニカッと笑ってそう言った。それにつられて、私も自然と笑顔がこぼれた。
こんな出会いがありながら、私達は次の目的地、師匠の故郷であるエルフの里に向かって歩き出した。腰には一振りの剣を携えながら。
これで一話は長かったかなぁ……。
あとテツさん多分もうでない。