呪術廻戦『檻の中に佇むモノ』獲得RTA   作:ほほほのほ

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おそらく2分割です


おまけ5-1

 今日は午前の座学が終われば任務もなく、暇な一日だった。

 伏黒は部屋で休み、虎杖は映画館へ、釘崎は都会へ買い物。課題があるからと釘崎の誘いを断り、星塚は自室へ向かおうとしていた。

 

「あ、椛! ちょっといい?」

 

 その道中でたまたま五条とすれ違い、呼び止められる。

 

「式神術……ですか?」

「そう! 椛の術式とは相性がいいはずだからね。椛が良いなら詳しいヤツ呼ぶけどどうする?」

「……是非お願いします!」

 

 五条に言われるがまま空き教室の椅子に座っていると、見知らぬ黒スーツの男が入ってきた。星塚は頭を下げる。

 柔和な笑みを浮かべた彼は、それなりに古株の補助監督らしい。

 男は大きな黒板にサラサラと文字を書いていく。綺麗に書かれた『式神術』の三文字。男はその下に、2つの点をつけ加えた。

 

「式神術については、ご存じですか?」

「いえ、あまり……。あ、でも伏黒君の術式がそうだと聞いたことがあります」

 

 星塚の脳裏に浮かぶ、数々の手影絵から生み出される獣たち。妙に愛嬌のある姿だったが、あれも式神のはずだ。

 星塚の言葉に男は頷くと、点の横に文字を書き連ねていく。

 

「式神には大きく分けて2種類あるんです。1つは自立思考できるもの。もう1つは自立思考ができないもの」

 

 伏黒の式神は前者だろう。彼の命令に従いながら、外敵には自然と牙を向いた。

 ふんふんと鼻をヒクつかせる白い犬の姿を星塚は思い出し、少年院で死んでしまったことをほんのり悲しく思う。

 

「前者の場合は、大体調伏の儀が必要になりますね。元から術式に付随している式神だったり、野生の呪霊に己の力を見せつけて力を貸して貰えるようにします」

「……それは、私にもできるんですか?」

「正直な話難しいです。こちらを扱えるのは、ほとんどがそういった類の術式持ちの方ですし、時間と手間が掛かります。ですので、私はもう1つの方を教えますね」

「もう1つ……自立思考ができないタイプの?」

「はい」

 

 そういうと男は懐から小さな紙を取り出す。武骨な手で器用に折り鶴を作ると、呪力を込めた。

 

「あら……」

 

 羽が僅かに痙攣したかと思えば、折り鶴は独りでに動き始める。空を舞う紙切れは男の周りを旋回し、呪力を使い切ると床へ落ちた。

 

「これが術式がなくとも扱える式神術です。予め命令と呪力を込めておけば、エネルギーとなる呪力が切れるまで動けます」

「この紙は? 特別なものなのですか?」

 

 星塚は床に落ちた紙切れを拾い上げる。それを広げても、何も書かれていない。込められていた呪力がなくなったせいか、何の変哲もないものに見える。

 

「いえ、ただの紙です。ですが、より高等な命令を下す時はちゃんとした呪符などを用いますよ」

「ふむ……」

「星塚さんの術式は五条さんから聞いています。糸で繋げば呪力供給を行えるので長い間活動できますし、視覚も共有できるので索敵には有利でしょうね」

 

 五条が自分と相性が良いと言うのも納得だ。星塚は紙を指先で弄びながら、呪力を込めてみる。だが、霧散するような感覚があり、中々難しい。

 

「……少し練習しましょうか。コツを教えますよ」

「お願いします……」

 

 小一時間程すれば、星塚は式神を操ることができるようになった。術式を駆使して無理矢理動かしているような気がするが、動けば問題はないだろう。

 瞳を紙に書けば視界の共有もちゃんと行える。これは役に立つぞ、と星塚は頬を緩ませて式神たちを踊らせる。

 複雑な動きをする紙を眺めながら、羨ましそうに男はため息をついた。

 

「……良い術式ですね」

「はい、私も気に入ってるんですよ」

 

 五条悟が楽しそうに「今年の1年は豊作だねぇ」と伊地知に絡んでいたのをふと男は思い出した。

 術式すら持たず、この式神術で補助監督としてなんとかやってきた身からすれば、才能の差を見せつけられたようで少し辛い。

 使い勝手の良い式神を持ち、入学当初から2級に認定されていた伏黒にも同じことを思った覚えがある。

 

 だが、楽しそうにはしゃぐ彼女の横顔は年相応で、10代の娘に何を嫉妬の炎を燃やしているんだと首を振る。いくら才能を持ち合わせていても、彼女たちは未だ若く、保護されるべき立場なのだ。

 願わくば、あの少年院の時のように命が失われるような事態が起こらないことを願う。

 次の事前調査も手を抜かないようにしよう、と男は居住まいを正した。

 

 

 

 星塚が式神術を有効活用するときが来たのはそれからすぐのことだった。

 八十八橋での調査任務。伏黒が中学時代少し……少し? 荒れていたり、姉がいたりと衝撃的な真実が明かされた。

 そして、その伏黒の姉が八十八橋の儀式の現場にいたのだ。被害を食い止めるために4人は呪霊の領域へと足を踏み入れた。

 

「星塚! オマエも外へ行け! こっちは1人で何とかなる!」

「いえ、私も残ります……!」

 

 別件らしき何かの襲撃、そしてその一味と思われる者に釘崎が外へと引きずり出された。そのあとを追って虎杖も外へ。

 中の呪霊は幸い攻撃性を持たない。呪殺の範囲が広い分、本体の性能が差し引きされているのだろうと伏黒は予想していた。

 ──だが、本当にそれで終わりだろうか? 

 星塚の本能、第六感とも言える部分が警鐘を鳴らしていた。

 

 玉犬が呪霊を切り裂き、辺りの分身も塵となって消える。だが、領域は広がったままだ。

 

「伏黒君」

「……ああ」

 

 天井の一部が肉腫のように盛り上がり、呪霊が産声を上げる。

 その姿は伏黒が少年院で見たものと等しい。

 宿儺の指を取り込んだ呪霊──推定特級。

 

 特筆すべきはその呪力量と出力。宿儺の指によって強化された呪霊は呪力をただ固めただけの弾丸を放つ。速度も威力もすさまじい。

 星塚は咄嗟に伏黒の足を引く。伏黒の頭上を掠めた弾は領域の見かけ上の縁へぶち当たり、土煙が上がった。

 強い。だが、その呪霊には慢心があった。ニヤニヤと嘲笑を浮かべながらこちらの出方を伺っている。

 

「……合わせられるか」

「はい」

「『鵺』!」

 

 あらかじめ出していた玉犬、新たに出した式神に合わせて伏黒と星塚は拳を構える。玉犬の爪は躱され、拳は空を切り、鵺の雷撃は何もない空間を焼く。

 ガン、と鈍い音と共に頭に響く衝撃。伏黒の視界が暗く染まっていく。遠いところで星塚が自分を呼ぶ声がした。

 

 あの呪いの王の一部を取り込んでいる影響だろうか。

 呪霊は伏黒が気絶したと同時に星塚の方へ振り返り、より一層意地の悪い笑みを浮かべた。どうも簡単に死なせてくれるわけではなさそうだ

 焦燥感が彼女の胸を焦がす。外はどうなっているのか皆目見当もつかないし、そもそも無事に生きて外へ出られるかもわからない。

 

 ──それでも、やるしかない。

 大きく息を吸う。襲い掛かる呪霊の腕を紙一重で避けた。ただの勘、運だけで避けられたようなものだ。

 星塚は懐から何枚か紙切れを出し、呪力を込める。

 辺りにばらまけば、意思を持ったように呪霊の周りを虫のように飛び回った。

 簡易な式神だ。一瞬で裂かれ、役割を失ったように地へ落ちる。

 だが、それでいい。

 

「……?」

 

 式神には命令用に星塚の糸が結ばれている。呪霊がそれらを潰しまわるときに、指先や身体の端に絡みついていた。

 どれか1本でいい。そこから繋がりを得ることができれば。

 攻撃を避けたくても、身体能力の劣る星塚では太刀打ちできない。だが、相手の行動が読めたなら? 

 虎杖相手には何度もやってきたが、呪霊相手は初めて。ぶっつけ本番の技だ、うまくいくかどうかも不明、一か八かの賭けに過ぎない。

 

 呪霊は人間の負の感情の堆積物。その内心へ深く潜ろうとすると、底知れぬ悪意に自身の心も侵されそうな気分だ。

 星塚は泥濘の中を藻掻きながら、呪霊の意思を頭に投影させる。

 

 わかる。次に奴が何をしようとしているのか。

 右、左、呪力の放出。星塚はすんでのところで攻撃を回避し続ける。

 攻撃に転じる隙などない。せめて、伏黒が目を覚ましてくれたなら。

 

「──上だ!」

「!」

 

 伏黒の声に反射的に反応し、星塚は天井へ糸を吐き床から離れる。

 

「領域展開──『嵌合暗翳庭』」

 

 影に浸された床がぬかるみ、呪霊の足を取る。不定形の泥は動物の影となり、縋りつく。煩わしくなったのか、呪霊が呪力弾で蹴散らそうと気を取られたところで、伏黒の蹴りが撃ち込まれた。

 反撃のために呪霊は拳を振るうが──

 

「伏黒君、左です!」

 

 星塚の言葉で伏黒は右へ大きく飛び退く。

 口にする時間すら惜しい。星塚は糸を伏黒に繋ぎ、呪霊の意思を彼に流す。脳を酷使しているせいか、だらりと鼻から何かが垂れる感覚がした。

 

 伏黒を目の敵にする呪霊だが、その攻撃は中々当たらない。

 空を自在に舞いながら糸で妨害する星塚。足に纏わりつく式神。攻撃の間を縫って拳を叩きこむ伏黒。

 全てが鬱陶しくなったのか、呪霊は苛立ったように声を上げた後、身体全体に呪力を纏わせる。

 練り上げられた呪力を思いのままに全方向へ放出すれば、領域から影が消える。余波を受け、星塚も地べたを這った。

 

 満足げに笑い、星塚へと近付く呪霊の足元から伸びる影。そこから伏黒と玉犬が顔を出し、その身体を貫いた。

 傷口から段々と塵となり、呪霊の姿は掻き消えていく。同時に領域が壊れ、二人は外へと吐き出された。

 

「……疲れた」

「わたしもです……」

 

 互いに満身創痍。血まみれになりながらも多少余裕のある星塚は伏黒を寝かせ、糸で傷口を縫い始める。

 

「おい、それよりアイツらは」

「ちょっと無理ですよ、この状態ではとても……」

「そうか……スマン」

 

 そういうと伏黒は瞳を閉じる。星塚はその手に握られた宿儺の指を抜き取り、指先で弄ぶ。補助監督から教えてもらったように呪力を込めて紙を巻き、簡素な封印を施す。

 

「二人がかりで辛勝。でも、収穫はありましたね」

 

 伏黒の領域展開。星塚の先読み術。高専にまだ奪われていない指一本。

 傷は家入の下で治してもらえばいい。寝息を立てる伏黒を見ていると星塚もなんだか眠たくなってきた。ふわ、と大きくあくびをして、瞼を下ろしていった。

 

 ふと誰かが近付く足音で星塚は目を覚ます。

 顔を上げれば、傷だらけの虎杖と服を片腕分失った釘崎がこちらに駆け寄ってきていた。

 

「……悠仁君、野薔薇ちゃん」

「星塚! 無事だったか?」

「無事では、ないですね……悠仁君たちは?」

「私らもなんとかなったわよ。色々あったけどね」

「伏黒はなんで倒れてんの?」

「ちょっと寝てただけだ」

「うおっ起きた!」

 

 四人とも怪我こそあれど無事ということが分かり、自然と宿儺の指の対処の話になった。

 

「一応私が軽く封印はしましたけど」

「いつまで持つか分かんねえだろ」

「俺食べようか?」

「残飯じゃねーんだよ」

 

 虎杖の呑気な発言にツッコむ釘崎。実際許容量の分からないままに虎杖に食わせるのは悪手だ。それでもこの中で一番怪我の程度が軽いのは虎杖だ。絶対に食べるなと念を押して伏黒は虎杖に指を渡そうとする。

 

「危ない」

「うっわ!」

 

 その手のひらに口が浮かび、指を飲み込もうとしたその時、星塚が糸を手繰り指を自分の手に収めた。

 

「あっぶねえ!」

「食うなっつったろ!」

「俺じゃねえ! 宿儺が!」

「まあまあ、とりあえずこれは私が預かっておきますね?」

 

 目の前で食われそうになったところを見て虎杖に任せようとするほど伏黒も釘崎も愚かではない。全員の了承を得て、星塚は指を懐にしまう。

 丁度新田も橋へ到着したようで、上から彼女の怒号が飛んだ。勝手な行動をしたのだ、怒られても仕方ないだろう。とはいえ、やはり叱られるのは嫌なものだ。肩を落とした星塚を慰めるように釘崎が肩を組む。

 

「ま、今回は伏黒が主犯だから大丈夫よ」

「俺ら全員連帯責任だけどな!」

「…………」

 

 珍しくバツの悪い顔をした伏黒がなんだか面白くて、三人とも笑ってしまう。ひとしきり笑い飛ばしたところで、全員が立ち上がった。

 

「じゃ、帰るか」

 

 治療と長い説教を終えたあと、三人を「五条先生に用があるから」と先に帰らせて、星塚は一人高専を歩く。中途半端に寝たのが良くなかったのだろうか、あくびが止まらない。

 目的の場所につき、扉を軽くノックする。幸い中に待ち人はいたようで、軽い調子の声が聞こえた。

 

「八十八橋の話は聞いたよ。みんなよく頑張ったね」

「……お恥ずかしい限りです。それで、少し話があるのですが」

 

 続きを促すように五条は彼女を見つめる。

 星塚は懐から封印が施されたままの指を出し、彼に見せた。

 

「宿儺の指がどうしたの?」

「五条先生の権限で、これを私に貸し出してくれませんか」

「へえ? 何のために?」

「指の解析がしたいんです」

 

 まだ星塚は虎杖と宿儺の分離を諦めていない。

 虎杖自身の魂に根付く宿儺を取り去り、もう一度呪物に戻す。それを成すためには実物を見るのが一番だった。

 高専の指は五条といえど手出しはできず、先日の強襲で残念ながら奪い去られた。だが、ここに新たな指が1本。

 これを手に入れられたのは星塚を含む1年生たちの功績だ。

 そのことと五条の権限を合わせれば総監部も納得するんじゃないか、という希望的観測があり、わざわざ疲れた身体を引きずって彼の元まで来た。

 

「そうだねぇ……まあできなくはないけど」

「……だめですか?」

「うーん、期限付きならいいかな?」

 

 呪霊を寄り付かせるほどの特級呪物。他とは一線を画す厄ネタを彼女にいつまでも持たせるのも危険。

 だが、わざわざ自分を頼りにしてくれた生徒をそのまま帰すのも忍びない。

 悩んだ末に五条は1本、指を立てる。

 

「1週間。1週間だけ、貸してあげるよ」

「1週間、ですか……」

 

 7日。午前は座学、午後には任務が入るかもしれない。実際に解析に使える時間はそう多くないだろう。だがこれ以上譲歩できるはずもない。

 星塚は頷き、五条に頭を下げてから踵を返す。

 

「気をつけてね。……呪いに呑まれないように」

「わかってます。ありがとうございました」

 

 

 

 そして7日が経ち、返却当日。

 

「あまり成果が出なかった……!」

 

 宿儺の指を封じながら、星塚は悔しさのあまり大きくため息をつく。

 魂と呪力を肉体の一部に閉じ込めるというのはやはり高等技術であり、実物を見ても方法の糸口は微かにしか掴めなかった。

 

 そもそも宿儺は虎杖の魂に深く根付いている。まずはその繋がりから解かねばならない。

 術式反転を使えるのならできたのかもしれないが、無い袖は振れない。

 もし使えたとしても自分がそれ程の術式精度や呪力操作をうまく行えるかも分からない。ないない尽くしだ。

 

 星塚は頭を抱え、布団へと倒れ込む。枕に顔を押し付けて、うんうん唸っても解決法は全く思い浮かばなかった。

 

 時間だけが無情に過ぎていく。五条にいい加減指を返さなければ、と立ち上がったとき、星塚は何かに引っ張られる感覚で意識が途絶えた。

 

 何度も訪れた、血の池地獄。水溜まりの中心に尻もちをついた星塚は、「何もこんなときに」と思いながらも上を向く。

 

「小娘、何やら困っているようだな?」

 

 何故それを、とは聞かなかった。術式で深く繋がっている以上、優れた術師ならこちらの情報を読み取るのも難しくはない。それだけのことだ。

 

「貴様に、この俺が教えを説いてやろうか」

「……何か、裏があるのでしょう」

「当たり前だ。何かを得れば何かを失う。等価交換が呪術の基本だろう」

「……言っておきますが、私はこれ以上あなたと縛りを結ぶ気など──」

「それが小僧の身体を抜け出すことに繋がると言っても、か?」

 

 星塚は口を閉ざす。骨の上に腰掛けてこちらを睥睨する呪いの王は、嫌になるほど自分の欲しいものを理解している。

 

 悪魔というのは、人の世で語られるときには醜い姿をしていることが多い。

 人の身体にヤギの頭を乗せたバフォメットを筆頭として、角や蝙蝠のような羽、蹄などが挙げられるだろう。

 そのような一目で邪悪だとわかる者と、何故人は契約を結んでしまうのか。彼らは人間の欲望を理解しており、真に欲しているものを差し出そうとしてくるからではないか。

 

「別に大した条件ではない。『契闊』と唱えた1分間、貴様は俺の邪魔をしないこと。この縛りを誰にも他言しないこと。代わりに俺は貴様に強くなるための方法を少しだけ、教えてやろう」

「……それだけ、ですか?」

「2度も言わせる気か?」

 

 不愉快そうに顔を歪める宿儺に、星塚はこれ以上の言及を避ける。

 妙に軽い条件。身体を丸呑みにされているような違和感が拭えない。それでも、断る選択肢はなかった。

 頷けば、直感的に縛りが成立したのが分かる。

 

「小娘。貴様は縛りについてどれほど知っている?」

「えっと、あまり……」

「ふん、それでも呪術師か」

 

 呪術師歴3ヶ月の身としては致し方ないだろうと思いながら、話の腰を折るのを厭い星塚は開きかけた口を噤む。

 

「縛りには2種。他者と交わす誓約、自身と交わす制約だ」

「前者が以前あなたと結んだ縛り、ということですか」

「その通り。術師の強化に使われるのは主に自己を縛る制約の方だ。代償が重ければ重いほど得られる利益は増す。貴様なら莫大な力を得るためにどうする?」

「え? ……命を燃やす、とかでしょうか」

「頭足らずの命知らずが」

 

 キン、という音と共に星塚の腕が切断される。水面に飛沫を上げてずり落ちる腕。断面から糸を伸ばし、痛みに悶えながら切れた場所を繋ぎ合わせた。

 

「な、なん……」

「命を捨ててどうする? それでは意味がない」

「すみません……?」

「方向性としては間違っていないがな」

「…………未来、というのは……」

 

 宿儺の口角が上がる。続けろ、と赤い瞳を細めて告げるので、星塚は口を動かした。

 

「私たちはこれから先、どう動くかという選択肢が無限に存在しています。行動を狭めることで、その分のエネルギーを得られるのではないかと」

 

 術の効果を強めるために予め使う条件を指定しておく。無条件で大技を使えるが、その後の発動条件を厳しくする。

 細かな駆け引きを行い、必要なときに本来の実力以上の力を引き出せることが制約の強み。宿儺はそう言った。

 

「己の必要な力とその代償。どうすれば釣り合いが取れるかをよく考えることだな」

「ふむ……ありがとう、ございました……」

 

 この男に礼を言うのも複雑な気分だが、一応は教えてもらったのだから、と星塚は頭を下げる。

 

「何を終わった気になっている?」

「はい?」

 

 ひらりと着物をはためかせ、下まで降りてきた宿儺は彼女に蹴りを1発。それだけで大腿骨の中心がへし折れ、星塚はべちゃりと倒れ込む。

 

「な、なんで……」

「その顔、中々面白いではないか」

 

 ──ああ、そういえばこの男は悪魔だった。星塚は苦しみながらも他人事のようにそう思った。

 身体中の骨が粉砕され、水辺に彼女の悲鳴が響く。

 指の1本すら動かなくなったところで、宿儺の指先が星塚の首元を掠める。ヒュ、と喉から空気が漏れた。

 

「散々切り裂いてやったが、そういえばこれはまだだったな」

「ひ、ぃ、……やめ、っ……」

 

 星塚の懇願など意にも介さず、細い首に指がかかる。力が加わる前から、彼女の息は荒く、ガタガタと身体を震わせていた。

 

『化け物が!』

 

 耳元で誰かの声が聞こえる。ここではないどこかの光景が見える。細身の男が覆いかぶさっている。

 

「す、みませ……ゆる、ぐ、ぁ……」

 

 少しずつ、首が圧迫されていく。宿儺の哄笑と誰かの怒鳴り声が重なっている気がした。星塚は頭を緩く振り、何度も謝罪を繰り返す。

 

「ごぇ、んな……さ、ぁ、が……」

「貴様、何の幻覚を見ている? 随分と、無様な顔だぞ」

 

 ゲラゲラと嘲けながら、宿儺はさらに指の力を強める。ギチ、と指が首の肉に食い込む音がした。

 

『お前なんかが、俺の娘な訳がない!』

 

 星塚の開かれた口の端から、飲み込めなかった唾液が伝っていく。息がうまく吸えない。顔に血液が溜まるような感覚と共に、頭が真っ白に染まっていった。

 

「ぁ」

 

 身体を起こす。首元に手を当てても、そこにはなにもない。鏡で見ても、何の痕もなかった。

 ふと懐にある指の存在に気付き、返し忘れるところだったと星塚は急いで身支度をする。

 足早に部屋を去る彼女の顔色はいつもより、少しだけ悪かった。




1話1虐めを目標にしてます。嘘です。
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