呪術廻戦『檻の中に佇むモノ』獲得RTA   作:ほほほのほ

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恐らく二分割です


おまけ7-1

 交流会で聞いたことのある乾いた音。その音源となる男がどれだけ頼れるか、星塚は知っている。

 

 横たわって手で片目を覆っていた星塚は身体を起こす。釘崎が「まだ寝てなさいよ!」と制止するのも聞かず、気付けば声を張り上げていた。

 

「……悠仁君を、お願いします! 戦友(葵君)!」

「ああ、当然だ。超親友(ブラザー)は俺に任せろ! 戦友(シスター)‼」

 

 その言葉ほど頼もしいものもない。強張っていた星塚の顔が緩むのを見て、釘崎は呆れたように息を吐いた。

 

「アンタ、あいつが絡むとちょっとおかしくなるわよね」

「いえ、別に……普通だと思いますよ」

「あの、すんません。ちょっといいですか」

 

 東堂が来た方向から別の男子生徒が現れる。燕尾服のような制服を纏った男は星塚の怪我の具合を見るように、膝を地面につけた。

 

「俺、京都校一年の新田って言います。術式で傷口の悪化を止められるんで、ちょっと触っても大丈夫ですか」

「あ、どうもご丁寧に……」

 

 星塚が了承すると、新田は手で印を組み、ぽっかりと空いた眼窩を軽く叩く。それだけで出血は止まり、じくじくと感じていた痛みが徐々に和らいでいく。

 

 星塚も釘崎も素直に感心していたが、術式を施している最中新田は全く別のことを考えていた。

 東堂からブラザーだのシスターだの聞いていたが、三者全く似ても似つかぬ顔をしている上に名字も違う。

 大変複雑な家庭なんやな……と気づかわし気な目で見る新田に、星塚は首を傾げた。

 

「よし、これで多分大丈夫です。あとは家入さんにちゃんと治療してもろてください」

「ありがとうございます」

「じゃあ、今から救護室に──」

「……待ってください」

 

 その場を離れようとする釘崎と新田に星塚が待ったをかける。彼女はゆっくりと立ち上がり、残った片目をギラつかせた。

 

「このままでは終われません、よね?」

 

 彼女が言った作戦に、新田はあまりにも無茶だと止めようとした。

 だが、釘崎はやる気満々。多数決で負け、彼はその場で見守ることしか許されなかった。

 

「椛、アンタって本当に馬鹿よ。だけどね、私は……アンタのそういうところ、好きよ」

「私も、こんな馬鹿なことに付き合ってくれる野薔薇ちゃんのこと……大好きです!」

 

 

 真人と虎杖、東堂の戦闘は佳境に入っていた。東堂は片手を失い、虎杖も度重なる真人の黒閃を受け重傷。

 だが、真人もその呪力は底を尽きかけていた。

 どちらが先に倒れるか。一歩も引けぬ戦いの中、呪霊は遂に羽化を果たす。

『遍殺即霊体』──己の本質を知り、変貌を果たした真人。堅固な外殻は虎杖の膂力も以てしても、並みの攻撃ではダメージを与えられない。

 

 ならば、どうするか。そう、黒閃。それも最大呪力出力のものを、全てを捧げた一撃を食らわせるしかない。

 虎杖は震える腿を自ら打ち、己を鼓舞する。

 必ず、この呪いを祓わなければいけない。呪術師として、己に与えられた役割を果たす為に。

 

 両者、同じタイミングで息を吸い、地を蹴る。ほんの少しの油断すら命取りになる極限状態の中、互いの拳がぶつかり合う。

 

 ──ドクン。

 最初、真人は己の心臓が動いたのだと錯覚した。

 だが、込み上げてくる痛み、魂の内側から貫かれるような感覚。彼はこれを知っている。

 

「あの、女の──ッ」

 

 だが、術式の媒体になるような分身はない。ただの血液がここまでの触媒になるわけがない。

 そこで真人は気付く。己の魂に纏わりつく赤い糸を。

 

 ──イカレ女が! 自身を触媒にしやがった! 

 

 真人により星塚への幾度にも重なる術式の行使。魂へと触れる行為は、逆に星塚との接続を強めることにも繋がっていた。

 今の彼女は真人の魂に深く交わる、分身のような存在でもあったのだ。

 

 故に、術式の余波は星塚にも響く。だがそのデメリットを加味した上で、釘崎と星塚はこの選択をした。

 己の魂を打ち据えてでも、友人の魂に傷を付けるとしても、彼女たちは呪いを祓う呪術師としての役割を全うした。

 

 ──星塚、釘崎……ありがとう!

 

 共鳴りの余韻が真人の身体の動きを鈍らせる。その間に真人へと向けられる虎杖の拳。

 

「呪霊よ。お前が知らんハズもあるまい。腕なんて飾りさ。拍手とは──」

 

 すんでのところで身を交わそうとする真人の耳に湿った音が届く。

 

「魂の喝采‼」

 

 爛れた掌と手首の断面が合わさる。先ほどまでも散々苦しめられた入れ替えの予兆。瞬時に真人は背後の呪力へと刃を向けた。

 だが、そこには何もない。何も、入れ替わってなどいない。

 

「残念だったな。俺の『不義遊戯(じゅつしき)』は、もう死んでいる」

 

 まんまと背中を向けた真人に、呪力を込められた拳がめり込む。黒い火花は、彼に微笑んだ。

 真人の外殻は砕け散り、数メートル吹き飛び壁へ叩きつけられる。

 

 もはや変形を維持する力もなく、改造人間のストックもなく、ただ這うように逃げる真人。それを追い詰めるように歩く虎杖。

 

 理性と本能、呪術師と呪いの戦いは終わる。

 

「続けようか、これからの世界の話を」

 

 その先にあるのはまた、別の戦い。

 

 


 

 

 星塚は気絶した後、家入の治療を受けて高専で目を覚ました。他の者はまだ日も昇らぬ時間ということもあり、皆眠りについている。

 未だ姿の見えない虎杖を探して星塚が高専内を彷徨っていると、見知らぬ金髪の女性に突然声を掛けられた。

 

「起きたかい? 調子はどう?」

「あ、いえ、大丈夫です。元からそんなに大怪我ではなかったので」

「眼球の喪失に耳部の切断、その他裂傷多数、魂の損傷……決して軽いとは言えないよ。まあ渋谷にいた人間は大なり小なり怪我はしているけどね」

「はあ……あの、ところでどちら様でしょうか?」

 

 馴れ馴れしく話しかけてくる女性に訝し気な目を向けながら、星塚は一歩後ろへ下がった。

 高専に立ち入ることができる以上敵意のある存在ではないだろうが、お通夜状態の高専で彼女はあまりにも飄々としすぎていた。

 

「ああ、すまない。自己紹介が遅れたね。私は九十九由紀──四人が特級、その一人さ」

「とっ……失礼しました」

「いや、傍から見れば私が怪しくも見えるよ。気にしないさ。それより、こんな夜更けに出歩いてどうしたんだい?」

「……悠仁君を探しているんです」

「ああ、彼を?」

「知っているんですか!?」

 

 星塚が虎杖の居場所を家入に尋ねても、彼女は難しい顔をするだけだった。寝ている他の者を叩き起こして聞くわけにもいかない。

 遂に彼の居場所の糸口を掴んだ星塚は我を忘れて九十九に掴みかかっていた。

 九十九はやんわりと星塚の手を外し、落ち着かせる。

 

「ここにいる人間で最後に彼と会ったのは私だね。今はもう移動していると思うけど」

「それでも構いません、教えてください!」

 

 九十九は懐からメモを取り出し、サラサラと場所を記す。星塚はそれを眺めた後、大事そうに制服のポケットにしまった。

 

「追いかけるつもりかい?」

「勿論です」

「外はまだ呪霊がうようよしている。呪霊も活性化している時間だから十分気を付けるんだよ。こんなときじゃなければ、君とはもう少し話をしたかったけれど……」

「……? とにかくありがとうございました!」

 

 九十九に頭を下げ、星塚は高専の出口を目指す。結界の外へ一歩足を踏み出そうとした彼女の背後から、よく知っている人の声が聞こえた。

 

「椛」

「……野薔薇ちゃん?」

 

 振り返れば、いまさっき起きたのか、髪も服装も整っていない釘崎が立っていた。

 

「行くのね」

 

 何もかもお見通しだった。星塚はバツの悪い顔をしながら首を縦に振る。

 

「どうせあのアホ、私らに合わせる顔がない〜とかほざいてんでしょ。伏黒はまだ起きないし……しばらくあの馬鹿1号のこと、任せたわよ。馬鹿2号」

「はい! 馬鹿2号、任されました!」

「馬鹿って言われて嬉しそうにしてんじゃないわよ」

 

 わしゃわしゃと乱暴そうに、だが髪型が崩れないような繊細な手つきで頭を撫で回される。

 星塚は釘崎のこういう細やかな気遣いができるところが好きだ。

 

 ふと、頭に乗っていた釘崎の手がするりと下へと向かい、失った左目をなぞるように動く。

 義眼もすぐには用意できず、空っぽの眼窩の上から包帯を巻いているだけだった。

 

「……野薔薇ちゃん?」

「治んなかったのね」

「流石に元の眼球がなければ厳しいみたいで」

 

 星塚の片目は渋谷で真人に踏み潰され、床のシミと化した。

 欠損した部位を回復させることは家入でも不可能であり、今後元に戻ることはないだろう、と。

 

「でも、別に眼なんてもう片方ありますし……大丈夫ですよ」

 

 慣れてますから、と言おうとしたが、細かく追及されると困るので星塚はその言葉を呑み込んだ。

 宿儺の手で戯れに眼球を潰されることなど彼女にとっては日常茶飯事だったので、案外隻眼になったことへの悲観的な気持ちはなかった。

 

 だが、釘崎がどう感じるかは別である。

 釘崎はおもむろに星塚の身体を引き寄せ、抱き締める。少し肌寒い気温に晒された星塚の方へ、釘崎の体温が移っていく。

 

「私のせいね」

「ち、違います……そんなこと、ありません。私の力不足です……」

「うるさい。……二度とすんじゃないわよ」

 

 星塚は釘崎の言葉に困ったように笑うことしかできなかった。二度としないとは、言えなかった。

 しばらく沈黙が続いたあと、釘崎はパッと腕を放す。

 

「さ、引き止めて悪かったわね」

「いえ、会えて良かったです。次会うときは……4人で!」

 

 

 釘崎に別れを告げ、星塚は九十九に教えてもらった場所へ向かった。

 残念ながらその場にはもう誰もいなかったが、人がいた痕跡が残っていた。

 

 ここから呪霊が祓われた方角へ進めば恐らく虎杖と合流できるだろう。

 星塚はそう考え、人の気配も希薄な東京の街を進み続ける。その内に、彼女の顔が険しくなっていく。

 

 虎杖の他にもう1つ、星塚の知らない残穢が残されていた。

 勿論、星塚の知らない善良な呪術師と共に呪霊を祓っているのも考えられるが──最悪、誰かと交戦しているのではないか。嫌な想像が頭を過ぎる。

 

 急ぎ足で地面を蹴るうちに、朝日が昇り始めていた。冷えた体に差す太陽光の暖かさが心地よい。

 星塚は呪力を辿っていると、その明瞭さは増していっていることに気付いた。

 つまり、もうすぐ彼に会えるということ。焦りと共に高揚していく心に従い、足を速める。

 

 人の気配が感じられない鈍色のコンクリート街にふと、明るい色が差す。

 日の光が反射して眩く輝く髪色は、彼女のよく知っているものだった。

 

「悠仁君……!」

 

 だが、その隣に立っている人影を見た瞬間、頭が煮えたぎっていく。

 謎の紫の装束、二つに束ねた黒髪。掌から流れ出る鮮血。

 間違いなく、渋谷で虎杖と交戦していた受胎九相図だった。

 

 虎杖を半殺し、いや、九割殺しほどに追い込んだ相手が何故隣に立っているのか。

 冷静に考えなくてはいけないと思っていても、湧き上がる怒りが星塚の理性の糸を引きちぎった。

 

「お前が、悠仁君の隣に立つな!」

「──! 悠仁、下がれ!」

 

 殺意を以て振り下ろされる踵。脹相は殺気に反応し、星塚の大ぶりな攻撃を難なく避けた。

 脹相は敵襲に気付くや否や血液を凝結させる。

 だが、星塚の制服にあしらわれた金色の釦から高専の者であることに気付き、攻撃の手を止めた。

 その隙に極限まで細めた糸が脹相の首元へ伸びる。脹相は見えぬものの、本能的にそれを血の刃で断ち切る。

 

 明らかに殺す気で来ているが、弟の関係者かもしれない人間を殺すわけにもいかない。

 だが、このままではどうしようもない。脹相は相手を無力化するために、手を構えた。

 腕の骨すら穿ちかねない音速の血矢──『穿血』。狙うは足元。星塚が相手の狙いを理解し、息を呑む。

 

「おい、二人ともやめろって!」

 

 だが、その攻撃は虎杖によって妨げられた。身体を押され、脹相の血が地面へ突き刺さる。星塚も割り込んできた虎杖に目を丸くした。

 

「星塚、こいつは敵じゃねえから! 脹相は……えーと……」

「俺は悠仁のお兄ちゃんだ」

「はい?」

 

 素っ頓狂な声をあげる星塚に、虎杖が難しい顔をしながら「そういうことにしといて」と頭を掻いた。

 

「え、あの、私の記憶が正しければ悠仁君は一人っ子ではありませんでしたか?」

「いや、うん、そうなんだけどさ……」

「そして私の記憶が正しければ、悠仁君はこの男に殺されかけていませんでしたか?」

「……うん」

「やはり殺した方が……」

「待てって!」

 

 再度殺気を漏らす星塚に、脹相を庇うように腕を伸ばす虎杖。当の本人も申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「俺が悠仁のことを傷つけたのは事実だ。俺のお兄ちゃん力が足りないせいで悠仁に辛い思いをさせてしまった」

「お、お兄ちゃん力……?」

 

 聞きなれない単語に星塚の殺気が霧散する。虎杖も「また始まったよ」と呆れ顔だ。

 

「まあ色々あったけどさ、あの夏油? ってやつと戦ってくれたし、悪い奴じゃないんだと思う。多分……」

「うーん……まあ悠仁君がそういうなら……?」

「すまなかった悠仁──!!」

 

 顔の穴という穴から汁を垂れ流しながら虎杖に詫びる姿を見ていると、確かに悪い人には見えない。

 星塚は釈然としない思いがありつつつも、脹相の存在を受け入れた。

 

「まあ、この人のことはともかく……悠仁君、早く高専に帰りましょう。野薔薇ちゃんも心配してましたよ?」

 

 星塚の言葉に、虎杖は首を力なく横に振る。

 

「俺は……もう、皆と一緒にいられない。高専にも戻らない」

「そうですか」

 

 あっさりと星塚は納得したように微笑んだ。

 

「では、これからどうします?」

「……いや、だから俺は戻らないから……」

「はい。それはもう聞きましたよ?」

「オマエとも、一緒にいられないんだって!」

「でも私は悠仁君と一緒にいたいです」

 

 星塚は渋谷での惨劇を虎杖のせいとは思っていない。全ては両面宿儺の手によるものだ。

 だが、虎杖にそんな慰めの言葉を掛けたとて、罪の意識が消えることはないだろう。

 それならば、せめて一緒に背負わせてくれないだろうか。傍にいさせてくれないだろうか。淡い期待を込めて、星塚は虎杖の手を優しく握った。

 

「例え行きつく先が地獄でも、私はあなたの隣にいたい。悠仁君にとっては……迷惑ですか?」

「……星塚」

 

 虎杖の頭によぎるのは血塗られた映像。肉体を切り刻まれて、苦痛に喘ぐ彼女の姿。

 傍にいないほうがいい。そう分かっていても、星塚の手を振りほどく気にはなれなかった。

 

「悠仁、邪魔して悪いが人手は多い方が良い。休息も取りやすくなるしな」

「分かってる。……一つだけ条件を付けさせてくれ」

 

 己に術式を使わないこと。虎杖が出した条件に、星塚は不思議そうな顔をしながらも頷いた。

 

「分かりました。それさえ守れば側にいてもいいんですよね?」

「……そう、だな」

 

 パッと明るくなる星塚の顔。なお了承されるまで梃子でも動かないつもりであった。

 柔らかな物腰とは対照的に意外と強情なところがあるのは虎杖も理解していた。星塚の粘り勝ちである。

 

 こうして始まった三人での呪霊狩りは順調に進んでいた。

 星塚が広範囲を索敵し、脹相と虎杖でそれを祓う。

 

 渋谷での戦闘を通して研鑽されたのか、ただの呪霊では相手にならない。次々に塵にされていく呪霊達に、星塚は同情を禁じ得なかった。

 近距離の鬼とその撃ち漏らしを的確に潰せる狙撃手。かつて殺し合いをしていたとは思えない程のコンビネーションだ。

 

 星塚の感知内に呪霊がいなくなったところで、時刻は昼頃。控えめに鳴る星塚の腹の音で一度休憩を取ることになった。

 店員のいないコンビニのレジにお金を置き、商品を失敬する。コンビニのサンドイッチを口にしながら、星塚は脹相にふとした疑問を投げかける。

 

「脹相さん、私赤血操術には詳しくないのですが……あれだけ血液を出して失血状態にならないのですか?」

「問題ない。俺は呪力を血液に変換できる。呪力切れにならん限りは失血死もしない」

「便利ですねえ……」

「でもコイツの血は毒だから星塚は気をつけろよ。俺にはなんか効かねえけど」

「そういうことは先に言ってくれませんか!?」

 

 あまり前線に出ていないからいいが、うっかり傷口に入っていれば反転術式も使えない星塚では危なかっただろう。

 ここらでお互いのことについて詳しく話す必要がありそうだと判断し、先に星塚は己の術式の詳細を脹相に明かした。

 

「ふむ、そうか……」

「私は脹相さんの毒についてもう少し詳しく聞きたいのですが……」

「俺は呪霊と人間の混血でな。呪霊には人間の血液、人間には呪霊の血液が拒絶反応を起こす」

「なるほど……その血液、少し貰っても構いませんか?」

「構わん。だが、扱いには気をつけろ」

 

 星塚は小さな瓶に脹相の血液を詰めてもらい、スカートのポケットにしまう。

 毒は格上にも通じる可能性がある代物だ。いざというときに役に立つかもしれない。

 脹相と話し込んでいると、星塚は虎杖が自分たちを羨ましげな眼で見ていることに気付いた。

 

「悠仁君? どうしました?」

「……なんかさ、術式っていいよな。俺は殴る蹴るしかできねえし……」

「そう気を落とすな。体格に見合わぬ桁違いの膂力、淀みない呪力操作、術式がなくとも一級にも引けを取らんだろう」

「脹相さんの言う通りですよ。それに五条先生も言ってたじゃないですか、いつか術式が刻まれるって」

「そんな気配まるでねえんだよなあ」

「五条先生の言うことは……まあ正直あまり信用できませんけど……」

 

 子どものようにふてくされる虎杖に、星塚は安堵感を覚える。自罰的に呪霊を祓う虎杖の姿はとても見ていられるものではなかった。

 

 脹相も虎杖を気遣いながら、時折狙っているのか狙ってないのかよく分からない天然ボケで空気を和ませていた。

 彼が傍にいたことは虎杖の心の慰めになっただろう。……例え兄を名乗る不審者であっても。

 

 

 昼食を済ませた後はまた場所を変えて呪霊狩りの時間だ。

 時折いた生存者を安全圏まで送り届けたり、適宜休憩を取ったりしていれば時間はあっという間に過ぎていた。

 夜の帳はとうに下り、活動期になるはずの呪霊は掃討され尽くしている。

 

「そろそろ寝るか」

「俺は多少睡眠がなくとも平気だ。先に悠仁と星塚が寝ると良い」

「ではお言葉に甘えて……すみません」

 

 放棄されたホテルのロビーのソファを動かし、星塚は二人並べて寝られるような空間を作った。毛布は肌寒い時期なので少し多めに。

 

「え、一緒に寝んの?」

「まとまった場所にいた方が脹相さんも番がしやすいでしょう?」

「いやでもさ……」

「昔はこうやって一緒に寝たじゃありませんか」

 

 倭助と仲良く川の字で寝たことを思い出し、星塚の頬が緩む。

 脹相がそのことについて詳しく聞きたそうにしていた。

 

「いつの話してんだよ!?」

「まあまあ、早く寝ましょう」

 

 星塚に流されるまま、虎杖はソファに転がった。その隣に星塚が横たわる。

 

「脹相さん、お先に失礼しますね」

「ああ」

 

 広めのソファということもあって身動ぎをしても身体がぶつかることはない。

 ないのだが、ふと鼻に届く自分ではない香りや、布の擦れる音。何も考えないように虎杖は目を瞑る。

 

 暗い視界の中、彼が思い出すのは渋谷での凄惨な光景だった。ぐっと眉を顰める虎杖に、星塚はそっと身体を寄せる。

 

「ごめんなさい、少し肌寒くて……手を握ってもいいですか?」

「……うん」

 

 虎杖の掌に星塚の指が触れ、優しく握られた。

 そこで虎杖は初めて己の手が僅かに震えていたことに気付いた。そして、彼女の手先が大して冷たくないことも。

 

「……ありがとう」

 

 暫くしてからボソリと呟いた言葉に返事は返ってこず、星塚の小さな寝息だけが虎杖の鼓膜を揺らした。




ここからは恋愛強度を上げる(多分)
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