呪術廻戦『檻の中に佇むモノ』獲得RTA   作:ほほほのほ

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クッソ激烈に長くなったので3分割します
たまげたなぁ……


おまけ2-1

「椛ー!」

「何ですか?」

 

 手に持っていた包丁を置き、星塚は声の下へ振り返った。

 料理部の部員ではないはずの友人が扉の前に立っていて、星塚は首を傾げる。いったい何があったというのか。

 

「アンタの幼馴染が高木と勝負するらしいわよ! 見に行きましょう!」

「ああ……でも私、片付けがあるから大丈夫です」

 

 そのことを星塚は既に知っている。虎杖が肉体を活かした勝負に負けるとも思えないし、彼女はまだ後片付けが残っていたので見に行く気はなかった。

 料理部に所属しているものの、一向に調理の腕が上達せず、皆の足手まといになっている自覚がある。せめて後始末ぐらいは自分でやろうと思っていた。

 

「星塚、行ってきなよ。片付けぐらい私たちでもできるし」

「でも私これぐらいしかできないのに、悪いですよ」

「いいからいいから」

 

 だが、先輩に背中を押され、渋々といった様子で星塚はエプロンを脱ぐ。

 校庭に向かえば、娯楽に飢えた学生たちが既に集まっていた。星塚はその中に顔見知りを見つけ、友人に一言断ってからその場を離れる。

 

「佐々木先輩、井口先輩!」

「あ、星塚じゃない。虎杖のこと見に来たの?」

「そうですよ」

「確か星塚は虎杖の幼馴染だよな? まじで『西中の虎』って呼ばれてたのか?」

 

 星塚は苦笑いしながら頷く。はじめは絡まれている他の生徒を助けるだけだったのに、不良たちに目をつけられたばっかりに喧嘩ばかりしていた。

 本人はそこまで争いを好まないタチだというのに、あまり恰好よくない渾名を付けられるわ、不良から目をつけられるわ。挙句の果てには畏怖の眼差しで見られることもあり、気の毒だった。

 

 虎杖が球を掴む。本来の砲丸投げのフォームではなく、野球の硬球を投げるかのようだった。それでも彼の驚異的な身体能力から球は勢いよく飛び上がる。

 

 高木の記録、14mを大きく過ぎて、約30mほど離れたサッカーゴールにめり込んでいた。間違いなく虎杖の勝ちだ。

 やっぱりこうなりますよね、と星塚は驚愕している先輩2人の様子を横目で見る。昔から彼の運動神経を知っている星塚ならともかく、他の生徒たちは目の前の光景を飲み込むのが難しいらしい。

 

 勝負が終わり、虎杖は心霊現象(オカルト)研究会の二人のもとへ戻ってくる。

 佐々木が「この運動神経を他の部活で活かさないのか」と言えば、彼は「オカ研がいい」と答える。

 真っすぐな好意をぶつけられた先輩たちは照れ臭そうにしていた。この素直さは間違いなく彼の美徳だろう。

 

 星塚は彼の人たらしの才能が怖くなった。いったいどれだけの人を無意識に落としてきたのだろう。

 中学で陰ながら彼に熱い視線を送る女子たちの存在を知っていた彼女はため息をつく。

 

「おー星塚! 見てたのかよ!」

「お友達に誘われまして。お疲れ様です」

「おう、ありがと。そっちは部活終わったのか?」

「えっと……」

 

 星塚が眉を下げながら経緯を説明すると、虎杖は若干呆れた顔になる。

 

「いいのかよ?」

「あそこまで言ってくれるなら行かない方が失礼かと思いまして……」

「それもそっか。じゃ、俺は爺ちゃんの見舞い行くけど星塚はどうする?」

「勿論着いていきますよ」

「んじゃ乗って!」

「はい!」

 

 虎杖は星塚を軽く抱き上げ、地面を蹴る。2人が学校を出ていこうとしたその時、彼らのものとは全く異なる制服を着た男子がこちらに声を掛けようとしていた。

 星塚はそれに気付いたが、虎杖はとっくにスピードを出している。急に止まると危ないか、と見知らぬ男の子に心の中で謝罪した。

 

 

 ほとんど毎日通っている病院。目をつぶっていてもたどり着けるほどには2人にとって馴染み深い。

 

 病室には虎杖の祖父──倭助がベッドに横たわっていた。窓際には小さな花瓶が置かれており、行きがけに買った花で彩られている。

「花なんて買わずに貯金でもしろ」やら「部活はちゃんと参加してんのか」などという祖父の小言を虎杖は受け流す。

 

 口調こそ荒々しいものの、倭助も孫に貴重な時間や金を使わせるのが心苦しいのだろう。

 星塚はそういう風に解釈している。虎杖の祖父というだけあって心根は優しい人なのだ。

 彼はこちらに背中を向けたまま、虎杖の名前を呼ぶ。

 

「オマエは強いから、人を助けろ」

 

 その声は昔よりもはるかにか細い。だが、真剣味を帯びていた。

 虎杖も花を弄るのをやめ、倭助に向き直る。

 

「手の届く範囲でいい、救える奴は救っとけ。迷っても、感謝されなくても、とにかく助けてやれ」

「もう、倭助さんってば。……悠仁君は、とっくにそういうことができる人に育っていますよ」

「オマエにも世話になったな。もし……できるなら、アイツのそばにいてやってくれねえか」

 

 星塚はしゃがみ、倭助の枯れ枝のようにやせ細った手を取る。

 

「当たり前ですよ。たとえ死んでも、私は彼の傍にいますから」

「星塚、オマエさぁ……」

 

 虎杖は呆れたように笑い、倭助は小さく鼻を鳴らした。

 

「悠仁、オマエは大勢に囲まれて死ね。俺みたいにはなるなよ」

「……爺ちゃん?」

 

 そう言い終えると、倭助の手から力が抜ける。こちらを見る虎杖に、星塚は黙って首を横に振った。

 そういえば、彼が最後に伝えようとしていた虎杖の両親のこととは何だったのだろう。一瞬だけ星塚の頭に疑問が残った。

 しかし、虎杖の連絡を受けてバタバタと病室に飛び込んでくる看護師に状況を伝えているうちにすっかり忘れてしまった。

 

「ごめん、こっからは肉親じゃないとダメっぽいわ。もう夜も遅えし、気を付けて帰れよ」

「はい。……あの、悠仁君が帰ったら……電話してもいいですか?」

「それ俺から言うやつじゃね!? ……ありがとな!」

 

 手を大きく振って、星塚は帰り路につく。薄暗くなり、街灯だけが頼りの道端には時々化け物が潜んでいて、腹いせ交じりに潰しながら歩いた。

 彼の目尻に微かに浮かんでいた水滴を思い出すと、胸が締め付けられる。人はいつか死ぬものだなんてわかっているけれど、彼が傷つくのなら、そんなの壊してしまいたい。

 

 家の電気は消えていた。まだ母は帰ってきていないらしい。

 なんだかどっと疲れた。あの様子なら虎杖が帰るまではもう少し掛かるだろう。

 

 部屋着に着替えた星塚は布団に飛び込む。そして数分も経たない内に、瞼が落ちていく。

 緩やかに微睡む中、突如として何かが切れるような音がした。

 

『なんだ、この不愉快なものは?』

 

 そして、虎杖のものとは全く違う低い声が聞こえる。不快感を露わにしたような声音が脳内に響くような感覚に、星塚は弾かれるように飛び起きた。

 

「な、に……今のは……?」

 

 心臓がやかましいほどに喚いている。全身の血の気が引き、少し温まっていたはずの身体が底冷えするような気がした。

 そして異常に気付く。小指の先に結んでいた糸の先が、なくなっている。虎杖の身に何かあったのだ。

 

 ハンガーに掛けてある薄手の上着を掴み、星塚は急いで玄関をくぐる。外に出るのに相応しい恰好ではないが、それよりも早く彼の下にいかなければ、という気持ちが先行していた。

 糸が切れた場所は杉沢第三高校。糸を使って立体的に動き、空を舞うように住宅地を越えていく。

 

 

 

 辺りには先ほどまでの戦闘で崩れた建物の瓦礫が散乱していた。補助監督を呼んで色々と後処理を頼まなければ。

 身体の節々が悲鳴を上げている。伏黒は気絶した虎杖を抱える五条を睨んだ。もう少し早く来てくれたのなら良かったのに。

 

 だが、特級とはいえたかが呪物の回収に手間取ったのは自分の不手際であることも事実。民間人がいたとはいえ、二級呪霊にいいようにされたことも。

 軽薄な笑みを浮かべている教師を責めるに責められなかった。

 

 そしてこの男の力があれば、宿儺の指を食べた彼も死刑にはならないはずだ。

 痛む身体に鞭を打って伏黒は立ち上がった。

 

「五条先生、俺は家入さんの──」

「待って。まだ一波乱ありそうだよ?」

 

 伏黒の言葉を遮る五条。彼の優れた瞳には、2人の身体を囲むように蠢くか細い糸が映っていた。

 

「今すぐ、その男の子を離してください。余計な動きをすれば攻撃します」

「!」

 

 ふわりと校舎の上に着地した少女。腰で綺麗に切り揃えられた長い黒髪、月明かりに反射する紫紺の瞳。

 部屋着のようなゆるい服装に薄手のカーディガンを一枚羽織った姿は、一見一般人に見えた。

 

 だが、彼女は呪力を迸らせてこちらを鋭い視線で射貫いている。間違いなく、呪術師──こちら側の才を持つ人間だ。

 五条は目隠しをずらし、少女をジロジロと観察する。

 

「ふーん、なるほどね……」

「……警告はしましたからね」

 

 不躾な視線を寄越す五条に苛立ったのか、少女は指先を動かす。

 無謀だ。界隈で最もと言っても過言ではない五条のことを知らない様子から、ただの呪術師や呪詛師ではないだろう。

 恐らく、術師家系でもなんでもない一般家庭出身なのだろう。

 伏黒は止めようと身体を動かしたところで、自らの周りに漂う糸たちに気付いた。

 

「これは……!」

「恵、気付いてなかったの? まだまだだね〜」

 

 緩く渦巻いていた糸はこちらを縛り上げるようにキツく巻き付く。怪我をしている部分が丁度締め付けられ、伏黒は思わず呻いた。

 

「なんで、こっちには効かないんです……! それに、どうして貴方たちにはこの糸が見え──」

「それはまたあとで教えてあげるよ」

 

 五条が呪力を込めて指を軽く触れば、糸はいとも容易く千切れ飛んだ。動揺して目を大きく見開く少女。

 倒れたままの伏黒を五条が見下ろす。

 いつまで寝てるつもりだと言わんばかりの視線だ。怪我をしていても甘やかす気配など微塵も感じられない。

 

「……『鵺』『玉犬・白』」

「え? ──う゛っ!」

 

 掌を動かし、なんとか伏黒は影絵を作る。現れた鵺は電撃を少女に浴びせ、玉犬は糸を鋭い爪で切り裂いた。

 地面に倒れ、ビクビクと痙攣する少女はまだ戦意を喪失したわけではないらしい。瞳だけを動かしてこちらを睨み上げている。

 わあ怖い、と冗談交じりに呟いたあと、五条はズカズカと無駄に長い足を使って大股に歩き、彼女へ近付く。

 

「さて、勘違いしないで欲しいんだけど、僕たちは別に彼を襲ったわけじゃないよ」

「ふ、……ざ……!」

「さっきので分かったでしょ? 僕って強いからさぁ、殺そうと思ってたんならもうとっくに殺してるよ。君も同じ。手加減は得意じゃないしね」

「……」

「話を聞いてくれる気になった?」

 

 渋々、といった様子で少女は小さく頷いた。

 

「さて、どこから話そうか」

「ゆ、うじくん……は……!」

「ああ、うん。彼のこと? そうだなー……一言で言うと、彼は転校します」

「……は」

 

 麻痺から徐々に回復していき、身体を起こそうとしていた少女は再度電撃を受けたように固まる。

 五条はその様子に気付いたのか気付いていないのか、はたまたどうでもいいのか。次々と言葉を紡いでいく。

 

「新しい学校って言うのは一種の専門学校みたいな場所なんだよね。で、君にもその才能がある」

「もしかして、この……」

 

 少女はへたりこんだ状態で、指先から赤い糸を伸ばす。五条は満足気に首を縦に振った。

 

「五条先生……まさか彼女も勧誘する気ですか?」

「うん。随分彼にお熱みたいだし、そっちの方が良くない?」

「わ、私、行きたいです!」

 

 少女は身を乗り出す勢いで会話に割り込んでくる。

 どうみたって鍛えてもいないか弱い少女。呪術師の世界には向いていなさそうだ。

 伏黒はそう思ったが、五条はそうではないらしい。

 

「うんうん。君、才能あるかもよ?」

「先生……」

「じゃ、まずはこの世界の話からしよう! 『呪術』って知ってる?」

「いえ、全然」

 

 五条が呪術界の常識──『呪霊』や『術式』のことについて話し始めると、少女は「あっ!」と声を上げた。

 

「あの化け物、呪霊って言うんですね……」

「その様子だと見たことあるみたいだね。戦ったことは?」

「あります。強そうな奴からは逃げましたけど」

「呪霊との交戦経験もありっと。ますます完璧!」

 

 そして今度は虎杖の現状について五条は告げる。

 彼が『宿儺の指』を食べたこと。『器』の才能があるかもしれないこと。

 ──そして、呪術規定に則れば彼は死刑になること。

 

「そんな、横暴な……! 何か方法はないんですか!?」

 

 少女の拳が白む程にきつく握りしめられる。このままだと総監部に食ってかかりそうな勢いだ。

 少女にとって虎杖は人類の至宝、かけがえのない存在、人間国宝──とにかく、俗世のくだらない事情で失うに値するような人物ではない。

 

「あるよ」

「何ですか?」

「僕」

「はい?」

 

 自らを指差す五条。目の前の男の意図が読めず、少女は首を傾げる。

 

「僕ってさ、強いのも長所だけど……偉いのも長所なんだよね。いやはや、非の打ち所がない人間ってのも困りものだよね」

「アンタそこを除けば非の打ち所しかない人間でしょうが」

 

 何を言っているんだろうこの人。恐らく伏黒と少女の気持ちが1つになった瞬間であった。

 五条家──呪術界の中でも有数の名家──の当主であり、唯一まともに動ける特級術師である五条悟は、例え総監部相手だろうと自らの意思を押し通すことができる。

 その力を使い、虎杖の死刑を〝延期〟する。彼はそう言った。

 

「それは……根本的な解決にはならないんじゃ?」

「ま、それはそう。でもまあこれ以外に方法はないでしょ」

「だったら」

 

 少女は顔を上げる。

 

「両面宿儺とやらを、悠仁君から分離させることができれば……」

「そんなのできるの?」

「わ、分かりません。だけど、やってみないとできるものもできないです!」

「オーケー。じゃあ新しい学び舎──呪術高専に行く準備を進めようか。君、名前は?」

「星塚椛と申します」

 

 礼儀正しく星塚は頭を下げる。

 呪術師には珍しくまともな人間かもしれない。伏黒は新しい級友に少しでも常識的な者が増えたことに胸を撫で下ろした。

 

「オマエ、何でそこまで……」

「悠仁君には昔から恩を作りっぱなしなんです。それに、私は彼を守らないといけませんから」

 

 へにゃりと眉を下げて笑う少女。

 あの様子なら普段から虎杖は困っている人のことを見捨てられないのだろう。病床で目を覚まさない姉のことを思い出し、伏黒の顔が歪んだ。

 

 

 

 虎杖倭助の火葬は速やかに行われた。身内が未成年の虎杖のみということもあって、葬式も通夜も簡略化され骸はあっという間に炉の中へ運ばれていった。

 二人は黙々と棺の骨を箸で掴む。沈黙に耐えかねたように、星塚が口を開いた。

 

「……私も来てよかったんですか?」

「当たり前じゃん。昔っから世話になってるし……爺ちゃんも星塚のことなんだかんだ気に入ってたし。寧ろ来てくれてサンキュ」

「いえ、お世話になったのはこちらの方です」

 

 足の方から少しずつ骨を壺に収めていく。老人とは思えないほど骨がしっかりしていて、炎に包まれても大部分が残っていた。

 病室に横たわっていても、死の間際でも、気丈に振舞っていたあの人らしい。

 未だ熱を放つ棺の中の白。箸を持つ手にも熱は伝播し、気を抜けば火傷してしまいそうだ。

 

「……あのさ」

「はい」

 

 棺を見下ろしていた虎杖がゆっくりと顔を上げる。それに釣られて星塚も虎杖の顔をじっと見つめた。

 

「俺、もしかしたら……引っ越すことになるかもしんねえ」

「はい」

 

 星塚は分かっていたように薄く微笑む。

 

「分かってます、大丈夫です。私たち、また会えますから」

 

 確信を得ているような彼女の言葉に虎杖は一瞬面食らう。だがすぐに姿勢を正し、歯を見せて笑った。

 火葬場から出れば五条が待ち構えていた。星塚は彼を見上げ、虎杖に視線を向ける。

 

「あの方は?」

「あー……俺の後見人みたいな人!」

「そうそう。じゃあ悠仁、少しこれからの話をしようか」

 

 あくまで白を切る少女を面白そうに眺めながら、五条は虎杖をベンチへと誘導する。

 星塚は虎杖に見えないように彼を睨んだ。効果はあまりなかったようで、その口角がさらに上がるだけに終わる。

 

「じゃあ、星塚……またな!」

「はい、また会いましょう」

 

 再会の日は、虎杖が思っているよりもすぐになるだろう。

 

 

 一人家に帰った星塚はリビングの椅子に座り、テレビの電源をつける。普段なら部屋に戻って勉強なり仮眠をとるなりするが、今日はそうもいかない。

 母親に直接、東京へいくことを伝えなければいけない。最初はいつも通り書置きを残そうかと思ったが、さすがにこれほどの大事は口頭の方がいいだろう。

 

 しばらくまともに顔を合わせていない母と会うのは気まずい。いや、父親よりは遥かにマシだが。

 テレビの内容なんてほとんど耳に入ってこず、無意義な時間を過ごしただけ。

 すっかり日も落ち、時計の針が上を指す頃、玄関から物音がした。星塚はテレビの電源を消す。

 

「……まだ起きてたの? 遅いんだから早く寝なさい」

「少し話があります」

 

 目を合わせようともしない母親にどこか失望のような念を抱きつつ、星塚は手で向かい側の椅子を指した。

 難しい顔をしながら母は椅子を引き、腰を下ろした。促すような視線を受け、星塚は言葉を紡ぐ。

 

「転校したいんです」

 

 表向きには私立の宗教学校ということを告げると、目の前の女は険しい顔をした。気付かないふりをして話を続ける。

 寮制であること、学費はアルバイトで賄うこと。なるべくすぐに準備を進めたいことを告げた。

 

「好きになさい。必要な書類があるなら机に置いておけば書いておくわ」

 

 母はただ淡々とそう言うだけだった。

 話は終わりだと言わんばかりに彼女は鞄を掴み、自室へと戻っていく。最後に一瞬だけ目が合った。相も変わらず不気味なものを見るような目だった。

 星塚は首に手を当てる。少し、息苦しい。

 

 やがて彼女も立ち上がり、部屋へと戻っていく。ベッドに腰かけて、先日教えてもらった五条の番号に掛ける。しばらくコール音がした後、軽薄そうな男の声が聞こえた。

 

『はーい、GTG(グレートティーチャーゴジョー)だよ!』

「五条さん? 母と話がつきました。事務処理もあるので……そうですね、一週間ぐらいでそちらに向かえると思います」

『随分早いね。ま、直前になったらまた連絡してよ。こっちから迎えを寄越すから』

「はい、ありがとうございます」

 

 電源を切り、星塚は布団へ倒れこむ。たった数分の出来事のはずなのに、身体は疲労感で満ちていた。

 ──早く、悠仁君に会いたい。

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