呪術廻戦『檻の中に佇むモノ』獲得RTA   作:ほほほのほ

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おまけ2⁻3

 食後のデザートまでしっかり食べ終わったあと、5人は高専へと到着した。既に日も落ち始めていて、鴉の鳴き声が茜色になった空に響いている。

 星塚が寮の自室へ戻ると、まだ荷解きが終わっていない段ボールが積まれていた。

 元より物欲がある方でもないので年頃の娘にしては少ないが、生活必需品や思い出の品を寄せ集めれば箱の一つや二つ程度にはなる。

 

 この量なら大して時間も掛からないだろう。箱の封を切ってあるべきところに置いていく。備え付けの家具──前の住人が置いていったものだろうか──があるので収納場所には困らない。

 一時間かそこらで片付けは終わり、少々殺風景ながらも人が暮らせる部屋になった。お茶でも入れて一息つこうかと立ち上がったところで、部屋の扉が叩かれる。

 

「私よ。いる?」

「釘崎さん!」

 

 扉を開けると前に立っていたのは新たな同級生。彼女は手に持っていた可愛らしいラッピング袋を手渡した。星塚が受け取ると、「引っ越し祝いのお菓子よ」と告げる。

 そのまま隣の部屋に戻ろうとするので、慌てて星塚はその手を引いた。

 

「丁度お茶にしようと思ってたんです。良かったら一緒にどうですか?」

「いいの? 疲れてるだろうから気なんて使わなくて結構よ」

「いえ、私が釘崎さんと一緒にお話ししたいんです」

 

 そういうことなら、と釘崎は星塚の部屋へ入っていく。飾り気のなさには驚いたものの、引っ越し直後ならありえる範疇だろう。今度渋谷の雑貨屋にでも誘ってやろうかしら、と思いながら、釘崎は部屋の主に促されるままクッションに腰を落とした。

 湯が沸き、ティーパックの紅茶と茶菓子が机の上に並べられた。小さなパウンドケーキを一口分に切り分けて、星塚は口に運ぶ。

 そのまま部屋に返すのも忍びなくて誘ったが、何を話そうか。少し迷った後、言葉を紡いだ。

 

「釘崎さんは」

「ん?」

「何のために高専に来たんですか? 地元で術師をなさってたんですよね?」

「そんなもん、田舎が嫌だからに決まってるでしょ!」

「ええ……」

 

 星塚の困惑するような声を他所に、釘崎は胸を張る。

 ここには何の柵もない。一挙一動を観察する村人もいなければ、同調圧力に雁字搦めにされた人間の閉塞感も存在しない。

 代わりにあるのは自由と華やかな都会の品々。自由には責任が伴うというのは理解しているが、ただ縛り付けられるよりは遥かにマシだ。

 釘崎は槌で打たれるのを恐れ、地面に潜り続ける杭となり腐っていくよりも、先も見えない空に羽ばたくことを選んだ。

 

「で、アンタは? まさか私に聞いといて自分は言えない、なんてナシよ」

「あ、えっと……」

 

 星塚は言葉にならない言葉を垂れ流し、もじもじと指先を弄ぶ。煮え切らない態度に釘崎の眦が吊り上がる。

 

「何、言いたいことがあるならはっきりしなさい!」

「…………誰にも、言わないって約束してくれますか?」

「当たり前よ、私を誰だと思ってるの」

 

 そう言うと、星塚はしばらく沈黙を貫いたあと、蚊の鳴くような声で言った。

 

「ゆ、悠仁君のこと、守りたくて……」

 

 耳の先まで真っ赤になった姿。僅かに潤んだ瞳。呼吸の乱れ。

 その時、釘崎に電流走る──。

 

「それはつまり……()()()()こと!?」

 

 ぼやかした表現だったが、星塚にも意図は伝わったようで口を一文字に結びながらも小さく頷く。

 この事は誰にも言わない、と再度固い誓いを結び、その場はお開きとなった。釘崎はもう少し掘り下げたいところだったが、もうそろそろ日付も変わる頃だったのでやむを得ない。

 

「じゃあまた明日……ですね、釘崎さん」

「ええ。あ、そうだ」

「はい?」

「釘崎じゃなくて、野薔薇でいいわよ」

 

 星塚はパチパチと何度か瞬きをしたあと、恥ずかしそうにはにかみながら、釘崎の名を呼んだ。

 

「はい、野薔薇ちゃん!」

「ん。また明日ね、椛」

 

 パタン、と小さな音を立てて扉が閉まる。机の上のマグカップや小皿を片付けたり、風呂へ入ったりしながら星塚はひたすら時間を潰した。

 時計の針が2を指したとき、ようやく星塚は動き始める。指先の糸を操り、ゆっくりとドアの外へ伸ばしていく。

 

 虎杖の部屋の位置はよく知っている。そこを目掛けて一直線に糸は動く。

 彼には申し訳ないと思いつつも、できる限りの抵抗を抑えるために星塚は寝込みを抑えることにした。

 虎杖は健康優良児、日が回る頃には恐らく寝ているだろうが、念には念を入れこの時間まで待つ。

 

「お邪魔します……」

 

 聞こえていないと分かりつつも、星塚は小さな声で呟き糸を虎杖の部屋へと進めた。

 ベッドに横たわる虎杖。よく眠っているようだ。星塚は唾を飲み、ゆっくりと彼の小指へ糸を結ぶ。かつて作っていた接続回路は、呪力を得たせいかやや狭まっているような感覚はあるものの、問題なく侵食することができた。

 肉体を越え、その奥の輝きを放つような清浄な魂へとようやく手を伸ばした瞬間──星塚の意識が何かに鷲掴みにされる。

 

 その肉体に宿る()()1()()()()は、己へ不躾に触れる輩を見逃すわけがなかった。

 

 何か液体が水面へ滴り落ちる音がする。鉄臭さが星塚の鼻を突く。

 不快感のある匂いに、星塚は思わず眉を顰め、意識を取り戻した。

 

「こ、こは……」

 

 眼前に広がるのは一見血の池のように見えた。どれだけ見渡そうが、赤褐色の液体があるのみ。案外透き通っているそれは周りの風景を投影しているだけだと分かったが、気分のいいものではない。

 夢にしてはあまりにも生々しく、胃から先程食べたケーキがせり上ってくるような感覚に襲われる。

 とにかく外へ出なくては。手がかりを探そうと、星塚は歩き始めた。歩を進める度、足底に触れる冷ややかさはどうも気色が悪かった。

 

 しばらくして、ようやく視界に赤黒いもの以外が映った。だが、それもまた彼女を辟易とさせるものだ。

 角の生えた動物の頭蓋骨が山のように積み上がっている。ゆっくりと頭を上げていけば、天井から大きな肋骨のようなものが広がっているのが見えた。

 

「貴様だったか、小娘。よもや2度も俺の魂へ手を伸ばすとはな」

 

 突如頭上から落ちてくる声。彼女はその声に聞き覚えがある。どこかで聞いたはずだ。

 

『なんだ、この不愉快なものは?』

 

 虎杖が高専に来ることになった日。宿儺の指を飲み込んだであろう瞬間に、星塚はその声を聞いたのだ。

 

「──あ」

 

 白骨の山の上で尊大な態度で腰掛ける男。その顔や体つきこそ虎杖とよく似ているが、紋様のようなものが刻まれていた。そして何より、表情が全く違う。

 人を塵芥か何かにしか思っていないような瞳。不愉快そうに下がった口端。

 質の悪い贋作を見せられたような気になり、星塚の顔が歪む。

 この男こそが、虎杖を処刑台へ導く──

 

「両面宿儺……!」

 

 その結論に至った時、衝動的に星塚は飛び上がっていた。粘ついた糸が遥か上空の肋骨に張り付き、糸を巻き取れば自由自在に空を舞える。

 間違いなく殺意を持って、彼女はその手を骨山に座る男の首元へと振るった。いや、振るおうとした。

 

「困ったものだな。羽虫というのは実力差も分からんのか」

 

 初め、星塚は何が起きたのか分からなかった。何かが切れる音がして、彼女は水面へ落ちていく。髪や服に液体が染み込み、重さが増していった。

 いや、そんなことは問題ではない。立ち上がろうとして、星塚はようやく気付く。

 ──手が、ない。肘と手首の中間から先が、切れ味の良い包丁で断ち切られたように消えていた。

 

「え、あ……ゔ、ああぁぁ!!」

 

 その事実に気づいた瞬間、痛みが彼女を襲う。そして断面から吹き出す液体。

 体勢を崩し、星塚は水面でジタバタと芋虫のようにもがく。その様子を見下ろし、呪いの王は哄笑を上げる。先程までの不機嫌は吹き飛んでいた。

 

「ああ、良い。良い悲鳴が上げられるではないか、小娘!」

 

 重力を無視するように、宿儺は水面へと軽やかに降り立った。未だ蹲ったままの少女の髪を乱暴に掴み、持ち上げる。髪の先から水滴が落ち、白い衣へ染み込んでいく。彼はそれを厭わず、少女の耳へ口を寄せる。

 

「どうした? もう終わりか?」

 

 呻き声を上げていた星塚はその言葉で平静を取り戻し──いや、怒りを膨らませ、男をギロリと睨みつける。役に立たなくなった腕ではなく、足を動かし宿儺を蹴りあげようとする。

 その前に彼は手を離し、脛から先を切り落とす。そして彼女がしようとしたように、星塚の柔らかな腹へ膝を叩き込んだ。

 

 凄まじい膂力で放たれた蹴りによって、少女は数メートル先へ吹き飛び、肋骨の一部へ叩きつけられた。

 そして重力に従い、再び下へ落下していく。小さな水しぶきが上がったあと、星塚の身体がビクリと大きく痙攣し、胃から何か酸っぱいものが逆流してくる。

 

「ゔ、ぁ、お゛ぇ、ぇぇ……っ!」

 

 星塚はびちゃびちゃと水音を立てて、せり上ってくる吐瀉物を撒き散らした。四肢を落とされ、もはや立ち上がることもままならない無力感。少女の瞳がじわじわと潤んでいく。

 

 両面宿儺の死後、彼の魂は20本に分割された指に閉じ込められた。虎杖が呑み込んだのはたった2本。彼の全盛期の10分の1にすぎない。

 それにも関わらず、彼女は文字通り手も足も出ないまま地を這いつくばっている。

 あまりにも格が違う。星塚は杉沢第三高校で五条と対峙したときのことを思い出した。

 そして、五条の時とは違い、相手は明確にこちらを嬲る意図を持っていた。

 

 こんな無様を晒して、虎杖を守るなどよくもまあ言えたものだ。切り口から未だ流れ出ていく血。失われていく命の一部。薄れゆく意識。

 ──それでも。

 

『星塚!』

 

 脳裏を過ぎる男の声が、星塚を現実へ引き戻す。

 ギリ、と噛みちぎる寸前まで舌に歯を立てた。滲む鉄の味と痛みで意識が鮮明になる。

 どうすれば、奴へ喰らいつける? 手足がないなら作ればいい。糸を紡けばいい。

 何も糸を出すのは指先に限る必要なんてないじゃないか。

 

 手足の断面から赤い血のような糸が次々に飛び出し、形を成していく。真っ赤な義腕で、義足で、星塚は拙いながらも立ち上がった。

 息を荒らげて2歩、3歩と足を動かす。どこからか飛んできた斬撃が手足を切り離そうが、何度でも作り直す。

 呻き声を上げる。1歩進む。掠れた声で叫ぶ。1歩進む。ひたすら宿儺の拷問のような仕打ちに耐えながら、ようやく彼女は宿儺の前に立った。

 

「こ、ろ……してや…………」

 

 そして、何もなせぬまま、崩れ落ちた。体力と呪力は底を尽き、ピクリとも動けない。

 宿儺は彼女を見下し、悪辣な笑みを浮かべ──星塚の腫れ上がった腹へ手を当てた。

 

「殺すのではなかったか?ほら、頑張れ頑張れ」

「ぁ、あ゛あ゛あぁぁぁっ!!」

 

 皮膚を切り刻まれ、その奥の臓腑すらも微塵切りにされる。身体が勝手に、獣のような悲鳴を上げていた。

 

「小娘」

 

 僅かに残った意識で執念深く瞳だけを動かし、星塚は男の言葉に応答する。

 

「久々に面白いものを見せてくれたな。やはり女の嬌声というのは良いものだ」

 

 虎杖と同じ唇を動かし、虎杖が絶対にしないであろう傲慢な口調で彼は言った。

 

「褒美をやろう。貴様、この男の動向が知りたいのだろう?」

 

 宿儺は指を立てる。

 ──1つ、星塚はその身を持って自分を愉しませること。

 ──2つ、星塚はこのことを誰にも()()()()()こと。

 

 話している途中にも、星塚の意識は途切れそうになる。

 その度に彼は鋭く尖ったその指先ではらわたを遠慮なしに掻き回す。彼女は自身の悲鳴と痛みで目を覚まさざるを得なかった。

 

「条件を呑むのなら、俺はこの身体に繋がっている糸を()()()()()()()()切らないでおいてやろう。さあ、どうする?」

「し、ん……じ……られ……」

「なんだ貴様、縛りも知らんのか?」

 

 他者との誓約は、絶対的なものだ。破ればその者に必ず罰が下される。代償がいかなるものかは誰にも予見できない。

 

 それを聞き、星塚は痛みに支配され続ける脳を必死に動かす。

 虎杖の情報と自分の苦痛。天秤にかけるまでもない。

 この先、虎杖は危険な目に合うはずだ。

 目の前の男の危険性は言うまでもない、身をもって体験したのだから。こんな不穏分子を皆が皆、五条のように受け入れるはずもない。

 きっと、虎杖が虎杖であるうちに消してしまいたいと考える輩は必ず出てくるだろう。

 

 星塚は宿儺の要求を呑む。どれだけ自分に不利だとしても、断る選択肢などなかった。

 

「わ、か……『分かりました』」

 

 星塚の答えに、宿儺は満足気に口角を上げる。彼は笑みを浮かべたまま腕を上げ、不可視の斬撃を繰り出した。

 

 ふと星塚の首から上が軽くなる。視界がぐるりと回り、水面へ落ちたあと──視界が真っ暗に染まった。

 

 

 星塚は布団の上で目を覚ました。やけに時計の針が動く音が耳に残る。見ればあれから時間はほとんど経っておらず、あの地獄のような責め苦はなかったのかと思うほどだ。

 だが、その魂に刻まれた苦痛を忘れない。忘れることなどできない。

 

「ひ、っ……う、ゔぅぅ……!」

 

 星塚はひきつけを起こしたように身体を震わせ、ベッドから転がり落ちた。背中を強く打ったが、それよりも記憶の中の痛みのほうが遥かに彼女の精神を傷つけていた。

 

 喉をひたすら掻き毟る。古い角質が爪と指の間に詰まる。

 それでもまだ指先は動きを止めない。やがて血が滲み、爪は赤く染まっていく。

 本当は衝動のままに叫び散らしたかったが、隣の部屋には釘崎がいる。ほんの僅かに残った理性が彼女を獣ではなく人たらしめていた。

 

 息を吸う、息を吐く。じっとりと汗ばむ身体と口の端から垂れる唾。大きく胸を上下させ、ようやく星塚の目に正気が宿る。

 

 彼女の心の大部分は恐怖と憎悪が占領していたが、それらをかき分けた奥の奥には安堵が潜んでいた。無事に術式は使えたという事実が彼女の精神を支えている。

 そして死に直面し、必死にもがき、足掻いたことが功を奏したのか、前よりも術式の精度が上がっていることも。

 

 これからも彼の退屈を慰めるために、星塚は苦行とも呼ぶべき仕打ちを受けるだろう。

 だが、自身の力にもなるのなら構わない。回り回ってそれはきっと虎杖が生き延びる可能性を高めるのだから。

 

『ん……おい、もう……やめろよ……』

 

 糸から伝わる彼の寝言。その声1つで、星塚は自分がどれだけ陰惨な目に遭おうが構わないと思える。

 

 指先を血で汚したまま、ベッドへ星塚は飛び込んだ。そして幾許も立たないうちに、彼女は寝息を立てていた。

 

 

 そうして彼女は宿儺と縛りを結んだが、表面上は平穏な日々を過ごしていた。

 

「ねえ椛、今度はここの店行きましょ。ほら、インスタで話題なのよ!」

「勿論です! わぁ、美味しそうですね」

 

 数日おきに、宿儺は星塚を呼び出す。生命の息吹が欠片も感じられない空間の中で、彼女はひたすらに嬲られ続けた。

 

「伏黒君、次の任務のことなんですけど……」

「そういやオマエとだったな、なんだ?」

 

 目を抉られ眼窩から指で脳を引っ掻き回されても、臓物を引きずり出されバルーンアートのように弄ばれても。

 

「星塚? ちょっとオマエ顔色悪くね?」

「……え? ああ、最近少し夢見が悪くて……」

「まー化け物退治ばっかだもんな」

「そのうち慣れますよ」

「なんかあったら言えよ。俺にできることなんてあんまないかもしれんけど」

「その言葉だけで十分です!」

 

 彼が生きていれば、良い。

 

 

 だが、そんな彼女の願いはすぐに壊されることになる。

 

 ──特級仮想怨霊(名称不明)、その受胎を非術師数名の目視で確認。緊急事態のため高専1年生4人が派遣され、()1()()()()

 

 

 伊地知が深刻な面持ちで告げる説明を聴きながら、星塚は目の前の少年院を観察する。

 残された5名は本当に生きているのだろうか? 特級という規格外の存在が蔓延る院内で生存しているとはとても思えない。

 

「なぜ私たちが派遣されたのでしょう。せめて1級術師の方に頼むべきではないのですか?」

「この業界は人手不足が常。手に余る任務を請け負うことは多々あります」

 

 そんなんだから人手不足になるのではないだろうか。一瞬星塚はそう思ったものの、背に腹はかえられぬということだろう。

 本当なら今すぐこんな危険地帯からは虎杖を連れて退散したいが、上からの命令なのでそういうわけにもいかない。

 何せ未だ虎杖は呪術師としては認められていない。少しでも結果を出して彼が総監部にとって有益であるということを示さねば。いざとなれば自分が肉盾にでもなってやればいい。

 恐る恐る星塚が院内へ進もうとした矢先、外から一般人らしき女性が駆け寄ってくる。

 

「あの! 正は……息子は大丈夫なんでしょうか」

 

 補助監督によってすぐに彼女はその場からは離れたが、啜り泣く声は雨音に紛れず彼女らの耳に残った。

 息子を思う母の姿に心を痛めたのか、虎杖の眉尻が下がる。

 

「伏黒、釘崎、星塚。──助けるぞ」

「当然」

「できる限りのことはしましょう」

 

 やる気に満ち溢れる3人。だが、伏黒だけは何か言いたげな顔をしていた。

 

 帳が降り、夜のようになった世界を物珍しそうに眺めつつ、星塚は3人に続いて少年院の扉をくぐる。

 

「!!」

 

 息を呑む音。星塚も中の光景を見て同じような反応を繰り返す。

 中は外見に見合わないほど広がっており、幾つもの建物が組み合わさったようなものになっていた。壁や天井に張り巡らされた配管は複雑に絡み合っていて、本来の役目を果たせるか疑問である。

 

「?? どうなってんだ!? 2階建ての寮だよな、ココ」

「おおお、落ち着け! メゾネットよ!!」

 

 虎杖はあんぐりと口を開け、釘崎も動揺からか現実逃避じみた言葉を吐いた。

 

「これは……どういうことですか?」

「呪力による生得領域だ……!」

「生得……?」

「説明してる時間が惜しい、要は呪霊の腹の中ってことだ。さっさと任務を終わらせるぞ」

「……伏黒サン? 俺たちが入ってきた扉がなくなってんだけど……」

 

 伏黒が振り返れば先程まで確かにあったはずの扉が消えている。元から何も無かったように、薄汚れた配管と壁だけがそこにあった。

 これが特級。得体の知れぬ空間に放り込まれ、星塚は喉が渇くような感覚に襲われる。

 

 幸い伏黒の玉犬が出入口の場所を覚えている。いざと言う時は案内してもらえばいい。

 伏黒からそのことを聞き、脱出経路を確保したという安心感からか嬉しそうに玉犬の周りに群がる三人。

 

「わしゃしゃしゃしゃ」

「ジャーキーよ! ありったけのジャーキーを持ってきて!」

「偉いですねぇ」

「緊張感!」

 

 伏黒はそれを叱咤し先を急ぐ。

 和らいだ雰囲気。それが持続するのは大して長くはなかった。

 しばらく進んだ先で、地面に転がるのは死体が1つと、一見ボールのような何かが2つ。

 1つはまともに人の形こそ残していたが、下半身が欠損していた。残り2つは、グチャグチャにされ丸められた人間の身体だった。

 ここに潜む呪霊の残虐性を示すような死体の数々に、星塚の眉間に皺が寄る。

 

 そして、あろうことか伏黒と虎杖は言い争いを始めた。

 入口で泣いていた女性の息子を連れて帰りたい虎杖。それを却下する伏黒。

 

「自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする」

「じゃあなんで俺は助けたんだよ!!」

 

 険悪な雰囲気は悪化するばかり。胸倉を掴むまでに発展し、星塚は止めに入る。

 

「落ち着いてください!」

「星塚……」

 

 虎杖の縋るような視線に耐えきれず、星塚は目を逸らす。残念ながら虎杖の意見を支持する訳にもいかない。

 

「虎杖君、ごめんなさい。彼は諦めてください」

「オマエまで……っ!」

 

 死体はひとりでには動かない。運ぶのなら星塚たちの誰か──恐らくは虎杖が抱えることになるだろう。

 だが、そんな状況でもしも特級呪霊に遭遇したら? 足手まといを背負ったまま逃げられるのか? 

 それが可にしろ不可にしろ、少しでも虎杖の生存確率を高めたい星塚としては到底認められるものではない。

 

「……少し意地の悪いことを言います。死体と、私たちの命、どちらが大事ですか?」

「……っ!」

「貴方があの女性に心を痛める気持ちは分かります。でも、私にとっては悠仁君がここから無事に帰れることの方が大切なんです」

 

 虎杖と星塚の視線がかち合う。彼女の瞳に膜が張っているのを見た瞬間、伏黒の胸を掴んでいた虎杖の腕の力が抜け、だらりと落ちる。

 

「話は終わり? さっさと先に進まないと──」

「野薔薇ちゃん!」

「釘崎!」

 

 近寄ってきた釘崎の足元に突然黒い穴が空き、その身体が沈んでいく。星塚は咄嗟にその手を掴む。だが、穴は広がり彼女も闇へ引きずり込まれた。

 2人が落ちたあと穴は塞がり、何も無かったようにリノリウムの床が広がるだけだ。

 

 

「どこよここ! 椛、いるの?」

「い、います……」

 

 釘崎と星塚は真っ暗な空間に落とされた。何も見えないが、周囲に異常な数の呪いがいることは分かる。2人は背中を合わせて構えた。

 一体一体は大した相手ではない。だが、その数が多すぎる。いくら倒しても次から次へとやってくる呪霊たち。疲労だけが溜まっていき、呪力は減っていく一方だ。

 

 やがて躱しきれずに呪霊の攻撃が星塚に直撃する。床へ叩きつけられた身体は何度か弾んだ。頭を強く打ったのか、視界がぐらりと揺れて立ち上がれない。

 

「椛! くそ、邪魔すんじゃないわよ……っ!」

 

 釘崎のトンカチがへし折れる音がした。このまま2人仲良く死ぬのだろうか。

 薄れゆく意識の中、星塚は伏黒の声を聞いたような気がした。何かが風を切るような音。生暖かい何かに包まれるような感触。

 

「カエル苦手なんスけど……」

「悪かったな」

 

 助けが来たのだ。それについ安堵を覚えてしまい、必死に耐えていた意識の糸がぶつりと切れた。

 

 

 次に目を覚ました時の伏黒の言葉を、彼女は受け入れることはできなかった。

 

「いま、なんて……」

「虎杖が死んだ」

「うそ、うそです......そんなの......!」

 

 ゆるゆると星塚は頭を横に振る。信じたくなかった。だが、脳に焼き付いた彼の声は真実を告げる。

 

『あ゛ー! 死にたくねぇ! 嫌だ! 嫌だぁ!!』

『でも、死ぬんだ……』

 

 諦めたような声色。いつもとは違う、覇気のなさ。本当に、彼は死んだ?

 少しずつ襲ってくる虎杖の死の実感。

 

「やだ……ゆ、じく……っ」

 

 星塚は顔を歪め、瞳からボロボロと雫を零す。しゃくりあげ、掛け布団を引き裂かんばかりの勢いで握りしめる彼女。伏黒は言葉を掛けられないまま、彼女が落ち着くのを待った。

 




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