万雷。嵐のオーケストラという特殊な力を宿して生まれた刀。その能力はオーケストラを顕現させ、耳郎響香が持つポテンシャルを120%にまで引き上げるというもの────だが、これは能力の一端に過ぎない。ポテンシャルを引き上げるのは指揮者の能力であって、楽器を演奏する者達の力ではない。ゆえに、万雷はまだ先がある。その先を引き出すには、まだ、耳郎の力が足りないが。
しかし、それでも。
「もっとだ……!」
指揮者の力を上手く使う彼女は。
「もっと上げろ、万雷!!」
下手なプロヒーローよりも高い実力を見せつけていた。緩急の付け方が、恐ろしく巧い。まるで自分の体を────否、自分を含めた全てを譜面として見ているかのように、攻撃の強弱、タイミング、フェイント、足運び。今まで培ってきたものを全て出し切るような戦い方を行う耳郎の心に呼応して、指揮者が指揮棒を振れば、耳が割れそうになる程の高周波が放たれる。
「本当に凄いよ、響ちゃん。指揮者だけでもこれだけ戦えてるなんて!」
「余裕で避けておいて褒めるな!」
「いや、結構ギリギリだよ?」
掠っただけで吹き飛ばされかねない指向性のある爆音を紙一重で躱し続ける多々良は、右手に握っていた縫い針のようなレイピアの柄を捻じり、分離させ……
『おおっと!? 多々良の持つレイピアが分離した直後! 耳郎の攻撃が地面に縫い付けられたぞ!!?』
『縫剣・繕縁。能力は縫い合わせること、か。ただし、条件として、無生物のみが縫い付け可能。しかも一本目で仮縫い、二つ目で本縫いをしなければ完全に固定できない。癖が強い武器だな』
心無い者や、その真価を理解できない者がその効果を聞けば、プロヒーローロックロックの下位互換だと認識するだろう。しかし、この武器の真価は固定化することではない。
「マジで嫌い、その武器!!」
「俺は好きだよ?」
「味方だと確かに強いかもだけどさ!」
ハートビートウォールを放ち、近付けないようにした耳郎はこのまま追撃に入らず、呼吸を整えるために深く息を吸い込む。
「きーこ、きーことミシンを踏んで、仮縫い、本縫い、紡いで紡いで
対する多々良は二対一体の剣を握り、舞うように回り、跳ね、口遊む。紡ぐ。繋ぐ。剣を一振りする度に、彼の周囲に赤い糸が現れ、何かが縫い付けられていく。その針と糸がついにハートビートウォールに近付き────弾かれることなく縫い合わされていき、調整されていく。そして全てが縫い合わされた頃、耳郎の息は整い、多々良の針仕事は終わりを告げた。
「本当に厄介だよね、それ」
「でしょ? 俺がこれを気に入ってるのはこういうのができるからだったり」
『多々良の体に音と糸が巻き付いている!! まるで防弾チョッキみてぇだな!!』
『なるほど、無生物というのは、ああいった音や空気にも適応される……個性の解釈が広い多々良だからこその発想ではあるな』
「時間が無いから結構ダサい感じになっちゃったけど、これで二回くらいは響ちゃんの攻撃を耐えられるかな?」
多々良の体を音の壁だったものと、高周波だったものが防護服のように纏わりついていた。これこそが【縫剣・繕縁】の真価。無生物であれば、どんなものでも縫い合わせて服にしてしまう。向けられた災禍を福に変える。悪縁を良縁へと繕い、縫い合わせる。殺傷力はなく、斬り付けようとしても切り傷すら与えられない、ひたすらに頑丈な剣の形をした縫い針。癖が強いことは否定できないが、この武器を使うだけで、様々な攻撃を己の服へと変えてしまえるのだ。なお、この服の強度は使い手の裁縫技術によっても変動するため、不器用な人間が使えば使い物にならない。難しく、とんでもなく癖が強い武器だ。
「ああ、それと万雷だけどね、もう少し引き出せると思うよ?」
「今! めっちゃ! 疲れてるんだけど!?」
「慣れるよ。慣れて?」
「慣れるか!!」
そう言いながらも心の中では使いこなしてやろうと向上心を滾らせるのが耳郎クオリティー。その心情を読み取って、指揮者が笑みを浮かべたかのように口元が歪み、指揮棒を握る手に力が込められたように見え、多々良はまるで子供の成長を見つめる親のように目を細めた。
「何その顔」
「んーん。何でもない」
軽口を叩き合いながらも、お互いの攻撃は激しくなっていく。指揮者が指揮棒を振るえば、耳郎のイヤホンジャックから放たれる心音や、刀に嵐のような旋律が乗せられる。一撃でも喰らえばアウトの攻撃を、多々良は笑みを浮かべながら凌ぎ続けている。多々良が進めば耳郎も進み、耳郎が動けば多々良も動く。まるでダンスでもしているかのような二人の動きに、誰もが瞬きを忘れて戦いを凝視する。
ある人は二人の戦いを見てモチベーションを高め。
ある人は実力差に舌打ちしそうになりながらも凝視し。
ある人はどうしてそこまで楽しみながら戦えるのかと疑問を抱き。
ある人は成長し続ける教え子が変わらず爆走し続けていることに目を細め。
多くの人が、その戦いを見て何かを考え、感じていた。誰もが────────終わりが近いと実感していた。音の服はすでに、嵐のような旋律によって消し飛ばされており、多々良の体操服は裂け、あらゆる箇所に切り傷ができている。耳郎の体は、万雷の解放によって限界を迎えようとしている。
だが。だがしかし、多々良と耳郎はまだ終わらないでくれと願い続けていた。まだだ、まだ足りない。もっと戦える。もっと魅せてあげることができる。自分はまだ出し切っていないと。
「終わりにはしたくないんだけどなぁ……」
「ウチだってそうだよ。でも、終わらせなくちゃね」
「うん。じゃあ、やっぱり────
多々良は武器を仕舞い、耳郎も刀を収め、指揮者が彼女に嵐の音を纏わせたところで消える。お互いに構えるは拳。片や耳郎の拳には嵐のような旋律が渦巻き、片や多々良の拳には炉心から溢れた炎が巻き付いている。
両者、同じ構え。殴り合いにおいて、幼馴染三人の中で最も強いのは心操だが、個性無しで戦った場合。個性有りで殴り合えば、耳郎か多々良が最後に立っているだろう。そんな二人の視線がぶつかり、正面から殴り合いを開始した。
『残り二分! ここで殴り合いが始まったぁ!! お互いにゼロ距離!! ノーガードでの殴り合い!! テクニカルな二人かと思いきや、ここで力と力のぶつかり合いだ!!』
『……が、体幹は多々良がトップクラスだ。それを崩すには────拳じゃ足りない』
そんなことはお互いに百も承知。炎を纏った拳が耳郎の頬を、首を、腹を、腕を掠め、時には当たるが、耳郎は止まらない。火傷など、あとでどうとでもなる。真正面から殴り合い続け、ラッシュを叩き込み、少しだけよろめいた多々良の腹に、イヤホンジャックを二本突き刺し────
「持ってけ最大出力──────―ハートビート……
両手に纏わりついていた嵐の旋律と同時に、最大出力の音撃を叩き込んだ。
「ゲボッ!!?」
ドクン、ドクン、と心音を刻む音と共に叩き込まれる暴風のような旋律。イヤホンジャックから流し込まれる心音と共振して内部に響くその音撃に、多々良の内側をぐちゃぐちゃに掻き回し、真っ赤な血液を吐き出させた。
『効き過ぎじゃねぇかこれ!?』
『多々良の体を舐めるな。内側から放たれる炉の炎を抑え込むために凄まじい強度を持ってる。危険なことには変わりないが、危惧するほどのものじゃない』
このまま終わるか、と誰もが思った時。血を吐いていた多々良が耳郎の体を優しく抱きしめ、受け止めるように包み込んだ。
「……楽しかったよ、響ちゃん! でも、今回は俺の勝ちだね」
耳郎が全力を込めた最後の一撃を喰らってもなお、多々良は気絶することなく立ち、炎を溢れさせて耳郎の体を熱する。熱するといっても、温め、眠気を誘う程度の暖かさでだが。
「………………次は……ウチが……」
「次も俺が勝つよ。だって俺は、響ちゃんと人ちゃんのヒーローなんでしょ? それに、好きな子にはカッコいいって思ってもらいたいもん」
「…………………………バーカ。そんなことしなくても、壱は……」
そう言いながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべた耳郎が意識を手放す。
多々良は眠っている耳郎を抱き留めたまま、ミッドナイトを見る。
「じゅる────んんっ! 第四試合勝者!! 多々良壱譚!! 」
万雷の歓声を浴びて、勝利したことを実感しながらも、多々良は引きつった笑みを浮かべた。
「台無しだよミッドナイト先生」
「青春を見ると寿命が10年は延びるわ」
「ダメだこの人」
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「あ、響ちゃん起きた? 意識ある? 体どこも痛くない?」
「どさくさに紛れて脇腹とか触るな変態」
「ン゛ッ♡」
場所は変わって医務室。試合が終わってすぐに医務室に飛び込んだ俺は、目が覚めた響ちゃんと一緒に治療を受けていた。うーん、響ちゃんの戦いぶりと、万雷の力を見れて大満足。人ちゃんと戦う時も喝采使わせよっと。
「人使は?」
「さっき来て伝言残してったよ。ゆっくり休めだってさ」
「ふーん……」
「あと先に行く、頑張ろうなぁ! ……だって」
「よーし、あいつはあとでシバく」
ケタケタと笑う人ちゃんの表情に青筋を浮かべた響ちゃんがイヤホンジャックをゆらゆらと動かしながら、人ちゃんをどう潰すかを考えている横顔を見ながら、俺はふと疑問に思ったことを口にする。
「ねぇ響ちゃん」
「ん?」
「最後のあれ、何て言おうとしてたの?」
そんなことしなくても、俺は……何?
「あー…………………………えーっ、と……ごめん、忘れた」
「えー……」
「本当に覚えてないんだって。そもそも意識が朦朧としてたし、ウチ、何話してた?」
「次はウチが勝つ、とか」
「あ、それは覚えてる」
じゃあ最後に言ったことはほぼほぼ意識がない状態で言ってたのか……じゃあ覚えてないか。何を言おうとしてたのか知りたかったのになぁ。
(まぁ、本当は覚えてるんだけどさ。ちょっとハズいし、言わなくてもいいでしょ)
「響ちゃん?」
「……あ、ごめん。今日の夕ご飯について考えてた」
「洋食かぁ……ランチラッシュ先生に頼んでみる?」
「いや、喫茶店行こうよ。あそこ、夜中までやってるみたいだし」
喫茶店……ああ、ホームセンターとかの近くにある……あそこ、美味しい紅茶とコーヒーばっかりに目が行きがちだけど、料理も美味しいんだよな。……うん、響ちゃんが何を言おうとしたのかは気になるけど、切り替えよう。
なんか雑な気がしなくもないがヨシ!!