雄英高校林間合宿襲撃事件として、多くの教科書に載ることとなる事件は、ヴィランの勝利で終わった。その翌日。雄英高校の教員全員が殺気立って会議室に座っていた。
「認めよう、僕達の認識が甘かった」
根津が言う。
「奴らは我々の想定を超えた速度で成長し、こちらが悠長にしている時間は無かった」
「この際だから言うけどよ……やっぱいるだろ、内通者」
プレゼントマイクが口にした言葉で、殺気立っていた空間にさらなる緊張が走る。
今回の合宿先は、プッシ―キャッツと駆世組、そして雄英高校教師陣にしか知られていなかった。ヴィランがその情報を得るには、やはり内通している者がいなくてはならない。
「駆世組は……あり得ないだろうな。そもそもあの家系は元々ヤクザ一家だが、ヴィジランテ────ヒーローの前身の家系。それに……」
「ビッグボスが纏め上げる駆世山は悪意を持つ者に容赦をしない」
あの森は、悪意を持つ者に容赦をしない。ゆえに、ヴィランは紙屑のように蹴散らされたし、密猟者は帰らぬ人となって養分になっている。
「内通者のこともそうだが……なぜ多々良が攫われたのか、だろ」
平和の象徴がいたというのにも関わらず、引き起こされた犯行。その中で多々良壱譚が攫われたことについて、議題が移る。悪意の主はなぜ、多々良というどこまでもヒーローを目指す人間が攫ったのか。
「彼はヴィランに堕ちるような男ではない。それは我々がよく知っている」
「だとすれば、何が目的で……?」
「洗脳してヴィランにするつもりか……それとも……」
考えが出ては消えていく。考えても考えても、憶測の域を出ない。会議室に集まった全員が沈黙する中、相澤が口を開いた。
「多々良の置き土産があります」
相澤の言葉に、誰もが目を見開いた。捜査に必要なものは全て警察に渡していたと思っていたが、隠し持っていたとは誰も思っていなかったのだ。合理主義の体現者が、そんなことをするとは、と誰もが思う中、相澤は懐から取り出した小型の録音機を取り出して音声を再生する。
『やあ……初めましてだね、僕の可愛い娘の血を引く子』
『てめぇは誰だよ』
「この声は……!!」
邪悪な声に真っ先に反応したのはオールマイト。それもそのはずだ。その声は、己が生涯を賭けて打倒せんとした宿敵の声だったのだから。
録音機から流れてくる声に混ざって聞える凄まじい戦闘音。百鬼悟酒を飲み、鬼となった多々良が、悪意の主と戦いながら、会話を繰り返していた。悪意の主は多々良を見ているようで見ていないような話しかしておらず、会話と言えるかは怪しいが。音声の再生が終わった後、会議室には凄まじいプレッシャーが放たれた。オールマイトだ。枯れ木のような体躯から放たれているとは思えないその威圧感は、会議室の空気を文字通り震わせる。
「奴が……来ていた……! あの場所に……!」
「奴……ということはまさか……あの声の主が?」
雄英高校の教師陣には、オールマイトの宿敵である超大物ヴィラン────
「間違いない……奴は多々良少年の個性を手に入れようとしている……!!」
「けど、可愛い娘って、どういうことかしら? オールマイトの話を聞く限り、AFOに娘なんていないはずよね?」
「だが、長い間生きているというヴィランだ。その中で実験的に己の遺伝子を利用して子供を作っていてもおかしくはないが……」
実験的に生み出された誰かの血を引くからといって、ここまで執着するのだろうか。スナイプの言葉に誰もが確かに、と頷く。可愛い娘の血を引く、と言っていたことから、間違いなくAFOはその誰かを愛していたのだろう。間違った偏執的で破綻した愛情だったとしても。
そして、もう一つ気になっていることがある。
「悪い男の毒牙に、という言葉も気になります。そして、弟だけではなく、娘にまで……という言葉も」
誰もが疑問視していたAFOの発言の中に出た単語。悪い男と、弟、そして娘。奪われたという言葉からしても、悪い男というのはAFOと敵対していた誰かということで間違いないはずだが……
「気になるところはたくさんあるけれど、まずは彼をどう救出するかを話し合おう。メディアへの対応は僕に任せるのさ」
「校長、あなただけではダメでしょう。俺と、ブラドも出るべきだ」
メディアは既にこの事件を大々的に取り上げ、世間はそれを少なからずバッシングし続けている。平和の象徴がいたのにも関わらず起こった事件に対して、バッシングする声もあれば、擁護する声もある。負傷者はおらず、拉致されたのが一人であったことが起因しているのだろう。だが、日本ヒーロー社会を象徴するシンボルの一つである雄英で起こった二度目の不祥事の火は中々消えない。表に出て事態を終息に導く必要性がある。そのためにどうするか、そんな話をしようとした直後、オールマイトのスマホが電話が来たことを伝えた。
「も、申し訳ない……」
オールマイトが頭を下げて会議室を後にし、電話に出ると、オールマイトが最も信頼している警察の友人、塚内からの電話だった。
「どうかしたのかい、塚内君」
『忙しい中すまないなオールマイト。雄英の教師陣は揃っているか?』
「ああ、今メディアへの対応や多々良少年の救出について話を────」
『雄英のヒーロー達にも伝達しておきたい。スピーカーに切り替えて共有してほしい』
塚内から言われた通り、オールマイトがスピーカーモードに切り替えた状態で会議室に再入室した後、塚内が要件を口にした。
『忙しい所すまない。こちらで進展があったのですぐに知らせたい』
「進展?」
『敵連合の居場所及び脳無保管庫の場所を突き止めた』
早過ぎる進展に、誰もが驚いた。
事件が発生したのは昨日で、すぐに調べたとしてもそれらしいものが発見されたという情報を手に入れた……という進展程度のはずだ。あまりにも早過ぎる進展に誰もが罠を警戒するが、オールマイトが信頼する塚内が突き止めたと言い切ったということは、裏も取れている。
『駆世組の方々が、足を洗った前に交流があった裏の住人に声をかけて調べ上げてくれた』
そんなことをすれば、世間から白い目で見られるかもしれないというのに、駆世組は動いた。山の管理者としての面子だけでなく、一人の子供を守るために。
『それだけで警察からも、世間からの目も厳しくなるかもしれないのに、そのリスクを度外視してだ。全てを捨てる覚悟で、彼らが動いてくれた。彼らの勇気ある行動と警察、そして海外からたまたま休暇でやってきていたプロヒーローのお蔭で、ここまでの捜査を可能とした。すぐに信頼できるトップヒーロー達を招集し、カチコミをかける! 雄英のプロヒーローは参加できないかもしれないが……この極秘情報を上手く使ってくれ!!』
スピーカー越しにも伝わってくる塚内の熱に、会議室の誰もが拳を握った。胸の内から湧き上がってくる思いを抱き────それを代表するようにオールマイトが口を開いた。
「私は、素晴らしい友を持った……!」
枯れ木のような体が、みるみるうちに厚みを増していく。多々良壱譚が生み出した刀、生やし丸によってほぼ全ての臓器を再生させたことで、全盛期とまでは行かないが、残り火が息を吹き返したかのように燃え上がっている。それはもはや残り火と言えぬほどに強く────焚べられた薪を燃やし尽くし、灰ではなく炭に変えて形を残すほどの……そんな炎になっている。
「奴らは甘く見た。警察の努力や、プライドすら捨て去って誰かを守ろうとする気高い人々の意志を。奴らに会ったら、こう言ってやろう………………私達が、反撃に来た、と!!」
────────────────────────────────────────────────────
多々良、耳郎、心操の三人がシェアハウスを行っている家にて、耳郎響香と心操人使は、多々良が普段使っている部屋の中に置いてあったルーズリーフノートを見ていた。
「なるほど……?」
「食べたい物リストね……」
見ていたノートに書き記されていたのは、多々良が合宿帰りに食べたい物をリストアップしたものだ。レバニラ、もつ鍋、ハンバーグ、タコス、焼き魚、煮魚、サバの味噌煮、シーザーサラダ、刺身、鯨、おでん、炊き込みご飯など……本当に様々な料理が書き記されている。
「めっちゃ食べるつもりだなあいつ」
「まぁ、ウチらも一緒にって感じだろうけどね。タコスなんか、ウチらで食べて食べきれる量じゃん」
どんだけ食べるつもりなんだと苦笑しながらも、多々良が帰ってきたらこのリストに載っているものを作ってやろう。そして笑って出迎えてやろうじゃないか。そう決めた二人は、冷蔵庫の中に材料あったっけ? などと考えながらノートを捲っていく。リストアップされた料理の材料や調理法が書かれているそれには、写真も付いており、二人の好みの味なども記載されていた。細かすぎてちょっと引きそうになりながらも、ページを捲る。分厚いそれはレシピブックとして売り出したら売れるのでは? と思ってしまう程のクオリティだ。見ているこっちが腹を空かせてしまうほどである。
腹が鳴りそうになりながらページを捲っていた二人はふと、ノートの中に何かが挟み込まれていることに気付く。それは、古い、一通の手紙であった。
「……お、こりゃ響香宛の手紙だな」
宛先が書いていないはずの手紙を見てそう断定した心操に、耳郎は怪訝な目を向けた。
「見たことあるの?」
「いや? 俺は壱が何か書いてるところしか見てない。中身は知らないけど……まぁ、あの時の焦り具合とかからして……ラブレターとかかもな?」
中学校に入ってすぐ、多々良が真剣な表情で何を書いているのかと気になった心操がそれを覗き込もうとしたら、真っ赤になった多々良が焦ったように手紙を隠し、媚主絶天を構えたのを思い出した心操は、ちょっとコーヒー淹れてくると言って多々良の部屋を出た。
邪魔しないから読め……そう言っていると受け取った耳郎は、少し古ぼけた手紙を開いた。
陽気に包まれ、桜が咲き誇る今日この頃、響香様におかれましては益々のご健勝のこととお慶び申し上げます。
……って、こんな堅苦しいこと書いても仕方ないか。中学校に入学してすぐだけど、響ちゃん凄いモテててびっくりしたよ。やっぱり響ちゃん可愛いし綺麗だしカッコいいから、皆が夢中になるんだね。俺? 俺はいつも通り、響ちゃんが大好きだよ? 当たり前でしょ?
まぁ、こんなペラペラと好意を伝えてるから、響ちゃんも軽くあしらうんだろうなぁとは自覚してます。はい、自覚はあるんですよ。でもですね? こうやって言葉にして好意を伝えないと、きっと俺は響ちゃんが好きなことを一生伝えられずにいると思うんだよね。人ちゃんからももう少し誠意のある感じでガンガン押していけばいいって言われたけど、本当なのかなぁ?
あ、そうそう。この手紙書いたのはさ、やっぱり言葉でも伝えたいけど、文面としても響ちゃんへの好意を伝えたいなぁって思ったからなんだ。こうして思いの丈を書き連ねたら、もしかして……なんて下心もあったり。うん、でね? 何度も伝えている通りなんだけどさ、俺は響ちゃん────響香さんのことが好きです。大好きだって大声で言えます。大好きなんだよ。響ちゃんがいないとダメなんだって情けなく叫べるくらいには、響ちゃんのことが大好きです。命を捧げてもいいくらい、響ちゃんのことが大好きです。初めて出会った時……小さい頃に出会った時から、大きくなって個性が発現して助けてもらって。ずっと一緒にいてくれるって言ってくれた響ちゃんが友達としても、女の子としても大好きです。もちろん人ちゃんも大好きで人ちゃんもいなきゃダメなんだって叫べるけど、人ちゃんは男友達としてだよ?
楽しそうに楽器を弾いているところも、歌を歌っているところも、意外と乙女なところも、ヒーローを目指して進んでいる姿も、全部、全部大好きなんだ。
ちょっと書いてて恥ずかしくなっちゃったから、もしかしたらこの手紙は書いてすぐに渡してないかもだけど、未来の俺がちゃんと渡してれば……でもどうだろう……渡してなさそうだよなぁ……肝心なところでヘタレるのが俺だしなぁ……うん。でも、この気持ちは絶対に嘘じゃない。響ちゃんが好きなのは、絶対に嘘じゃない。
だから、というわけじゃないんだけどさ。この手紙を読んでくれたら、ちょっとだけ……ほんの少しだけでもいいから、考えてほしいかな。あ、返事とかは全然求めてないよ!? 響ちゃんと人ちゃんを束縛し続けるのは俺としても嫌だし。返事がNOでも全然いい。この気持ちを手紙みたいに形の残るものでちゃんと伝えたかっただけだから。
あ、でも欲を言うならYESって答えが欲しかったりもする! 前言撤回! ほんの少しじゃなくてちゃんと考えてほしい! やっぱり響ちゃんが誰かと一緒になるのを見るのは嫌だ! ずっと一緒に居てほしい! 欲を言うなら死ぬまで、死んだ後もずっと一緒に……三人で来世も笑っていたい。
最後の最後で茶化した感じになっちゃったけど……以上! 読んでくれてありがとうね!
「自分で伝えろ、馬鹿」
くしゃっ、と手紙を握り締めて、いつも自分にストレートな好意を伝えてくる幼馴染の顔を思い浮かべる。
「会いたいなぁ……」
会って、伝えなくちゃ。色んなこと、全部伝えなきゃ。
耳郎は心の中でそう呟き、握り締めてしまった手紙────多々良壱譚がヘタレて渡すことができなかったラブレターを綺麗に畳んで、大事に抱える。多々良が帰ってきたら、心操には悪いが彼には地下室にでも入ってもらって、多々良に色んなことを伝えよう。そう決めた耳郎は、多々良が帰ってきた時のための準備をするため二階から一階のリビングに降り────
「てめぇぶっ殺されてぇなら素直にそう言えよ……!!」
いつの間に来ていたのか切島の喉元に喝采を突き付けて、怒りの形相を浮かべている心操を視認した。
「何してんの人使」
「…………っ、響香」
「とりあえず武器仕舞いなよ。皆困ってるよ」
切島と一緒に来ていたらしい緑谷、轟が冷や汗を掻いて立ち尽くしている。
心操は耳郎の言葉で少しだけ冷静さを取り戻したのか、フーッ、フーッ、と怒り狂う獣のような息を整えながらソファに座った。
「切島、あんた何言ったの? こいつがキレるなんて相当だよ?」
「……あ、いや、その……」
「耳郎、俺から説明する」
轟が切島の代わりに話を引き継ぐ。
多々良が拉致されたあの夜、八百万は回収されたヴィランに発信機を取り付けており、それを受信するデバイスを警察とオールマイトに渡したそうだ。その話を聞いた切島と轟はこう考えたらしい。その受信デバイスをもう一つ八百万に創ってもらい、多々良救出に乗り込もうと。友人が狙われて、攫われて。何もできなかった自分が嫌で、ここで動けなかったら、ヒーローでも男でもなくなってしまうと。それを聞いて止めたのは飯田と八百万、蛙吹や他のA組メンバー達。賛同したのは、提案者の切島、轟、そして緑谷。その作戦を心操と耳郎にも持ってきた……ということまで聞いて、耳郎は大きく息を吸って、吐いてを何度か繰り返した後、発案者達を思いっきり睨み付ける。
「壱を殺すかもしれない選択をするな。今ここで死にたいならそう言えよ」
心操と同じか、それ以上の殺気を向けられた切島と轟と緑谷の全身から冷や汗が噴き出る。
「もしあんたらが助けに行ったとして、何ができるの?」
「そりゃ多々良を助けて────」
「助けようとして、プロの邪魔をして、壱が殺されたら?」
切島の言葉が止まり、その場にいる誰もが息を呑んだ。
「壱を助けるために動いてくれてるプロヒーローの動きを阻害して、そのせいで壱が死んだら? 助けられなかったら?」
助けられない可能性なんて、全く考慮していなかった。自分達の考えの浅さに、今更気付いて頭の中が真っ白になった。頭の中が真っ白になった直後に、頭を思い切り硬いもので殴られたような衝撃を味わうことになった。
「あんたら、その責任取れんの?」
泣いている。
「あいつが……! 死んだら……ウチは……!!」
泣いていた。A組────否。一年生の中で突出した三人組の中の一人が、大粒の涙を零しながら、自分達を睨んでいた。
「あんたらが壱の救出に乗り込んで! それで壱が死んだら! あいつの親御さんや色んな人に、何て伝えるつもりなんだよ……!!」
悔しいのは、耳郎や心操も同じだ。だけど、二人はそれを飲み込んだ。後悔も、怒りも、情けなさも、全部飲み込んで────プロヒーロー達に任せることにした。プロヒーローなら、多々良を救出してくれると信じて、プロヒーローに託したのだ。多々良が攫われたと知って、あの夜ずっと呆然として、ボロボロと涙を零し続けていた二人。一番苦しんでいるはずの二人が飲み込んで、待つことを選択したのに、自分達はルールやリスクを冒してまで、自分の感情のためだけに多々良を助けに行こうとしていたことに、三人は今更気付き、己の選択を恥じた。頭に上っていた血が下がっていき、冷静さを取り戻した三人はソファから降り……頭から血が出るのではないかと思うくらいの勢いで土下座を敢行した。
「すまねぇ耳郎! 心操! 馬鹿なこと言った!!」
「ごめん……! 二人の方が辛いはずなのに……!!」
「目覚めさせてくれたのに、また前みたいになるとこだった……! 頭に血が上って、何も見えてなかった……すまねぇ……!!」
本心からの謝罪を聞いて、二人は小さく息を吐いた。
「悔しいのは分かるよ。俺達だって助けに行きたいさ。けど……それで壱が死んだら、俺は首を吊る」
「同じく。それに、ウチらは壱にご飯作って待ってろって言われてるし。留守にしてたらダメでしょ」
緊張した空気を霧散させるように軽い口調で言葉を紡ぐ二人は、土下座をしている三人をソファに座らせて、淹れていたコーヒーと茶菓子を出した。
「外、暑かっただろ? ちょっと涼んでから帰れよ。まぁ、今日はずっと真夏日らしいけどな」
「夏休みは本格的に自粛期間になりそうだよね……ロックフェス、行きたかったな」
馬鹿な話は終わりにして、他愛のない会話を始める五人。多々良はきっと無事に帰ってくると信じて、日常を取り戻すように会話を続ける。
そしてその夜、のちに神野区の悪夢と呼ばれる大きな事件が起こった。
あ゛ー…めっちゃ疲れた…疲れたよ…!
まだ神野が残ってるってマジ?