林間合宿での一件が急激な進展をし続ける中、多々良は
「さて、多々良壱譚君、聞こえていないだろうが、単刀直入に行こうか」
気絶しているのか、多々良は全く反応しない。目覚めた時、暴れないようにするための措置なのか、両手両足を拘束され、口枷も嵌められている彼の体はピクリとも動かない。主を守ろうとする武器達の胎動もない。炉心の火も止まってしまっており、傍から見れば死んでいるようにも見えただろう。
「君の個性を貰うよ。……いや、返してもらうと言った方が正しいかな? 元々は僕の娘の個性なんだ。僕に所有権があるだろう?」
あの山で個性を奪わなかったのはビッグボスがいたからだ。AFOは多々良の個性を奪うためにあの場に赴いていた。開闢隊はもはや自分の目的を果たすためのデコイだったと言っても過言ではない。まぁ、ビッグボスが覚醒したため、その場で奪うことはしなかったのだが。
「本当は君と話をするつもりだったが……事情が変わってね……すぐに返してもらうことにしたんだ」
弔達とも話をしてもらおうって考えていたんだぜ? と嘯くAFOは意識のない多々良に手を添える。無論、個性を奪った後はその体を有効活用するため、異形型の個性を与え、脳無へと改造するつもりだ。
意識は中途半端に残し、自滅覚悟の戦いを強要させる。ヒーロー達は変わり果てた人間と敵対した状態で再会し、戦い、崩壊し続ける体に意を介さず最後には完全にチリ一つ残らず消滅する。倒してどうにか戻す方法を考えることすらできず、残された者達の希望は完全に叩き折られる……何とも悪辣な魔王らしいシナリオではないか、とAFOは邪悪に笑いながら多々良に向けて個性を発動する。
個性『AFO』。触れた対象の個性を奪い、使役することも、他者に与えることもできる個性。皆は一人のために、という名を冠するに相応しい個性だ。因子を奪い取り、個性を失うそれに対抗する手段は存在しない。
例外があるとすれば、AFOが虚弱な弟に力をストックする個性を与え、弟の中にあった個性を与えるだけの個性と混ざり合ったことで生まれた
魔王に憧れるAFOを上回るような存在がAFOの支配を凌駕するのではない。支配に屈しないという強い意志が、魔王の妄執を跳ね除けるのだ。
オールマイトや緑谷のような、己の命を天秤に乗せることをしない、乗せたとしても絶対に他者へと傾くような、人間とは思えない人間性を宿していない限り、AFOの支配から脱することは不可能だろう。
「さぁ、可愛い娘よ……共に行こうじゃないか……僕と一緒に」
個性を奪うため、AFOは己の個性を発動する。その力を、己の所有物である娘を奪い返すために。
己の所有物を取り戻せるという幸福と、愉悦に浸っていたからこそだったのだろう。AFOは気付かなかった。いや、仮にそれらの感情に浸っていなかったとしても気付けるはずもなかっただろう。
彼の中には、多々良壱譚という男の中には────意志を持つ者達が多く存在していることに。
『『『なぁ、親父に何してんだ?』』』
それは、三つの首を持った竜だった。
『貴様、父上に何をしている?』
それは、美しい着物に身を包んだ仮面の女性だった。
『あら……お父様に何をしているのかしら、あなた』
それは、仏を連想させるような鎧に身を包んだ褐色肌の女性だった。
『親父殿に何をしようとした?』
それは、黒い鎧に身を包んだ巨人だった。
『父祖に何をしている?』
それは、百を超える古代ギリシャの戦士達だった。
『父さんに何をしようとしてる?』
それは、神聖な炎を纏う精悍な戦士だった。
『親父に何してやがる』
それは、酒を飲み、飯をかっ喰らう数えきれない程の鬼だった。
『父を害そうとしたな?』
『父を泣かせたな?』
『父から奪おうとしたな?』
『『『ならば貴様は我らの敵だ』』』
それは、鎖に縛られた、月すら飲み込むような巨獣、巨竜、巨鳥であった。
全員が、多々良壱譚の個性の核であろう炎を守るように、AFOへと牙を向けていた。
「ははは……! 素晴らしい……!」
最後に見た無機物に個性を与える個性という個性は、ここまで深化し、個性を与えた無機物に意志を宿らせるまでに至っていたのか、とAFOは歓喜に体を震わせた。個性には意志が宿る。ならば無機物であったとしても強力な個性を与えられた場合、意志を宿すのではないか。その答えが今、目の前にいる。気まぐれに作った娘が発現させた個性は、ここまでの成長を遂げていた。父親として、ここまで嬉しいことはないだろう。個性を奪うことができず、敵対されていることすら気にならない程に、AFOは笑みを深めていた。
『うわ、気持ち悪い』
『無明、言ってはダメよ。父親面してるネグレクトクソ野郎がいくら気持ち悪くても、面と向かっては言ってはダメ』
『長姉よ、貴女も口にしているぞ』
『あら、本当。でも本当に醜悪ね。何で生きてるのかしら? あんな姿になっても意地汚く生きてるなんて、生きていて恥ずかしくないのかしらね?』
「意志を宿すだけではなく対話すら可能としている……! そしてここまで僕の意識が引きずり込まれたのは────!?」
『ガハハハハァッッ!! 先日は世話になったなァッ!!?』
暗闇の中で一瞬、炎が強く揺らめいた瞬間、一面に彼岸花が咲き誇る。それに気取られたAFOの顔面に、鬼神の金棒がめり込んだ。ぶっ飛ばされる中、AFOはどうにか姿勢を戻そうとして────後方から迫る殺気に対して衝撃反転の個性を全力で発動させるが……それは不発に終わった。
「何っ!?」
『炎に衝撃があると思うか!?』
また炎が揺らめき、蓮華が咲き誇る。炎の舌がAFOに巻き付き、邪悪を滅する悪滅の炎が全身を焼き溶かす。それと同時に黒い鎧を着た巨人が大剣を振りかざし、AFOを両断せんと迫る。
(概念にまで到達する炎! 炎、舌、そしてあの腕に刻まれた蓮華と梵語……アグニか!! となるとあの黒い巨人はスルト……!! 神話すら武器として再現し、その全てが強い意志を持って主人を守ろうとしている! 世代が進んだとはいえ……ここまでとは……!!)
「素晴らしい……ますます僕のものにしたくなったよ! 娘を返してもらおう!!」
邪悪な笑みを深めたAFOが個性を奪おうと出力を上げると、蓮華が散り、元の暗闇に変わる。しかし、それでもなお個性を奪うことはできずにいる。
『『『ギヒッ……! 返してもらおう? 馬鹿か?』』』
三つ首の竜が嘲笑うようにAFOの体に喰らいつく。劇毒、炎、絶命の牙がAFOの肉体を蝕む中、桜の巨木と屍の山と血の河が現れた。
『ここに貴様のものなど……一つもない!!』
万象一切を切り裂く刃がAFOに襲いかかる。AFOはその攻撃を紙一重で避け続けながら、個性の核であろう炎────炉心の支配に意識を向け、大量の人面の触手を放ち、炎を喰らおうとした。
「君達との話は僕の中でしてもらうとしよう!」
『やらせると思うか!? 我らの矜持を掲げよ!! 父祖よ、ご照覧あれ!!!』
『『『
銅鑼が鳴り響き、数百に及ぶ古代の戦士達が盾を構え、触手を全て弾き飛ばした。まさに鉄壁。ペルシャの軍勢をたった三百人で食い止めたというレオニダス一世とスパルタ兵をモデルとして生まれた
『全部自分の思い通りになると思ってるの? ふふっ、甘いわね。そんなんだから、お父様のご先祖様に逃げられるのよ』
媚主絶天の言葉がAFOの逆鱗に触れたのか、AFOの腕から空気砲とレーザーが放たれる。が、媚主絶天はそれを軽々と躱し、AFOに接近戦を仕掛ける。だが、オールマイトと戦った男に生半可な体術が通用するはずもない。防がれ、動けなくなるだけ。しかし媚主絶天の攻撃は────
「ぐぅっ!!?」
『あら、感度が上がったせいで見え過ぎてるのかしら? 苦しそうね、
一撃一撃が感度を急激に上昇させる。一発殴られただけで感度は百倍。そこからまた殴られた場合、二倍、三倍とどんどん乗算されていく。媚主絶天は多々良が生み出した武器の中で最も最古参の武器。戦い方が最も洗練されているのもまた、媚主絶天であった。
『まぁ、私の攻撃じゃ決め手にかけるのは自覚してるわ。結局、私は戦闘向きじゃないし』
だから、決め手は他の子達に任せるわ。
そう言って媚主絶天が離脱した直後、AFOに緊張が走る。遥か昔、四代目OFA継承者の居場所を特定し、仕留めようとした際に相対したビッグボスによって内臓の半分以上を消し飛ばされ、どうにか一命を取り留めたあの時と同じ感覚だ。
『大地は貴様を追放する!!』
大地を踏みしめた巨獣の拳が、AFOの体を天空にかち上げた。まるで子供が玩具を高く放り投げるかのようにいとも簡単にかち上げられ、凄まじいGに体が潰れそうになる中、天井────大荒れの海に叩き付けられ、大海嘯に体がバラバラにされそうになりながら、どうにか海から脱しようとして、巨大な蛇竜に阻まれた。
「ぐっおぉおおおおおおあああああああああああああッッ!!?」
『海は貴様を逃さぬ!!』
「獣風情が……!!」
『その獣風情に貴様は敗北するのだ!! 空は貴様を地に墜とす!!』
海からどうにか逃げ出したAFOの体を暴風と隕石が襲う。AFOの体が粉々になるその瞬間だった。その体が揺らぎ、霞となって消えていく。
「残念だよ……あの男のように強情になってしまって……言葉の端々にあの男の影が見えてしまう……」
『負け惜しみもここまでくるといっそ清々しいですね』
「まだ諦めたわけじゃないさ。個性を奪わずとも、多々良壱譚の体を脳無に変えることは容易いからね。従順になった後、個性を奪えばいい」
『その醜悪な姿を見るに、父祖の主治医には劣るようだな? 彼なら整形手術など容易い』
「ふふふ……僕からすれば、君達の言葉の方が負け惜しみに聞えるがね。まぁ、今日はこの辺で失礼するよ。また会おう、名もなき意志を持つ武器達」
『『『二度と会いたくないね』』』
消えていくAFOに辟易した表情でさっさと出ていけと伝える武器達。巨悪が消えたことで穏やかな暗闇の中に沈黙が訪れ、飛び出した武器達が小さく溜め息を零した。
『父上はまだ?』
『ええ、対話中ね』
武器達の視線の先にある炉心の炎は、いつもとは違い、二つの炎が寄り添い合っているかのように揺らいでいる。命の灯とも言えるその炎は共鳴し合うかのように燃え続けていた。
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どこだろう、ここ。
そんなことを思いながら、俺はテーブルに置かれていた紅茶を口にしていた。多分俺のやつだし、飲んでいいよね。
「んー……多分精神世界的なやつだろうし……起きたらどうやって逃げるか考えないとね……」
俺はあの髑髏マスクに捕まっているだろう。何のために俺を捕まえたのかは知らないけど、とりあえず逃げないと俺は響ちゃんと人ちゃんに一生会えなくなる気がしている。それは多分大正解だと思うのだが、どうだろう? ……にしてもこの紅茶美味しいな。
「あ、先に飲んじゃってたか」
「…………んー?」
俺よりも高い声が聞こえて、その方向を向くと、黒いドレスに身を包んだ女の子がいた。ドレスのお蔭なのか、凄く大人びて見える女の子は、真っ白な髪が黒いドレスに映えている。俺よりも少しほっそりとした顔付きに俺と同じように火が燻っているような灰色の瞳……何だろう、とても既視感。まるで────
「黒百合で性転換した俺みたい」
「ふふ! ええ、そうよ? だって私、あなたのお姉ちゃんだもの!」
「えっ」
どんな暗闇も照らし尽くす太陽のような天真爛漫な笑顔を見せた女の子は、その手に持っていた焼きたての焼き菓子を皿に盛ってから俺に差し出してきた。姉って言ったか? 俺は今俺が吸収した姉と話をしている……!?
「さっき焼いたの! 口に合えばいいんだけど」
ニコニコと笑いながら茶菓子を差し出してくる姉を名乗る女の子に混乱しながらも、差し出されたものは食べなくてはと手を伸ばす。
「あ、うん。いただきます。……うまっ」
めっちゃ好みの味だ。甘さが強く出ていなくて、卵とバターの香りが強いしっとりマフィンは少し濃い目に淹れてある紅茶にとても合う。
「よかった! ふふふ、ずうっとこうしてお姉ちゃんっぽいことしてみたかったの!」
嬉しそうに笑う女の子────俺の姉を名乗る彼女は、本当に嬉しそうに笑いながら俺の向かいの席に座った。ドレスの女性の向かいにはジャージ姿の俺……貴族のお茶会に放り込まれた一般庶民みたいである。何ともシュール。
「それで……ここは? あと、俺、あなたのことなんて呼べばいい?」
「ここ? 私の精神世界であり、あなたの精神世界でもある場所よ? あの悪意の主────オールフォーなんたらって人もここには来れないわ。あと私のことはお姉ちゃんって呼んでくれたらいいわ!」
「誰?」
「あなたを攫った人のことよ」
「ああ、なるほど? オールフォー……オールフォーワン的な名前だったり?」
「そう! それ! オールフォーワン!」
皆は一人のために、ね。何ともエゴの塊みたいな名前じゃないか。この世の王様気取りか?
「その人、個性を奪って与えることができるんだって。勿体ないわよね。どうして誰かのために使えなかったのかしら?」
「生まれついての偏屈だったんでしょ、多分」
「ふふ、そうかもね。じゃなきゃ私達の何代も前のお婆ちゃんやお爺ちゃんに執着したりしないわよね」
「お婆ちゃんとお爺ちゃん? どっちの?」
「どっちもよ。駆世家と多々良家、どっちも」
紅茶を口に含み、茶菓子を一齧りしたお姉ちゃんは、俺達の家の成り立ちを語り始める。
「元々、駆世家はヴィジランテ────よりももっと前、レジスタンスから始まってるの。それと多々良家は駆世家の始まりの人が、自身の子供を守るために遠くへ逃がして始まった家らしいわ」
「ふーん……あれ? てことはお父さんとお母さんって、超遠い親戚?」
「そうね。凄く遠い親戚になるわね」
気が遠くなるような年月をかけて再会した家なわけね。……で、そのレジスタンス? ってのに所属していた誰かが自分の子供を守るために色々紆余曲折して、多々良家となったと……よくヴィラン達に報復されずに残ってたな、俺達の家。
「消されなかったことが気になる?」
「まぁ、気になるよ。それだけ長いこと続いてる家なら恨みとか買ってるでしょ」
「まぁ、そうね。その通りで、何度も消えてるのよ? 実際」
「消えてるのか……」
「消えては復活してを繰り返してるの。一時的に火を消しても火種が残ってるならまた燃えるでしょ? それと同じ」
うーん……? ────あ、家系図が見つからなかったのはそれが原因か?
「というか何でお姉ちゃんはそれを知ってるんだよ」
「聞いたからよ? ずうっと昔のお爺ちゃんに」
「オカルトか?」
「個性自体がオカルトみたいなものでしょ? 何が起こっても不思議じゃないわ」
「それはそう。で、お爺ちゃんっていうのは?」
「そこにいるわよ?」
「……」
「ああ!?」
お姉ちゃんの指差した方向にいた男を見て、俺は思わず叫んだ。あのバチンウニヘッドの戦闘員Aみたいな人! 焼きウニ軍艦にしてやろうと思っていたのに見つからないわけだよ……てかこの人俺のご先祖様なの?
「全然似てねぇ」
「血が薄いからな」
「その筋肉を寄こせよ……!!」
「お前は彼女譲りの体だからな。心操人使のような肉体にはなれん」
「それ言ったら戦争だろうが……!!」
クールな感じがするけどなんか腹立つなこいつ! なんだ? 不器用か? 人の神経を逆撫ですることが得意な感じですか? そんな姿しておいて初動ステロとか壁張り要因か?
「ふふ、壱、落ち着いて? そもそもあなたの体は私の体がベースだもの。責めるべきは私じゃない?」
「いや、お姉ちゃんに非は全くない。非があるのは貴様だバチンウニ……!!」
「俺はバチンウニではないぞ」
「知ってるよ!」
落ち着きを取り戻すために紅茶と茶菓子を交互に口にする。俺の服装もそうだけど、TPOってのがなってないんじゃないかお爺ちゃん。なんだその戦闘服。そのロックマンマイナスレベルみたいな服装は何だ? そのヘンテコからは何が出てくるんだ? バグか? 人間だけを殺す兵器が飛び出てくるのか?
「落ち着いた?」
「まぁ、ちょっとは。お姉ちゃんを名乗る人が出てきたり、バチンウニヘッドが現れたり色々驚いてるけど」
「ならそろそろ本題に移りましょうか。……と言っても、そこまで難しい話はしないけど」
真面目な話が来るかと思って身構えたが、どうやらそこまで難しい話はしないらしい。良かった、俺は難しい話が嫌いな人間なのだ。
「とりあえず私がどうしているかだけど……個性に宿ってるようなものね」
「無明達みたいなこと?」
「いいえ、違うわ。私自身が『武器鍛造』の個性なの」
何だそりゃ。
「私と壱が融合した際、私の体がベースになったのはお医者様に聞いたでしょ?」
「ああ、うん。その結果バグってるらしいけど」
「うん、バグっているっていうところはこの際無視していいわ。ようはベースとなった私の体に宿っている個性があなたが使っている個性っていうこと」
そして、その個性の核である炉心に私の意志は宿り、壱が成長するのに合わせて成長したの。
そう言って微笑むお姉ちゃんは、胸から炎を溢れさせてみせた。うん、間違いなく俺がいつも使っている炉心の炎だ。でも、俺が使っている炎よりも優しくて、温かい感じがする。
「無機物に個性を与える個性────それが世代を重ね続けて、突然変異を起こした結果が私の個性」
「ふんふん……武器を保管できる理由ってあるの?」
「多分オールフォーワンの個性が奪って与える個性だからじゃないかしら? 内部に保管しておけるし便利って考えておくだけでいいんじゃない?」
深く考えるな、感じるだけでいい。そういうことだな、お姉ちゃん。
「本来は壱の人格が形成された時点で消えているはずだったんだけどね、私は」
「やっぱり俺、お姉ちゃんの時間奪ってた感じ?」
「それは違うわよ? ううん……どう表現すればいいかしら……」
うんうんとしばらくお姉ちゃんが唸ってから、思い出したように手を合わせた。
「壱はお母さんのお腹の中にいた時から凄く虚弱だったから、生まれたらすぐに死んじゃいそうだったの」
「え、もしかしてお腹の中にいた記憶あるの?」
「うっすらとね?」
お腹の中にいた記憶がある人がたまにいるとは聞くけど、本当だったのか。俺が驚いている中、お姉ちゃんは話を続ける。
「それで、私は考えた。……と言ってもこうして大きくなってから気付いたんだけどね? 健康過ぎる私の体を壱に渡せばいいんだって」
「嘘だろお姉ちゃん」
「ふふ、お姉ちゃんだもの。お姉ちゃんは後に生まれてくる弟や妹を守るために先に産まれるの。だから、あなたに私の体を渡した────って、赤ちゃんの頃にそういう結論に至ったわけじゃないけどね?」
こうして大きくなってから、その結論に至ったのだと笑うお姉ちゃんが凄くカッコよく見えた。これが……お姉ちゃん……!! 俺が生まれる前に出会っていた、俺のヒーローか……!!
「そうして成長して、壱の自我がちゃんと確立された後、私は消えるんだろうなぁって思ってたんだけど……個性が発現して、壱に渡せる最後のプレゼントかなって思った矢先に媚主絶天が生まれた。それで個性が暴走したでしょ?」
「うん。俺がぶっ刺したせいで」
「いきなり体の感度が爆発的に上がって、個性因子が急激に活性化して、消えていく私の自我が炉心にがっつり残った。あれ、本当にびっくりしたのよ?」
「申し訳ございませんでした」
「弟のやんちゃは許してあげるのがお姉ちゃんなので許しましょう!」
ありがとうございますお姉ちゃん。
「それでね? 活性化して炉心に宿ってからはずっとあなたのことを見守ってきたの。こうして話せるようになったのは、あなたがいっぱい武器を使ってるからね」
「個性が成長して、馴染んだってこと?」
「そう。あとは、オールフォーワンに干渉されたのもあるかしら」
忌々しいが、そこだけは感謝していいかもしれない。お姉ちゃんに出会えたことは間違いなく俺にとっての幸運だろう。
「まぁ、それはそれとして。ここに呼んだのはあなたとお話がしたかったのともう一つあるの」
「本題のもう一つってこと?」
「ええ。壱、あなたにはもう一つ個性が宿ってる。私の個性じゃなくて、壱の個性ね」
……………………………………………………何ですと?
「轟君みたいな感じだったのか、俺は……!」
「本来なら私が作って壱がそれを使って戦うって感じだったと思うわよ」
「あ、そっか、双子だしそういう感じになるはずだったのか」
となると、本当だったらお姉ちゃん、俺、響ちゃん、人ちゃんの四人組だったかもってことかぁ……うわぁ、ちょっと見てみたいな、その光景。お姉ちゃんが作った武器を使って、俺が戦う。ビルドファイターズかな?
「で、俺の個性って?」
「『変速』。それがお前本来の個性だ」
「変、速……?」
お爺ちゃんの言葉に、俺は首をかしげてしまった。変速……速度を、変える個性……?
「えーっと、自動車の変速機構と同じってことでいい?」
「ああ。俺の異能────個性は小さな物体の速度を変化させる程度の個性だったが……お前の場合は違う。お前自身の速度を変化させる」
う、ううん……? よく分からない。車を運転したことはないし、ギアチェンジしているところをしっかり見たこともないし、想像が付かない。というか、それ本当に使えるの? ぶっちゃけお姉ちゃんの個性を使うだけでも一苦労なんだけど。無明みたいな進化した武器だってまだ少ないし……まだ発現しなくてもいい気がする。まだ発現しないでほしい。頼むから後にしてくれ。そう思った矢先、お爺ちゃんが聞き捨てならないことを言った。
「習得できなければ、お前は心操人使と耳郎響香に二度と会えなくなるぞ」
「やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」
「いい気迫だ。始めるぞ」
「わぁ、チョロい。私の弟、とってもチョロい」
響ちゃんと人ちゃんに会えなくなるのは嫌だ! まだやりたいことも、話したいこともたくさんあるんだ!
死ぬつもりは全くなかったが、やる気と生きるための気力が爆発的に溢れてきたのを感じながら、俺は口を開く。
「まだやりたいことがたくさんある……! まだ話せてないことがたくさんある……!」
「響ちゃんと人ちゃんに会いたい! 三人でご飯を食べたい! 遊びに行きたい! ヒーローになるとかこの際どうでもいい! ずっと一緒にいたい!」
ドクン、と心臓が強くなったような気がした。
「人ちゃんにありがとうって伝えられてない!」
思い浮かべるのは、人ちゃんの呆れたような、困ったような、それでいてどこか楽しそうな笑顔。
「響ちゃんに大好きって伝えられてない!」
次に思い浮かべるのは、俺が伝える好意を軽くあしらいながらも、無碍にはせず、受け止めてくれる響ちゃんの笑顔。
「そうだ、それでいい。お前はそれでいい」
「俺はまだ、ゼロなんだ! 何もできてない! 二人に引っ張り出してもらったからマイナスからゼロになった! けど、ゼロじゃダメだ! ゼロは嫌だ! プラスに向かっていきたい!!」
「注意すべきは異能じゃあない!」
どこかで、パズルのピースがハマったような音が聞えた。
「授かった力を何のために行使するのか!」
ガチャンッ、と体の中で何かが繋がっていく音が聞えた気がした。
「誰のために行使するのか!」
お爺ちゃんの声が聞こえてくる度に、体の中で何かが繋がり、目覚めていく何かが胎動する。
「その強い意志に、力は宿るのだ! お前は何のために力を行使する!?」
「友達のため……! 大好きな人のため……! 俺は力を使う!」
「その強い意志に宿った力を、人は個性と呼ぶ!!」
胎動していたものが目覚め、開花する。まるで体にギアが付いた様な、そんな感覚に身を委ね────俺は呟いた。
「
「お前が何のために力を行使するのか。絶対に忘れるなよ」
「頑張ってね、壱。お姉ちゃんはずっとあなたを応援してるわ!」
その声を聞いた直後、俺の意識が現実世界に浮上していくのを感じた。