詰め込みました。六徹です。流石に寝ます。
多々良壱譚が目覚める数時間前。無精髭を剃り、髪を整髪剤か何かで纏め上げ、スーツに袖を通した相澤が根津とブラドキング────管赤慈郎は集まったマスコミの前に立っていた。
「この度、我々の不備からヒーロー科一年生42名に被害が及んでしまったこと。ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと。謹んでお詫び申し上げます。まことに申し訳ございませんでした」
プロヒーロー二人、そして最高峰のヒーロー育成高校の校長が誠意を込めて頭を下げた瞬間、カメラのフラッシュが大量に降り注ぐ。
頭を上げた後、すぐに始まった質疑応答。真っ先に問いかけられたのは、よくある質問。
「今年に入って四回。雄英高校の生徒がヴィランと遭遇しています。生徒に被害が及ぶまでに、各家庭にはどのような説明をされていましたか? また、具体的にどのような対策を行ってこられたのかを改めてお聞かせください」
「周辺地域の警備の強化、校内防犯システムの見直し及び再構築。ヴィランに対する強い姿勢で生徒の安全を保障する。そう説明しておりました」
数週間前にメディアが大々的に新聞などで掲載していた、雄英高校のセキュリティ見直し及び再構築。ただでさえ強固な防衛設備を有していた雄英高校だったが、それを超える防衛設備の再構築は話題となった。
対応は間違っていない。間違いなく正しい判断をしたし、迅速な対応をしていたと、テレビ越しに記者会見を見ていた視聴者達は頷くだろう。しかし、それを上回るような予想外の悪意達。
オールマイトが平和の象徴と呼ばれるようになるまでに、多くの犯罪組織が駆逐された。大規模な組織犯罪が消滅し、何十年も時間が経った結果、無意識的にオールマイトに依存していた。備える期間があると誤認したのだ。
別の記者が、マイクを片手に問う。
「生徒の安全と仰りましたが、イレイザーヘッドさんら複数名のプロヒーローが連盟で事件の最中に生徒へ戦うよう促したそうですね。その意図をお聞かせください」
「ワープ個性による奇襲を受け、生徒が成す術なく殺害されること。誰か一人でも命が潰え、未来を侵されること。私達が考えた最悪を避けるための指示でした」
「なるほど。……では、精神面については?」
「メンタルケアを行いましたが、深刻な心的外傷は今のところ見受けられません」
相澤に代わるようにして根津が答えた。
「では、現在の状況は不幸中の幸いだと?」
「いいえ。私達はまだ最悪を想定し、オールマイトと警察を中心に多々良壱譚の捜索を続けています」
「なるほど。では例の彼────拉致された多々良壱譚君に万が一があった場合、どうするつもりですか?」
「させません。ヴィランには、何一つ奪わせない。万が一、彼が命を落とした場合────私、相澤消太が命を以ってお詫び申し上げます」
ザワッ、とマスコミのざわめきが強くなった。
生徒が死んでいた場合、プロヒーローが命を以って償うと多くのマスコミの前で堂々と宣言したからだ。そのざわめきが消えない中、別の記者が口を開いた。
「そもそもなぜ合宿先の情報が漏れたのでしょうか?」
「それは調査中です。考えられるのはヴィラン側にいるワープ系個性を持つヴィランによる犯行の可能性が────」
「今回攫われた多々良壱譚君が内通者の可能性は考慮されましたか?」
予想外過ぎる質問に対して、記者会見に備えて繕っていた相澤の仮面が外れかかる。記者の発言は全く看過できるものではなかった。
「彼のあの武器────様々な能力を持っているようですが、それらをヴィランに横流ししていた可能性は?」
相澤の仮面が外れかけたことを好機だと勘違いしたのか、空気が冷たくなっていることや相澤を含めた雄英側の纏う空気が変化し始めていることに気付かず、その記者は言葉を並べ続ける。駆世組が元ヤクザであり、裏の住人であったことも引き合いに出して、ヴィランとの繋がりを持っているのでは────などと、己の妄想以外の何物でもない、それらしい理屈を並べ立て、通ってもいない筋を通っていると高らかに叫ぶ。
「雄英高校ではそういった可能性を────」
「だ、そうだが? スターアンドストライプ」
『あり得ないね』
「…………………………は?」
この場にいるはずのないトップヒーローの声が、相澤が起動していたPCから響いた。
『今回の事件を聞いて、アメリカとしても色々と調べさせてもらったよ。煉武────
雄英高校ヒーロー科の三名が海外で職場体験を行ったことは、ネットニュースに掲載されている。だが、この事件を聞きつけただけでアメリカが……スターアンドストライプが動くなど、誰が予想できようか。唖然とする記者達を気にすることなく、PCに映ったナンバーワンヒーロー、スターアンドストライプはいつもと変わらない人々を安心させる強気な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
『この事件が起こった後、
「ヒーローの派遣についても、感謝しています」
『気にしないでくれよイレイザー。彼らは元々日本に
騒然とし始める中、相澤が心無い言葉を放った記者を見る。
「アメリカが動いた。悪意を内に抱く者に対して、かの大国が、ナンバーワンが手を差し伸べるでしょうか? 否。断じて否と言わせていただきます」
騒然としている記者会見の会場の中で、相澤の声だけがよく響いていた。
「多々良壱譚は、幼い頃に個性を暴走させ、両親を含めた周囲の人間の誰にも迷惑をかけないようにと、どこか遠くに行こうとしたり、誰かを傷付けるくらいならばと自殺すら視野に入れていたほど、優しい心を持った少年です」
目を閉じれば昨日のように思い出せる、優しすぎる少年の姿。自分の炎や武器で誰も傷付けたくないと泣き喚き、幼馴染二人や両親が自殺を食い止めなければ自殺していたであろう少年の姿に、相澤はヒーローの本質、どうしようもない程の自己犠牲の精神を見た。
「彼は、痛みを知り、傷付いてもなお人の痛みに寄り添える人間です」
いじめられていた幼馴染二人の前に立ち、傷付ける者を払いのけ、泣いている二人に手を差し伸べていた姿を鮮明に覚えている。障子との出会いについても、話を聞いた。誰かが傷付いているところを見過ごせないヒーローとしての姿が、やはり彼にはあったのだ。
「人を助けるために資格を求められるこの世界で、自分の個性を嫌っていた彼は人を助け、寄り添うことを選んだ。友と共にヒーローの道を駆け抜けていくことを選んだ」
武器を生み出すという誰かを簡単に傷付けられる力で、誰かを助け、寄り添い、一人ではないと手を掴むことを選んだ。意志を持った武器達と本気で向き合い、拒絶するのではなく、愛することを選んだ。
「多々良が────壱譚がヴィランに堕ちる? ヴィランの内通者の可能性がある? 馬鹿馬鹿しい。彼は雄英高校ヒーロー科一年A組、多々良壱譚だ。もし、彼が道を誤れば、私達がぶん殴ってでも止める」
赤く光る双眸に睨まれた記者が仰け反り、冷や汗を流す中、相澤は言い切った。
「俺の生徒を馬鹿にするなよ」
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場所は移り、神野。
「衰えたね、オールマイト。昔の君なら五分もかからずに来れただろうに……」
「それはお互い様だろう!? ふざけたマスクを着けてまで生き永らえて! 生き汚いにも程があるんじゃあないか!!?」
オールマイトとAFOが、激突していた。
オールマイトが拳を振るう度に暴風が生まれる。AFOが指先を動かす度にその暴風を相殺していく。お互い衰えているはずだというのに、互角。オールマイトは治療を受けて臓器の大半を回復させているというのにAFOはそれに食い下がるどころか互角に渡り合っているというのだから、AFOの強さが垣間見える光景だ。
「手数勝負と行こうか? オールマイト」
AFOの背中から骨の鎧を纏った触手が現れ、人面が形成される。その人面の口が大きく開かれた直後、陽炎が見えるほどの熱量が溢れ出す。
「お師匠との戦いから何も変わっていないなァ!!」
「ぐっ……!?」
「最初は雑に遠距離攻撃!! 近距離戦に自信がありませんって言ってるようで恥ずかしいったらないぜ!!」
熱線を暴風を纏った拳で吹き飛ばし、倒壊した建物や地面が焼き切られる。拳を振るった反動を利用して飛んだオールマイトは、AFOの顔面に拳を叩き込んだ。
「DETROIT……SMASH!!!」
「────衝撃反転が間に合わない速度……全盛期程ではないが、相変わらずでたらめなパワーだね、オールマイト!!」
幾本もの鋲突が触手や指先から放たれ、オールマイトがそれを粉砕する。その後ろから更に鋲突と触手、熱線と空気砲が放たれる。オールマイトの進路が潰され、回避すらできない量の攻撃が迫るが────そこは流石のオールマイト。拳圧だけで全てを粉砕、切り抜け、AFOに追撃を叩き込む。
「随分と力が籠っているな、オールマイト。ヒーローとしての矜持がそうしているのかい? それとも情けないヒーロー達に報いるためかな?」
オールマイトの精神を揺らがせるために、挑発を始めるが、オールマイトはそれに反応することなく戦い続けた。
「ああ、そういえば多々良壱譚だけどね。彼はこことは別の場所にいてね……脳無にすることにしたよ。彼の無尽蔵の体力と頑強な肉体はきっと素晴らしい脳無として活躍してくれることだろう」
にやけるAFOに対して、オールマイトの表情が怒りに満ちていく。己の失態によって攫われた教え子が脳無に変えられると聞かされて、怒らない男ではないことをAFOは知っている。
「貴様は……! どこまで人を弄べば気が済むんだ!!?」
「人々の記憶に残りたいんだ。良いことよりも悪いことの方が記憶に残るだろう? 僕はあらゆるものの未来を阻みたい」
「貴様はそうやって人の尊厳を踏み躙り!! 人々の安寧を脅かし、弄ぶ!! 付け入り、支配するその姿を私は!! 許せない!!」
修羅の如き形相のオールマイトがAFOに飛びかかり、AFOが着けている髑髏のマスクを粉々に砕いた。
「感情的になるなよ、ナンバーワン。ああ、そういえば死柄木弔はどうだった?」
ふと、地面に叩き付けられたAFOがニヤニヤと笑いながらオールマイトに問いかけた。静かに燃ゆる思想犯の目をしていた、悪の王としてのポテンシャルを見せたあのヴィランについて問いかけられ、オールマイトはヒーローとして当然のように捕えてみせると口にしようとして────
「彼はね、志村奈々の孫だよ」
「…………………………は?」
隙を晒し、情けない姿を見せるオールマイトをAFOは嬉々として攻撃する。
オールマイトの腹を、槍骨によって貫き、その場から悠々と離れる。追撃をしようにも、相応のダメージを与えられたオールマイトは立ち上がることができずに膝を突いて血を吐いた。
「君が嫌がることをずうっと考えてきた。どんな気持ちだい? 尊敬する師の血縁者が僕の手によってヴィランに堕ちた姿を見て、どう思った?」
「わ、私は……!」
「おいおい、笑顔はどうした、オールマイト。世の中、笑ってるやつが一番強いんだろう?」
ケタケタと嗤うAFOはオールマイトの絶望した表情にご満悦だ。そして、オールマイトの体から白い煙が出始めていることに気付き、活動限界が近いことを察する。
大半の臓器を再生させたとはいえ、未だ経過を見なくてはいけない状態である。食事にしても、まだまだ流動食以外を食べると吐き出すことが多い彼の体では、油を注がれた焚火のように燃え上がる残り火に長い時間耐えることが難しい。
しかし、だからといって戦うことを止めることはしない。己は平和の象徴。限界だと感じたら、己のオリジンを思い出し、笑顔を見せて立ち上がる。助けを請われたらどこにでも駆け付けて助け出すスーパーヒーロー。太陽のように明るく人々を照らし続けるヒーローであるのだと。
「限界が近いんだろう? 隠すことはない。恥じることもない。真の姿を見せることを、誰が咎める!?」
「AFO……忘れていないか……? 私はオールマイト……! 日本の平和の象徴……! 貴様に掻き消されるような光ではない!!」
「ああ、そういえばそうだった。君もまた頑固で強情な男だったよ。仕方ない、その矜持をへし折るために────」
そっちのヒーロー達に犠牲となってもらおう。
そう言って空へ飛び上がったAFOが腕を突き出し、バネのように何度も跳ねさせ、その衝撃を一気に解放する。超高威力の空気砲が向かう先は、重傷を負って気絶しているベストジーニストを含めた多くのヒーロー達。それに気付いたオールマイトがどうにか彼らを逃がそうと動くが、腹の傷が予想以上に痛む。槍骨が釣り針のようになっていた影響で想像以上に体を傷付けられていたのだ。血を吐き、立ち上がろうとしたその時。
「ジェットバーンッ!!」
「悪いね、遅れた!」
「向こうの厄介事は警察に任せてきたぜ!」
炎が衝撃波を弱め、猛牛の肉体が残りの衝撃波を打ち消した。
日本のプロヒーローエンデヴァーとアメリカのプロヒーローブルズアイとブルショットの乱入である。負傷したヒーロー達は更に合流してきたエッジショットとグラントリノ、シンリンカムイが回収、離脱している。迅速な対応に、AFOは敵ながら判断が早いと拍手を贈っていた。
「へぇ、アメリカが動いたのか。それに、日本のナンバーツー……中々どうして……魅力的な手札だ」
「ヘイヘイクソヴィラン様よぉ、煉武に手ェ出しときながらタダで済むと思ってんのかい」
「スターがお怒りだぜ? ま、俺達だけで十分ってことで俺達が来てるんだがな!」
「オールマイト、さっさと態勢を立て直せ。時間を稼ぐ」
銃を構える猛牛二頭と、灼熱を纏う男を見てもなお、余裕の態度を崩さないAFO。睨み合う四名────仕掛けたのはブルズアイ&ブルショット。猛牛の個性を発動したことにより無反動で放たれた対物ライフル級の銃弾が、AFOの腹を撃ち抜こうとして、弾かれる。しかしそれでも対物ライフル級の銃弾、重戦車すら貫く超高威力の銃弾はAFOを大きく仰け反らせ、その隙をエンデヴァーが刈り取らんと迫る。
「赫灼熱拳……! ヘルスパイダー!!」
エンデヴァーの指から放たれる熱線が蜘蛛の糸のようにAFOの周囲を囲むようにして迫る。対生物の殺傷力においてエンデヴァーは日本の────世界中のヒーローの中でも屈指の力を持つ。どれだけ防御を固めようとも焼き切る、その気概と共に放たれた幾条もの熱線は、AFOが防御だけでなく回避を余儀なくされるほどの威力を持っていた。
「流石じゃないか、エンデヴァー。オールマイトという絶対的な象徴がいなければ、最も厄介なのは君だ」
「ヴィランからの褒め言葉など不要だ!!」
「おいおい、コミュニケーションは大事だぜ? ちゃんと向き合わなかったから、君は息子を殺した。そうだろう!?」
「黙れッッ!!!」
「図星を突かれたからって叫ぶなよ、ナンバーツー! 暑苦しくて堪らないぜ!?」
「「暑いのは俺達大好きだぜ!?」」
エンデヴァーの灼熱に合わせるように放たれた銃弾が溶解し、極熱の散弾のように飛び散る。即興の必殺技にしては厄介なそれに、AFOは小さく舌打ちをして防御用の個性を発動する。視界が塞がれたからこそ、視覚を別の個性で補い、炎の熱などでジャミングを施されたような状態になったからこそ、気付かなかった。負傷して膝を付いているはずのナンバーワンが接近していることに。
「TEXAS SMASH!!!」
顔面に二発。重い打撃を喰らう。一発一発が全て必殺、殴った場所が急所になる凄まじい一撃を二発喰らったことで脳が揺れるが、超再生によってどうにか脳細胞を回復させる。
(もう復帰したのか!? 傷の縫合は────そうか、エッジショットか! 彼が自身の体を極細の糸にして縫合したのか!)
「更に、向こうへ────!!!!」
眼前に迫る最高最強の拳にAFOの思考が加速していく。危機を感じた際にのみ発動する思考超加速という全く使えないような個性を作っていたAFOは、過去の自分とドクターに賞賛の嵐を贈った。この個性があったからこそ……それを見つけた。小さな、綻び、逆転の一手となるそれを。
「見 ぃ つ け た」
悪辣に、醜悪に、どこまでも邪悪に嗤ったAFOの両腕が左右別々の方向に向く。その行動は空気砲やレーザー砲を放つ際に見せていたもので────照準はオールマイトではない。
どこを狙っている? そう思ったヒーロー達は、その方向を見て蒼白となった。AFOが標的にしたのは、宿敵のオールマイトではなく、瓦礫の下、動けずにいる一般人であった。取りこぼしていた。救助が遅れた者を見て────ヒーロー達は考えるよりも先に、体が動いていた。オールマイト、エンデヴァー、ブルズアイ&ブルショット……この場に集まったヒーロー達が、一般市民の命を守るために体が動いた。ヒーローとして当たり前の行動を見せた彼らを、一体誰が責め立てることができるだろうか。
巨悪によって放たれた凶弾はオールマイト達ヒーローによって防がれた。しかし────凶弾を防いだ代償は大きかった。
「何ということでしょうか……! オールマイトが萎んでしまい……ヒーロー達が……倒れています………………!!」
上空のヘリが捉えたその映像は、まさに悪夢のような光景であった。
空気砲を防いだオールマイトは痩せこけた本来の姿に戻っており、レーザー砲を何とか防いだヒーロー達は大量の血を流しながら、瓦礫をベッドに気絶しかけていた。
「ふふふ……はははっはははっはははははっは!! カッコいいなァ、ヒーロー! 流石だよ! 自然と体が動いちゃうんだもんなァ!」
「……!」
「恥じるなよヒーロー。君達のお蔭で彼らは救われた。まぁ、一度は、だけどね」
芝居がかった動きを見せながら、AFOがヒーロー達に仰々しい拍手を送る。まるで無駄な行動を嘲笑うかのように、全ての終わりと始まりを祝福するかのように。
だが、オールマイトはまだ、諦めてはいなかった。その火はまだ、潰えていない。
「舐めるなよ、AFO……! ヒーローってのは、守るものが多いんだ……! だから、負けないんだよ……!! 体が朽ち果て、衰えようと、私は依然として平和の象徴! この心は一欠片とて奪えるものじゃあない!!」
「素晴らしい矜持だ! 強情で聞かん坊で、忌々しいことに、微かに弟の意志を感じる! だからね、君を殺して世界に絶望を呼び込む」
そう言った瞬間、AFOの体が変化を開始する。
「【筋骨
それは、人間の体とは思えない恐るべき剛腕であった。神話の怪物の拳と言われたら信じてしまうようなそれを見て、誰もが戦慄を隠せなかった。
その拳が、オールマイトに迫る。オールマイトは歯を食い縛り、活動限界の更に向こうに踏み込んで────燃え盛る残り火を全て燃やし尽くす勢いでOFAを発動して迎え撃つ。
激突から一秒、拮抗する。
激突から三秒、まだ拮抗している。
激突から七秒、空間が歪んだと錯覚する程の圧が大気を震わせる中、オールマイトの体が少し後ろに下がる。
激突から十秒、靴底を擦り減らしながら、オールマイトが後ろに下がっていく。
激突から十一秒、AFOの笑みが深くなり、オールマイトの体が大きく下がった。
そして────激突から十五秒。オールマイトの体が宙を舞った。
「オールマイト!!」
「負けないで! オールマイト!!」
瓦礫に挟まれて動けなくなっていた一般市民が叫ぶが、傷口が開き、満身創痍のオールマイトに言葉を返す余力が無かった。それでもAFOを睨むその姿は平和の象徴を名乗るに相応しい姿だったが……もう一撃を凌ぐ力はもう……
誰かの悲鳴が木霊した。誰かの叫び声が木霊した。
世界中の誰もが、オールマイトを、消えていく命を助けてくれと叫ぶ。
ドンドン……ッ!!
ふと、AFOの耳に何かが聞えた。
「……?」
少し周囲を確認するようにレーダーの個性を広げるが、何もない。いるのは満身創痍のヒーロー達と瓦礫に埋まった一般人のみ。
ドンドンドン……ッ!!
また聴こえた。何か、大きなものを叩く音だ。そう、それはまるで。
ドンドンドンカカカッカッ……!!
夏祭りの最後に聴こえてくるような、大太鼓の音のようで。
ドドドンッ! カカッカッ! ドドンドドン……ッ!!
近付いてくる。
ドドドンドドドドドドドドドドドンドドン……ッ!!!!
近付いてくる。太鼓の音が、逢魔が時の地響きが。
ドドドンドドドドドドドドドドドンドドン……ッ!!!!
近付いてくる。丑三つ時に響く百鬼夜行の呵々大笑が。
ドドドンドドドドドドドドドドドッドドドドッドドドドドドンドドン!!!!
ドンッッッ!!!!!!!
「模倣必殺……積乱雲ッッ!!!」
「ッガァッ!!?」
最も大きな太鼓の音が響いた瞬間、AFOの拳が、体が、顔面が、禍々しい気配を放つ金棒によって同時に吹き飛ばされた。
凄まじい速度で叩き付けられたそれによって瓦礫の下敷きになるAFOを一瞥するよりも、オールマイトはその乱入者の姿を見て目を見開き、大粒の涙を零しそうになった。
「き、君は……!!」
「こんばんは八木さん! もう大丈夫ですよ!! なぜって? 俺がッ! 完全復活して……来たァッッ!!!」
体の半分を鬼神と化し、風に蛇のように蠢く灰色の髪を靡かせる彼は力強い笑みを浮かべて咆哮する。禍々しい声からは想像もできないほどの快活さと安心を感じさせる声が響いた瞬間、彼の────多々良壱譚の周囲に彼岸花が咲き、鬼が現れ、瓦礫の中に埋まっていた一般市民を助け出し、向こう側にいたヒーロー達も回収、離脱する。その速度と繊細さは伝承にある鬼とは似ても似つかない速度だ。
「あれ? というかその服、オールマイトのコスチューム? あれ? ということは八木さんってオールマイト?」
「えっ、今その話を────ゴボボボボボ!!?」
呑気に話をしながら、多々良は金棒にくっ付いている瓢箪の口を開けて、オールマイトにぶっかける。文字通り酒に溺れそうになったオールマイトだが、酔いは無く、体に満ち溢れる活力に驚愕の表情を浮かべた。
「これは……!?」
「百鬼悟酒って、文字通り百の鬼のお酒なんですよね。で、このお酒、どんな鬼でも満足するようなお酒を造れるみたいで」
「えーと……?」
「で! 俺、思ったんですよ。鬼神が満足するお酒って、それ神話級のお酒じゃない? って」
多々良が作り出したのはインド神話の酒。その名をソーマ。ゾロアスター教にもハオマとして伝わるそれは、人間に活力と繁栄を与える酒である。*1
それを作り出した多々良は、それをオールマイトにぶっかけたのだ。尽き掛けていた活力が溢れ、オールマイトが復活する。それと同時に、瓦礫の下に埋まっていたAFOが再び空へと舞い戻った。
「どういう手品を使ったのかな? 君はここから何十キロも離れた場所にいたはずだけど」
「お姉ちゃんとずっと昔のお爺ちゃんのお蔭だよ」
嬉しそうに、楽しそうに笑みを浮かべた多々良は、自分の隣に立ったナンバーワンヒーローに言葉を紡いだ。
「俺のお爺ちゃん、AFOと戦ってたらしいんですよね。自分の奥さんとか子供を守るために。二代目、らしいですよ?」
「!! ……なら、この戦いは君にとっても因縁を断ち切るためのものだな!」
「ええ。何代も前のお爺ちゃんとお婆ちゃん……んでもってお姉ちゃんに代わってぶん殴ってやるよ、AFO!!…………………………………………
金棒を地面に突き立て、左手を拳を握った右手に添え────まるでマニュアルカーのレバーを動かすような動きを見せた直後、多々良の瞳から蒼い光が溢れる。その光を見て、AFOは憎悪に表情を歪めて叫んだ。
「忌々しい……!! 僕の弟も、娘も誑かした……! お前が、手を差し伸べなければ……! 全部、お前のせいだ!! 駆動!!!」
「認知症かァ!? 俺は多々良壱譚! んでもって煉武で、幼馴染の壱だよ!!ヴァアアアアカッ!!!」
「今度こそ全てを終わらせるぞ! AFO!!」
神野最後の戦いが始まった。
多々良壱譚
個性:
物体の速度を変化させる個性! 代を重ねたことで深化されたそれは、多々良自身だけではなく触れたものの速度すら変化させ、世界の理を歪める!!
最大ギアはオーバードライブを含めて10速!! なお、10速まで行くと多々良の体が耐え切れずに自壊する!! 現在反動無しで許されるのは
???「俺の頃とはわけが違うぞAFO!!」
???「頑張れ、壱!カッコいいよ!!」