それこそが事実   作:スタイニー

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自分の一番の好きな競走馬と騎手のコンビを題材に小説を書いてみました。
拙い文章ですが、いくらかお付き合いいただけたら嬉しいです。

ウマ娘のゲーム自体はちょっとしかやっていませんが、『シンデレラグレイ』と『スターブロッサム』はガッツリ見てます。

『もし、馬に人間の感情があったら競馬はどう見えるのか?』『競馬を人間ドラマ・スポーツドラマとして置き換えたらどうなるのか?』という答えに対して、とても素敵な表現をしている2つの作品が私は大好きです。

なので、この小説にも『事実に基づいたフィクション』という表現を心掛けて書いています。

2つの作品のどちらかに登場する人間とウマ娘はそのままの名前とキャラクターで登場させています。
どちらの作品にも登場しない人間(主にトレーナー)は偽名で、ウマ娘は実名で登場し、それぞれの人物像は主観と話の整合性に基づいて描いているので、現実のファンの方やそういった設定が苦手な方には申し訳ないのですが、ご容赦いただけると幸いです。

正直このコンビの話は劇場版サイズ(希望は前後編2部作)に収まるちょうどいい活躍期間と王道のドラマ性・儚くも語り継ぎたくなる結末と三拍子揃っているので、いつかウマ娘劇場版に取り上げて欲しいです。

※登場人物の偽名はオーナー・騎手・調教師の名前の一文字を拝借して付けています(一部例外あり)
※一応、時代背景は当時ではありません。なので、当時なかったものが普通に登場します(主に携帯とか)
※話の整合性のため、実際の競馬やゲーム内の設定と世界観が異なる部分があります。


1.特別な日、特別な場所 2.第63回日本ダービー 3.夢との訣別 4.最後の仕事

1.特別な日、特別な場所

 

 

 

6月最初の日曜日。

十数万人が詰め掛けた府中・東京レース場。観衆の注目は間もなく始まる1つのレースに向けられていた。

 

 

 

東京優駿

別名『日本ダービー』

 

 

 

URAが主催するトゥインクルシリーズのレースの中でも最大級の知名度と注目度を誇る、文字通り『国内最高』のレース。

 

それは世代数千人の中から選ばれた18名だけが出場できる生涯一度の夢舞台。その勝者に与えられる『ダービーウマ娘』という称号は、全てのウマ娘にとって何物にも変え難い『最高の栄誉』だ。

 

そして、その栄誉はウマ娘たちを指導するトレーナーにとっても最高の栄誉であることに変わりはない。

 

 

 

ダービーを取れたらトレーナーを辞めるぐらいの気持ちで、全力を尽くします

 

 

 

ある名トレーナーが言ったとされるこの言葉は『ダービートレーナー』という称号を得ることの難しさを端的に表している。

 

才能も実績も経験も全てがあったとしても、それでも届く保証などない『ダービートレーナー』という称号は多くのトレーナーにとって生涯を賭けて目指すべき目標であり、夢なのだ。

 

そして、今この東京レース場の観客席からレースを観ているこの男もまた、『ダービートレーナー』に憧れた者の一人だった。

 

男の名は宮下直治。

ダービートレーナーになるという夢が簡単でないことはわかっている。

それでも、たくさんの支えがあって難関たる中央のトレーナーとなれた自分が、半端な目標で満足してしまったら支えてくれた家族や友人・関わってくれた全ての人に申し訳ないと宮下は思っていた。

 

だから、叶えたい夢だけは立派なものにした。

自分が叶えたい夢に妥協しないことが周りに対しての誠意であり、それを叶えることが恩返しだと信じて。

 

そんな宮下は中央所属のトレーナーとしてデビューから17年目を迎えた。

 

経歴は既にベテラントレーナーの宮下だが、実際は通算勝利数がようやく200勝を超えた程度のリーディング下位に低迷する、しがないトレーナーの一人でしかない。

 

そういった実績しかない宮下だから、これまでにダービーに勝ったことがないことはもちろんのこと、G1の勝利もなく、重賞レースの勝利経験すらもない。

もちろん、それ自体が珍しいことかと言われるとそうではなく、重賞レースを勝てずにトレーナーを辞めてしまう者などごまんといるが、少なくともそういったレベルのトレーナーにとってダービー制覇は夢のまた夢でしかなく、それを人前で公言すればたちまち『現実を見ろ』と笑われるのが関の山である。

 

それでも、宮下は今だに『ダービートレーナー』に憧れている。それは何故か?

 

実は宮下は17年間のトレーナー人生の中で1度だけダービーに教え子を送り込んだことがある。

それは宮下がトレーナーとして7年目を迎えたシーズンだった。

 

ダービー前までの彼の教え子の戦績は6戦2勝。重賞未勝利、ダービー当日の人気は下から3番目の22番人気。

 

そんな主役にも脇役にも見られていなかった教え子を宮下は2着までもってきた。

惜敗ともいえない6バ身差も離された2着ではあったが、宮下にとっては夢のような時間だった。

 

 

 

こんな自分でもダービーで戦えるウマ娘を育てられるんだ

 

 

 

長年抱いていた夢に手が届きかけたあの日の出来事は何年経っても宮下の心に残っていて、苦しいトレーナー人生の心の支えだった。

 

とはいえ、現実はわかっている。自身が縋る夢に叶う見通しや希望などない。それでも、トレーナーという仕事に生涯を賭けたいと思ったきっかけを諦めたくはなかった。

 

もし、それを諦めてしまったら自分の中にある大切なものが壊れるような気がして怖かったからだ。

 

だからその時以来、毎年ダービーの日だけは必ずレースを現地で観戦すると決めた。

たとえ、その日の全レースに担当する教え子がいなかったとしても現地に足を運び必ず生で観戦した。

 

そうすることでダービーという特別なレースの熱気を、歓声を、興奮を直に肌で感じ、現実に押しつぶされそうになっている自分の心を奮い立たせ、一年の励みとして自分自身に喝を入れていた。

 

 

 

もう一度あの舞台に戻る

 

 

 

若かりし頃に抱いた夢と約束が宮下にとって、恵まれないトレーナー人生の最後の支えだった。

しかし、現実は無情で、夢は夢のまま、その思い出の日から既に9年の月日が経っていた。

 

 

 

 

 

 

2.第63回日本ダービー

 

 

 

63回目に当たる今年のダービーはあるトレーナーとウマ娘に期待がかかっていた。

 

そのトレーナーの名は奈瀬文乃。

まだ、20代でありながら数々のGⅠタイトルや記録を塗り替えてきた天才トレーナー。その手腕は現段階でさえ、歴代の名トレーナーの中でも群を抜いていて、間違いなく歴史に名を残す存在だ。

 

しかし、それほどの輝かしい実績を持ちながら、奈瀬は今だにダービートレーナーの称号は得られておらず、デビュー10年目の節目となる今年のダービーにかける想いは並々ならぬものがあった。

 

そんな奈瀬の担当の名はダンスインザダーク。

姉にナリタブライアンの同期で重賞3勝を挙げた名ステイヤー・ダンスリムリックと昨年のオークスウマ娘・ダンスパートナーを持つ名門の家系出身者。

 

奈瀬自らが立候補して担当になったことも注目される要因ではあったが、既に重賞を2勝しており、敗れたレースも全て3着以内とその実力をデビュー戦から如何なく発揮していたため、名実ともに世代の主役といって差し支えない存在感を放っていた。

 

ただ、クラシック一冠目の皐月賞は体調不良により、回避せざるを得ず、G1勝利はまだ果たせていない。それでも世代トップの評価はゆるぎなく、ダービーでは1番人気を背負い出場していた。

 

観客の期待を一身に集め、ダービーがスタートする。ペースは淀みないがスローペース。ダンスインザダークは3番手の位置を確保し、好位抜け出しの構え。

 

レース中盤に差し掛かっても、各選手に際立った動きもなく、淡々とレースが進む。

 

そして、第3コーナー。徐々に脱落していく選手が出てくる中、ダンスインザダークのレース振りは如何にも横綱相撲で、位置取り・手ごたえはまさに主役に相応しい素晴らしいものだった。

 

第4コーナーを回り、最終直線に入る。

ダンスインザダークは既に先頭を捉える。

 

戦況を見守る観客のほとんどがダンスインザダークの勝利を確信する中、宮下が心の中で呟く。

 

[ここまで完璧だ。行けるぞ。"シンジ"]

 

それは宮下が思わず口にするほど"完璧で理想的な"レース展開だった。

ただ、その言葉はこのレースの主役に向けられたものではない。その言葉は主役の背後で虎視眈々と機を伺っていた伏兵に向けられた言葉だった。

 

ゴールまで残り300m。宮下の呟きに反応したかのようにその伏兵が動き出す。赤と黄色の勝負服に身を包んだその伏兵は主役の影から姿を現し、堂々と主役の横へと並びかける。

 

そして、ダンスインザダークの横へと並びかけたのも束の間、ゴールまで残り100mの地点で更に加速し、一気に交わしきるとそのままゴールへと飛び込んだ。

 

 

 

コンコルドだ!

コンコルドだ!

外から音速の末脚が炸裂する!!

フサイチコンコルド!!!

 

今、トゥインクルシリーズの一つの常識が覆されました!

フサイチコンコルド、わずか3戦でダービー制覇!!

 

 

 

レースの勝者の名はフサイチコンコルド。

ここまでのキャリアはわずか2戦2勝。3戦目でのダービー制覇はトゥインクルシリーズ史上最速。

加えて、担当トレーナーは24歳の若手。24歳でのダービー制覇は史上3番目の若さだった。

 

観衆が期待した本命コンビの戴冠劇はキャリア2戦の伏兵ウマ娘と若き新鋭トレーナーのコンビによる大番狂せによって打ち砕かれた。

 

「おめでとうシンジ…。素晴らしいレースだった…」

 

まだ、観衆のどよめきが収まらないスタンドを後にして出口へと向かう宮下は小さく賞賛の言葉を呟く。

 

今年のダービーを制したトレーナーは宮下が目を掛ける後輩だった。

大した実績もない自分を慕ってくれる数少ない後輩の晴れ姿。本来であればとても喜ばしいことなのだが、宮下の表情はどこか浮かない。

 

[そろそろ潮時か…]

 

初々しく思えた後輩が一歩、また一歩と着実にキャリアを積んでいく光景は自分の夢の限界を悟らせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

3.夢との訣別

 

 

 

あの衝撃的なダービーが終わり3ヶ月が経った。

学園内は秋シーズンの開幕に向けて慌ただしくなっている。

 

「今日の分はこれで終わりだな…」

 

そんな中、宮下はトレーナー室で資料整理と荷造りに明け暮れていた。

 

あのダービーから宮下には心境の変化があった。

 

 

 

トレーナーを今年一杯で引退しよう

 

 

 

これまで約束や夢のためにと諦めずにトレーナーをやってきたが、今年のダービーの結末は自分に現実と向き合う決意をつけさせるのに十分なものだった。

 

既に家庭も持っていて年齢的にも夢を見る歳はとうの昔に過ぎているし、夢を叶えるための道筋も見えてこない。冷静に考えれば、トレーナーを辞めるべき理由など山程あるのだ。

 

それに今年はまだ新入生もチームに入っておらず、既存のメンバーからも移籍希望が出ていて、チームを解散するタイミングとしてもちょうどいい。

 

家族と相談しながら1ヶ月ほど悩みはしたが、今は葛藤もなく、引退に前向きになってきていた。

 

そうやって前向きになれたからだろうか、今は新しい目標も出来た。

 

 

 

トレーナー養成所の教官になる

 

 

 

なにもトレーナーを辞めたからといって、この業界から離れなくてはいけない訳ではない。

 

自分の師匠にあたる人物がそうだったように後進の育成に携わることもこの業界への貢献の仕方だ。

 

それに、トレーナー養成所の教官の方がトレーナー職より収入面は低くても安定しているし、プライベートの時間確保もトレーナー職より都合がつきやすい。

 

現実的な部分を見てみれば、トレーナー職を無理にやるよりもそちらをやる方があらゆる面で好条件なのだ。

 

そうやって前向きに考えられる様になるとトレーナー職を離れることへの抵抗は日に日に薄れてきていた。

 

「さて、あと2人の移籍もほぼ決まって、いよいよトレーナーとしての仕事が終わるか…」

 

宮下はここ最近、所属している子の移籍先を見つけるためにあらゆるトレーナーのもとへ行き、移籍の約束を取り付けていた。

 

幸い大体の子の移籍先が見つけられていて、今のところ問題はない。

ここまで恵まれないことの多かった宮下のトレーナー人生ではあるが、引退を決意してからはこの上なく物事が順調に進んでいる。

それ自体はなんとも皮肉なものだが、引き際のトラブルが起きないのは嬉しい限りだ。

 

「ふぅー…」

 

一通りの作業が終わり、来客用のソファに腰を下ろし、一息をつく。

 

「もうすぐ、この仕事も終わるのか…。いろいろあったな…。この17年間は…」

 

自身のトレーナー人生の終わりを改めて実感していると、ふいに過去を思い出した。

 

17年前。駆け出しの新人トレーナー時代。

師匠に弟子入りをしてからの6年間は今とは違い、順調な出だしだった。

 

1年目には新人賞をとった。

2年目には初めてG1に教え子を送り込んだ。しかも、映えある第1回のJCで日本人選手最先着。

4年目と6年目には年間20勝を達成。年間ランキングも50位以内を確保した。

 

幸先の良いスタートを切り、順調にキャリアを積んでいたが、7年目に状況が暗転する。

 

 

 

 

師匠の引退

 

 

 

 

定年を迎えた師匠のトレーナー職引退に伴い、宮下はトレーナーとして独立する。

しかし、この独立は宮下にとって転落のきっかけになる。

 

宮下は選手の指導能力や育成プランの緻密性などに関しては学園関係者や同僚からも認められる程だった。

 

一方で、スカウト能力の無さは師匠から毎年苦言を呈されるほどに壊滅的だった。

 

寡黙で口下手、愛想も良くない宮下は自身の能力の高さを生徒たちにアピールできない。

しかも、生来の自己肯定感のなさも相まってスカウトに対して苦手意識も強かった。

 

それでも新人時代の宮下が良い成績を上げられたのはひとえに師匠のサポートの賜物だった。

 

だから、師匠がトレーナー職から引退し、後進の育成に移ったことは宮下にとってかなりの痛手だった。

 

そんな状態なのだから、凋落はあっという間で、その後の5年間で二桁勝利を挙げられたのは1度だけ、年間ランキングも三桁が当たり前になってしまった。

 

極め付けは11年目のシーズン。

体調不良で長期療養を余儀なくされてしまうと

持っていたチームは一時解散となり、宮下の評価は完全に地に落ちてしまった。

 

幸い数ヶ月後に現場復帰できたが、それをきっかけとして宮下は自身のトレーナー活動に対しての見直しを図る。

 

復帰後、宮下なりに試行錯誤を繰り返してスカウト活動の改善に乗り出したが、全く上手くいかず、結局その年の年間勝利数はたったの1勝となってしまった。

 

この状況を受け、宮下は自力でのスカウト活動を諦め、学園側から紹介される所属の決まらない生徒の受け入れを積極的に行うことにした。

 

なにも、素質ある生徒を見ることだけがトレーナーの仕事ではない。今はまだ目に留まる様な優れた才能がなく、燻っていても、自分が指導することで彼女らの飛躍のきっかけを作れるかもしれない。

 

そんな新しいやり甲斐を見出し、ローカルを中心に活動しだすと年間の勝利数は再び二桁に乗る様になり、いくらか成績が上向いた。

 

ただ、その成果が若かりしに日に抱いた夢と約束を代償にしたものだと宮下はわかっていた。

その葛藤は今の今まで宮下を悩ませることになる。

 

「いろいろあったが、これが自分らしい引き際なのかな…」

 

 

 

コンコン

 

 

 

感傷的になっていると突然扉をノックする音がした。

 

それは宮下のトレーナーの人生を変える運命の扉が開く合図だった。

 

 

 

 

 

 

4.最後の仕事

 

 

 

「はい…。あっ、先生…」

 

「おう、久しぶりだな。邪魔するぞ」

 

部屋を訪れたのは1人の中年男性だった。

男は簡単な挨拶を済まし、すかさずトレーナー室の中央にあるソファに座る。

 

「どうした?師匠の訪問に対して、もてなしがないな。茶ぐらい直ぐに用意出来んのか?」

 

「あっ、すいません。直ぐに用意します…」

 

そういって、男は宮下に飲み物を要求する。

 

 

 

中崎保

 

 

 

新人時代の宮下が弟子入りをしたトレーナー。

この業界に携わって50年近くになる大ベテランだ。

 

10年前にトレーナー職を引退したが、引退後は自身が設立したトレーナー養成所の所長として後進の育成に励んでいる。

 

そういった経緯もあり、今は直接的な関わりはほとんどない。

だから、年に数度メールや電話でやりとりをするかどうかの繋がりしかなく、お互いが顔を合わすの自体が、かなり久しぶりのことだったので、宮下が師匠の突然の訪問に驚くのも無理はなかった。

 

「今日はどうされましたか…?」

 

「お前、トレーナーを辞めるのか?」

 

「…。どうしてそれを…」

 

飲み物の用意をしながら宮下は中崎に訪問理由を聞くが、狙い澄ましたかの様なストレートな質問に宮下は戸惑う。しかも、家族以外伝えていない重大な内容を確信を得ているかのように問うため、宮下は余計に動揺した。

 

「なに、風の噂で『"あの宮下が"見ず知らずのトレーナー達に教え子を手当たり次第売り込んでいる』なんて"奇行"を耳にしたからそう推測しただけだ」

 

「…」

 

宮下は中崎の推理の鋭さに唖然とする。

中崎には驚異的な観察力と洞察力があり、新人時代もその確信をつく様な物言いを持って宮下を指導していた。

 

そういった指導が入る場合はほぼダメ出しだったが、物言わぬ宮下の思考をよく察してくれ、匙を投げずに指導してくれたことに宮下は心の底から感謝していた。なので、宮下は中崎に頭が上がらない。

 

「その沈黙は図星だな。師匠に断りもせず、引退を決めるとはずいぶんと偉くなったな?」

 

「…。申し訳ありません…。もう今シーズンも半ばです。教え子たちの行き先が決まらなければ来年もトレーナーを続けるつもりだったので、お伝えしていませんで…」

 

「まあ、そんなところだろうとは思っていたから別にいいがな」

 

「…」

 

またも食い気味に返答されたことで宮下はさらに黙ってしまう。

昔からこの様な先回りされたやりとりばかりなので、宮下はいつも思う。中崎はエスパーか何かなのではないかと。

 

「俺がトレーナーを引退して10年近くか。チームをお前に受け継がせるときに言ったよな?『口下手が治らないとチームが死ぬぞ』と。で、結局これか?俺の最後の弟子がこんな体たらくとは、俺は腹を切りてぇよ」

 

「…」

 

辛辣なものいいだが、的は射ていて宮下は何も言えない。

 

「で、トレーナーを辞めてどうするんだ?」

 

まるで尋問の様な中崎との会話は続く。

 

「これから先生と同じ様にトレーナー養成所の教官を目指そうと思っています」

 

「お前が教官?笑わせるな。お前には無理だ。学生すら扱えない奴がクセの強いトレーナー候補生を扱えるわけないだろ」

 

「…」

 

自信を持って身の振り方を伝えたが、間髪入れずに否定される。

 

「まあ、お前がそうなりたいのなら俺は止めないが、どうせ長続きはしないだろう。一応言うが、辞めておけ。あと、ウチの養成所にお前の様なコミュ障の教官はいらんことも伝えておく」

 

「…そうですか…」

 

あまりにもストレートな否定に流石の宮下も落胆の色を隠せない。

 

「何を落ち込むことがある?お前はその程度の奴なんだからつべこべ言わずにトレーナーをやっておけ」

 

中崎は出されたお茶を啜りながら言い放つ。

 

「…ですが、もう教え子たちの受け入れは皆決まっていて、チームには誰もいません…。選手がいなければトレーナーの仕事は続けられませんが…」

 

宮下が絞り出す様な声で現状を吐露する。

 

「別に問題ないな。選手なら俺が用意した。どうせやることもないだろ?今からその子を指導しろ」

 

「えっ?」

 

まさかの中崎の提案に宮下が驚く。

 

「今日はその事を伝えにきた。出来損ないの尻を拭うのは師匠の役目だ。とりあえず、1週間後の15時に西側Aコースに来い。わかったな?」

 

「とてもありがたいお話ですが、僕はもう…」

 

「勘違いするな。別にお前がトレーナーを辞めることに反対しているわけじゃない。辞めたきゃ辞めろ。ただ、俺はお前に"最後の仕事"をくれてやると言っているだけだ。この仕事を終えた後は好きにしろ」

 

まるで会話を妨げるかの様に間髪入れず中崎が話す。

 

「最後の仕事…」

 

「そうだ。ちょうどいいだろ。これを最後に引退の花道でも飾れ。師匠たる俺がお前のトレーナーとしての最期を看取ってやる」

 

「ありがたいお話ですが、僕は…」

 

「さっ、話は以上だ。俺は帰る。返事は聞かない。1週間だけ時間をやる。やる覚悟が出来たらコースに来い。以上」

 

宮下はまた何かを言いかけるが中崎はそれを許さない。そして、言い終わるとそそくさと出口へと向かい帰ろうとする。

 

「ま、待ってください。なぜ、この様なことを…」

 

慌てた宮下が意を決して中崎に問いかける。

 

「不憫だと思ったからだ」

 

「えっ?」

 

顔を扉の方に向けたまま中崎は言葉短に呟く。

 

「口下手が治らないことに同情はしない。ただ、俺の最後の弟子であるお前が、一山幾らの凡人と同じ様に表舞台で日の目も見ずに消えてくのが忍びなかった。ただ、それだけだ」

 

扉の方を向いていた中崎が振り返りながらそう話す。その中崎の目は今までに見たことがないほど悲しそうな目をしていた。

 

「先生…」

 

「まあ、これはあくまで"外部"の人間の"依頼"だ。やるかやらないかはお前の心に聞け。じゃあな」

 

そう言って中崎は部屋を出て行った。

 

「ありがとうございます…」

 

中崎が立ち去り誰も居なくなったトレーナー室で宮下は感謝の言葉を呟く。

人に深入りしない宮下も流石に中崎がどういう思いでこの依頼をくれたかがわかったからだ。

 

これから自分はどうするべきか?

もうそれは決まっていた。

 

 

 

 

 

「柄にもないな。俺が弟子にこんなお節介を焼くなど…。まあ、お前の"希望"をあいつに確実に受けてもらうには背に腹は変えられんか…。それはそれとしても、アイツの"夢"に寄り添ってくれた礼を返さなきゃ、師匠としての立つ瀬がないしな…。まあ、頑張れや」

 

中崎は帰路で想いを馳せる。

 

 

 

あの子の夢を叶えられるトレーナーさんだったら嬉しいですね…。

 




自分はこの時代の競馬や陣営の方々のリアルタイムを知りません。
過去の動画や媒体を見て好きになったニワカです。

ただ、そんなニワカですら惹きつけてしまうこの方々のドラマ性は本当に素晴らしいと思います。

特に小説の題材とした騎手の方の生き様と人柄がかっこいいです。
何かのコメントで見ましたが『男が思う"男のかっこいい"が詰まった人』というのは正にその通りだなと思います。
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