それこそが事実   作:スタイニー

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〜この7週間で馬は見違える様に成長していました〜

史実のターニングポイントとなる部分のお話になります。
不遇の名手と不人気の皐月賞馬が何故ダービーを制するだけの力を手に入れられたのかを描いてみました。


39.ダービーを獲るために 40.真のパートナーへ 41.演じる者・踊らされる者

39.ダービーを獲るために

 

 

 

「獲物に狙いを定めすぎて、足元が疎かとはまだまだ詰めが甘いが、まあ不安がるな。あの子のお前への信頼や感謝は何一つ揺らぎなどしていないぞ。別にあの子はお前への不満や文句を漏らしに俺の所へ来たわけじゃないからな」

 

「そうですか…。では、サニーは何を言いに来たんでしょうか?」

 

中崎の言葉に、宮下は先程までの堂々とした表情から一転して不安そうな顔つきをする。

中崎もその変化を感じ取り、宮下をフォローするが、あまり響いていないようだ。

 

「そうだな…強いて言うなら悩みを打ち明けに来たといったところか。あの子はお前の覚悟の強さを痛いほどわかっている。もちろん、自分を勝たせるためにどれほどの代償をお前が払おうとしているかもだ」

 

「…」

 

中崎の言葉に、宮下は再び表情を変える。

ただ、今回の表情はさながら"見透かされてしまった"という表情だ。

 

「だから、あの子は自分の不甲斐なさを嘆いていた。自分が弱いからお前に過度な覚悟と代償を払わせてしまっていると。あの子は言っていた『トレーナーさんに頼ってもらえるくらい強くなりたい』とな」

 

「サニーはそんなことを言っていたんですか…。そんなことはないのに…。僕の方があの子の強さをいつも頼りとしているのに…」

 

宮下はとても不安そうな弱々しい声で不安そうに中崎に本心を打ち明ける。

 

「担当に負担をかけさせまいと、弱さを見せまいとするその姿が、逆に担当の不安を煽るんだ。いいじゃないか、弱さを見せたって。それが"パートナー"というもんだろ」

 

中崎は慰めるように宮下に優しい言葉を掛ける。

 

「それでいいんでしょうか…。それで今まで以上の信頼関係を築けるでしょうか?」

 

「相変わらず不器用な奴だ。だったらもっとシンプルな話だ。お前の夢をあの子に託せ。それが『カタチある信頼』とは言えないか?」

 

「夢を託す…」

 

「一つ、ダービーに勝つためのアドバイスをやろう。俺の昔馴染みのダービートレーナーが言っていたぞ、お互いにダービーにかける強い『想い』がなければダービーは勝てないし、特別な『出会い』がなければその想いを100%力に変えることは出来ない、と」

 

「ダービーにかける強い想いと特別な出会い…」

 

「そうだ。お前はあの子に出会えた。それはきっと特別なもののはずだ。そして、あの子はお前にダービーへの夢を託し、夢を成し遂げた。なら、次はお前があの子に夢を託す番じゃないか?弟子入りした時にお前は言っていたな?『ダービートレーナーになりたい』と。俺にだけ語ったあの想い、あの夢はもう諦めたのか?」

 

中崎は少しだけ懐かしむような感慨深い口調で宮下との昔の出来事を語る。

 

「…。覚えていたんですか?僕の夢を」

 

「まあな。耄碌しても弟子の夢くらいは覚えているもんさ。で、諦めてんのか?それとも身の丈に合っていないと遠慮しているだけなのか?どっちだ?」

 

「僕は…」

 

 

 

トゥルルル トゥルルル

 

 

 

宮下が答えかけた時、部屋の電話が突然鳴り、中崎が電話に出る。

 

「はい。中崎です。ああ、たづなさん。ご無沙汰しています。…はい、いますが。…ええ。…ええ。…わかりました。すぐに行かせます。ご連絡ありがとうございます。では」

 

話短に中崎が電話を終えて、宮下を見る。

 

「宮下。お前の担当がさっき怪我をしたらしい。保健室にいるから来てくれないかとのことだ」

 

「えっ?サニーがケガ?何でですか?」

 

まさかの出来事に宮下は驚き、中崎に事情を聞く。

 

「詳しくは分からんが、とりあえず、すぐに向かえ」

 

「は、はい。すぐに行きます」

 

そう言うと宮下は急いで荷物をまとめ出口へと向かう。

 

「宮下!最後にさっきの答えを聞かせろ。お前は夢を諦めたのか?」

 

支度を済ませ、部屋を出ようとする宮下に中崎は先程の問いを投げかける。

 

「僕は…まだ諦めていません。夢を叶えたいです。この最後のチャンスで"サニーと一緒に"」

 

宮下ははっきりと力強く言い切る。

 

「そうか…。なら、お前のその想いをあの子に伝えてやれ。あの子はきっと想いを背負うほどに強くなる。あの子に夢を託して、夢を叶えてこい!」

 

中崎は少し笑いながら宮下を激励し、送り出す。

 

「はい…叶えてきます。ありがとうございました」

 

見送る中崎に宮下は一礼をし、部屋を後にする。

その目には少しだけ、涙が見られたような気がした。

 

「さあ、見せてみろ。お前らの想いと出会いが『運命』に届くかどうかを…」

 

宮下が出て行った後、中崎は感慨深そうに呟く。

 

 

 

 

 

 

「中崎先生。私が伝えられそうなことはこれくらいです」

 

「ああ。十分だ。すまんな」

 

「散々、府中の2400攻略について語っておいて難ですが、ダービーを獲る秘訣は『想い』と『出会い』です。これに尽きる。この2つが揃った時、ダービーを勝つことは『運命』に変わる。『運命』の前には相手のどんな策もどんな力も無意味なんですよ」

 

中崎と向かい合う物腰の柔らかい男性が言う。

 

「お前がダービーに強い想いを抱いていたことは周知の事実だが、『長距離の魔術師』と言われるくらいにレース理論に長けたお前が、そんな曖昧なものを勝利の秘訣にするとは意外だな。お前にとってあの子との出会いがダービーに勝つ重要なピースだったとでも言うのか?」

 

「そうですよ。巷では私が義理や人情を大切にせず、合理主義を貫けば、ダービーをもっと早く、もっとたくさん勝てたと言う人もいますが、私の人生においてダービーに勝てるのは生涯に1度だけ。あの子との出会いによって果たされる『たった1度の運命』だったと私は思っていますよ」

 

そう語る男性の目はとても優しい。

 

「なんだそれは?男がロマンチズムを語るなど気持ちが悪いな」

 

中崎はその話を聞き、気味悪がる。

 

「別にいいじゃないですか。そんなロマンがあっても。私とあの子との出会いにはそれくらいの何かを感じるということなんですから。そうでなければ、あのダービーに勝つことなど出来なかった。あの最後のひと伸びは正に"奇跡"でしたから…」

 

「奇跡か…。不思議なものだな。格の高いレースになればなるほど、まぐれや偶然など起きないと言うが、"奇跡"だけは稀に起きるんだからな…」

 

「確かにそうですね。奇跡といえばオグリキャップのラストランにトウカイテイオーの復活が代名詞ですかね?私的にはライスシャワーの執念も推したいところですが、いずれも奇跡と言って差し支えない結末でしたね」

 

「まあ、あるはあるんだろうな。ただ、俺はお前と違い、そんなロマンのような話に期待などしないがな」

 

「またまた、ご冗談を。失礼かもしれませんが世間の認識に当てはめれば、お弟子さんがダービーに勝利できたら十分に奇跡と言われてしまいますよ。ですが、あなたは彼を勝たせようとしている。10年越しのお弟子さんの夢を一緒に叶えてあげるんですよね?本物のリアリストはそんな無駄なことはしません。やはり、中崎先生はロマンチストですよ」

 

男性は穏やかな口調でやんわりと中崎を揶揄する。

 

「うるせぇ!あんなコミュ障のボンクラが1人でダービーなど獲れるわけないだろ。どうせ泣きついてくるだろうから、先回りしてヒントを探してやっているだけだ!ロマンなど断じて信じてはいない!」

 

揶揄された中崎が怒った口調で言い返す。

 

「またまた、あなたの育成の信条は信頼し見守ること。それを破ってまで一人の弟子さんに肩入れするとは、よっぽどの『想い』があるんですよ。しかも『時間がない!明日会いに行くからお前の時間を寄越せ!』と言うのは、いくらなんでも必死すぎますよ」

 

言い返された男性はさらに中崎の揚げ足を取る。

 

「うるせぇ!この人たらしが!聞くことは聞いた。俺は帰る!じゃあな!」

 

 

 

バタン!

 

 

 

そう言い残し、中崎は勢いよく部屋の扉を閉めて乱暴に立ち去った。

 

「まったく、素直じゃないですね、中崎先生は。まあ、陰ながら応援していますよ。私は彼を知りませんが、これだけ想われている方だ。ダービートレーナーになれる資格は十分に持っていると思います。なんとか叶えて欲しいですね」

 

中崎の振る舞いにやれやれといった表情の男性はおもむろに立ち上がり、トロフィーが並ぶ棚に飾られた写真立てを手に取る。

 

「なあ、君もそう思うだろ。チケゾー」

 

手に取った写真立てにはありし日の男性とかけがえのない運命の人が満面の笑みでダービーのレイを掲げている姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

40.真のパートナーへ

 

 

 

 

コンコン

 

 

「失礼します。サニーブライアンの担当の宮下です」

 

「ああ。お待ちしてました。どうぞ!」

 

宮下が保健室に入ると保険医の先生が笑顔で迎える。

 

「ウチの担当がご迷惑をおかけして申し訳ありません。サニーは大丈夫でしょうか?」

 

宮下が不安そうな顔をしながら保険医の先生にサニーのケガの具合を聞く。

 

「大丈夫ですよ!そんなに心配なさらなくても。倒れた拍子に突いた手の突き方が少し悪かっただけですから、湿布を貼って2・3日安静にしていれば、すぐ治りますよ!」

 

保険医の先生は宮下の心配をよそにニコニコとサニーのケガが大したことはないと告げる。

 

「そうですか…。ならいいんですが…。あの、サニーはどこに?」

 

保険医の先生の表情を見て、宮下の顔の強張りがいくらが取れたようだ。

 

「サニーブライアンさんは左奥の窓際のベッドにいますよ。まあ、ケガは大したことないんですが、すごく落ち込んでいるので、トレーナーさんをお呼びしたんです。少し彼女と話してあげてください」

 

「そうですか…。わかりました。お気遣いありがとうございます」

 

「いえいえ、今年の皐月賞ウマ娘さんですからね。いろいろと大変なこともあるんでしょう。さて、私は用事があるので、保健室を空けますが、落ち着いたらいつでも出て行っていただいて大丈夫です。では」

 

そう言って保険医の先生は部屋を出て行った。

宮下は保健医の先生に一礼し、教えられたベッドへと向かう。

 

「サニー。大丈夫かい?」

 

「あっ、トレーナーさん…」

 

ベッドを取り囲むカーテンを開けるとそこには上半身を立て、悲しげな表情で窓の外を見つめるサニーがいた。その手首には包帯が巻かれていて少し痛々しい。

 

「どうしたんだい、サニー?君がケガをするなんて珍しいじゃないか。何があったんだい?」

 

サニーの悲しげな表情を見た宮下は出来るだけいつも通りの振る舞いをする。

 

「ごめんなさい…。また私、トラブルを起こしてしまって…」

 

宮下の顔を見たからだろうか、サニーの顔はさらに悲しそうな顔になり、涙目になってしまう。

 

「大丈夫さ。大したことはないよ。とりあえず、何があったか話してごらん」

 

宮下はサニーに優しく微笑みながら事情を聞く。

 

「私のことをバカにする子がいたんです。『まぐれで勝ったくせに調子に乗ってる』って。別にそれは聞き流せたんですけど、私がその子を無視し続けたら、今度はトレーナーさんのことまでバカにし始めてきて、それで私頭に来ちゃって…。そしたらケンカになって、突き飛ばされて、こうなっちゃいました…」

 

サニーは俯きながらことの顛末を話すが、その口調には悔しいという感情が乗っている。

 

「そうだったのか…。すまない。トラブルの原因を作ったのは間違いなく僕の作戦のせいだな…。僕はまたサニーに辛い思いをさせてしまったのか…」

 

事情を聞いた宮下は自分の責任を感じ、サニーに謝る。

 

「謝らないでください。悪いのは私です。もともとこうなることをわかっててトレーナーさんは私に作戦の説明をしてくれていたのに、私が上手く受け流せないから…」

 

謝る宮下を見て、サニーはさらに申し訳なさそうな表情をする。

 

「いや、作戦だろうとなんだろうとサニーが嫌な気持ちになることをするべきじゃなかったんだ。本当にすまない」

 

「それも私のせいですよ。私の実力不足のせいでトレーナーさんに無理をさせているんですから…。それなのに私はトレーナーさんの覚悟を台無しにするようなことをしてしまって…。本当にごめんなさい…」

 

宮下もサニーもお互いがお互いを庇い合い、話の落とし所がなかなか見つからない。

 

「覚悟か…。実はね、僕はさっきまで中崎先生のところに行っていたんだ。先生から聞いたよ。一昨日、先生のところに相談に行ったんだってね」

 

「…。ごめんなさい。黙っていて。トレーナーさんが頑張ってるから私も何かしなくちゃって思ったんですけど、何をすればいいかわからなくて…。だから、トレーナーさんのお師匠さんなら何かアドバイスをもらえるんじゃないかなって思って行ったんです…」

 

サニーは一瞬気まずそうな顔をし、再び俯いてしまう。

 

「別に謝ることじゃないよ。むしろ、僕が謝らなくちゃいけないことだ。僕は先生に怒られていたんだ。『担当を不安がらせるな』ってね」

 

宮下は苦笑いしながらサニーに中崎とのやりとりを教える。

 

「ご、ごめんなさい。私の変な行動のせいで…。トレーナーさん、完全に怒られ損ですよね…」

 

サニーはさらに気まずそうな顔をして俯く。

 

「いや、いいんだ。むしろ、良かった。僕は先生に怒られて気付けたんだ。『覚悟と代償があればダービーに勝てる』なんて話は僕の思い上がりでしかなくて、ダービーに勝つためには、僕とサニーが『真のパートナー』になることの方がずっと大事だってことに」

 

そんなサニーに対して宮下は笑いながら結果オーライだと言い放つ。

 

「真のパートナーですか?私たちの信頼関係はまだ足りないんですかね…」

 

宮下の言葉を聞いたサニーが今度は落ち込んだ表情をする。

 

「それは大丈夫だ。先生からも僕らの信頼関係は太鼓判を押されたよ。先生が問いたかったのはそこじゃない。『ダービーに対してどれだけトレーナーと担当が想いを重ねらているか』を問いたかったんだ」

 

「ダービーへの想い…」

 

「そうだ。先生に言われたんだ。『あの子はダービーへの想いをお前に託した。なら次はお前があの子にダービーへの想いを託す番じゃないか?』ってね」

 

「確かに聞いたことなかった…。トレーナーさんはダービーにどんな想いがあるんですか?やっぱり、お姉ちゃんのリベンジがしたいって気持ちがありますか?」

 

「それもあるかな。でも、サニーをダービーウマ娘にしてあげたい気持ちが1番かな。サニーは僕にとって特別な子だからね。君のためなら僕はいくらでも頑張れる。僕は僕の全てを賭けて君をダービーウマ娘にしてあげたいんだ」

 

「なんで急にそんな話になるんですか…。恥ずかしいじゃないですか…」

 

愛の告白さながらの言葉を笑いながら伝える宮下に対して、サニーは顔を真っ赤にして照れる。

 

「恥ずかしいも何も本当だからね。あとは…僕の夢のためかな…」

 

サニーに向けた言葉は素直に伝えた宮下だが、自分の夢を伝える時は少しだけ躊躇う様子を見せる。

 

「フフッ。何照れてるんですか?さっきの恥ずかしい言葉は普通に言ってたくせに。トレーナーさんの夢、聞かせてくださいよ」

 

夢の話を躊躇った宮下が作り出す珍味な間に、サニーはいつぞやの時のように笑う。

 

「いや、こんな夢、僕の身の丈には合っていないから、先生以外には恥ずかしくて言ったことがないんだ…」

 

宮下はなおも照れながら話せなかった理由を告げる。

 

「大丈夫ですよ。私は笑いません。それに昔のことはわからないですけど、今のトレーナーさんはその夢を言えるだけの人だと思いますよ」

 

まだ躊躇う宮下に対してサニーは微笑みながら後押しする。

 

「…。僕はね、トレーナーになれた時からずっとダービートレーナーになりたいっていう夢があったんだ。やっぱり、ダービーはトレーナーにとっても特別だからね」

 

サニーの後押しを受け、意を決した宮下が自分の夢を告げる。

 

「そっか…。トレーナーさんも私と同じで、ダービーに憧れてたんだ…」

 

宮下の夢を聞いたサニーはどこか安心した様な表情で微笑む。

 

「そうだね。実は、サニーと初めて会った時、本当はとても嬉しかったんだ。ダービーを本気で目指す子に"また"出会えたってね」

 

「"また"…?あっ、最初はお姉ちゃんか!」

 

「そう。だから、スワローは僕にとって特別だったんだ。僕の夢と同じ夢を持つ初めての教え子だったからね。もちろん、今はサニーも同じくらい特別なんだけどね」

 

宮下は再び照れくさそうに自分の想いの丈をサニーに伝える。

 

「そっか…まあ、そうですよね…。よし!私、もう一回気合い入れ直します!私も私の全てを賭けてトレーナーさんの夢を叶えますよ!」

 

先程までの悲しみは完全になくなり、サニーが晴れやかな笑顔で宮下の夢を叶えると宣言する。

 

「ありがとう。でも、サニーにはまだ先がある。全てを賭けるのは僕だけでいいよ」

 

「そんなわけにはいきませんよ!想いが重ならないとダービーには勝てないんですから。いいことも悪いことも全部一緒です。それにお姉ちゃんが言ってたんです。私たちウマ娘がトレーナーさんたちに恩返し出来るとしたら、それは"走りでしか返せない"って。私たちは"そういう世界"にいるんだって」

 

「確かにそうかもしれないね…。なら改めて言うよ。サニー、僕の夢を一緒に叶えてくれないか?」

 

「はい!もちろん!」

 

この日、宮下とサニーは最後の試練を乗り越えて真のパートナーとなった。

 

運命のダービーまであと1ヶ月。

物語は最終章へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

41.演じる者・踊らされる者

 

 

 

 

 

トゥルルル トゥルルル

 

 

「はい。宮下です」

 

「おう!どうだ調子は?」

 

電話は中崎からだった。

 

「ええ。順調です。いや、想像以上ですね。この数週間でこれ程の変わり身を見せた子を僕は初めて見ました。先生がおっしゃったようにサニーが僕の想いを力に変えているようです」

 

そう話す宮下の声はいつになく明るい。

 

「そうか…。順調で何よりだ。しかし、お前、相変わらずの大立ち回りをしているな。あんな発表までして、やりすぎじゃないか?」

 

「そうでしょうか?僕はただ『合理的な判断』をしたまでですが?」

 

宮下は淡々と返す。

 

「ふん、言うようになったじゃないか。まあ、それぐらいのメンタルの強さがないとダービーは取れないのかもな。ところで、俺のところにも今度取材が来るが、打ち合わせ通りでいいのか?」

 

「ええ。大丈夫です。打ち合わせ通りに"さりげなく"話していただいて構いません。よろしくお願いします」

 

「ああ。わかったよ。じゃあな」

 

そう言って中崎は電話を切った。

 

保健室でのやりとりが終わってからすぐに、宮下とサニーは情報戦をより徹底した。

 

その一向に納まる気配のない発言の数々に、初めは興味や警戒心を持っていた陣営も次第に宮下とサニーを冷ややかな目で見るようになり、2人を意識する者は日に日に減っていた。

 

そんな中、宮下は周囲を陥れるためのさらなる話題作りをする。

 

 

 

プリンシパルステークスへの出走取り止め

 

 

 

理由は『練習中に負ったケガが癒えないため、レースを辞退する』というものであった。

 

その発表に『無礼だ』『横柄だ』『担当が振り回されている』と宮下を非難する者もいたが、『起きてしまった事実に対応した合理的な判断』という正論で宮下は周囲の雑音を黙らせてしまった。

 

本来であれば、進行中の戦略に大きな影響を与えかねないアクシデントを宮下は戦略の一部に加えたのだ。

 

しかも、宮下が周到だったのが、そのレース出場に関して、トレーナーと選手間で対立があったという"ウソ"をサニーや中崎を通じて一部の記者に"漏らさせる"ことをしたことだ。

そうすることで宮下の陣営が順調さを欠いていることへの信憑性を"裏付け"することに成功した。

 

これにより、宮下とサニーのダービーへの期待値は益々低くなる。

宮下とサニーは"レースを支配"を着実に完成させていた。

 

 

 

 

「もしもし、お姉ちゃん、元気」

 

「ええ、元気よ。それにしても、あなたたちいろいろと騒がせているわね。一体、何をするつもり?」

 

スワローは宮下とサニーの振る舞いに違和感を感じている様だ。

 

「やっぱり、わかるんだね。今、私たちはダービーのための準備をしているの。ダービーに必ず勝つために!」

 

スワローの心配をよそにサニーはしたり顔で宮下との共同作戦だと伝える。

 

「そんなのわかるわよ。宮下さんはあんなことやる人じゃないもの。まあ、2人で決めてやっているんだろうから別にいいけど、どんな作戦を立ててても、あなたがしっかりやらないと意味がないんだから覚悟を持ってやりなさいよ」

 

そんな有頂天なサニーにスワローは釘を指す。

 

「大丈夫だよ!私はトレーナーさんの夢を叶えるんだ!そのためなら、私はいくらでも頑張れるよ!」

 

サニーはハキハキと自分の決意をスワローに伝える。

 

「そう…。あの人、やっと口にしたのね。『ダービートレーナーになりたい』って。夢、叶って欲しいな…」

 

スワローは感慨深そうに宮下の決意を喜ぶ。

 

「えっ?お姉ちゃんトレーナーさんの夢を知ってたの?トレーナーさんはお師匠さん以外には話してないって言ってたけど…」

 

スワローのまさかの発言にサニーは驚く。

 

「直接は聞いてはいないけど、一緒にいればわかったわ。普段は全然話さないあの人が、ダービーのことだけは笑顔で時々話していたから。だから、思ったの"この人は私と同じでダービーに憧れているんだな"って」

 

「へ、へー…」

 

スワローはまるで知っていて当たり前のように話す。

 

「だから、私は更に頑張れた。あの人の夢も叶えようって心に決めたからダービーへの想いはさらに強くなった。もしかしたら、その強い想いが力不足の私に力を貸してくれたのかもね」

 

「…へー」

 

「ただね〜、宮下さんの"本当の夢"を知ったのはダービーが終わった後っていうのは、私の鈍さだったなぁ〜。今でも悔しいと思うな〜。知ってたらもっと頑張れたかもしれないから」

 

一転して、スワローはとても無念そうな声色で自分の鈍さを恥じる。

 

「えっ?どういうこと?」

 

そんなスワローに対し、サニーはさらに疑問を深め、説明を求める。

 

「宮下さんは私と同じで"ダービーに出たい"って思ってると思ってたの。あなたもわかるだろうけど、トレーナーさんだってダービーに出ることだけでも相当大変だからね」

「…まあ、そうだけど…」

 

スワローのハキハキした意見に対し、なぜかサニーは少しずつ威勢をなくしていく。

 

「だけど、あの人は表彰式の間もずっと悔しそうな顔をしてた。きっと、それってダービーに出ること"だけ"が夢じゃなかったってことでしょ?それで、私は気付いたの。宮下さんの夢は"もっと先"にあったんだって。だから、あの手紙に2つ目のお願いを書いておいたの。私は叶えられなかったけど、いつか夢を叶えて欲しかったから」

 

「…」

 

「まっ、そんな感じの昔話ね。でも、サニーはすごいね。宮下さんから直接夢を託されたんだから。私にはそれだけの才能はなかった。あー、もし生まれ変われたら、私はシチーみたいな才能ある美少女になりたい!なーんてね!」

 

「…」

 

スワローはサニーを羨みながら、叶わぬ願望をおどけながら楽しそうに話す。

一方で、それを電話越しに聞くサニーの顔は完全に無の表情だ。

 

「あれ?サニー?おーい、聞こえる?」

 

突然のサニーの無言にスワローは呼びかけるがサニーは応じない。

 

「おーい、サニー。もしもーし」

 

「私が一番最初だと思ったのに…」

 

スワローの再度の呼びかけにサニーはようやく応じるが、その声は完全に意気消沈している。

 

「えっ?なに?落ち込んでるの?どうして?」

 

「うわーん!お姉ちゃんのばかー!ダービー観にきてね!じゃあね、バイバイ!」

 

「えっ?ちょ…」

 

サニーは逃げるように唐突に電話を切る。

 

「ダメだ…。これじゃあ、私は一生お姉ちゃんに勝てない気がする…。何がなんでもダービーに勝つ!」

 

スワローの"惚気話"の精神的なダメージはかなりのものだったが、結果的には奢っていた自分に対し、喝が入り、サニーの意気込みは最高潮になった!

 

 

 

 

そんな感じでダービーまであと3週間!

 

 

 

 

 

 

 




〜他人の想いを受け取ることで強くなる〜

史実のターニングポイントとなるこのエピソードをどう描くかを考えた時にウマ娘の設定の中にあるこの言葉がすぐに思い浮かびました。

寡黙なトレーナーが長年密かに抱いていた夢をサニーブライアンが知る。それまで、『過去』からの想いを背負い走ってきた彼女が『今』背負うべき想いを知ったことで、秘めたる才能が開花する。

史実で起きた奇跡の7週間の成長には携わる人々全てのダービーに対する想いが関係していたとしたらロマンチックだなと思っているのですが、みなさんはいかがでしょうか?
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