それこそが事実   作:スタイニー

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このパートでは、主人公たちの描写から一旦離れ、この年のダービーに出場する他のウマ娘たちの一幕を描きます。

97年世代を代表する馬たちの約半数が出場したこの年のダービー。
個性的なメンバーたちはこのダービーにどんな想いを持ち、どのようにダービーを見ていたのかを楽しんでいただけたらと思います。


42〜47それぞれのダービー

42.それぞれのダービー〜マチカネフクキタル〜

 

 

 

「フクちゃーん!どこー!まったく、練習サボってどこにいるのかしら?」

 

小宮山はマチカネフクキタルを探していた。

どうやら練習時間になってもコースに来ないので探しているらしい。

 

「フンギャー!どうしてなんですかー!」

 

「!あの声はフクちゃんだな!あそこかー!」

 

けたたましい絶叫に反応した小宮山が猛ダッシュで声がした教室へと駆け寄る。

 

「ちょっと!フクちゃん!練習サボって何してるの!?」

 

教室のドアを勢いよく開けながら小宮山がマチカネフクキタルに問いただす。

 

「あっ!コミちゃんトレーナーさん!これは違います。私は練習をサボっているのではありません。本番に向けての願掛けをしているんです!」

 

マチカネフクキタルは間髪入れずに言い訳をする。その手元には1本の鉛筆が転がっている。

 

「いやいや、願掛けに鉛筆転がしとか意味わからないでしょ?せっかくダービーに出れるんだから真面目に練習しなさーい!」

 

あまりにもマチカネフクキタルが適当なことを言うので、さすがの小宮山も怒る。

 

「いやいや、これはシラオキ様のご加護がある由緒正しい鉛筆です。これで占うことでダービーの行末を見極めるんです!」

 

「いや、おかしいでしょ!?そもそも着順て占うものなの?ギャンブルじゃあるまいし。それにその鉛筆、どう見ても市販の2B鉛筆だよね!?加護とかあるわけないよね。あと、その鉛筆だと6位までしかわからないよね?ダービーは18人出るのになんで6位以上が前提なの?」

 

小宮山が怒涛のツッコミポイントを上げる。

 

「そこらへんは、気にしたら負けです。そんなことより、この占い、おかしいんですよ!」

 

たったの一言で小宮山の指摘を一蹴し、マチカネフクキタルは言いたいことを言う。

 

「いや、もう、いろんなことがおかしいけど、何がおかしいの?」

 

小宮山はかなり呆れ気味にマチカネフクキタルの疑問を聞く。

 

「もう、50回近く鉛筆を転がしましたが、一度も1着が出ないんです!これはおかしいです!この鉛筆は欠陥品です!」

 

マチカネフクキタルは鉛筆を指差しながら、非難する。

 

「待って!さっき由緒ある鉛筆って言ったよね?それを欠陥品てシラオキ様に失礼だよね?あと、もう50回も鉛筆を転がしたら、もはや占いじゃないよね?出来レースだよね?当たり前だけど、1着が出ないのなんて…あれ?これは流石におかしいかも?」

 

キレのあるツッコミが冴え渡る中、確かに不自然な部分があることに小宮山が気付く。

 

「そうなんですよ!あれだけ転がしたのに1着が出ないのはおかしいんです!このままでは納得出来ません!あと50回は転がします!」

 

マチカネフクキタルの鉛筆転がしへの信頼は揺るがない。

 

「いや、もうやめよ!と言うか、それって、このままだと1着は獲れないよっていうシラオキ様のお告げじゃないの?もう、ダービーまで2週間くらいしかないんだから普通に練習した方がいいよ!」

 

マチカネフクキタルの執念に対し、小宮山が正論をぶつける。

 

「な、なんですとー!確かにここまで来ると逆に信憑性があります!なら、こんなことをしている場合じゃありません!今すぐ練習をしましょう!そうしましょう!さっ、コミちゃんトレーナーさん!行きますよ!うおー!」

 

マチカネフクキタルは勝手に結論を出し、叫びながら教室を飛び出した。

 

「はー…お願い…タマちゃん…助けて…。もう、私ツッコミ切れないよ…」

 

小宮山は誰もいなくなった教室で膝をつき項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

43.それぞれのダービー〜サイレンススズカ〜

 

 

 

「スズカ!お疲れ様。この前のプリンシパルステークスは見事だったよ。これでダービーへの出場は確定ね。皐月賞は出られなかったけど、ここから立て直そう!」

 

「はい。ありがとうございます」

 

スズカの勝利を讃えるトレーナーに対してサイレンススズカの表情は重い。

 

「…どうしたの?浮かない顔をして。この間のレースに不満があるの?」

 

村井はサイレンススズカの浮かない顔の理由を聞く。

 

「この前のレースは勝てましたけど、楽しくなかったから…」

 

「楽しくないか…。私はいいレースだったと思うけど…。初めての東京レース場で2200mとはいえ、控えてレースが出来たことはダービーに向けての収穫だと思うの」

 

村井はサイレンススズカの独特な感覚に戸惑っているようだ。

 

「…。トレーナーさんの言うことはわかります。でも、私は先頭で楽しく走れた方がスタミナの消耗がない気がするんです…」

 

サイレンススズカは村井の意図に理解を示しつつ、自身の感覚をわかって欲しいようだ。

 

「確かに楽しいと思う感情はレースにおいて大切な要素よ。ただ、スズカにとって長い距離になる2400mをその感覚だけで走らせるのは怖いわ」

 

「そうですか…。あの、次のレースで先頭を走るのはダメですか…?ペースは上手く落とします。だから、いつも通り先頭で走らせてくれませんか?」

 

「それはダメ!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

村井が一瞬だけ声を荒げる。その光景にサイレンススズカはびっくりしてしまう。

 

「あっ、いや、ごめん…。怒ってるわけじゃないの…。今回のダービーで先頭を切るのはやめて欲しいの…。どうしても…」

 

「…」

 

村井は一瞬感情的になってしまったことを謝るが、二人の間には重い空気が流れてしまう。

 

「スズカも聞いていると思うけど、今回のダービーは皐月賞に勝った陣営が逃げ宣言をしているわ。私はあの陣営のやり方が好きじゃない。あんなやり方は担当に負担を強いるだけ。それにレース前から玉砕覚悟を宣言するなんて時代錯誤も甚だしいわ」

 

空気感を察してか、村井が理由を説明する。

 

「もしかしたら、逃げ切る自信があるんじゃないでしょうか…?」

 

「自信?あのフロックでの勝利を自信に変えられるなんてどうかしているわ。まあ、万が一それが事実だとしたら、尚更あの陣営の判断に付き合う必要はないわ。自滅するのがオチ。それに競り合ってみすみすスズカの勝機まで潰すなんて私には出来ないわ」

 

「…。わかりました。トレーナーさんの指示に従います。すみません。余計なことを考えてしまって…」

 

サイレンススズカは意見をしてしまったことを申し訳なさそうに謝る。

 

「いや、謝らないで…。私の方こそスズカの意見を否定しているようで申し訳ないし…。ただ、今回のようなケースはさすがにトレーナーとして静観できないわ。それに前回と今回で、新しいレーススタイルを身につけられればスズカの才能の幅も広がると思っているわ。だから、前向きに考えて欲しいの」

 

「…。わかりました。控えてのレースをします。あの、走りに行ってもいいですか?今日は休みですけど、少しだけ走りたい気分なんです」

 

「あっ、うん、いいわよ。ただ、ほどほどにね。ダービーに向けてケガや疲れはなしにしたいから」

 

「わかりました。行ってきます」

 

サイレンススズカはお辞儀をしてトレーナー室を出て行く。

 

[勝つためにはいろいろ考えて走らないといけないのはわかる…。でも、その先に私の目指したい走りはあるのかな…]

 

サイレンススズカは自分の目指す理想と現実に悩んでいた。

そして、そんな悩みを振り払おうとするかのように大好きなロードワークに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

44.それぞれのダービー〜ランニングゲイル〜

 

 

 

「奈瀬さん!」

 

「やあ、ゲイル。ちょうどよかった。君にこれを届けに行こうと思っていたんだ。手間が省けたよ。先日のレースの映像だ」

 

そう言って奈瀬はDVDを渡す。

 

「わざわざ、ありがとうございます。この間はすみませんでした。また、位置取りが悪かったです。サイレンススズカもそうですが、2着の子にも届きませんでした」

 

ランニングゲイルは申し訳なさそうに反省を口にする。

 

「気にすることはないよ。皐月賞からのハードローテだったんだ。それでも上がり最速を出せたことと、初の東京コースであれだけのパフォーマンスが出来たことはいいことだ」

 

奈瀬がランニングゲイルを気遣う。

 

「ありがとうございます。次のダービーは今回の反省を活かして、必ず期待に応えて見せます。奈瀬さんの初ダービー制覇を私が必ず」

 

ランニングゲイルは一礼してダービーへの抱負を語る。

 

「ありがとう。期待しているよ。ところで、ゲイルはダービーでのライバルと見定めている子はいるかい?」

 

奈瀬はランニングゲイルの意気込みを嬉しそうにしながら、彼女にダービーの相手関係を尋ねる。

 

「そうですね。実力的にはサイレンススズカやシルクジャスティス・メジロブライトといったところでしょうか。特にシルクジャスティスは怖い存在ですね。先日の京都での末脚は見事でした。勝ち上がりに時間が掛かったかもしれませんが、実力は間違いなく世代トップクラスですね」

 

ランニングゲイルは少し悩みながら3名の名を挙げた。そして、その中でもシルクジャスティスを警戒しているようだ。

 

「なるほど。なかなかいい目の付け所だ。僕もその子には注意している。それに担当トレーナーには昨年の借りもある。要警戒だ。ちなみに名前が上がらなかったが、今年の皐月賞ウマ娘を君はどう見ているんだい?」

 

奈瀬がサニーについての意見を聞く。

 

「サニーですか?いい選手だとは思いますが、担当トレーナーが足を引っ張っているように思います。奈瀬さんのように優秀なトレーナーの元にいるのなら要警戒ですが、あの感じでなので警戒レベルはいくらか低いです」

 

ランニングゲイルはサニー自体は評価しているようだが、宮下の実力には疑念を抱いているようだ。

 

「…。まあ、そう思うのは致し方ないか…。僕はあの子を輝かせているのはそのトレーナーだと思っている。彼は実績こそないが、優れた指導力とレース理論を持っている人だ。世間の評判がどうあれ、あの陣営を侮ってはいけないよ」

 

奈瀬がランニングゲイルの見解に注告を入れる。

 

「そうですか…。しかし、先日のレース出走の件でサニーと対立したという噂も聞きます。優秀な方だとしても担当と仲違いしているようでは厳しいのでは?」

 

ランニングゲイルは知り得る情報からサニーたちの現状を奈瀬に伝える。

 

「そんな噂まで流れているのか…。ちなみに仲違いをしている現場を見た子はいるのかい?」

 

奈瀬は一瞬思案して、ランニングゲイルに噂の証拠となるものがあるかを尋ねる。

 

「いえ、あくまで噂なので、そのようなところを見たという生徒を私は知りません」

 

「なるほど…。ゲイル、やはりあの陣営を侮ってはいけないよ。彼らは"情報戦"を仕掛けている可能性がある」

 

ランニングゲイルの話を聞いた奈瀬は先程までと違い鋭い目つきで意見する。

 

「情報戦ですか?なぜそんなことを?」

 

「おそらく、他陣営のマークを外すためだ。メディア露出が増え、エンタメ要素が増えた近年ではあまり見なくなったが、もっと勝負事の色が強かった昔は、トレーナー同士の"騙し合い"が日常茶飯事だったと聞く。あのトレーナーはその時代の一端を知る人だ。これくらいの仕込みをやる可能性は十分にあるだろう」

 

「そうですか…。わかりました。私も警戒は怠りません。心してかかります」

 

奈瀬の話を聞いたランニングゲイルも先程までと違う面持ちでいるようだ。

 

「ああ。それが賢明だろう。まあ、その対策も含めて、今日もしっかりミーティングだ。じゃあ、またあとで」

 

「はい。またあとで」

 

そう言って2人は別れた。

 

[戦前から策を仕込むとは、やはり宮下さんは侮れない。今の風潮的に大多数の陣営は既に術中に嵌っていると見ていい。ですが、僕は騙されない。情報戦の中に隠されたあなたの狙いを必ず見抜きますよ]

 

奈瀬は宮下の老獪な立ち回りに敬意を表しつつ、その策を破ることに闘志を燃やした。

 

 

 

 

 

45.それぞれのダービー〜シルクライトニング〜

 

 

 

「ライトニング!」

 

「はっ、はい!うわっ、あっ、あっ〜!」

 

トレーナーの安川の呼びかけにビクついたシルクライトニングは持っていたファイルを落としてしまう。

 

「何やってるんだい!このおっちょこちょい!びっくりするとこじゃないだろうに」

 

「ご、ごめんなさ〜い」

 

安川に指摘されたシルクライトニングが謝りながら慌ててファイルを片付ける。

 

「まったく、いつまでもシャキッとしないねぇ〜。そんなんだから最近も勝ちきれないんだ」

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

安川の愚痴にシルクライトニングはますます申し訳なさそうにする。

 

「いちいちメソメソしない!この間もあと少しだったのに、あのちょっとを差しきれないなんて情けないったらありゃしない」

 

そんなシルクライトニングを見て安川は更に喝を入れる。

 

「確かにあと少しでしたけど、サニーちゃん強いんですよ〜。最後の粘りとか凄かったし…。みんなはまぐれって言うけど、私はサニーちゃんの皐月賞は実力だと思います」

 

ファイルを片付け終えたシルクライトニングは椅子に座ってサニーのことを話す。

 

「あら?意外だね。アンタはあの子を買ってるのかい?」

 

サニーのことを褒めるシルクライトニングに安川は意外な顔をする。

 

「はい。サニーちゃんは頭が良いんです。特にペースメイクが本当に上手なんです。あの皐月賞もスタートに少し失敗して終わりもバタバタしたとは言ってましたけど、ペースメイクだけは完璧だったから最後が粘れたって言ってました」

 

「ほー、あの子は気持ちで走るタイプで細かいことは考えない子かと思ったが、違うのかい?」

 

安川が思い描いていたサニー像とシルクライトニングの評価は違うようだ。

 

「確かに気持ちも強い子ですけど、全然違いますよ。だって富子先生がいつも言ってる"周りを観察しながら走れ"を普段から当たり前にやってるんです。たぶん、富子先生の話を全部理解して実践できるんじゃないですか?私には無理だけど…」

 

シルクライトニングはサニーを褒めるが同時に自分の不甲斐なさに落ち込んでいる。

 

「何言ってんだい!アンタもやるんだよ!アンタの目指すべき理想はそのサニーって子さね。特別な才能がなくてもGIに勝てることをその子が証明したんだろ?だったらアンタもやりな!」

 

落ち込むシルクライトニングを尻目に安川は発破をかける。

 

「えぇー!私には無理ですよ〜。あんなにいろいろ考えて走ったら頭パンクしますって〜」

 

シルクライトニングは頭を激しく振りながら拒否する。

 

「つべこべ言わずにやるんだよ!皐月賞の話が本当なら、あの子のマークを外すと痛い目を見る。ダービーに勝てるかどうかはあの子を抑えられるかどうかにかかってるんだ。だったらやるしかないだろ?」

 

シルクライトニングの全力の拒否に対し、安川は一切の甘えを許さない。

 

「うー、富子先生の鬼!悪魔!おばちゃん!」

 

シルクライトニングは半べそを描きながらささやかな悪口で抵抗する。

 

「最後のは余計だね、おば様といいな!とりあえず、ムリムリ言うんじゃないよ!曲がりなりにも皐月賞2着だろ?あと少しなんだ。頑張んな!」

 

安川は悪口に若干イラつくが、悲しそうな顔をするシルクライトニングを励ます。

 

「わかりましたよ〜。でも、自信ないし…」

 

「大丈夫さ!徹底マークであの子のペースを乱せるなら、あんたなら府中の直線で差し切れるはずさ!」

 

「…」

 

安川にポジティブなことを言われ、シルクライトニングが少し嬉しそうに照れる。

 

「アンタの従姉妹ほどじゃないとはいえ、アンタにも末の脚はある。それにレースの進め方も極端な位置じゃないと走れないわけでもない。これだけでも十分に武器なんだ。あとはどんなレース展開でも安定して実力を出せれば、勝ち目はあるんだよ!」

 

「そ、そうかなぁ〜。私やれるかなぁ〜」

 

安川に褒められたシルクライトニングがさらに嬉しそうに照れる。

 

「やれるさ。なんたってアタシが付いてんだ。『泥棒の富子』に任せときな!人気がない子の輝かせ方ならアタシが一番知ってる。だから、胸張っておやり!」

 

「はい!頑張ります!えへへ〜」

 

安川におだてにおだてられたシルクライトニングはニヤニヤが止まらないほど上機嫌になっていた。安川とシルクライトニングのおばあちゃんと孫のようなほのぼのしたやりとりは続く。

 

 

 

 

 

 

46.それぞれのダービー〜メジロブライト〜

 

 

 

「ふー、10本目が終わりましたわ〜」

 

メジロブライトはゆっくりと歩きながら息を整える。

 

「おーい!ブライトー!ちょっと休憩をしよう!」

 

スポーツドリンクを手にメジロライアンがメジロブライトに声をかけながら近づいてくる。

 

「ライアンお姉様。わざわざありがとうございます〜」

 

メジロライアンからスポーツドリンクを受け取るメジロブライトの表情はとても明るい。

 

「ブライト頑張ってるね!調子はどう?」

 

「はい。とてもいいですわ〜」

 

メジロライアンの問いにメジロブライトはのほほんとした口調で答えるが、その言葉は自信に満ちている。

 

「もうすぐダービーだね。この前の皐月賞は悔しい思いをしたからダービーは絶対に勝ちたいね!メジロに初めてのダービーウマ娘の栄誉をもたらすのはブライトだとアタシは信じてるよ!」

 

「うふふ、ありがとうございます〜。私もライアンお姉様のご期待に応えたいですし、私個人としてもダービーは必ず勝ちたいですわ〜」

 

普段はタレ目で穏やかな顔つきのメジロブライトの顔つきが一瞬だけ凛々しくなる。

 

「おっ!これはブライトがやる気の時の目だ!いいね!本当にダービー勝ちたいんだね!」

 

メジロライアンも雰囲気の違いに気付いたようだ。

 

「はい。私はライアンお姉様の7年前の忘れ物を取り戻したいのです。これはメジロ家の命題ではなく、私個人が自分に課した命題ですわ。それは歩みの遅い私に寄り添い、共に歩んでくれたライアンお姉様への恩返しだと思うのです」

 

そう語るメジロブライトの目は真っ直ぐに何かを見つめている。

 

「ブライト…。ありがとう…。ブライトがそう言ってくれるだけでアタシは嬉しい…。ダービー必ず獲ろうね!」

 

「はい!私の側にはいつもライアンお姉様がいます。お姉様の想いを力に変えてダービーを勝ち取ってみせますわ〜」

 

元気よく返事をするメジロブライトの顔はいつものような穏やかで可愛らしいものに戻っていた。

 

「うん!その粋だよ!あっ、でも皐月賞を勝った子のことは要注意だよ。あの子はきっとブライトにとって一番の強敵になる。注意しなくちゃダメだよ」

 

喜ぶメジロライアンであったが、思い出したかのように顔つきが少しだけ険しくなる。

 

「ほわ〜?どうしてですか〜?」

 

「一つはブライトとの相性だね。ブライトはレースを作れるタイプじゃない。皐月賞もそうだったけど、マークがブライトに集中するとああいう展開になりやすい。ブライトにとって前残りの展開は不利だから、入念に対策を練らないと」

 

メジロライアンがメジロブライトにアドバイスを送る。

 

「はいですわ〜。他にも気をつけるところはありますか〜?」

 

「もう一つはアタシの直感だから言いにくいんだけど、今の学園を取り巻く雰囲気自体がアタシのダービーの時と似てるんだ。だから、あの子が怖いんだ。あの子はアイネスと似てるから…」

 

メジロライアンの表情は先程よりも一層真剣になる。

 

「お姉様のダービーと同じ雰囲気ですか〜?」

 

いつも通りのほんわかした雰囲気のメジロブライトにはメジロライアンの意図がまだ伝わっていないようだ。

 

「そうなんだ。だって、あの子はアイネスと同じ逃げウマ娘で、トレーナーさんが批判を浴びてて、ダービーでも本命扱いされてなくて、周りの期待は他の子に向けられてる。ねっ?似てるでしょ?」

 

「ほわ〜。確かにですわ〜」

 

メジロライアンの説明を受け、メジロブライトはいくらか理解したようだ。

 

「アタシはその子のことを知らない。でも、もしその子がトレーナーさんへの強い信頼とダービーに賭ける熱い想いを持っていたのなら、あの子はきっと、とてつもない力を発揮するよ。アイネスもそうだった。アタシはアイネスの想いの強さと気迫に負けたんだ…」

 

7年前を思い出すように話すメジロライアンの顔には悔しさが滲んでいた。

 

7年前のダービー。メジロライアンはそれまでのダービーレコードを破る素晴らしい走りをした。

 

しかし、勝てなかった。

 

最高の走りをしたメジロライアンの1と¼バ身前にアイネスフウジンがいたのだ。

 

アイネスフウジンが記録したダービーレコードは今もなお破られずにトゥインクルシリーズにおける最大観客動員数とともに伝説の記録として刻まれている。

 

「周りがなんと言おうとアタシはアイネスを一番のライバルだと思ってレースに臨んだ。隙なんか少しも見せたつもりはなかった。だけど、アタシは心のどこかでアイネスの想いの強さを侮ったんだ。だから負けた。ブライトにはアタシと同じ思いはして欲しくない…。だからあの子には気を付けてね」

 

メジロライアンは切実な表情でメジロブライトに訴えかける。

 

「…わかりました。私は侮りません。ライアンお姉様からの戒めを胸に刻みます。私の悲願のために」

 

メジロブライトはメジロライアンの悔しさを理解し。その表情は先程のような凛々しさがある。

 

「ありがとう…。さっ、休憩は終わり!残りのメニューを終わらせようか!」

 

「はいですわ!」

 

2人は悲願達成に向け、より一層トレーニングに励んだ。

 

 

 

 

 

 

47.それぞれのダービー〜シルクジャスティス〜

 

 

 

 

「あー、くそっ!なんなんだよ!この練習はー!」

 

練習場にシルクジャスティスのけたたましい絶叫がこだます。

 

「ごめんよ…。ジャスティス…。僕の体調が万全じゃないから、こんなにキツい練習になってしまって…」

 

シルクジャスティスに謝るのはフサイチコンコルド。昨年のダービーウマ娘だ。

 

今は病気のため休養中。

ただ、今日はリハビリがてら同じチームのシルクジャスティスの練習パートナーとして顔を出していた。

 

「いや、コンさんは謝らないでください。そもそもダービーウマ娘に稽古つけてもらえるだけで感謝なんすから」

 

シルクジャスティスは水分を補給しながらフサイチコンコルドに感謝を述べる。

 

「でもね…。なかなかキツいと思うんだ、このメニュー。ダンディーもそう思うでしょ?」

 

フサイチコンコルドはシルクジャスティスの横にいる小柄なウマ娘に話をふる。

 

「えっ、あっ、はい…。でも、元はと言えば、私がジャスの練習相手にならないからコンコルドさんの力を借りてしまっているので、私が悪いというかなんというか…」

 

フサイチコンコルドに話を振られ申し訳なさそうにするのはエリモダンディー。

気弱そうな見た目だが、今年の皐月賞にも出場している実力者だ。

 

「んなこと言ってもダンディーぐらいしか俺の練習相手になるやつはいねぇから。そ・れ・よ・り・もだ!このクソ練習なんとかなんねぇのか?末脚自慢の2人リレー相手に俺1人で3ハロンダッシュを"勝つまでやれ"とか正気の沙汰じゃねぇぞ!チクショー!」

 

シルクジャスティスはエリモダンディーを庇いつつ練習メニューに文句を言う。

 

「仕方がないよ。だってトレーナーさんには史上初のダービー連覇がかかってるんだから。ジャスに期待してるんだよ」

 

エリモダンディーが苦笑いしながらシルクジャスティスを抑える。

 

「ンなもん知るか!ダービー連覇かなんだか知らねーが、俺は今辛いんだ!あのクソトレーナー、俺が何も言わねぇからって調子に乗りやがって!今に見てろよ!」

 

シルクジャスティスのトレーナーへの怒りは益々ヒートアップする。

 

「まあまあ、ジャス落ち着いて。これだけ頑張ればきっと…」

 

シルクジャスティスを落ち着かせようとしたエリモダンディーの顔から突如血の気が失せ、言葉を失ってしまう。

 

「あん?きっとなんだよ?…!」

 

 

 

ガシッ

 

 

 

「ほほー、お前の言うクソトレーナーって奴は一体誰のことかな??」

 

言葉と同時にシルクジャスティスの背後から頭に手が掛かる。

 

「げっ!アニキ…。あっ、いたんすか…。お早いお戻りで…」

 

先程までの威勢は消え去り、シルクジャスティスは冷や汗をかいている。

シルクジャスティスの頭に手をかけてきたのは担当トレーナーのシンジだ。

 

「おいジャスティス!テメェ、最近『栗東の最終兵器』なんて持て囃されて調子に乗ってねぇよな?なかなか勝てなくて俺に泣きついてきたヘタレ野郎はどこのどいつだったかな?あぁん?」

 

シンジがシルクジャスティスの顔を無理矢理こちらに向けさせながら凄む。

 

「いやー、その節はどうもお世話になりまして…。おかげで京都特別も完勝できて、無事にダービーに出れそうです…。アニキには感謝してます…はい…」

 

シルクジャスティスはバツが悪そうに棒読みでシンジに感謝の言葉を口にする。

 

「ったく、心にもねぇことを抜け抜けと。まあいい。で、練習はどうなんだ?一回くらい勝てたのか?」

 

シンジはシルクジャスティスの頭から手を離し、練習の成果を確認する。

 

「いや、アニキ。流石にこれは無理だって。コンさんとダンディー2人相手には勝てねぇって。つーかこんな練習しなくてもこの世代に俺の末脚に勝てる奴なんていないだろ?それともあれか?全盛期のブライアン先輩にでも勝つつもりか?」

 

シルクジャスティスが天を仰ぎながら練習のキツさを訴える。

 

「流石にそこまでは求めてないさ。あんな怪物に勝てるやつなんかしばらく出るわけないんだから。ただ、お前には去年のコンコルドのタイムくらいは抜いてもらわないと困る!それでなきゃ、ダービーを勝ちにいくなんて堂々と言えないからな!」

 

シンジはこの練習が真剣なものであると力説する。

 

「マジかよ…勘弁してくれよ…。コンさんのタイムだってダービー歴代4位だぞ…。なぁ〜ブライトもスズカも大したことねぇ。こんな練習しなくても勝てるだろ。他に誰をマークすんだよ…」

 

シルクジャスティスは呆れ顔をしながら、他にライバルがいないことを告げる。

 

「ターゲットはサニーブライアンだ。あの子を目標にレースプランを構築する」

 

「はぁ?誰をマークするかと思えばあのまぐれ野郎かよ。あんなの口ばっかのホラ吹きじゃねぇか。皐月賞であんだけカツカツなんだぞ。俺なら余裕だろ?」

 

シルクジャスティスは完全に舐めた態度でサニーを酷評する。

 

「アホか!逃げウマ娘を軽視すんな!いつも言ってんだろ!差しの極意は先頭をいかにマークするかだ!」

 

シルクジャスティスの舐めた態度と発言にシンジが頭を叩く。

 

「いてぇな!叩くなよ!そんなのわかってるよ。わかった上で余裕だって言ってんだろ!」

 

頭を叩かれたシルクジャスティスが反論する。

 

「お前はわかってねぇ。あの子が問題じゃねぇんだよ。あの子の担当トレーナーが要注意なんだ。あの子のトレーナーは俺の先輩だ。レースのイロハはあの人から教わった。あの人なら抜かりなく対策を立てるはずだ。実績的には俺より下だが、だからと言って適当にやって勝てるほどあの人は甘くねぇ」

 

そう言うシンジの顔は先ほどまでとは違い、真剣そのもので、どこか緊張感のある顔つきだ。

 

「…。わーったよ。アニキがそこまで言うなら信じるよ…。気は抜かねぇ。どんな相手でも全力でぶっ潰す!それでいいだろ?」

 

さすがのシルクジャスティスもシンジの真剣な表情を汲み取り、襟を正す。

 

「おうよ!それでこそだ!史上初のダービー連覇を頼むぜ相棒!」

 

「わかったよ…。ったく、熱苦しいな。ダンディー行くぞ。あと5本以内にお前らを抜くから覚悟しろ!」

 

「う、うん」

 

そう言ってシルクジャスティスはターフに戻って行く。

 

「宮さん。俺は騙されねぇ!あんたが仕掛けた盤外戦も含め、抜かりなくレースに臨む。ダービー連覇を必ずやってやるぜ」

 

シンジは相棒の背中を見つめながらダービー連覇へと闘志を燃やす。

 




シンデレラグレイに登場する小宮山トレーナーが出ていますが、実は彼女のモデルになった方がマチカネフクキタルとコンビを組むのは史実ではダービーの後だったりします。
なのですが、自分が小宮山トレーナーのキャラクターが好きなのとマチカネフクキタルと組ませたら絶対面白いなと思ったため、あえて前倒しでコンビを組ませています。
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