それこそが事実   作:スタイニー

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いよいよ今回からレースの話になります。

私はこのダービーの描写の中で、『絶対にこうする!』と決めたことがあります。それは


このダービーに"失敗した者"は誰もいない


この描写だけはどうしても譲れないものでした。
もちろん、感じ方はそれぞれなので、私が正しいとは思っていません。
ただ、"誰かの失敗があったから勝てた"という描写になってしまうことで、成し遂げた人の『凄さ』が失われてしまうことが嫌なので、そう表現しないように心掛けました。

さて、このダービー、主人公が勝つことは決まっています。
その上で他者が『どうして勝てなかったのか?』を楽しんでいただけたらと思います。では、どうぞ最後までお付き合いください。


59.理性と本能 60.陥穽

59.理性と本能

 

 

 

 

さあ!先行争い!

行った!行った!行った!行った!

 

 

 

おー!

 

 

 

皐月賞ウマ娘サニーブライアンが内に切り込んで早くも先頭!

 

 

 

ゲートが開いたと同時にサニーは抜群の出足で一気に先頭を奪う。

皐月賞時と同じ大胆な切り込みに会場から歓声が上がる。

 

 

 

そして、そのインコース!

サイレンススズカは抑えた!

 

 

 

[あの子は…競ってこない。スタート前の会話が効いたかな…。とりあえず、スタートは上手くいったよ、トレーナーさん]

 

スタートダッシュを見事に決めたサニーは横目でサイレンススズカの動向を見つめるが、サイレンススズカは競りかけることはせずに控える形をとったようだ。

 

[ひとまず、サイレンススズカの牽制には成功したな。最悪サニーを控えさせる予定だったが、その必要はなくなったな]

 

サイレンススズカは宮下の思惑通りに控えるレースをする。保険として皐月賞と同様のレースプランも考えていたが早々にその必要は無くなった。

 

 

 

フジヤマビザン、ビックサンデー更にはマチカネフクキタルといったところが前に行っています。

そして、メジロはメジロは後方です。

後方から3・4番手という位置でメジロブライトはレースを進めます。

 

 

 

一番人気のメジロブライトは後方に控える。

その他の選手も概ね予想された位置取りからレースを進める展開になる。

 

早くも第2コーナーに差し掛かる前には隊列が落ち着いた。盤外戦の成果か、はたまた天の導きか、この時点でのレース展開は宮下の想定通りに進んでいる。

 

 

 

やはり、大方の予想通りサニーブライアンが先頭でペースを落とそうとしています。

そして、サイレンススズカも抑えた、現在3番手。

折り合いはどうやら付いている感じ。

 

 

 

[スズカ。大丈夫そうね。このスローペースなら十分に脚を貯められるわ]

 

外から見守る村井、そして観衆の目からはサイレンススズカが順調にレースを進めているように見えていた。しかし…

 

[ハッ、ハッ、ハッ…。どうして?まだ序盤なのに凄く息が苦しい…。やっぱり、ここでは走りたくない…]

 

しかし、実際は違った。

落ち着いたペースのレースが展開される中、サイレンススズカだけは苦しいレースになっていた。

 

村井に言われた通りのポジションは取れていて、ペースも厳しいわけではない。

ただ、サイレンススズカにはそのポジションは"窮屈"だった。

 

もともと独りで自由に走ることが好きなサイレンススズカはトレセン学園に入学するつもりなどなかった。

 

そんなサイレンススズカがトレセン学園に入学するきっかけになったのはトレーナーである村井のスカウトだった。

 

サイレンススズカが出場したレース大会をたまたま観に来ていた村井は、その走りに一目惚れし、声を掛ける。

 

 

 

あなたなら、トゥインクルシリーズの大きなタイトルを獲ることが出来る!私と一緒にトレセン学園に来ない?

 

 

今日は友達に誘われて大会に出ましたけど、私は独りで走る方が好きなので、トゥインクルシリーズには興味がないんですけど…。

 

 

それは大丈夫よ!今は興味がなくても、強い子たちと競い合えば、きっとレースが楽しくなるわ!

それにあなたは『先頭の景色を見るのが好き』と言っていたわよね?トレセン学園にはあなたと同じくらいに速い子がたくさんいるわ。そんな子たちに勝つことで見れる『先頭の景色』に興味はない?

ここなら"あなただけの"先頭の景色が見れるはずよ

 

 

私だけの先頭の景色…

 

 

 

 

村井の言葉に魅力を感じ、サイレンススズカはトレセン学園にやってきた。

 

ただ、そこで教わることになった『レースの走り方』はサイレンススズカにとって、とても難しいものだった。

 

今まで独りで走ることの方が圧倒的に多かったサイレンススズカに『相手と競い、勝つために考えて走る』という概念は存在しない。

そのため、それをするということはサイレンススズカにとって『右を向きながら左を見る』ようにとても"非効率"なことでしかなかった。

 

サイレンススズカとしても村井が自分の才能を信じて指導やアドバイスをしてくれているのはわかっているため、教えに反発したり、無視したいわけではない。ただ、教わる走り方がサイレンススズカの"今までの"走りに全く合わないのだ。

 

その噛み合わなさは条件戦・プリンシパルステークスと連勝してもなお、直ることはなく、サイレンススズカは完全にスランプに陥っていた。

 

[スズカ…お願い。我慢して…。この流れならあなたは脚を溜められる。まだ、行くべき時じゃないわ…]

 

先頭集団が向正面に到達する。

村井は祈るような気持ちでサイレンススズカの折り合いを心配する。

 

 

 

先頭はサニーブライアン。2番手にはフジヤマビザンが上がってまいりました。

そして、ビックサンデー内の方。

ん?おっと、9番サイレンススズカ、ちょっと苦しいか?口を割っているように見えますが、大丈夫でしょうか?

 

 

 

しかし、村井の祈りも虚しく、向正面の直線に入るとサイレンススズカは折り合いにより苦しむ。いや、むしろ、"もがいている"という表現の方が正しいかもしれない。

 

それくらい今の走りはサイレンススズカ本来の走りから掛け離れたものになっていた。

 

[ハッッ、ハッッ、あの子は…。ああ、私が走りたかった場所にいる…。私もあそこで走りたい…。ここでは走りたくない…。でも…トレーナーさんとの約束がある…私はどうすればいいの…]

 

サイレンススズカはわかっていた。この場所にいなければ、自分はレースに勝てないと。村井の指示は正しいと。

 

しかし、本能はそれを良しとしない。

特に先頭を軽快に走るサニーの姿がサイレンススズカの視界に入るたびに『先頭を走りたい』という欲求が刺激される。

 

指示された走りに徹するか、本能のままに走るべきか。サイレンススズカの思考は揺れ動き、そのチグハグな走りがサイレンススズカから急速に体力を奪っていく。

 

[ごめんね…サイレンススズカさん。きっと苦しいよね…。でも、このダービーではあなたを自由には走らせられない。私たちの夢を叶えるためにはあなたの才能は封じなければならないから…]

 

 

 

先頭が取れなかった時点でサイレンススズカは自滅する。

 

 

 

宮下とサニーの予想は見事に当たり、2人の仕掛けた策略は完全にサイレンススズカの実力を封じ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつも生温い奴らだね!なんで悠々逃してるんだい!逃げてんのは皐月賞ウマ娘だよ!天下の中央トレーナーどもが揃いも揃って油断してるんじゃないよ!!」

 

レースも中盤に差し掛かった時、安川が突然大声で叫ぶ。ただ、口調は怒っているが、その表情はどこか満足げだ。

 

そして、安川の声に反応した数名のトレーナーが手元の時計を見る。

 

 

 

61秒5

 

 

 

その数字とサニーが軽快に走る姿、そして安川の言った言葉の意味を理解したトレーナーは顔を強張らせる。

 

それは今年のダービーが『フロック』と侮っていた者たちによって徐々に支配されていく前触れだった。

 

 

 

 

 

 

60.陥穽

 

 

 

10番のマイネルマックス、マチカネフクキタル、内ゴッドスピード。

おおっと、ランニングゲイルが外目をついて早めに行った!

 

 

 

[予想通りのスローペース。ただ、これは周到に計画されたスローペースだ。流れのままにしていては取り返しのつかないことになる。これ以上は危険ライン。予定通りに早めに仕掛ける!]

 

向正面の半ばを過ぎ、ランニングゲイルが徐々に上がっていく。

 

「さすがです。宮下さん。見事な"情報操作"です。でも、僕らはあなたをみくびらないし、惑わされない。これがあなた方を捉える最善の一手です!」

 

奈瀬はランニングゲイルに早めの仕掛けを指示していた。それは逃げウマ娘を捉えるための"セオリー"だった。

 

「あなたの担当は確かに強い。ただ、ダービーを力押しで逃げ切るには"少々"実力不足だ。あなたはそれをわかっているからあの様な振る舞いをしてまで状況作りに注力したんだ。なら、僕らは早めに競りかけてあなた方のリズムを乱し、叩き合いに持ち込みますよ」

 

奈瀬は気付いていた。

サニーの"自力"では府中の2400は逃げ切れないと。だから、宮下があの様に振る舞うことで、サニーのアシストをしようとしていることを。

 

その気付きは奈瀬が10代の頃から一線級で活躍してきたが故の『確かな経験値』の賜物だった。

 

 

 

メジロブライトはここ中団。メジロブライトはここです!

更にその後ろでありますが、テイエムトップダン、内4番ショウナンナンバー、外からシルクジャスティス、そして11番のスリーファイト。

そして、追い込みにかけるエリモダンディー、こんな態勢。

ペースはそれほど早くはありません。

それほど早くはありません。

 

先頭からシンガリまで10バ身。

どうやらこれは決め手勝負になりそうな、かたちになるんでしょうか?

 

 

 

[サニー様はあそこですか…。目測で7バ身といったところでしょうか?予定通り前回よりも距離を縮めて第3コーナーに入れますわ。これなら第4コーナーで"5バ身以内"に付けられますわ!]

 

メジロブライトは前回の反省を活かし、サニーとの距離感を慎重に測っていた。

そして、第3コーナーで自身が理想的なポジションにいることを確認する。

 

 

 

3コーナーから4コーナーに流れて行く。

先頭は依然としてサニーブライアン。

さあ、ちょっとスパートをかけたか?ビックサンデー。ランニングゲイルも行った。

ブライトも行った!現在中団まで上がって来た!

 

 

 

「ライアンお姉様のアドバイスがなければ、私はサニー様を侮っていたでしょう…。ですが、今は違いますわ。私は私の想いを成すために!さあ、行きますわ!」

 

メジロブライトはメジロライアンの注告をしっかりと聞き入れていた。『サニーブライアンは強い』と。

 

認識を改めたメジロブライトはダービーまでの2週間をサニーを捉えるための予行演習に費やす。

 

「アタシのダービーの前半は全然スローペースじゃなかった。だから、アタシはアイネスがいつか落ちると思って脚を溜め続けたんだ。でも、それが油断だった。アイネスは最後の最後まで落ちなかったんだ…」

 

「そうでしたか…。ライアンお姉様はサニー様も同じように最後まで落ちないと思いますか?」

 

「アタシは最後まで落ちないと思う。もし、前半のペースがスローだったら100%と言ってもいい。だからね、ブライト。必ず早めに捉えにいくんだ。目安は4コーナー出口で5バ身以内くらいかな?それならブライトの『長い末脚』で必ず捉えられるから!」

 

「はい!皐月賞と同じような失態は致しません。サニー様はお強い方ですが、必ず差し切って見せますわ!」

 

メジロブライトにとって敬愛するメジロライアンのアドバイスは正に『神の一言』。

絶対不変の信頼を力に変えてメジロブライトが満を持して大外へと持ち出していく。

 

ランニングゲイル・メジロブライトを含む上位人気の後続勢のほとんどがサニーへの追撃態勢を整え、第3コーナーを通過していく。

 

しかし、ここでこのレースに異変が起き始める。

 

 

[後ろの子たち…もう上がって来た…]

[ハァ、ハァ…苦しい…スローなのになんで?]

[まだ最後の直線ですらないのに、体力が…]

[どうして、先頭の子は沈まないの!?]

 

 

最初に異変が起きたのは先行勢。

ゴールまで残り800mを切りながら、各々が想定していたレース展開にならないことに疑問を抱きはじめる。

 

 

 

予想よりも早く競りかけてくる後続勢

 

スローペースなのに何故か上がる息

 

スパート前にも関わらず削られている体力

 

何事もないかのように軽快に走る先頭

 

 

 

あまりにも想定外なレース展開に選手はもちろん、トレーナーたちの誰もが理解が追いつかない。

 

実は混乱している先行勢のほとんどは同じ作戦を遂行していた。

 

 

レースは恐らくスローペースになるが、先頭の子は無視していい。

2000mで一杯の彼女が2400mも持つはずがない。

頑張ってもせいぜい4コーナーまでだ。

だから、先頭の子が力尽きたらいつでもスパートが出来る様に距離だけは詰めておけ。

 

 

 

彼女たちはトレーナーの指示を忠実に守っていた。ただ一つ誤算があるとすれば、スパートの合図となる『先頭の失速』が一向に起きないことだった。

 

それどころか、かなり余裕のある先頭に対して自分たちの担当は激しい消耗に晒されていて、ともすれば脱落しかけてさえいる。

 

目の前で起きている不可思議な事象をトレーナーたちはただただ眺めるしかなかった。

 

 

 

 

[ブライト…。ダメだよ…。もっと詰めないと…。レース前にあれだけ言ったじゃないか…。"早めに捕まえないと"いけないって…]

 

[ゲイル?なぜ、もっとスピードを上げない?作戦では"早めに捕まえろ"と言ったじゃないか…]

 

そして、後方待機の上位人気勢もその異変に気づき始めていた。

 




前書きにも書きましたが、このレースに失敗した者はいません。
もちろん、それはサイレンススズカも同じです。
実際のレース動画などを観ているとサイレンススズカの村井トレーナーのモデルになっている方への批判もいくらか見られますが、私としては『サイレンススズカがダービーの舞台に立つには早すぎた』だけのように感じます。

さて、この村井トレーナーのモデルの方もこの後、史実ではなかなかに大変なキャリアを送りますが、一頭の名スプリンターとの出会いによってその苦労がようやく報われることとなります。

スリープレスナイト

いつかスピンオフの短編としてこのコンビの物語を描いてみたいかなと思ったり思わなかったりしています(笑)
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