切り捨てたバ群の先にシルクジャスティスが見たものとは!?
65.必然の二冠
「なぜだ…なんで、あの子があの位置にいる…」
勝利への確かな手応えを感じていたシンジもシルクジャスティスと同じく、あり得ない光景を目の当たりにし、絶句する。
4コーナー出口で2番手集団とサニーとの差は1バ身しかなく、常識的に考えれば、シルクジャスティスがスパートすればサニーとの差は縮まるはずだった。
「見落とした?測り間違えた?ありえねぇぞ…。なんで脚を溜めて"遅れて"スパートした俺が、逃げて"先に"スパートをかけてるアンタとの差を縮められねぇんだ…」
しかし、実際は差が全く縮まっていなかった。
ゴールまで既に400mを切ってるが、その差は約5バ身。差しウマ娘にとって余力ある逃げウマ娘とこの地点でこれだけの差がついていることは"危機的状況"でしかない。
シンジもシルクジャスティスも信じられない光景だと驚きを隠せないが、それは実際に目の前で起きている。後に明らかになるこの11ハロン目のラップは…
11秒2
スタートから先頭でレースを作り、残り1000mからロングスパートを掛けたウマ娘が、後方から末脚勝負のために体力を温存していたウマ娘達とほぼ同じラップタイムを"登り坂"で記録する。
それがどれほどありえないことかはレースに携わる者ならば皆わかった。
「本気の宮さんに"抜け目"なんてもんは存在しねぇ。ただ、あのサニーブライアンという子には『末脚がない』という"抜け目"がある。漬け込むならそこだった。この府中でなら、ジャスティスの脚なら、絶対に捉えられるはずだと思っていた…。なのに…なんだその末脚は…。これじゃあ、先頭を取られた時点で
目の前で起きている信じられない光景と自らの想定を遥かに超えるサニーの潜在能力にシンジは唖然とする。
サニーの中で唯一解消出来ていなかった『瞬発力』という欠点。しかし、今この瞬間はその唯一の欠点すらなくなっていた。
逃げて差す
それはまさに完全無欠の『必勝の逃げ』だった。
[ああ…。君は本当にすごい…。僕の想いを、スワローの想いを本当に力に変えて走ってくれているようだ…]
レースを見守る宮下が目を潤ませる。
不遇だった18年間。不安とやるせなさが果てしなく続く、光など見えない日々。
それでも、その日々の中で出会った1人のウマ娘が自分に夢が叶う可能性を、希望を示してくれた。
そして、10年の時を超え、その想いを引き継いだウマ娘が自分の夢を叶えようとしてくれている。
宮下の18年間が報われる瞬間がまもなく訪れようとしていた。
先頭は残り200!
坂を上がってサニーブライアン先頭!
サニーブライアン先頭だ!
「ここまで来た…。あと少し、あと少し…。もう少しで夢が叶うから…」
サニーが最後の力を振り絞る。
外からシルクジャスティス!シルクジャスティス!
間を割ってメジロブライト・エリモダンディーも来た!
「くそっ!ふざけんな!こうなったら坂を上がり切ったとこからもう一度仕掛ける!残りの全てをぶち込んで勝負だ!」
「まさかこれほどとは…。ですが、まだ諦めません!お姉様!力を貸してください!」
「追いつけない…。あんなに早いなんて…。それでも私はジャスの側に!」
サニーを追いかけるシルクジャスティス・メジロブライト・エリモダンディーの末脚は間違いなく超一流のものだ。
しかし、サニーの脚は止まらない。
並の一流ですら飲み込まれるであろうその剛脚を持ってしてもサニーの乾坤一擲の走りには届かない。
サニーの走りは正に世代の頂点を名乗るに相応しい走りだった。そして…
サニーブライアンだ!
サニーブライアンだ!
これはもう!フロックでも!何でもない!
二冠達成!!!
うおー
サニーは晴れやかな笑顔と共にゴール板を駆け抜けて、高々と右手を何度も空へと突き上げた。
「よーし!やったぞ!サニー!」
その光景を見た宮下の絶叫が響き渡る。
それは寡黙な男が18年間抱き続けた夢の達成を讃える祝砲のようだった。
これはもう、フロックでも何でもない!
サニーブライアン堂々と二冠達成です!!
勝ちタイムは2分25秒9
上がりの3ハロンは35秒1
この上がりでは!後ろの選手は届かない!
いやー、これは届きませんねー。
はい。届きません。
内を突いたサニーブライアンの逃げ足は全く衰えることはなし!
外からブライトも、そしてシルクジャスティスも、間からランニングゲイルも、マチカネフクキタル。
しかし、勝ったのはサニーブライアン!
いや〜、これは恐れ入りました…。
宮下直治。ルナスワローの2着から10年!
ダービー、初制覇です!
「良かったな…。アイツの夢、叶ったな…」
中崎が感慨深そうに呟く。
「ええ…。やっと…やっと、あの人の夢が叶いました…。ようやく、あの人に恩返しをすることが出来ました…。ありがとう…サニー。これはもうフロックなんかじゃない!間違いなくあなた達の実力で勝ち取った勝利よ」
スワローの10年間の想いはここに実った。
それを見届けた彼女の目からは大粒の涙が流れ落ちた。
それは神様がくれた10年越しの奇跡の結末だった。
66.次へ
「フクちゃん!惜しかったね!フクちゃんはやっぱり出来るんだよ。先行勢はフクちゃん以外は全滅してたからね。だから、今度は…」
「小宮山トレーナー」
「へっ?はい?どうしたの?」
マチカネフクキタルの健闘を讃える小宮山。
しかし、マチカネフクキタルが話を遮るように呟く。ただ、その雰囲気はいつもと違う。
「小宮山トレーナーは運命というものを信じますか?」
普段の口調とは違う口調でマチカネフクキタルがまた呟く。
「えっ?なに、また新しいオカルトの話?」
唐突な質問に小宮山はまた新しいオカルトの話かと訝しむ。
「いえ、これは私たちウマ娘の話です。このレースはとても強い運命に導かれていました。だから、最初からこのような結末になると決まっていたように思います」
マチカネフクキタルは淡々と答える。
「えー、そんなことあるかなー」
小宮山は苦笑いしながら疑う。
「ありますよ。だって、小宮山トレーナーにとってタマモクロス先輩との出会いは運命だったとは思いませんか?タマモクロス先輩と共に駆け抜けたあの1年間、お二人は敗北なんて考えましたか?つまりはそういうお話です」
「…確かにあるかもね。タマちゃんが覚醒したあの1年間、私は負ける気がしなかった。根拠や理屈なんてなかったけど、タマちゃんと一緒ならどこまでも行けるって確信があった。あれは確かに運命だったって思う方が自然なのかも…タマちゃんがオグリちゃんと出会ったことも含めてね…」
小宮山は懐かしむようにタマクロスとの出会いと過ごした日々を思い出す。
「そうでしょう!そうでしょう!だから、この敗戦は私のせいじゃありません!運命のせいです!だから、切り替えて次に行きましょー」
突然マチカネフクキタルがいつもの調子に戻り敗戦の言い訳をする。
「は?何いってるの!そんなんだから負けるんでしょ?あっ、今、私は運命を受信したわ!あなたは菊花賞に勝つ!勝てる!勝たせる!」
そんなマチカネフクキタルを見た小宮山が怒りながら菊花賞の制覇を目指すことを打ち上げる。
「えっ?えー!嫌です!無理です!死んじゃいます!うっ、今急にお腹が痛くなりました。しばらく休養します」
小宮山の提案にマチカネフクキタルは青ざめながら休養宣言する。
「いいや、あなたは必ず勝てる!フクちゃんはそういう運命よ!さっ、せっかくだからタマちゃんを呼んでビシビシ末脚を鍛えてもらいましょう!」
「きょ、きょえー」
「奈瀬さん…。申し訳ありません。ダービーの栄誉を届けることが出来ませんでした…」
ランニングゲイルはとても沈痛な面持ちで奈瀬に敗戦を詫びる。
「いや、あれは仕方がない。勝った彼らが素晴らしかった。君は期待通りに作戦通りに、戦ってくれた。この敗戦はトレーナーの差。僕の責任だ」
奈瀬は落ち込むランニングゲイルを庇う。
「しかし…」
「いいんだ。悔やむより今日のレースをよく覚えておきなさい。時には勝者を讃えることで見えてくるものもある。今日のレースはそういうレベルの素晴らしいレースだったんだ」
ランニングゲイルを諭す奈瀬の顔にはどこか充実感がある。
「はい…。わかりました。今日の敗戦を糧に次こそは必ず勝利を誓います。これからもよろしくお願いします」
「ああ、共に強くなろう。さて、ダウンをすませてきなさい。僕はここで待っているよ」
「はい。わかりました。行ってきます」
奈瀬はランニングゲイルにダウンを指示して、見送る。
「ふー、あれは見抜けない…。まさか東京レース場でロングスパートを決行するなんて…。あれは不可…いや、そんなことはないな」
奈瀬はレースを振り返りながら、ふと過去を思い出す。
「8年前の秋の天皇賞、僕はクリークと共にオグリキャップに勝つために必勝を機してロングスパートを立案していたな。確かにあの時は不可能だなんて少しも思わなかった。クリークとなら絶対に勝てると確信を持っていた…」
8年前の天皇賞秋。あらゆる不安要素や懸念材料を囁かれながらも奈瀬とスーパークリークはロングスパートを用いて怪物オグリキャップを見事に打ち破っていた。
「今日の敗因は彼らの絆の強さをみくびったことと言えるかな…。やはりGⅠという舞台で勝敗を左右するのは想いと絆の強さだな…。それが、ダービーともなれば、より強い想いと絆がなければ勝てないのも道理か…。なあ、クリーク…。僕もまた君とのような運命の出会いが出来るだろうか…」
奈瀬は言葉では悔しさを滲ませながらも、とても清々しい顔だった。
「ブライト!お疲れ様!」
「申し訳ありません…。あれだけ、侮ってはいけないと言われていたのに、私にはまだ侮りがありました…」
笑顔で迎えるメジロライアンとは対照的にメジロブライトの顔はかなり重苦しい。
「そんなことはないよ、ブライトは全力だったよ。侮ってなんかいなかった。ただ、あの子が強すぎたんだ。ただ、それだけが事実なんだ。認めよう…」
「ですが、負けたことに変わりありません。名門メジロ家として私は不甲斐ない走りをしてしまいました。恥ずべきことです。ですから…ほわ?」
メジロライアンの励ましと慰めに対してますます恥じるメジロブライトをメジロライアンは抱き寄せる。
「ダメだよ。それじゃあ、アタシみたいになってしまう。いつまでも自分に自信が持てなくて、いつまでも悩むアタシみたいに…」
「…」
「ブライト…自分を追い込みすぎてはいけないよ…。メジロ家の一員ではあるけれど、ブライトはブライトなんだ…」
メジロライアンは優しい声で悔しさを滲ませるメジロブライトを諭すように語りかける。
「それでも、私は強くなりたい…。私の大好きなメジロの皆さんやライアンお姉様に肩を並べらるような立派で強いウマ娘になるために私はどうすればいいでしょうか…」
メジロブライトの目からは涙が溢れている。
「ブライト、周りを見るんだ!ブライトの周りには素晴らしいライバルがいる。ダメな自分を嘆くんじゃなくて、次は、今度は、いつかはあの子に勝ちたいって、前を向く考えを持つんだ!」
涙に暮れるメジロブライトに対し、メジロライアンは力強く励ます。
「ライバルに勝つために…」
「そう!1人で頑張ってもダメなんだ。ライバル達がいるからブライトも強くなれる。そうやって共に切磋琢磨して高め合っていけば、アタシたちとは違うメジロ家の新しい光が見えてくるはずだよ!」
「はい…。私はサニー様に、皆さんに勝ちたい…。私は挫けません。ライアンお姉様…これからもよろしくお願いしますわ…」
「もちろん!これからも一緒に頑張ろうね!ブライト!」
「はい…」
泣きじゃくるメジロブライトをメジロライアンは優しく慰めながら花道を歩いていった。
「ダンディー!お疲れ!どうだった?お前の夢の舞台を走った感想は?」
シンジがエリモダンディーを労いながら感想を聞く。
「はい。最高でした。勝てなかったのは悔しいけど、ジャスと走れたダービーは一生の思い出です」
エリモダンディーは少し照れくさそうに感想を述べる。
「そうか…。よかったな…。ところでジャスティスはどこだ?」
シンジはエリモダンディーの頭を頭を撫でながらシルクジャスティスの居どころを聞く。
「ジャスは…ゴール板の前にずっといます」
エリモダンディーがゴール板を指差してシンジに教える。
「わかった。ダンディー、お前は先に上がれ。後で俺らは行くから」
「はい。ジャスをお願いします…」
そう言ってエリモダンディーはスタンド方向へ向かっていった。
それを見届けたシンジはシルクジャスティスの方へと歩いていく。
しばらく歩き、ゴール板の前であぐらを描きながら微動だにしないシルクジャスティスにシンジは声をかける。
「惜しかったな。あと少しだった」
シンジがシルクジャスティスを労う。
「なんだ、アニキ。俺を笑いに来たのか?」
シンジに気付いたシルクジャスティスは顔を向けずに自身の敗戦を自嘲する。
「バカ言え。ダービー2着だぞ。褒めることはあっても笑うことなんてあるかよ」
ジンシはやれやれといった表情で否定する。
「はん!あんだけ大口叩いてこの有様だ。笑ってくれた方が気が楽だ」
それでもシルクジャスティスは自嘲をやめない。
「だから、笑わねぇよ。お前はよくやった。あんなバグみたいな走りされたら誰だって勝てねーわ。だから、気にすんな。お前は悪くねぇ」
シンジはなおも自嘲するシルクジャスティスの言い分を豪快に笑い飛ばす。
「それも関係ねぇよ。結局はアニキの言う通り、コンさんのタイムを抜かなきゃ勝てなかったんだ。だから、御託並べてアニキの話に真剣に向き合わなかった俺にはハナから勝ち目なんてなかったんだ…」
シルクジャスティスが練習に臨んでいた態度を反省する。
「言っておくが、コンコルドは俺の誇りだ。ダービーに勝っただけじゃねぇ。トゥインクルシリーズの常識に打ち勝って、自分の体の運命にも打ち勝った、俺のロマンを体現した奴だ。そんな奴の記録を抜くなんて、簡単に出来ると思ってねぇ。だから目標に設定したんだ。お前に限界を超えさせるために」
シンジは先程までのニヤ付きを止め、真剣な表情と口調でシルクジャスティスに本心を伝える。
「んなもん、わかってるよ!でも、このダービーはそれを抜くしか勝つ方法がなかったろ!だから最初から…」
「2分26秒1。お前のタイムだ」
「!」
「お前のタイムは去年のコンコルドのタイムと同じだ。ただ、最後のあの勢いなら、たぶんお前がハナ差かアタマ差で去年のコンコルドを差し切っただろうな…。つまり、お前は俺の"誇り"を超えてたんだよ」
「…」
「だからこそ、すまなかったと思っている。お前には"ナリタブライアンを超えろ"と言うべきだったんだ…。お前は俺の誇りの"その先"にも届くだけの才能があったんだ。でも、俺がああ言ったことで、お前の可能性に蓋をしちまったんだ…。信じてやれなくて、ごめんな…」
シンジは頭をかきながら、とても悔しそうな顔で謝罪する。
「…」
「だから、お前は悪くねぇ。お前はよくやった。あの聞かん坊が、たった半年で世代のテッペンに届きかけたんだ。胸を張れよ」
シンジは身を屈めながらうなだれるシルクジャスティスの背中に手を当てて慰める。
「…」
「ったく、普段のイキリはどこいったんだ?いつまでも泣いてんじゃねぇ!」
シンジは再び笑みを浮かべながらシルクジャスティスを窘める。
「うるせぇ…泣いてなんかいねぇ」
シンジの言葉にシルクジャスティスは俯きながら否定の言葉を返す。
「いいんだよ。悔しいなら泣け。レースに負けて泣けるんだったら、お前はもう立派なアスリートだ。落ちこぼれなんかじゃねぇ!さあ、行くぞ!お前にはまだまだ夢を見させてもらうんだ!こんなことで止まるんじゃねぇぞ、相棒!」
「うるせぇ…。泣いてねぇ…。次は負けねぇ…次は…」
大粒の涙を流すシルクジャスティスを抱えながら、シンジはターフを後にした。
遂にレースが決着しました。
皆さんの期待に添えるレース描写に出来たでしょうか?
感想をお待ちしています。
レースが決着したということで、後書きを長めに語りたいと思います。
まず、この話に出てくる『11秒2』という数字ですが、サニーと宮下トレーナーが最後の最後まで隠した『切り札』として描いています。
実際のレース映像を見ていただければわかりますが、後続勢6頭の追撃は素晴らしいものがあります。このラップを出せなければ、レースは勝てなかったと言っても過言ではないくらいに重要なものです。
逆に言えばこのラップを出せることが2人にとっての『絶対に勝てる』自信の裏付けとして描いています。
次にシルクジャスティスのタイムですが、これはレースを調べていて気付き、"これをこう考えたらドラマチックじゃね?"と思い、話に組み込みました。自分的にはお気に入りのエピソードの一つです。
最後にレースに敗れてしまったメジロブライトとシルクジャスティスですが、私的には十分に勝利に値する走りをしていたと思います。
2人とも間違いなく『大切な人の想い』を背負い、力に変えて走っていました。
ただ、サニーとの"力の差"を言うのであれば、『想い人の数』と『想い続けた年月』の差だったと思います。
実際にダービーの着順が"ダービーに対する想いが強い順"として考えたらロマンチックかなと思い、こういう結末の描写にしてみました。
さて、次回は勝利後の2人の話と、あのインタビューの話になります。
残りわずかですが、最後までお付き合いよろしくお願いします。