スワローと宮下が10年前に見ることの出来なかった景色に辿り着いたサニーは果たして何を見たのか?
67.讃えられた栄光
「ハッ、ハッ、ハッー。やった…。獲れた…。ダービーを…」
確信はある。レース中一度も前を走られずにゴール板を駆け抜けられたことは間違いないからだ。
ただ、そうだと頭では分かっていても、ゴールした瞬間の記憶がなかったことと、レースの緊張感が解けて、"本来の自分"に戻ったことで、どこか夢見心地な部分もあった。
サニーは宮下に夢を託された日から、『弱い自分』を押さえ込むために『強い自分』を作り出し、自分を偽ってきた。だからこそ、レースが終わり思った"本当に自分なんかがダービーを勝てたのか"と。
「そうだ…。トレーナーさんに会いに行かなきゃ…。勝ったって、夢が叶なったって伝えないと…」
サニーは不意に宮下に会いたくなった。
この結果を直接宮下に伝えたくなった。
息を整えるためのジョギングをやめ、スタンド方向に体を向け歩き始める。すると…
サニー!サニー!サニー!
観客席から十数万人によるコールが沸き起こった。そのコールはこのレースの勝者を讃える自分の名前だった。
「ああ…。本当にダービーを勝てたんだ…。こんな私がダービーを獲れるなんて…」
サニーは盛大なコールを全身に浴びて、ようやくこれが現実に起きたことだと実感し、涙した。
サニーにとってもこの1ヶ月半は過酷だった。
宮下と違い、サニーが表立って演技をし、直接的な批判を浴びることがあったわけではない。
ただ。今までもそうだったが、自身が尊敬し、信頼する人が、一時的とはいえ、夥しい批判に晒されることは簡単に受け流せるものではなかった。
反論したかった。否定したかった。悔しかった。
それでも、次に控える舞台で夢を叶えるためにと、周りの目を言葉をひたすらに受け続けた。
そんな過酷な日々が終わりを迎え、物語の結末が決まった今、観衆はサニーと宮下に対して、これまでの非礼と侮辱を謝罪するかのように大歓声で勝利を讃える。
「サニー!おめでとう!」
嬉し涙で泣きじゃくるサニーの前方からいつもの声が聞こえた。
「ああ…。トレーナーさん…。勝てました…。夢を叶えられました…」
目が涙でいっぱいのサニーには宮下の姿はぼやけてしか見えていない。それでも、聞き間違えることなどない、いつもの声がサニーのそばに宮下がいることの確信を持たせた。
「サニー…。ありがとう、僕の夢は叶った…。本当にありがとう…」
そう言って宮下はサニーの体を抱きしめ、喜びを分かち合う。
「うん…。よかった…。私、勝てた…。夢みたい…」
「ああ、本当に夢みたいだね…。でも、夢じゃないよ…。よくやった…」
「うん…」
サニーも宮下の体を抱きしめ喜びを噛み締める。
「さあ、顔を上げよう。いつまでも泣いているのは勝者に相応しくないからね…」
宮下が歓声に応えるためにサニーに顔を上げることを促すが、当の宮下も涙で顔が歪んでいる。
「まったく、その顔で言わないでくださいよ。トレーナーさんも泣きまくってるし…」
そんな宮下をサニーは精一杯の笑顔で窘める。
「ああ。そうだな…。まあ、今は大目に見てくれ…。さて、観客の皆さんに挨拶だ!」
涙を拭いながら宮下はサニーの手を取り、観客席の前で観客に向かって一礼をして、左手を挙げて歓声に応える。
すげーな、アンタら!見直したぜ!
素晴らしいレースだった!感動した!
勝てないと思ってごめんなさい。まぐれなんかじゃなかったわ!
行けるぜ三冠!次も頑張れよ!
歓声に応える2人に観客は嘘偽りのない賞賛を送る。その賞賛は宮下とサニーが花道に消えていくまでずっと送られ続けた。
「宮下トレーナー!」
スタンドを後にし、花道を抜け、検量室の前に着くとそこには1人の女性が佇んでいた。
「あっ…スワロー…。どうしてここに?」
その姿を見た宮下は驚きながらも嬉しそうにはにかむ。
「サニーから言われてたんです。『今日、トレーナーさんの夢が叶うから絶対に観にきてね』って。だから観に来ました。必ず勝つって知ってたから」
スワローは笑いながらサニーの方を見やる。
「だから昨日言ったじゃないですか。『私は明日ダービーに勝つ』って。勝てると思ってるからここまでセッティングしたんですよ!どうですか?私の感動的な演出は?」
サニーは宮下を見上げながら、今までで一番のドヤ顔をする。
「まったく、君たちは…」
2人の豪胆さに呆れて宮下はぐうの音も出ない様だ。
「宮下さん…おめでとうございます…。やっとあの時の恩返しが…出来た気がします。本当によかった…」
宮下を讃えるスワローだが、その言葉を口にした途端に笑顔から一変して涙でいっぱいになる。
「ありがとう…。ただ、約束を果たすまでに10年もかかってしまった…。遅くなってすまなかった…」
泣き出すスワローの表情に宮下も釣られてまた涙する。
「いいんですよ…何年かかったって…。私は宮下さんの夢が叶えばそれでよかったんだから…。あと、サニー、ありがとうね…。あなたのおかげで私はそれを間近で見ることも出来た…。本当にありがとう…」
スワローは側にいるサニーにも感謝の言葉をかける。
「ううん。お姉ちゃんの言葉と想いがあって私はここまで来れた。ここまで来れたのはお姉ちゃんのおかげだから…」
スワローの言葉にサニーも涙ぐむ。
「宮下!よくやったな!」
3人が喜びを分かち合う中、中崎が遅れて輪に加わる。
「先生…。ありがとうございます…。いかがでしたか…?少しはまともなレースが出来るようになったでしょうか…?」
宮下は深々とお辞儀をしながら中崎に感謝の意を表し、レースの出来栄えを聞く。
「…まあまあだな。18年も掛かってやっとマシなレースが出来る様になったか、このバカ弟子が…」
中崎は相変わらず宮下に厳しい言葉を投げかけるが、その表情はとても嬉しそうだった。
宮下トレーナー、サニーブライアンさん。
まもなく勝利者インタビューが始まります。
ウイナーズサークルへお越しください。
係員が宮下とサニーを呼ぶ。
「さあ、行ってこい。せっかく勝ったんだ。堂々と派手にやってこい!」
「最後まで、しっかりね!いってらっしゃい!」
「はい!」
「はい!」
中崎とスワローに送り出され、宮下とサニーは
ウイナーズサークルへと向う。
その足取りはとても軽やかだった。
68.インタビュー
花道に消えていく宮下トレーナーとサニーブライアン選手には盛大な拍手が送られています。
さて、レースを振り返りたいと思いますが、1番人気のメジロブライト、外に持ち出して、満を持してという展開でしたが、この上がりでは辛かったですかねぇ〜。
そうですねー。シルクジャスティスさんもかなり良い脚を使っているんですが、やはり、逃げたサニーブライアンさんが35秒1ですからねぇー。レコードにコンマ6秒、自らレースを作ってこのタイムとは誠に天晴れですねー!
はい。素晴らしい逃げ切りでした。
過去にダービーを逃げ切った選手は僅かに10名。ミホノブルボン以来ですかね?
そうですねー。その前にはアイネフウジンさんもいましたねー。
しかし、サニーブライアンさんも素晴らしかったですが、トレーナーの宮下君も素晴らしかった。私は彼に謝らなくてはいけませんねー。あれほど完璧な逃げ切りは滅多に見られません。
彼は本当に素晴らしいトレーナーです。
そうですねー。
熾烈な二番手争いを尻目に鮮やかな逃げ切り。
同じく逃げたルナスワロー、メリービューティーに離されたダービーから10年。
宮下直治、これはもうフロックじゃない!
堂々と二冠達成です!
さて、まだ確定ではありませんが、着順を見ていきましょう。
1着、18番サニーブライアン
勝ちタイムは2分25秒9。
アイネスフウジンのダービーレコードに遅れること0,6秒。この25秒台も堂々たる数字です。
2着、1バ身届かず、シルクジャスティス
3着、悲願ならず、メジロブライト
4着、伏兵、エリモダンディー
5着、奈瀬文乃、ランニングゲイル
以上のようになっております。
しかし、宮下トレーナーは18という数字に縁があるようです。
抽選ではどうしても18番を引きたいと言っていた宮下トレーナー。
皐月賞も18番、このダービーも18番、そして、宮下トレーナー自身、デビュー18年目。
クラシック初制覇を皐月賞で果たし、そして、見事にダービートレーナーの仲間入り!
放送席!放送席!
勝利した宮下トレーナーとサニーブライアン選手が到着いたしました!
まもなく勝利インタビューが始まります。
それではダービーを制した宮下トレーナーとサニーブライアン選手。おめでとうございます。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ダービートレーナーとダービーウマ娘の感慨は今いかがですか?
「…いいですね」
「嬉しいです!」
予定通りの逃げだったと思いますが、レース全般を振り返ってどうですか?宮下トレーナー?
「手応えは十分でした。あとは彼女を信じて見守るだけでした」
前半のペースはいかがでしたか?サニーブライアンさん?
「そうですね。向正面に入ったあたりからマイペースに持ち込めたと思いました。良かったと思います」
3コーナーと4コーナーと過ぎて後続が当然気になったかと思いますが、宮下トレーナーはどう見られていましたか?
「手応えは十分にありましたから、あとは上位人気勢がいつ仕掛けてくるかなと思うところはありましたが、負ける気はしませんでした」
皐月賞の時、『最後の直線長いな〜』とサニーブライアンさんはおっしゃっていましたが、今日のこの府中の直線はどうでしたか?
「…うーん。中山の直線よりも短く感じたかもしれません」
それは手応えが良かったからですか?
「はい!そうです」
正直、皐月賞を勝った割には評価が今ひとつだったかなというのは、お二人ともどう思われていましたか?
「いや、別に評価はどうでも良かったですよ」
「私もです。ダービーを走る前に同じことを聞かれたんですけど『1番人気はいらないから1着だけ欲しい』って答えました」
ここまで決して順調な道のりではなかったと思いますが、皐月賞・ダービーと二冠を制して、お二人は今どんな風に振り返りますか?
「「夢みたい!!」」
当然、3つ目のタイトルももう視界に入っていますか?
「「はい!頑張ります!」」
淀の3000でも今日のように逃げますか?
「「逃げます!!」」
これまでお二人を支えてくれた方に一言お願いします。
「今までありがとうございました」
「まだ、秋には最終決戦があります」
「「これからも応援よろしくお願いします!」」
ダービートレーナー・宮下直治トレーナーとダービーウマ娘・サニーブライアン選手でした!
おめでとうございました!
「「ありがとうございました!」」
ついに夢が叶った。
でも、これで終わりじゃない。
2人はこれからもずっとずっと走って行くのだ。
と思っていた…
しかし、最終決戦に2人の姿はなかった。
私がこのダービーを好きな理由の一つがレース後の会場の雰囲気と勝利者インタビューです。
身も蓋もない話になってしまいますが、競馬はギャンブルです。
このレースも謂わば『中波乱』くらいの意外な結果となり、半数以上の人は"損"をしたのですが、ウイニングランの最中は惜しみないコールが響き渡り、観客の暖かさを感じます。
そして、インタビューは質問も回答もシンプルで簡潔ですが、お互いに気持ちの籠った綺麗で真っ直ぐなインタビューが私はとても好きです。
さて、見事に夢を叶えた2人はその後どうなったのでしょうか?
残すところ残り2話。よろしくお願いします。