それこそが事実   作:スタイニー

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今回は2人の出会いとトレーナーの過去の話になります。

起こった出来事や時系列はモデルとなった方に起きた史実をもとに話をアレンジして作りましたが、読むに値する話にできたかは正直不安です(笑)

魅せられる物語には堕ちてしまうエピソードが必ずあります。それがあるからこそ、その後の逆転劇がより美しく映るので、読み手や書き手はそれを歓迎し求めますが、現実の当事者からしたらまあ、迷惑な話ですよね。


5.出会い 6.不遇の名手 7.過去① 8.過去②

5.出会い

 

 

 

中崎とのやりとりから1週間が経った。

約束の日、宮下は指定された場所にいた。

 

結局、あれから家族に相談してあと1年だけトレーナーをする了承を得た。

 

宮下からすれば、約束を反故にしている罪悪感があり、とても伝えづらかったが、話を聞いた妻は少しはにかみながら『そう。頑張ってね』とだけ言った。

 

自身の進退を相談していた1ヶ月は妻とケンカばかりしていたが、妻のささやかな笑顔を見た宮下は、彼女が何に怒っていたのかが、少し理解できた気がした。

 

「おう!約束通りに来ているな。逃げ出すかと思ったが、少しは成長してるじゃねぇか!」

 

大声に振り返れば、そこには中崎と鹿毛の少女がいた。

 

「さて、この子がお前の担当だ。名をサニーブライアンと言う」

 

「こんにちは。サニーブライアンです。よろしくお願いします」

 

中崎に紹介されてサニーブライアンが挨拶をする。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。トレーナーの宮下です」

 

宮下もサニーブライアンに挨拶を返すが、どこか緊張している様な話し方になっている。

 

「早速だが、顔合わせついでに能力測定といこうか。メニューはシンプルなものだ。気負う必要はないからリラックスして臨んでくれ。とりあえず、君は20分でウォーミングアップを済ませてくれ。その間に宮下。お前は資料に目を通せ」

 

「はい」

「はい」

 

そう言って中崎は資料とバインダーを宮下に渡し、サニーブライアンはウォーミングアップの準備をする。

 

言い渡された20分があっという間に過ぎ、トレーニングが開始される。

宮下はバインダーに挟まった用紙にメモや数値を書き込みながらサニーブライアンの走りを確認していく。

 

その表情を見て中崎は安心する。

普段の目は死んでいるが、指導・観察する時の眼光は若く覇気のあった時代から何も変わっていない。むしろ、歳を重ねて深みが増している様にも見えたからだ。

 

中崎は宮下に対し、厳しい言動をとることが多いが、それは期待の表れだった。

 

中崎がトレーナーだった時代の晩年に出会った人見知りの激しい寡黙な男は中崎が育てた弟子の中でも才覚が飛び抜けていた。

 

的確な分析力にわかりやすい指導方法・レース知識の豊富さと選手に無理をさせない気遣い。

 

中崎からすればトレーナーとしての必要な能力のほとんどを10代の頃から既に身に付けていた宮下に期待するのは当然だった。

だからこそ、中崎はもともとの素養に更なる上澄みを乗せるべく、厳しい指導のもと己の知識・経験の全てを叩き込んだ。

 

そうやって宮下はメキメキと成長し、学園関係者の中でも評判になるほどの実力を付けた。

 

ただ、せっかく身に付けた才能を売り込む能力だけは壊滅的になく、宮下のトレーナー人生が日の目を見ないことは中崎からしても、もどかしかった。

 

そういった経緯もあり、今回の依頼が宮下にとって何かを変えてくれるきっかけになってくれればいいと中崎は考えていた。

 

「よし、今日はこれで終わりだな。さて、トレーニングは終わりだが、せっかくの顔合わせだ。宮下!何か彼女に聞きたいことはあるか?」

 

「えっ?あっ、はい…えーと」

 

突然のフリに宮下は完全に虚を突かれ、謎の間が生まれる。

 

「おい!なんで面食らってんだ。顔合わせなんだからコミュニケーションを取れよ」

 

「あっ、はい…。すみません…」

 

そう言ってまた沈黙が周囲を包む。

さすがのサニーブライアンも謎の沈黙に困惑を隠せない。

 

「おい!お前が話を切り出さなくてどうする?相手は子供だぞ!気を遣わせるな。なんか喋れ!」

 

だんだんと中崎も苛立ちが募る。

 

「えぇーと…。あっ、君は何か目標としているレースはあるか?これからの指導方針の参考にしたい…」

 

ようやく聞きたいことを思いついた宮下が戸惑いながら質問をする。

 

「…」

 

すると今度はサニーブライアンが黙ってしまう。

 

「す、すまない。難しい質問だったか…。気軽に答えてくれていいんだ。あくまでトレーニングの参考程度で、他意はないから…」

 

慌てた宮下が沈黙をフォローすべく口を開く。

 

「…。私、日本ダービーに出たいです…」

 

「えっ?」

 

 

 

日本ダービーに出たい

 

 

 

久しく聞くことのなかったフレーズを聞いた瞬間、宮下の心臓の鼓動が大きく脈を打った。

 

 

 

 

 

 

6.不遇の名手

 

 

 

「あっ、すみません…。私なんかが口にしていいことじゃないですよね…」

 

宮下の表情の変化を感じ取ったからだろうか、サニーブライアンが申し訳なさそうに自身の発言を謝る。

 

「いや、いい目標だ。謝る必要なんかない。この学園に入れた子なら誰だって目指すべき目標だと思うよ」

 

宮下はサニーブライアンの目標を肯定する。

 

「あっ、ありがとうございます…。日本ダービーに出ることが私の夢なので、その夢を叶えられる様に頑張ります。よろしくお願いします…」

 

宮下が認めてくれたからだろうか、申し訳なさそうに俯いていたサニーブライアンの表情が少しだけ明るくなった。

 

「まあ、今日はこんなもんか。とりあえず、明日から二人仲良く頑張ってくれ。期待しているぞ。さて、君はもう上がっていいぞ。お疲れ様」

 

二人のぎこちないやり取りに限界を感じたのか、中崎が場を閉める。

 

「はい。ありがとうございました。よろしくお願いします」

 

そう言ってサニーブライアンはペコリと頭を下げて、校舎の方へと帰って行った。

 

「まったく、相変わらずのコミュ障だな。いい大人が子供に気を遣わせるなよ。しょうもない」

 

サニーブライアンが立ち去ったのを見計らい中崎が宮下にダメ出しをする。

 

「すみません…」

 

「まあ、いい。今さらどうこう言っても治らんだろうからな。で、どうだ?あの子は」

 

中崎が宮下の相変わらずの口下手さに呆れながらサニーブライアンの印象を尋ねる。

 

「そうですね。悪くはないと思いますが、突出した何かがあるという印象は受けませんでした。ですから、"レースを覚えれば"2勝クラスぐらいはいけそうというのが率直な印象です」

 

宮下は自分が書いた用紙を見返しながらサニーブライアンの印象を伝える。

 

「"レースを覚えれば"か。まあ、あの子の目標もある。出来るだけ早く仕上げてやってくれ」

 

中崎は宮下の物言いを思案する。

 

 

 

レースを覚える

 

 

 

フレーズにすれば簡単なことのように思えるが、中崎はそれがどれほど難しいことかがよくわかっていた。

 

この学園に来る生徒のほとんどが、レースクラブや地元の徒競走大会で優秀な成績を収めている子だ。

 

ただ、全国のエリートばかりが集うこの学園で"走るのが速い"などという特徴は余程の才能がなければ"普通"なことでしかない。

 

だから、入学当初は期待されていてもデビューしてから、簡単に勝つことが出来ない生徒はたくさんいる。

 

そういった生徒たちの勝てない原因の一つが"レースが下手"というものだ。

技術的・思考的・精神的など様々なタイプがあるが、どのタイプにも共通して言えることは、『レースに適した走りができないから勝てない』ということだ。

 

逆を言えば、"レースが上手い"ということは『レースに適した走りができるから勝てる』ということであり、それは素走りの速さだけが勝敗を分ける要素ではないということの証明なのだ。

 

そして、この宮下という男は『レースを上手くする能力』に長けていた。普段はコミュ障に等しい人見知りの酷い男でしかないが、生徒を指導するという部分に限っては、一角のトレーナーにはない非凡な才能を持っている。

 

だから、はじめはスカウトを受けられなかった実力的に劣る生徒であっても、宮下のもとで前評判の高い生徒より早く勝ち星をあげられる生徒もたくさんいた。

 

ただ、それはあくまで"条件戦"までの話であり、"重賞クラス"からは話が違ってくる。

 

生徒全体の約7%しか到達できない重賞クラスでは、指導だけで身につけられる実力とは別の生徒本人が持つ"潜在能力"が求められる。

 

『生徒の潜在能力を最大限に引き出す』ことはトレーナーとしての責務であるが、そもそも潜在能力の"量"には個人差がある。

残酷ではあるが、それは確かに存在する"才能の壁"であり、努力だけで克服できるものではないのだ。

 

だからこそ中崎は思う。

もし宮下が潜在能力のある生徒と巡り会えたのならどこまで辿り着けるのだろうかと。

 

「そうですね。あの子の頑張り次第ではありますが、目標を叶えられるようなスケジュールを立てます」

 

「まあ、そうしてやってくれ。しかし、ダービーに出たいか。お前も久しぶりに聞いたんじゃないか?最後の仕事にするにはちょうどいいじゃないか。やり甲斐があるだろ?」

 

中崎が不意にサニーブライアンの発言のことを宮下に尋ねる。

 

「…。ええ。9年振りですかね。その言葉を聞いたのは…。叶えてあげたいですね…」

 

そう言うと宮下は少し懐かしむような遠い目をした。

 

[あれから9年か…。こんなタイミングで何の因果なんだろうな…。諦めていた君との約束を果たす最後のチャンスが来たみたいだ…]

 

 

 

私、日本ダービーに出たいんです!

 

 

 

それは"夢"を目指した2人だけの淡く切ない過去の記憶。

 

 

 

 

 

 

7.過去①

 

 

 

宮下にとって忘れることの出来ない9年前の日本ダービー。

きっかけはその年のシーズンが始まったばかりの頃に訪れた。

 

チームに所属する一人の生徒が宮下に相談に来た。

その生徒の名前はルナスワロー。

その子はもともと中崎がスカウトした子で中崎の引退後もそのまま宮下のチームに残ってくれた子の1人だった。

 

ただ、あまり目立つ子ではなく、宮下とはトレーニング中の会話以外はさして話したこともないような間柄でしかない子だったので、相談を受けた際、宮下は少し驚いた。

 

 

 

宮下トレーナー。

私をダービーに出場登録してもらえませんか?

私、日本ダービーに出たいんです!

 

 

 

突然そのような申し出をされて宮下は更に戸惑った。なぜなら、その子はデビュー戦を勝っただけで、現状とてもダービーに出れる戦績ではなかったからだ。

 

もちろん、1勝はしているので出場登録自体は出来るが、獲得ポイント的にほぼ確実に除外されるので普通なら出場登録すらしない。なぜなら、選手生命が短いウマ娘にとって、出場すら出来ないレースの為に数ヶ月の浪費をするなど非効率すぎるからだ。

 

それに、万が一、出場が叶ったとしても、今のルナスワローに勝ち負けが見込める程の実力はなく、むしろ大差負けしてもおかしくないほど、クラシック有力候補組とは実力差があるので、恥を晒すような真似をさせてあげたくないとも宮下は考えてしまっていた。

 

宮下としては彼女の意思を汲み取ってあげたいとは思ったが、最終的に断念してもらえるように丁寧に説得を試みた。しかし、ルナスワローは引かなかった。

 

そこで、宮下はどうしてそんなに日本ダービーに出ることにこだわるのかを聞いた。

 

 

 

私をこの学園に入らせてくれたみんなに恩返しがしたいんです。

『みんなのおかげで私は夢を叶えられた』って伝えたいんです。

自分の実力はわかってます。

身の丈にあってない夢なのもわかってます。

でも、一生に一度のチャンスだから挑戦したいんです!

 

 

 

そう答えた彼女の眼はとても真っ直ぐで綺麗な目をしていた。

そして、何より自分と同じ想いを持っていることに共感を覚えた。

 

その目を見ればわかる。

見栄でこんな話をしていない。

諦めない心と人に対しての誠意と心意気で彼女は夢を語っているのだと宮下はすぐに分かった。

 

 

 

ごめんなさい。

私なんかにこんな話をされても困りますよね…。

宮下トレーナーは宮下トレーナーで私のことをよく見て指導してくれてるのに…。

 

 

そんなことはないよ。この学園に入ったからには誰だって一度は目指すべき目標だ。やれることはやってみよう。

ただ、気持ちだけでなんとかなるものじゃない。まずは2勝目を上げること、そして、その上で抽選に通ることを祈るしかない。

今の君にとって、その夢を叶えることはかなりの困難を伴う。それでもやるんだね?

 

 

はい!もちろんです!お願いします!

 

 

 

そうやって2人の夢への物語が始まった。

実力的に劣るルナスワローに日本ダービーに出られるだけの実力を身につけるためにかなり厳しいトレーニングを短期間に無理やり詰め込んだ。

 

普通なら誰でも根を上げるようなトレーニングメニューでも、ルナスワローは弱音すら吐かずに完璧にこなしてみせた。

 

そして、トレーニングを始めてから1ヶ月後には約束通り2勝目を上げ、運命の抽選に臨んだ。

そして、幸運にも抽選枠を勝ち取り、出場を決めた。

 

そこからは本番で情けない走りをしないために更に追い込み、レースプランも徹底的に練った。

 

そして、レース本番。

結果は2着。先頭とは6バ身離されたが、最終直線まで先頭で粘り、タイム的には例年なら十分に勝ち負けに値するだけのタイムで走り抜けた。

 

もちろん、2着であり、敗者であることに変わりない。それでも2人にとってはかけがえのない足跡であり、夢の時間であった。

 

たとえ誰の記憶にも残らなくても、ルナスワローの夢は叶えられ、宮下の夢にもあと一歩のところまで近づけた。それは事実以外の何物でもないのだから。

 

ここからもっと高みを目指そう。

2人は更なる飛躍を誓う。

 

しかし、夢を叶えた代償なのか、その時間の終わりは呆気なく、そこから先は長く苦しい毎日の連続だった。

 

 

 

 

 

 

8.過去②

 

 

 

 

宮下とルナスワローはその年の後半シーズン、勝ち星は上げられなかったが、十分に立派な成績を上げた。

 

 

GⅡ 京都新聞杯 2着

G Ⅰ 菊花賞 5着

JC出場

有馬記念出場

 

 

前年に続き宮下のチーム自体は成績が低迷していたが、ルナスワローの頑張りによって一応の評判は保てていた。

 

しかし、翌年からはルナスワローも成績を落とす。

 

G Ⅰを諦めGⅡ・GⅢへとグレードを落としても掲示板にすら載れないレースが続く。

ついにはOP競走までグレードを落としたが2着が精一杯で勝ち切ることができない。

 

タイミングの悪いことに宮下のチームの他のメンバーも成績が上がらない。

宮下の評価は下がる一方で、気がつけば前年のダービー2着のルナスワローの急な低迷がより目立つようになり、宮下はさらに評価を落とすことになる。

 

悪いことは続くもので、その年の新入生の人数が少ないことがきっかけになり、既存のメンバーから移籍希望が相次ぐようになる。

 

 

 

宮下のチームには行かない方がいい

 

 

 

学園内での宮下の評価が決まってしまった瞬間だった。

 

一応、翌年は久しぶりに二桁勝利を達成したが、定まってしまった現行の評価には焼け石に水程度でしかなく、その年の中頃には新入生とルナスワロー以外のメンバーは皆移籍してしまった。

 

そんな状況でもルナスワローは『ずっとお世話になってきた宮下トレーナーのチームから離れるなんて絶対にしない』と言って、チームを立て直すために必死に頑張ってくれた。

 

この年もルナスワローは懸命に頑張ったが、最高成績はOPレースの5着と前年よりも悪くなってしまった。

 

そして、ルナスワローと契約して4年目のシーズンが始まったばかりの頃から宮下は体調不良で練習を見れなくなる日が増える。

その体調不良は日に日に悪化し、ついには練習を見れる日よりも見れない日の方が多くなってしまう。

 

そういった状況に対し、学園上層部は宮下に体調の改善が見られるまでトレーナー活動の自粛と自宅療養を命じる。

 

これにより宮下のチームは事実上の解散となり、宮下とルナスワローの物語は活動停止による契約消滅というなんとも呆気ないカタチで終わりを迎える。

 

その後、ルナスワローは新しいチームに移籍はしたものの1レースだけ走り、すぐに引退を決めた。

引退の理由は大学の受験勉強をするためだったが、宮下がいなくなったことで走ることの目的も目標も持てなくなったこともなくはなかった。

 

その後、ルナスワローは卒業までの半年間、受験生として学園に残り、受験勉強を頑張りながら宮下と再び会うことを待ち続けたが、結局その望みは叶うことなく、卒業を迎えてしまった。

 

その頃の宮下は体調が悪化する一方で、現場復帰はもちろん、家族以外の誰かと会うのも不可能になほどになっていた。

 

宮下の体調不良の原因はチームの成績不振に思い詰めてしまったことによる精神的な疲弊だった。

 

中でもルナスワローに対しての罪悪感は計り知れなかった。

 

チームの澱んだ雰囲気をなくそうと常に明るく振る舞い、新入生が多くなりがちな宮下のチームのリーダー役として後輩の面倒をよく見てくれていることを宮下は知っていた。

 

その一方で、自分の成績が一向に上がらず、レースに負けるたびに人目のつかないところで泣き崩れる彼女の姿も宮下は知っていた。

 

 

 

一生懸命に頑張る彼女に対して自分はなんて無力なんだろうか

 

 

 

日に日に強くなる罪悪感がいかなる時も頭から離れなくなると、次第に日常生活にも支障が出るほどの状態になってしまう。

 

一向に回復の目処が立たないことで、ついには両親からトレーナー業を辞めるようにと促されるようになってしまった。

 

ここに至って宮下はトレーナー業を引退することを受け入れようとする。

 

しかし、そう決意した宮下のもとに一通の手紙が届く。差出人はルナスワローだった。

 

その手紙にはルナスワローの3年半の想い出と宮下への感謝の言葉が丁寧に綴られていた。

 

そして、手紙の最後のページにはルナスワローの宮下に対しての想いが描かれていた。

 

 

 

今、宮下トレーナーがとても大変だと人伝で聞きました。

私が言うのも失礼かもしれませんが、これ以上自分を責めないでください。

 

周りがなんて言っても、宮下トレーナーがどんなに自分を責めても、私の夢が宮下トレーナーのおかげで叶ったことは本当で、それは私の一生の宝物です。

 

だから、これ以上私のことで悩まないでください。

 

 

最後に2つお願いがあります。

 

一つ。これからもトレーナーを続けてください。きっと宮下トレーナーの助けを必要とする子がいます。私のような目立たない子を助けて、輝かせてあげてください。

 

二つ。いつかまた日本ダービーの舞台に戻ってきてください。あの舞台に立つ宮下トレーナーをもう一度見たいし、私が見せてあげられなかったその先の景色を宮下トレーナーには必ず見て欲しいからです。

 

あなたに出会えて本当によかった。

苦しいことはたくさんあったけど、あなたがいたから私はこの学園で最後まで走ることができ、夢を叶えられ、無事に卒業することが出来ました。

 

遅くなってしまいましたが、今まで本当にありがとうございました。お体をお大事に。

 

 

 

ルナスワローの優しい言葉が宮下の冷えきった心を溶かす。そして、その手紙を見た妻が宮下に告げる。

 

 

 

あなたはずっと悔いていたけど、この手紙に書かれていることが、真実じゃないのかしら?

 

確かに失敗は沢山あったかもしれない。

選択も沢山間違えたのかもしれない。

でも、あなたが一人の女の子の夢を叶えてあげたことは紛れもない事実で、その子があなたにトレーナーを続けて欲しいと願っている。

 

なら、もう一度頑張りましょうよ。

大丈夫。私も側であなたを支えるわ。

だって、私もあなたにトレーナーを続けて欲しいと思っているから。

 

 

それまで、ずっといつもと同じような接し方を心掛けていた妻が初めて口を開き、その言葉を聞いて宮下は気付く。

自分を信じてくれる人が確かにいる、と。

 

自分では自分を許すことが出来なかったが、2人の想いを聞いたことで、自分の行いを少しだけ許すことが出来た。

 

 

 

自分を信じてくれる人のためにも、トレーナーの仕事に戻ろう。

 

 

 

数ヶ月後。宮下は現場に復帰した。

 

とはいえ、以前とは状況がまるで変わってしまった。

今までの実績は全てなくなり、悪評だけが残る過酷な状況からの再スタート。

 

それでも、宮下は再び歩き始めた。

全ては自分を信じてくれる大切な人の想いに応えるために。

 

 

 

 

 

 

「まあ、お前の過去を詮索するつもりはない。今は今としてやれ」

 

宮下の表情を見た中崎が声をかける。

 

「ええ…。精一杯頑張ります」

 

遠い目をしていた宮下の表情に力が戻る。

 

「さあ、俺の役目は終わりだ。あとは好きにしろ。まあ、悔いだけは残すなよ。じゃあな」

 

宮下の表情が変わったと見た中崎が立ち去ろうとする。

 

「先生!最後のチャンスをいただきありがとうございます!悔いを残さないように全力でやり遂げます」

 

中崎は何も言わなかったが、顔が少しだけ笑っていてくれたように宮下は感じた。

 

こうして、宮下の最後の挑戦が始まった。

 

 




この作品をどんな話にするかの最初の分岐点がこのパートでした。
二人の関係性について『二人とももともと知っている』『どちらも知らない』『片方だけが知っている』の3パターンから考えましたが、『どちらも知らない』方がある意味運命的でいいかなと思い選びました。

ただ、実際の競馬だと血統がとても重要視されるので、『トレーナーが担当の親族関係を知らないわけないだろ!』とつっこむ方がいるかもしれませんが、あんまりつっこまないでください(笑)

一応、知らない理由には自分なりの裏設定があったりします。
私の世界観では『血筋の申告は本人から言い出さない限りトレーナーは詮索しない』というのがトレーナーとウマ娘の暗黙の了解となっている設定です。
なので、実際のゲーム内でのエアグルーヴやエアメサイア・ドゥラメンテなどの振る舞いはそういうことですし、話が進んでから初めてわかるマチカネフクキタルもそういうことだと解釈しています。
まあ、現実的に考えて"本人を知りもしないのに血筋の段階で問答無用で選別される"ってなかなかに酷ですし、同じ苗字(冠名)と言うだけで毎回『君たちは親戚なの?』と言われてたら面倒くさいですよね。
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