競馬や陸上の知識はほぼないので、どちらかでも精通した方だと、レース描写に違和感を感じるかもしれませんが、そこはご容赦ください。
現実のサニーブライアンはとても操縦性の高い賢い競走馬だったと聞きます。
そこらへんをウマ娘に落とし込む時に参考にしたのはシンデレラグレイのスーパークリークです。
『領域』という基礎能力のリミッター解除に頼るのではなく、自身とトレーナーの頭脳と信頼関係で勝利を切り開いていく姿はオグリやタマモクロスといったウマ娘とは違う強者感がある魅力的な描き方だと思います。
9.デビュー戦
それから宮下とサニーブライアンは正式に契約し、トレーニングを始めた。
宮下のサニーブライアンに対する具体的な能力の評価は『スタミナはそこそこ、それ以外は平均かそれよりも若干低く、瞬発力は弱い』というものだった。
実はたまたまではあったが、サニーブライアンが紹介される少し前に宮下のもとに学園からの指導依頼があり、その選手を視察したことがあった。
その時はまだ引退するつもりだったので、建前の視察だけで断ったが、もしどちらかを選ぶという話になっていれば、間違いなくその子を選んだだろうなと思えるくらいに宮下の彼女への評価は高いものではなかった。
しかし、トレーニングを始めてみるとそんな評価はあっさりと覆った。
まず目についたのは、素直さ。
サニーブライアンはとても素直な性格で、どんなトレーニングでも積極的に行い、飲み込みも早かった。
そのため、宮下が育成における最初の課題と見ていた『レースを覚える』という課題をあっさりとクリアできてしまい、いい意味でいきなり宮下の期待を裏切った。
続いて目についたのはレースに対しての探究心と観察力の高さだった。
ある日、レースの走り方の参考になればと思って過去の様々なレースビデオをサニーブライアンは渡したところ、彼女は渡されたビデオ全てをその日中に見て、次の日にはノートに気になるポイントを書き込んで宮下に見せてきた。
ノートに書き込まれた内容は宮下が感心するほどよく考察されていたので、それからは毎日レースの映像資料を渡した。
それが日課になると彼女は宮下が想定していた成長スピード以上の早さでレース知識をどんどん身に付けていった。
そして、宮下を一番驚かせた能力は状況把握と状況判断の的確さ、いわゆる『レースセンスの高さ』だった。
レースをプラン通りに走れる選手というは重賞クラスになると当たり前のようにいるが、その中でも状況に合わせた的確な判断を下せる選手はそう多くない。
しかし、彼女はどんな状況でも冷静にかつ、的確な判断ができた。
しかも、本人の体内時計の正確さもあってペースの管理能力にも長けている。
彼女は正に"トレーナーの思い通りに走ってくれる"という稀少な資質を持つ選手であった。
そういった基礎能力以外の素質の高さが見られたことで、宮下は予定よりも早くデビューすることを決める。
デビュー戦は10月の第1週目。
会場は東京レース場。
デビュー戦の会場を東京レース場にしたのはダービーの予行演習と彼女のモチベーションを考えてのことだった。
デビュー戦当日。
サニーブライアンの人気は上から3番目とそれなりの評価をもらっていた。
ただ、相手関係は生ぬるくなく、1番人気にはリーディング上位チーム所属のウマ娘、2番人気にはダービーウマ娘・ウイニングチケットの妹と前評判の高いメンバーが揃う好カードとなった。
「トレーナーさん。今日の私はどんな風に走ればいいですか?」
ゲート入り直前にサニーブライアンが宮下に問いかける。
「…。君の好きなように走ってくれればいいよ」
「えっ?それでいいんですか…?」
宮下の淡白な回答に彼女は少し戸惑う。
「ああ。それでいいんだ。デビュー戦ならそれで勝てるさ」
「…。本当にそれで勝てますか?私、今日が初めての公式戦で…相手も強そうだし…不安しかないんですけど…」
再びの淡白な回答にさすがの彼女も不安の色が隠せないほどに顔が険しくなり、弱気な発言まで飛び出してしまう。
「あっ、いや、申し訳ない…。そういうわけじゃないんだ…。…この説明ではあまりに不安か…」
彼女の顔色の悪さにようやく気がついた宮下が謝罪をする。
「『好きなように走っていい』とは別にネガティブな話じゃないんだ…。君のレースセンスに期待しているんだ…」
「それはわかりましたが、目標タイムとか道中のポイントとか何か具体的なアドバイスはないんでしょうか…?」
慌ててフォローをするが彼女にはまだ宮下の期待は届いていないようで、彼女は宮下にアドバイスを求める。
「そうだな…。最終的なタイムはあまり気にしないでいい。それよりも後続との距離の"保ち方"を気にして欲しい。ただし、道中はラップが12秒台を下回らないように注意してくれ。スパートのタイミングは君に任せるが、余裕があるなら直線に入る前から少しずつスパートをかけてもいいよ」
「…。わかりました。なんとなくイメージは出来ました。やってみます」
宮下のアドバイスを聞いた彼女は一瞬思案する。
思案の終わった彼女は先程とは違い、吹っ切れた顔つきになっていた。
「大丈夫だ。君ならきっといいレースが出来る。自信を持ってくれ」
そう言った宮下に彼女はこくりと頷き、ゲートへと向かっていく。
宮下は彼女を見送ると選手関係者席に向かった。
[よくないな…。いくら期待しているとはいえ、デビュー戦の子にあんな接し方では…]
宮下は彼女への対応を反省しながら、観戦席からゲート入りする彼女を改めて見る。
もう何百回と見てきた光景だが、今日に限ってはとても新鮮な気持ちになった。
中央の舞台に戻ってきた
久しくなかった"戦いの場"の空気感を噛み締めながら宮下は彼女のスタートを待った。
ゲートに収まったサニーブライアンは大きく深呼吸する。
宮下と契約して1ヶ月。距離感はまだまだ遠いがサニーブライアンは宮下をかなり信用していた。
初めはほとんど会話がないので不信感を募らせることもあったが、実際にトレーニングをすると、宮下が自分をよく見てくれていることに気がついた。
適切な練習量に適切な強度、わかりやすく丁寧な技術指導、何か困っていたり、迷ったりしていればすぐに声をかけてくれる気遣い、自分が疑問を投げかけてもすぐにアドバイスをくれる知識量の多さ。
日本最高レベルのトレーナーが集まるトレセン学園のトレーナーなのだからこれぐらい当たり前なのかとも思ったが、クラスメイトの話を聞くとそうでもなく、自分のトレーナーが相当に優秀なトレーナーなのだと気付いた。
だから、サニーブライアンはこのトレーナーのもとで頑張ろうと早くから心に決めていた。
ゲートが閉まり、静寂が包む。
ガシャン
ゲートが開き、レースが始まる。
スタートが上手くいき、前目のポジションが確保できる。何人かと競り合うかたちのスタートになったが、しばらくして他の選手たちが、ペースを落としたため、サニーブライアンが先頭を切るかたちになる。
[いい判断だ。デビュー戦だからと慎重になりがちだが、実はデビュー戦こそ積極策の方が勝率が高い。特に何も言わなかったが、やはりあの子はわかっていたな]
宮下がサニーブライアンの判断を賞賛する。
実は今日のデビュー戦で宮下は、彼女が本番のレースでどれくらいの力が発揮できるかを見極めようとしていた。
それは宮下の彼女に対する期待の表れであり、彼女の夢が叶う可能性に道筋を見出していたからだった。
なので、あえてレースに関するアドバイスを彼女にしなかった。
ただ、話しかけなさすぎて不安がらせてしまったこと自体は宮下はかなり反省していた。
第1コーナーを回り、隊列が落ち着く。
サニーブライアンは先頭を確保したまま向正面の直線に入っていく。
[10.11.12。3ハロン目も12秒台で走れたかな?後ろとの距離感は変わらないからいいペースだと思う]
サニーブライアンは宮下のアドバイス通りに12秒台のラップで逃げる。
[やはり凄いなこの子は。後続との距離感を図りながらもラップの刻み方にズレがほぼない。デビュー戦から冷静にレースを走れるのは立派な才能だ]
この時点で宮下の推測は確信に変わっていた。
突出した身体能力がなくてもレースに勝つために頭を働かせられるサニーブライアンの頭脳と精神力は宮下にとって十分に"特別な才能"だった。
[あと800m。後ろが少しずつ差を詰めてきてるけどまだリードはある。余裕はあるから少しづつスパートしてみようかな]
3・4コーナーの中間地点からサニーブライアンは少しずつスピードを上げる。
後続は差が開かないようにサニーブライアンに続いていく。ただ、誰もサニーブライアンが徐々にスピードを上げているとは気づいていないようだ。
[いい展開だ。このままで最終直線に入れるなら勝てる!頑張れ!]
あまりに理想的な展開に宮下の応援にも力が入る。
[よし、最後の直線!もう一つスパート!]
コーナーを回り、サニーブライアンがさらにスパートをかける。するとなし崩しにスタミナを使ってしまっていた後続からあっという間に4バ身ほど差をつける。その光景に後続勢は驚きを隠せないようだ。
しかし、その逃げ切り態勢に待ったをかけようとする選手が1人。
ウイニングチケットの妹
スカラシップ
スカラシップはサニーブライアンのペースアップに付き合わず、後方で脚を溜め、メンバー最速の34.8秒という姉譲りの素晴らしい末脚でサニーブライアンを追い詰める。
しかし、レースを巧みに支配し、上がり2位の35秒2でまとめたサニーブライアンには届かず、結局2.1/2バ身差でスカラシップは2着となった。
宮下とサニーブライアンのデビュー戦は鮮やかな逃げ切り勝ちという結果に終わった。
10.雌伏の時
「おめでとう。素晴らしいレースだった」
「ありがとうございます。アドバイス通りに上手く出来ました」
お互いがお互いを褒め称える会心のレース。
あまりに鮮やかな逃亡劇にレース後いくらかの記者から取材を受けた。
ただ、2人はそういった喧騒にいたって冷静だった。
まだ、デビュー戦に勝てただけ…
確かに素晴らしいレースが出来たことに違いはない。ただ、デビュー戦ということもあり、出場選手全員が初レースという"ハンデ"がある。
宮下からすれば、レースが上手いということがサニーブライアンのデビュー戦の一番の勝算だった。
だからデビュー戦が良かったからといって次走も勝てる保証にはならない。
何故なら次からは勝ち上がり同士の戦いになるからで、レースが上手いという"アドバンテージ"は望めず、より自力が求められるからだ。
そして、2人の推測通りに次走からの3戦は勝ち負けにも絡めない敗戦が続いた。
2戦目はタイムだけなら前走を上回ったが、重バ場に足を取られ末脚を発揮できず、直線で沈み5着。
3戦目は敢えての格上挑戦で初重賞。
しかし、スタートで後手を踏んでしまい、最後は苦手な瞬発力勝負になってしまい7着。
4戦目もスタートで失敗し、バ群に沈み、抜け出せないまま5着。
敗因としては瞬発力の弱さ、スタートの成功率の低さなどが挙げられたが、いずれも"実力不足"といって差し支えない敗因でしかなかった。
とはいえ、サニーブライアンは敗戦にめげることなくトレーニングに黙々と取り組む。
そういった姿を見て宮下はより彼女を勝たせてあげたいとより思うようになっていたが、これといった解決案は生まれず、悩む日々が続いていた。
そんなある日の昼休み。宮下に転機が訪れる。
きっかけは後輩との世間話だった。
「宮下さん。お疲れ様です。これからお昼ですか?ご一緒してもいいですか?」
「宮さん!お疲れっス。どうしたんですか?浮かない顔して?麻雀に負けましたか?」
声をかけてきたのはユタカとシンジだった。
ユタカは昨年から頭角を表してきたデビュー3年目の期待の新人で、今年は名門メジロ家のメジロドーベルと共に阪神ジュニアSに勝ち、来年のティアラ路線の最有力に挙げられている。
シンジは今年のダービーウマ娘・フサイチコンコルドの担当トレーナー。デビューして6年目、まだ24歳と若いが既にG1を2勝している若手実績上位の実力者だ。
2人とも既に重賞やG1を勝っていて宮下を上回る実績を挙げているが、宮下の人柄や指導力を尊敬し慕ってくれる数少ない後輩たちだった。
「ああ。お疲れ。いや、まあ担当がなかなか勝てなくて悩んでいるといったところかな…」
「それぐらいよくあることじゃないですか?そんなに深刻な顔をしないでくださいよ。自分なんて3年目にしてメジロ家のお嬢様の担当になって、毎日胃薬が欠かせないんですから」
「そうっスよ。俺なんてコンコルドの虚弱体質に毎日頭抱えてますからね。レース復帰以前に命の危機にならないか不安で頭禿げますよ」
「ああ…。そうか…。大変だな2人とも…」
後輩2人の話の深刻さがわかると自分の悩みは大したことではないの思い、宮下は申し訳なくなった。
「宮下さんの担当はサニーブライアンさんですよね?ウチのドーベルと仲がいいらしいんで話はよく聞きますよ。真面目でいい子だって」
「デビュー戦の勝ち方が良かったって聞きましたけど、あれからダメなんスか?」
「いや、まあダメというかクラスが上がってから頭打ちになっていると言うところかな…」
「ジュニアクラスあるあるじゃないですか?心身ともに不安定な時期ですから、辛抱強く接するしかないですよ」
「それこそデビュー戦を勝てたのは宮さんの指導の賜物じゃないっスかね?トレーナーがやることやって勝てないならしばらくは様子見っスよ」
「まあ、2人の言いたいことはわかるが…」
「それでしたらご飯でも食べに行ってコミュニケーションをとってみてはどうですか?アスリートっていっても年頃の女の子ですから距離感とか信頼関係で大きく変わりますよ」
「わかるわー。トレーナーと選手の関係はそうなんだけど、あの子たち"女の子"でもあるからなー。いくらかフランクにいた方がモチベーションの維持にはいい気がするのは体感あるっスね」
「そうか…」
実績ある後輩のアドバイスが胸にくる。
「まあ、宮さんは話さなすぎなんスよ。職人気質って言ったらそれまでなんスけど、今時の学生にはウケないっスよ。宮さんはイケメンなんスから、そこらへんもっと有効活用していきましょうよ」
「自分もドーベルにはかなり警戒されてますけど、少しずつ打ち解けてきて結果出てきてますから、効果あると思いますよ」
「なるほど…」
そんな指導者談義が20分ほど続いて宮下は昼休みを終え、自室へ戻る。
後輩とのやりとりを思い返して宮下は自分の指導方法を振り返る。
確かに自分はウマ娘たちと"選手とトレーナー"という距離感で接している。
それはこの場が、日本最高峰のアスリート育成の現場であるからに他ならない。
しかし、視点を変えてみれば彼女たちは学生であり、年端もいかない少女たちなのだ。
果たして、親しみのない大人に信頼を置くだろうか?
そんなことを考えているとふと弟子入りした直後の師匠の言葉を思い出す。
一流のトレーナーってもんは優れた指導が出来るだけじゃあ、なれねぇ。
昔からある人間とウマ娘の絆ってもんを心の底から大切に思えなきゃ、一生一流にはなれねぇんだよ。
今までを振り返って自分はどうなんだろうか?
確かに彼女たちを気遣いはすれど、心の距離を縮めようと努力したことはなかった。
昔から人見知りが激しく、必要以上に他人に関わることもが好きではなく、親しい間柄でもない人との世間話も好きではない。
でも、それはあくまで個人的な話だ。
これは仕事上のことであり私情を持ち込むことではない。
いつまでも『苦手だから』という理由だけで逃げていいのか?
これは自分の最後の仕事だぞ
そう思えた時に宮下の何かが変えられる気がした。
11.10年の時を経て①
「あー、もし良かったらトレーニングの後にどこか食事をしに行かないか?」
「えっ?あっ、はい…?」
突然後ろから声をかけられたサニーブライアンがびっくりしながら宮下に顔を向ける。
「…」
「…」
そして、謎の間が2人の間に流れ込む。
「あっ…どうだろうか?」
「えっ?あっ、いいですけど…。プッ」
「ん?どうかしたかい?」
珍妙な間からのぎこちない問いかけにサニーブライアンが笑う。
「いや、どうかしたというか、なんでトレーナーさん顔赤いんですか?もしかして、照れてます?」
「いや、照れてはいないが…。顔が赤いのか?」
サニーブライアンに指摘されて宮下が驚く。
「めちゃくちゃ赤いですけど。絶対に照れてますよね。いいですよ!ご飯食べにいきましょ!」
「あ、ありがとう。何が食べたいのかな?」
ようやく話が進んだことで宮下が安堵する。
「じゃあ、お肉行きましょう!」
「ああ、わかった」
なんとか食事の約束を取り付けて今日のトレーニングが始まる。
こんなやりとりがあったからだろうか、いつもよりトレーニングが和やかな雰囲気で進む。
というか、話しかけるたびにサニーブライアンにニヤつかれていたという方が表現的に正しいが、何はともあれ、普段より笑顔が見られながらトレーニングが出来たことを宮下は内心喜んだ。
常日頃からリラックスしてトレーニングに臨んでほしいと願う宮下にとって今日の彼女の表情は理想的であった。
とはいえ、普段の接し方が無駄な緊張感を生んでいる証明にもなってしまったことに関しては内心傷ついてた。
トレーニングが終わり、着替えを済ませ外出する準備を整える。
そして、正門前で待ち合わせ、宮下の車でお店に向かう。
お店はサニーブライアンの行きたいお店にすればいいと宮下はたかを括っていたが、サニーブライアンがニヤニヤしながら宮下に決めてもらおうと意地悪をするので、仕方がなく、妻と行ったことのある"いい"お店に行くことにした。
お店に着いたサニーブライアンはちょっと笑いながら『トレーナーさん。私、学生。こんなお店にこの格好で行ったら通報されるんじゃないですか?』とつっこまれた。
席に着いて、料理を注文する。
料理が来るまで宮下がなんとか世間話で間を持たせようとする。
クラスのこと、友達のこと、休みの日の過ごし方など、ありきたりな話題を振る。
我ながらつまらない話題だなと思ったが、サニーブライアンが楽しそうに話してくれるので宮下からすればとてもありがたかった。
こうやって世間話をしていると自分がいかにサニーブライアンのことをわかっていないかに気付かされる。
トレーニング中は真面目で口数も少なく、黙々と取り組むタイプだが、それはあくまでアスリートとしての側面で、明るく笑顔でよく喋る姿が彼女の本来の姿なのだ。
「ところで、トレーニング中以外はなんで私に話しかけてくれないんですか?私のこと嫌いですか?」
宮下の考えていることを見透かしたかのようなタイミングでサニーブライアンが物申す。
「いや、そういうわけじゃないんだ…。昔から世間話が苦手で…」
「苦手ってなんなんですか?おかげで友達から『サニーちゃんはトレーナーさんがイケメンでいいよね』って言われますけど、そもそも話したことがないから何にも言えないんですけど、どうしてくれるんですか?」
会話が弾んだからだろうか。サニーブライアンから唐突にダメ出しをされる。
「すまない…。これからはもう少し世間話をするように努力するよ…」
「世間話を努力するってなんなんですか?まあ、いいです。『宮下トレーナーは女の子を食事に誘うのにも照れるくらいシャイだ』という情報を手に入れただけ収穫です」
サニーブライアンがドヤ顔しながら手に入れた弱みをチラつかせる。
「わかった。世間話はもっとする。だから、その情報は話さないでくれ…。同僚に知られるわけにはいかない…」
さすがの宮下も観念して努力することを誓う。
「冗談ですよ。秘密にしますよ」
そんな困り顔の宮下に対し、サニーブライアンは笑いながらからかう。
しばらくすると料理がくる。
サニーブライアンが『おいしー!初めて食べた!』と喜んでくれるので、宮下は安堵する。
料理を食べ終わり、食後のデザートを食べながら、宮下はこれからのトレーニングの予定についての話題を振った。
「ここ最近、負けが続いてしまっているからリフレッシュも兼ねてしばらくトレーニングに専念するプランも考えているんだが、どうだろうか?」
「うーん。私は結果はあまり気にしていません。ダービーに出れるんだったらどんなに負けてもいいと思ってますから。それよりもレースにたくさん出て経験を積めたほうが自分にはいいかなって思うんですけど、どうですか?」
さっきの女子高生らしい雰囲気から一変して真っ直ぐハキハキした口調でサニーブライアンが意見を伝える。
「そうか。本当は僕もその方がいいかと思っていたが、君からもそういう意見が聞けたことは嬉しい。それならプランを変えずに来月もレースに出ようか」
サニーブライアンのはっきりとした考え方に宮下は感心する。
「はい。よろしくお願いします」
「ところで君は日本ダービーにこだわっているが、なにかきっかけはあるのかい?」
「それは…」
何気なく宮下がサニーブライアンに夢のきっかけを聞くが、サニーブライアンが一瞬戸惑う。
「すまない…。あまり聞かれたくないことだったかな?」
「いえ…。そういうわけじゃないんですけど…。私には親戚のお姉ちゃんがいて、その人がダービー2着になったことがきっかけです。私はそのレースを生で観ていて、その姿に憧れたんです」
少し恥ずかしそうにサニーブライアンが夢のきっかけを言う。
「それは凄いじゃないか。ダービーに出れただけでも凄いし、それで2着なら尚更だ。素晴らしいね君のお姉さんは」
宮下が素直にサニーブライアンのお姉さんを賞賛する。
「あっ、ありがとうございます…。でも、勝った人とは6バ身くらい離されちゃったし、ダービーの後は一度も勝てなかったから…誰もお姉ちゃんのことは覚えてないんですよね…」
「えっ…?」
それは宮下の止まっていた時間を動かす言葉だった。
12.10年の時を経て②
「…。君のお姉さんが出たダービーは9年くらい前じゃないか?」
「えっ?あっ、はい!よく覚えてますね。トレーナーさんもあのダービーを観てたんですか?」
まさかの宮下の返答にサニーブライアンの表情が明るくなる。
「あっ、そ、そうだな…。たまたま僕も現地で観ていたんだ。確かに勝った子は素晴らしかった。でも2着の子も例年だったら十分に勝ち負けになるぐらいの走りはしていたよ…」
サニーブライアンの思いがけない話に動揺して宮下は咄嗟に嘘をついてしまう。
「ほんとですか!?なんか嬉しいです!他の人に話してもみんな勝った人のことしか覚えてなかったから。あのレースをしっかり観ていてくれた人がいてよかった〜!」
そう言うサニーブライアンの表情はとても嬉しそうで、まるで自分のことのよう喜んでいる。
それからしばらくサニーブライアンは自分のお姉さんの話をしてくれた。
その話を聞いて宮下は確信する。
サニーブライアンの姉はルナスワロー
なんという巡り合わせなのか。
最後の仕事と決めた相手が自分に縁のある人と関係があることに宮下は驚きを隠せない。
「そうか…。じゃあ、君はそのお姉さんに憧れてここに来たんだね」
「そうです!まだ小さかった私にはあの時のお姉ちゃんが物凄く輝いて見えた!だから、私もいつかあの舞台に立ちたいって、そう思ったんです!」
そう語るサニーブライアンの目はとても純粋な目をしている。
「いい夢じゃないか。僕も君の夢を叶えられるように精一杯協力しよう」
「ありがとうございます!最後の最後までチャンスがある限り絶対諦めません!だからこれからもよろしくお願いします!」
力強く答えるサニーブライアンの瞳は宮下にルナスワローの面影を思い出させた。
「ああ、よろしく。一緒に頑張ろう」
そう言って宮下は手を差し出す。
その手に反応してサニーブライアンも握手しようと手を差し出すが、その直前で手を引っ込める。
「どうしたんだい?」
「その前に一つお願いがあります。いい加減私のことを『君』って呼ぶのやめません?今から私のことは『サニー』と呼んでください。でないと握手出来ません」
「えっ?」
急に女子高生モードに戻ったサニーブライアンに宮下は困惑する。
「もう3ヶ月も経つのにトレーナーさんは他人行儀過ぎるんですよ。どんだけシャイなんですか。いい歳した大人がダサいですよ」
「…」
またしてもダメ出しされ、宮下の心が再び傷つく。
「わかった。これからもよろしく"サニー"」
「やれば出来るじゃないですか。よろしくお願いします!」
そう言ってサニーは握手をしてくれた。
なんとも締まらない終わり方がこれからの関係性を暗示していそうだったが、サニーとの距離が縮まったことに嬉しさはあった。
デザートも食べ終え、お店を出る。
帰りの車の中も楽しそうに話をしているサニーを見て宮下は思う。教え子との距離感が近づくことも悪くないなと。
ただ、宮下が気掛かりだったのはルナスワローとの過去の関係をサニーに話すべきかどうかということだった。
もっとも、サニーの話から推測できるルナスワローとの仲の良さを考えるとルナスワローがサニーに何も話していないことに"意味"がある可能性は十分にあったので宮下はより悩んだ。
そうこうしているうちに学園に着き、サニーを正門前に降ろす。
「今日はありがとうございました!また明日!」
「ああ。また明日」
元気に別れを告げるサニーの姿を見て宮下は話さないと決めた。
正直、ルナスワローへの想いの大半は彼女への罪悪感と後悔による部分が大きい。
このような感情を純粋なサニーの想いに乗せてしまうのは宮下自身更なる罪悪感を生むような気がした。
[今サニーに話すのは無粋か…。まあ、いつか話す時が来るだろう。その時までは…]
この想いは自分だけのもので、自分が成すべきことはその償いを"サニーの夢を叶える"というカタチで実現してあげることだ。
見送ってくれるサニーの姿をミラー越しに見つめながら宮下は新たな決意を持った。
このパートからオリジナルのトレーナーが出てきますが、モデルになっている方はわかりやすいかと思います。
僕は『競走馬の好きな世代』というものがあった場合、1番好きなのはこの97世代です。
そもそもサニーブライアンが好きというのもありますが、同期の面々もかなり好きです。
理由は競走馬と騎手の印象に残るコンビがサニーブライアン以外にも多数ある(主観)からです。
ドーベルと東のユタカ・ジャスティスと番長・タイキシャトルと名手・黄金旅程と二刀流の鉄人にメイセイオペラと岩手のレジェンド、そしてサイレンススズカとウマ娘おじさん。
やはり、競馬の魅力には競走馬と騎手の関係性も大いに関係しますね。
ちなみに次に好きな世代はみんな大好き12世代です(笑)