それこそが事実   作:スタイニー

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13.過去と今 14.クラシックを目指すということ 15.才能の壁 16.戦う覚悟 17.本当の実力とは

13.過去と今

 

 

 

 

あの食事会からサニーの状態はかなり上向きになった。やはり、お互いの距離感が近づいたからだろうか。心身に余裕ができ、トレーニングも以前にも増して身が入っていた。

 

そして、年明け。初戦は2着となってしまったが、状態の良さが確認できたことで、2戦目をOPジュニアカップに定める。

 

 

 

サニーブライアンが逃げ切ってゴールイン!

サニーブライアン、デビュー戦以来の2勝目を上げました!

 

 

 

格上挑戦ではあったが結果は半バ身差で1着。

この結果により、ポイント加算が出来たことでクラシックトライアルの除外はほぼなくなり、いよいよ本格的にクラシックレースへ挑戦することとなった。

 

 

 

トゥルルル トゥルルル

 

 

 

「はい。宮下です」

 

「おう、元気か?」

 

声の主は中崎だった。

 

「お疲れ様です。どうされましたか?」

 

「なに、ジュニアカップに勝ったと聞いてな。ただの様子見だ」

 

言葉自体はいつも通りだが、心なしか中崎の声がいつもより明るく感じた。

 

「わざわざ、ありがとうございます。ここまで順調に来ています。いい子を紹介していただき、ありがとうございました」

 

「順調なら何よりだ。まあ、お前もわかっているだろうが、ここからが本当の勝負だ。気を抜くなよ」

 

「ええ、分かっています。全力で彼女を支えます」

 

「いい覇気が出てるじゃねぇか。期待しているぞ。じゃあな」

 

いつになく力のこもった宮下の返事に安心した中崎は電話を切ろうとする。

 

「先生!サニーの親戚のお姉さんのこと、ご存知でしたか?」

 

電話を切ろうとした中崎に宮下が問いかける。

 

「…」

 

「サニーはルナスワローの親戚のようです。もしかして、先生はそれを知っていて僕に紹介してくれたのかと思いまして…」

 

「まあ、知ってはいたさ。ただ、知ったのは彼女をお前に紹介すると決めた後だ。俺は彼女の素質を見込んでスカウトして、お前に紹介しただけだ」

 

中崎は淡々と語る。

 

「そうですか…。知っていたんですね…。先生はその事をどうして僕に伝えてくれなかったんですか?」

 

「そんなのは決まっている。お前が無駄な感情移入をすると思ったからだ」

 

「えっ?」

 

「その話は"今"のお前だから受け止められることだろ?"あの時"のお前がその話を聞いたら、今のような信頼関係をあの子と築けてたのか?」

 

「…。それは…」

 

中崎の問いかけるに宮下は図星をつかれる。

 

「だったら、言うだけ野暮だろ。それに今のお前とあの子との信頼関係にスワローは関係ないはずだ。お前はあの子と向き合った上で信頼しているんだろ?」

 

「…そうです。すみません、くだらないことを聞いてしまい…」

 

「無駄に感傷に浸るのがお前の悪い癖だ。あの子はあの子でスワローはスワローだ。今はあの子をまっすぐ見てやることが、本当に大切な事じゃないのか?」

 

「はい、肝に銘じておきます。本当にありがとうございました」

 

「感謝があるなら、無駄なことで悩むな。迷わず最後までやり切れ。じゃあな」

 

そう言って中崎は電話を切った。

 

会話を振り返って宮下は反省をする。

確かに、あの時の自分にスワローの名前はプレッシャーになっただろう。

"スワローのために"と頑張るかもしれないが、果たしてそれが目の前にいる"サニーのため"になったのだろうか?

 

そう思えると、中崎の判断は配慮に満ちていた。

無駄な気負いをさせないためにあえて言わなかったのだから。

 

[本当に先生には頭が上がらない…。いつも自分をよく見てくれている…]

 

中崎が引退をした時に宮下は決意した。中崎が作り上げてくれたものをより良くしていく。それが中崎に対しての恩返しになると信じて。

 

しかし、結果はご覧の有り様で、今でも中崎の迷惑を掛けっぱなしだ。

 

それでも、最後に得たチャンスで何かしらのカタチで恩返しをしたい。

これからを思案しながら、宮下はもう一度自分のやるべきことを再確認した。

 

 

 

 

 

 

14.クラシックを目指すと言う事

 

 

 

サニーがジュニアカップを勝ったことで、いよいよダービーを目指すことが"夢物語"ではなくなってきた。

 

もっとも、これから始まるトライアルレースを勝ち抜き、更にポイントを加算し、ダービーへの出場を確定させるまでにはまだまだやることは多いが、少なくともスタートラインには立てたのだ。

 

宮下とサニーが契約して約4ヶ月。当初よりもかなりの変わり身を見せているサニーに宮下は、クラシックレースでもいい走りができると期待をかけている。

 

その期待の表れは、次の出走予定レースに表れていた。

 

 

 

GⅡ弥生賞

 

 

 

クラシック三冠の第1戦『皐月賞』に繋がる最重要トライアルレース。

強豪が集まりやすいレースだが、宮下はこのレースでサニーが好走出来ると思う根拠がいくらかあった。

 

1つ目は中山コースの適性。

コーナリングが上手いサニーにはカーブが緩やかな東京コースよりもカーブが急な中山コースの方が特徴を活かせる。現にここ3戦は中山コースで掲示板を外していないことはその裏付けだった。

 

2つ目は距離。

ここまで1800m以下のレースでは4戦1勝だが、2000mのレースは2戦して2連対しているので、同じ条件でなら十分に勝ち負けに持ち込めると見込んでいた。

 

そして3つ目は今年の勢力図。

今年のクラシック戦線は群雄割拠の様相を呈していて、いつになく本命不在の年とトレーナー間では言われていた。

だから、圧倒的な存在がいないことはサニーにとって追い風であり、積極的なレース選択でダービーへの道を切り開いていける可能性が十分にあるからだ。

 

そういった要因もあり、宮下はサニーに期待をかける。

 

とはいえ、サニーに懸念材料がないかと言われればそんなことはなく、不安な部分も大いにあった。

 

中でも宮下が特に気にしていたことはオープンクラス特有のプレッシャーだった。

 

無事に条件戦クラスを突破し、オープンクラスまで辿り着いても重賞レースで活躍することは簡単ではない。

レースの注目度やレース強度は条件戦クラスとは一線を画すのが重賞レースであり、せっかくオープンクラスに昇格ができてもそこで消耗し、挫折する生徒は決して少なくない。

 

また、オープンクラスの選手は総じて能力が高く、重賞レースで勝てないからといってもその能力は決して低くはないし、そういった競争の中から重賞レースを勝てる"逸材"が選りすぐられていくのだ。

 

そして、その選りすぐられた"逸材"の中でもG1を勝つ選手は"天才"と呼んで差し支えなく、G1を複数勝てる選手はもはや"怪物"と評される。

 

そういったレベルの選手と戦うと生半可な実力では太刀打ちできず、あまつさえ自分との実力の開きから戦意や自信を喪失してしまうケースさえある。

 

宮下が懸念している部分はそこだった。

 

サニーには自身を追い込み、弛まない努力で困難に打ち勝とうとする強いメンタルがある。

しかし、一方で自分への期待と自信はなく、周りに対して必要以上に謙遜してしまう部分もあった

 

こういった対外的なメンタルの弱さは真の強者ばかりのG1レースで戦うには大きなハンデとなる。

宮下はサニーの才能に目を掛けつつ、そのメンタリティを克服できるかが心配だった。

 

宮下は刻一刻と迫る戦いの日を前に不安要素を少しでもなくすため、仕事に打ち込む。

 

全てはスワローとサニーの想いのために。

 

 

 

しかし、宮下の心配は杞憂では終わらなかった。

ダービーまであと4ヶ月。

ここから宮下とサニーには様々な試練が降りかかっていく。

 

 

 

 

 

 

15.才能の壁

 

 

 

最初の試練の発端は1月に遡る。

 

1月という異例の時期にサニーのクラスに転入生がきた。

美しい栗毛の髪を持つ儚げな佇まいの女の子は名をサイレンススズカと言った。

 

独特の雰囲気を持つその子はたちまちクラスで注目の的となる。

 

しかし、サイレンススズカはそういった周囲の喧騒に一切の反応を示さない。

何人かのクラスメイトが興味を持って話しかけてもそっけない会話で交流を持とうともしない。

 

そういった振る舞いのため、しばらくして誰もサイレンススズカに話しかけなくなってしまったことは、ある意味で彼女の存在をクラスで際立たせていた。

 

加えてサイレンススズカが注目されたのは、走りの能力だった。

 

異例の時期に転入してきながら、既に担当トレーナーが決まっていることに周囲は驚いたが、トレーニングが始まるとサイレンススズカはさらに周囲を驚かせた。

 

手始めに、初日の坂路トレーニングで52秒3というシニアクラスかと見紛うほどの異常なタイムを叩き出す。

 

そして、デビュー戦前の追い切りで準オープンクラスの先輩を置き去りにする圧倒的な走りを披露する。

 

その評判は瞬く間に学園中に広がり、まだデビュー前だというのに一部の関係者からは『今年のダービーウマ娘』という声が上がるほど期待を集めていた。

 

当然、宮下とサニーの耳にもそういった評判は届いていて、偵察も兼ねて彼女のデビュー戦を2人はテレビで観戦した。

 

 

 

これは強い強い!

期待の新星サイレンススズカ!

7バ身差の圧勝でデビュー戦を飾りました!

 

 

 

[信じられないな…。こんな走りが出来る子がいるなんて…]

 

トレーナー歴17年の宮下が目を疑うほどの圧倒的な走り。それは数年に一人ともいえる『怪物の中の怪物』といって差し支えないものだった。

 

[間違いなく彼女が今年のクラシックの中心選手だ。彼女に勝つとなると今のサニーでは厳しいな…]

 

宮下は冷静に客観的にサイレンススズカを分析するが、その圧倒的な才能に勝つための方法がまったく導き出せなかった。

 

様々な選手を見てきた宮下をして驚愕するほどの圧倒的な才能。

当然ながら同じものを見たサニーが衝撃を受けるのはある意味必然だった。

 

[あの走りは何?あんな走りをされたら誰も勝てない…。どうすれば私はあの子に勝てるの…]

 

自分には特別な才能などないとわかっている。

だから、努力をし続けることに躊躇いはなかった。

 

しかし、今テレビの向こうにいる栗毛の少女はそんな自分の努力を嘲笑うかのような異常な才能を持っている。

 

 

 

私があの子に勝つことは不可能だ

 

 

 

サニーのサイレンススズカに対してのイメージが決まった瞬間だった。

 

それからのサニーは今までの上り調子が嘘のように自信を喪失してしまう。

サニーはその精神状態を宮下に悟られないようにと気丈に振る舞うが、トレーニングの成果にははっきりと影響が出てしまっていた。

 

宮下はそんなサニーを見て、弥生賞までの1ヶ月をサニーの能力の底上げよりもメンタルケアを優先した。

 

宮下に心配をかけないようにと平静を装うサニーにその献身を悟られないように。

 

宮下の懸命な献身は一応の成果をみて、酷くナイーブな時期は抜け出しかけていた。

しかし、弥生賞が2週間と迫ったある日、宮下とサニーに更なる衝撃がもたらされる。

 

 

 

サイレンススズカの弥生賞出走表明

 

 

 

まだデビュー戦を勝っただけのルーキーが2戦目にしてGⅡトライアルレース参戦を表明する。

 

[先月デビューの彼女がいきなり弥生賞に出るとは思わなかった。今のサニーでは彼女に到底太刀打ちできない…。いや、それ以前に彼女と直接対決することをサニーが受け止められるのか?]

 

これは宮下にとって大誤算だった。

いずれサイレンススズカとは当たるだろうとは思っていたが、まさか次走で当たるとは思いもしていなかった。

 

[サニーは今、彼女に対しての過剰な意識が徐々になくなってきている。しかし、直接戦うとなれば、話は別だ。否が応でも意識は向く上に、戦う心が出来上がっていない今、レースをして惨敗すればサニーの心は完全に壊れる]

 

直感でわかる。ここがターニングポイントだと。

ここで選択を間違えば、夢へ挑戦する前に終わると。

 

[腹を括るか…。これ以上受け身に回っても失敗は目に見えている…。なら、今の僕が出来ることは…]

 

このかつてないほどの窮地に宮下はいつになく思考を巡らせ、結論を出す。

サニーと共に歩んだ6ヶ月を無駄にしないために、スワローと中崎の想いを繋ぐために、宮下は勝負に出る。

 

 

 

 

 

 

 

16.戦う覚悟

 

 

 

「サニー!3日後にはレース本番だ。今日は早めにトレーニングを切り上げて、ご飯でも食べながら打ち合わせをしないか?」

 

「あっ、はい…。わかりました。行きましょう…」

 

弥生賞3日前。

レースの枠番が決まり、いよいよレースの機運が高まる。

 

宮下はサニーを食事に誘い、和やかな雰囲気での打ち合わせを望んだ。

年明け前のあの食事会の再現を狙って。

 

レースの打ち合わせも兼ねた食事会のため、今回のお店はもっと手軽な場所にした。

 

「レース前だし、量はほどほどにしてほしいが、景気付けに好きなものを選んでくれ」

 

「ありがとうございます…。どうしようかな…」

 

宮下はいつも通りの会話を心掛けるが、サニーの反応は目に見えて浮かない。

 

メニューが決まって注文をする。

注文を終えて宮下は打ち合わせのための資料やノートをテーブルに広げていく。

 

「さて、サニー。今回のレースだけど、やはり、前目で勝負だ。だから位置取りはかなり意識して欲しい」

 

「わかりました。スタートからかなり集中して、早めに先団に取りつきます」

 

「そうだね。あとは道中は13秒台にならないようにラップを刻んで欲しい。今年の中山コースの芝の荒れ方はいつになく悪い。スロー過ぎると脚を余すからね」

 

「そうですね…。ただでさえ瞬発力勝負は私に不利ですから道中のペースはかなり気をつけます」

 

「あとは…」

 

打ち合わせは淡々と進むが、ジュニアカップ前の打ち合わせに比べるとサニーの顔に笑顔と余裕は全くない。

 

[サニーはいつも通りを意識しているようだが、全くいつも通りではないな。目が不安に満ちている…。辛いだろうな…。希望がなくても戦わなくてはいけないんだから]

 

いくらか信頼関係を築けるようになったからだろうか宮下はサニーの"装い"を看破する。

戦う気持ちはある。しかし、それ以上の不安と恐怖があるのだろう。葛藤するサニーを見ていると宮下は胸を締め付けられる。

 

しばらくして注文した料理が届く。

打ち合わせを一旦やめ、宮下は食事をしながらたわいもない世間話に話題を切り替える。

 

以前の食事会から宮下はサニーの要望通り世間話を増やした。

相変わらずの会話の下手さに宮下自身は辟易していたが、最近になってようやくサニーとの何気ない会話を楽しみだしてきていた。

 

ただ、今日の会話は全く楽しくなく、気丈に振る舞うサニーの表情がただただ痛々しく見えていた。

 

「サニー。僕は君に謝らなくてはいけない」

 

「えっ?なんですか?急に」

 

唐突に謝る宮下にサニーが驚く。

 

「ここ1週間はトレーニングを空けることが多かったから申し訳ないと思ったんだ…。1番辛い時期に側にいなかったから…」

 

「えっ?ああ、確かにトレーナーさん最近遅れてきたりとか、早めに自主練に切り替えたりしてましたね。別に気にしてませんよ。忙しいでしょうから」

 

サニーは苦笑いしながら宮下を許す。

 

「いや、事情はどうあれ、トレーナーが担当の側にいてあげないのはよくないからね…。もう今更だから聞くが、やっぱり気になるかい?サイレンススズカのことは…」

 

申し訳なさそうにしながらも宮下は意を決してサイレンススズカの名を出した。

 

「…。気遣っていただき、ありがとうございます。そうですね…。気にならないと言えば嘘になります。正直戦いたくないですよ。あの子を見ていると私の思い描く夢がいかに無謀なのかを思い知らされるようで…」

 

悲しそうな表情でサニーは自身の中にある心境を吐露する。

 

「ようやくサニーの本音が聞けて嬉しいよ。ここまでサニーはずっと強い自分を"演じて"いた気がしたから。時には弱音を吐いていかないといつか壊れてしまうよ」

 

サニーの正直な話がようやく聞けたことに宮下が少し安堵する。

 

「…。全く何様なんですか。偉そうに…」

 

悪態をつくサニーだが、その表情はどこか嬉しそうだ。

 

「いや、弥生賞の出走表を見た時のサニーの血の気が引いた顔を見たら誰だって心配するよ…。この世の終わりの様な顔をしていたから…」

 

「うー、うっさいわっ!恥ずかしいから忘れてください!」

 

痛いところを突かれたサニーが怒る。

とはいえ、実際にサイレンススズカの参加表明の記事を見た時のサニーの顔色の悪さがかなり深刻だったのは事実である。

 

その表情は不安を通り越して絶望感が明らかで、とても放って置けるものではなかった。

 

「あんまり調子に乗らないでくださいよ!だったら私も聞きますけど、なんで最近はトレーニングを空けてたんですか?納得する理由を話さないとたづなさん呼びますよ!」

 

顔を赤くしながら焦るサニーが宮下の足を取ろうとする。

 

「ああ。理由はある。サイレンススズカの弱点を探していたんだ」

 

「えっ?弱点?」

 

「そうだ。そのためにこの数日間は彼女のトレーニングの時間を見計らって偵察に行っていたんだ。そして、弱点を見つけた。あの子はサニーが思っているほど完成された選手じゃない。今のあの子にならサニーでも十分に戦えるよ!」

 

宮下は珍しく力強く言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

17.本当の実力とは

 

 

 

「どういうことですか?あの子の才能はトレーナーさんから見ても凄いんですよね?だとしたら、弱点なんてないんじゃ…」

 

サニーは宮下の見解を訝しむ。

 

「もちろん、才能は間違いなく本物だ。特にスピードに関しては規格外と言ってもいい。あの才能を完璧に"使いこなせる"ようになれば歴史に名を残す選手にもなりえるよ」

 

「使いこなせるようになればってどういうことですか?」

 

宮下の含みを持たせた回答にサニーが食いつく。

 

「君たちウマ娘という種族は走ることが本能的に好きな種族だ。だから、人間よりも走ることに抵抗がないだろ?」

 

「それはそうです。ウマ娘で走るのが嫌いな子はほぼいないんじゃないですかね」

 

「そうだろうね。じゃあ、聞くが、君たちはみんな"レース"が好きかい?」

 

「うーん。私は好きですけど、みんながみんな好きなわけじゃないと思いますよ。レースだと走る距離とかコースとかペースとか自由に走れるわけじゃないですし、そもそも競い合うというのが嫌いという子もよくいます」

 

「そう、それだ。彼女が完璧でない理由がそれなんだ」

 

「えっ?」

 

「トレーニングの風景を見ていて気付いたんだ。たぶん、あのサイレンススズカという子は走ることは大好きだが、レースに対しての意識が低い可能性が高い」

 

「でもデビュー戦はあんなに圧倒的でした。レースが嫌いだったとしても、いきなりの公式戦であんなに走れますかね?」

 

「よく思い出してほしい。あのレースで彼女はずっと先頭を走っていて、本当の意味で"レース"をしていない。つまり、"レースの難しさ"をまだ経験していないんだ。サニーならわかるだろ?レースで走ることの難しさが」

 

「…。確かにあのデビュー戦にレースの"要素"があるかといったら、ほぼないです。他の子たちと競り合う展開になった時のあの子の対応力は未知数です…」

 

サニーは慎重に言葉を選んではいるが、冷静にサイレンススズカを分析しはじめているようだ。

 

「そうだね。サニーの言う"未知数"という言葉がサイレンススズカという子を表すのにいちばん合う言葉だね。だからなんだが、そんな彼女が弥生賞でも実力通りの走りが100%出来る保証はないと思わないかい?」

 

「…」

 

「もちろん、彼女が実力通りに走れた場合はお手上げだ。潔く諦めよう。でも、戦う前から諦める理由もない。サニーが積み上げてきたものは確かにあって、サニーには彼女にはない"経験値"がある。だから、もっと自分を信じていいんだ」

 

我ながら曖昧で不恰好な励まし方だと宮下は内心思っていた。

必死になって偵察し、見つけられた綻びは余りにも些細なこと。結局は"自分を信じろ"というありきたりな言葉をサニーにかけるしかなかった。

 

ただ、その言葉に偽りはなかった。サニーの努力を、頑張りを間近で見てきたからこそ、圧倒的な実力差を前にしてもその積み重ねを否定してほしくなかった。

 

たとえ、どんな結果になろうとも全力を尽くして欲しいから。

 

「…そうですね。私、弱気になり過ぎていました。まだ戦ってもいないのに負けた気になって…。まずは全力であの子にぶつかります。当たって砕けろでもいいですよね。やれることを精一杯やります!」

 

そう言い切るサニーの目から不安がいくらか消えた気がした。

 

「ああ、その粋だ。やっぱり笑っているサニーが一番いい。3日後も勝ってその笑顔を見せてくれ」

 

久しぶりにサニーらしい笑顔が見られたことに宮下も嬉しくなる。

 

「何なんですか。その臭いセリフは。まあ、いいでしょう。期待に応えてみせますよ」

 

最後はいつも通りのサニーだった。

 

この話し合いでサニーの不安をどれくらい消せたかはわからない。

それでも、偽りのない笑顔が見れたことを前向きに考えて戦うしかない。

 

宮下とサニーは不安を抱えながらも改めて戦いの舞台に上がる覚悟を決めた。

 




このパートにサイレンススズカが登場しますが、彼女の絡ませ方も作品の方向性を決める大切な要素でした。
今描いている作品は『競走馬と騎手の物語』として描いていますが、実は最後まで『サニーブライアンとサイレンススズカの物語』にするかを迷っていました。

デビューから期待されたものの、クラシックを勝てなかったサイレンススズカ
デビューから期待されなくともクラシック二冠を制したサニーブライアン。
戦術は同じなのに全てが対照的な2人。そんな2人が出会い交流していくことで紡がれる物語も面白いと思いました。


ちなみにその物語の締めはこのようにするつもりです。


復活したサニーブライアンと運命を超えたサイレンススズカの再戦
第18回『ジャパンカップ』東京2400m


どうでしょうか?笑
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