夏は特別、嫌いな季節なんてないけれど、やっぱり生まれた季節は特別な気分になる。
自分が生まれた──丁度18年前のことなんて全然、なんにも憶えてなんていないけれど、それでもお父様やお母様が、そして友達や大切な人たちが祝ってくれる。
あたしが届けた笑顔を、もっともっと大きな笑顔で返してくれる特別な日。それが今日という日だった。
「え、お休み?」
「うん練習は用事があるから、お休みさせてもらうね?」
「ごめんね、こころん!」
「そう、そうなのね……」
「ああ、悲しまないでくれプリンセス──その分、とびきりのパーティーをすると約束しよう」
「誕生日会はやるから、夜には集まれる予定」
「ううん、大丈夫よ」
八月八日、それより少し前、そんな連絡を受けて少しだけ寂しい気持ちで始まった誕生日、あたしはめいっぱいの筈だった予定を目線の先に浮かべた。
悲しくはない、夜の誕生日パーティーはするのだから。おめでとうと言ってもらえる回数がほんのちょっぴり減っただけ。
それが、少しだけ寂しい。
あたしは、いつの間にか一人ぼっちが寂しくなっていた。いつの間にか、ハロハピのみんなが居てくれることが当たり前で、その他にもたくさんのお友達がいてくれることが、出会って、笑顔で他愛のないおしゃべりをして、一緒におでかけをすることがなんだか当たり前になっていた。
「……たった二年で、とっても変わったわ」
一人で呟く。その言葉にきっと、皆の知る弦巻こころはいない。
美咲が教えてくれた、「ハロハピの弦巻こころ」になる前は「花女の異空間」なんて呼ばれて避けられていたって。
同年代にとっての、世界にとっての当たり前からかけ離れた、自分たちとは違う生き物、何も知らない蒙昧で、純粋な生き物。それが中等部までの、そして高等部に上がったばかりのあたし。
「──そうだわ! 暑いけれど、お散歩でもしようかしら!」
新しい発見を求めて、出逢いを求めて、笑顔を求めて。
日焼け止めをしっかり塗って、お気に入りの靴を履く。家を出たあたしを出迎えてくれるのは、セミの大合唱と元気な太陽の日差し。
「さぁて、出発よ!」
いつもの冒険、いつもと同じ道──だけれど今日は誕生日だもの、きっと素敵なことが起こるはず。
そんな気持ちであたしは門の外へと足を踏み出した。
とはいえ、夏の暑さは朝から厳しい。意気揚々と冒険に出たけれど、水分補給はしっかりしないといけないとはぐみが教えてくれたわね。
適度な休憩と水分と塩分と、そうやって身体を休めながらが真夏に外で、元気に遊ぶコツらしい。それを知らない間は、どうやって遊んでいたかしら。
「水分……休憩、なら商店街ね!」
目的は羽沢珈琲店、無意識に誰かに会えるかも、という期待をしていたあたしは聞き慣れたドアのベルに微笑みながらひんやりと涼しい空間へとやってきた。ちょうど空いたばかりだったみたいだけれど、パタパタと知り合いの足音が嬉しそうに近づいてくる。
「こころちゃん、いらっしゃいませ!」
「こんにちはつぐみ!」
「うん、一人?」
「そうよ」
「こちらの席へどうぞ~」
元気な声に案内されて、あたしは二人用の席に座る。他にお客さんは、ひまりだけかしら? ピンク色のおさげが揺れているのを見つけて、目線が合うと笑顔で手を振られた。
ふふ、二人は今日も仲がいいわね。つぐみが言っていたけれど、ひまりは何かあるとこうして朝早くからお店にやってきて、つぐみに話を聞いてもらうみたい。おしゃべりが好きなひまりだもの、きっと言いたいことが沢山あるのね。
「アイスコーヒーがいいわ!」
「はい、少々お待ちください」
最初はコーヒーの飲み方もよくわからなくて、不味くはないけれど苦い黒い飲み物に思わず顔を顰めた。慌てて、花音が苦い時には甘いガムシロップやミルクで、味を自分の好きなようにするんだよと優しい笑顔で教えてくれた。そういえば、喫茶店も、ハロハピの仲間が出来て初めて立ち寄ったのね。
そんなことを考えて、窓の外を眺めていると、つぐみがあたしの前にアイスコーヒーと、真っ白なチーズとその上にレモンが乗ったケーキが置かれた。
「はい、アイスコーヒーと、ケーキもどうぞ」
「ケーキ?」
「うん、サービスで……今日は誕生日でしょ?」
「ありがとう、つぐみ!」
「どういたしまして、お誕生日おめでとう、こころちゃん」
その言葉にもう一度ありがとう、と返してフォークを手に取った。一口、切り取って食べれば思わず口許が緩んでしまうのは、おいしさもそうだけれど、きっと別に理由があるのだと思う。美味しいと嬉しいが混ざった最高の一口は、今日だけの特別な味なんだわ。
「あら、こころちゃん、おはよう」
「千聖!」
「一人でお店にいるのは珍しいわね?」
「お散歩の休憩中なの」
「そう……ふふ」
半分くらい食べたところで、お客さんが入ってきた。
千聖はあたしを見つけてキレイな笑顔を向ける。千聖も一人みたいで、てっきり花音の用事があるというのは千聖とお出かけをするとばかり思っていたのに。
──そんなあたしの視線で何かを察したらしい千聖は、少しだけいたずらな笑顔で、どこか花音に似ている笑顔であたしに教えてくれた。
「花音なら、別の用事よ」
「そうだったのね」
「誕生日おめでとう、残念ながらパーティーには参加できないし、何か用意しているわけではないけれど……」
「ありがとう千聖!」
「どういたしまして」
これもきっと小さな奇跡、誕生日だから起こった特別なイベントだもの。普段なら千聖とここで会ってもそこまで会話をすることはないから。
それからはお互いに別の席で、あたしが食べ終わった時に軽く手を振ってくれただけだった。ひまりにはお会計の後に「おめでとう」とクッキーをもらった。食べようと持っていたというのがとってもひまりらしくて、思わず笑ってしまった。
「さて、次は何処へ行こうかしら……」
あたしの冒険はまだまだ続く。
次はどんな特別なイベントが待っているのかしら。その期待に応えるように、夏とは思えないほど爽やかな風があたしの背中を押してくれた。
まるで風もあたしの誕生日をお祝いしてくれているみたいで、あたしは振り返った。
「ありがとう──」
次の行先は、そうね──CiRCLEにしようかしら。
誰かとの出会いを求めて、素敵な笑顔を求めて。一人ぼっちの時と、今と、変わったけれど変わらないものが一つだけある。
──世界を笑顔に! 誰かを笑顔にして、その誰かが別の誰かを笑顔にする。そうしてあたしがふと笑顔を忘れた時は笑顔になった誰かがヒーローになってくれる。そうして、いつの間にか世界は笑顔になっていく。
そんな笑顔の許を求めて、あたしは風と一緒に歩きだした。
Wind