蜘蛛型の余獣が破裂し、血の雨が降り注ぐ。
市川レノは瓦礫の陰でそれを凌ぎながら、「これは絶対、人に向けちゃダメなやつですね……」と呟いた。
突如、人型怪獣へ変貌した日比野カフカ。その拳の威力は絶大だ。防衛隊に見つかればどうなるか。震える幼い少女に「俺はすぐにいなくなるから安心して」と声をかける様子は驚くほど人間らしいが────
「か……怪獣さん」
少女がレノの後ろからそっと出てきて、怪獣姿のカフカを呼ぶ。
「ありがとう」
目を見開いて固まってしまったカフカに、レノはハッとした。強すぎるなんてもんじゃない、こんな力が防衛隊に見つかれば。
「先輩! もう隊員が来ます! 病院は俺に任せて、早く身を────」
「身を隠す? じゃあその前に殺さなきゃですね」
「ッ!?」
突風を受け、カフカが吹っ飛んだ。
いや、風なんて生ぬるいものではない。凶悪なシルエットの鉄球だ。長い鎖に繋がれたそれは、持ち主に引き寄せられてジャラジャラと音を鳴らす。
「……ん? そこの君、今あれを“先輩”って呼びました? 怪獣の後輩なんて趣味悪いよ。変な薬でもやってる?」
深く被っていたキャップの先を持ち上げ、その人物はギラリと深紅の瞳を覗かせた。
「ちっ……違うんです、待ってください! あの人は……ッ!」
「うん、話はあとで聞きますね。あとお嬢さん、女の子には刺激が強いから目を閉じて」
「あっ……!」
穏やかにレノの主張を切り捨て、人影はカフカを追って走り出した。レノは少女にこの場で母と共に防衛隊員を待つように言い、慌てて二人を追いかける。
最悪だ。こんなタイミングで防衛隊が……防衛隊?
「隊員じゃ、ない?」
あんな武器を使う隊員など聞いたことがないし、そもそもスーツですらなかった。だが明らかに戦闘慣れしており、しかもあの武器の特徴、奇異な瞳の色からすると、まさか。
「────“余獣狩り”?」
「え、君も知ってるの」
呆れたような声。
ズザザザ、と足裏を地面に擦り付けながら後退してきたカフカがダラダラと汗を流してレノを見る。
「どうしよう、レノ。あの子めっちゃ怖いんだけど」
「あんたがそれを言いますか。それより先輩、俺たぶんあの人を知ってます」
「え? 知り合い?」
「いえ。先輩は知りませんか? あの武器……“モーニングスター”に、赤い瞳の……」
「えー? うーん……」
カフカは首を傾げ、腕を組んだ。“余獣狩り”は鉄球を構えながらもその場を動かない。むしろカフカと同じように首を傾げ、何かを考えている様子だ。
沈黙を破ったのはカフカだった。「あれ?」と目を瞬かせてレノを見る。
「大変だ、レノ! 俺なんか顔が砕けてる!」
「え!? って先輩、それ……!」
ドクロのような顔がボロボロと崩れ、その奥から本来のカフカの顔が覗いている。
「戻っていってますよ!」「マジか!」と騒ぐ二人を他所に、“余獣狩り”は信じられない気持ちで耳をすませていた。カフカの姿が変わるのと同時に、音も変化しているのだ。
完全な人間姿に戻ったカフカは涙目でガッツポーズ。
そしてふと“余獣狩り”を見つめ、「あーっ!」とやんちゃ小僧のように指をさす。
「思い出した! お前、あの時の!」
「し、知り合いなんですか!?」
「今片してる本獣が暴れてる時に、なんか隅でコソコソやってるとこを見たんだよ! 双眼鏡で!」
「ああ、あの時の!」
「なんであなたも納得してるんですか!?」
双眼鏡越しということは、二人の間にはかなりの距離があったはずだ。カフカの方に見覚えがあるのはともかく、“余獣狩り”の方まで覚えているのはなぜなのか。
「『派手にぶちまけやがって』『こりゃしばらく残業だな』って言ってたでしょ」
「え!?」
「僕、耳がいいんです」
「それもう聴力云々の次元じゃなくない?」
「僕の話はいいんですよ。それよりあなたです」
“余獣狩り”はスッと目を閉じ、眉をひそめた。
「人間から怪獣の音がするんですけど、何これ。前世でどんな罪を犯したらこうなるの? 動物虐待なら殺しますよ」
「なんで俺は身に覚えのない罪で殺されなきゃならないの? ってか、え? これ戻ってないの?」
「ないの」
「ええーっ!」
ガクッ、とその場に崩れ落ちるカフカに、「先輩」とレノが声をかける。
「とりあえずここを離れましょう。余獣狩りさんも」
「リツです」
「リツさんも」
リツはしぶしぶ頷いた。
こっちです、と病院の方角を指して駆け出すレノ。モーニングスターをケースにしまって追いかけるリツ。そして二人に続こうとしたカフカ……は、べしゃりと地面に倒れた。
レノが急いで駆け寄る。カフカはギプスに固定された足を抱えて脂汗を浮かべていた。
「先輩!」
「……足を怪我してるの? 僕、そこは狙ってないと思うんですけど」
「ああ……これは今日余獣にやられた時のやつだ」
「鉄球のダメージは引きずってないようですけど……人間姿の時に負った怪我は回復できないんですね」
リツの表情が曇るが、二人は気付かない。
レノはカフカに背を向けてしゃがみ、「俺が背負って行きますよ」と言った。すまんな、と体重を預けるカフカ。ようやくその場から歩き出した。
カフカはこれまでの経緯について話した。幼い頃の約束について「もう諦めない。アイツの隣に行かなきゃなんねぇ」と決意のこもった目で言い、リツにこう尋ねた。
「……なあ、リツ。俺が防衛隊に入るにはどうすればいいと思う?」
「バカなの?」
恐る恐るといったカフカの問いを一刀両断。リツは死にかけのセミを見るような目を向けた。
だがカフカは諦めない。じっとリツを見つめ続ける。レノは先輩、と窘めるように言う。
これは頑固だな。そう悟ったリツは面倒くさそうに顔をしかめ、「入りたいなら入ればいいんじゃないですか」と言った。
「でもお前さっき、俺は怪獣の音がするって……」
「普通の人にはわかりませんよ。変身さえしなきゃセーフでしょ」
「だ、ダメですよ! もしバレたら……!」
「でも、この人は人間ですよね」
レノはハッとしてリツを見た。
「怪獣に身体を操られてるって言うなら話は別ですけど」
「それはない!」
「じゃあセーフ」
「楽観的すぎますって!」
レノは疲れきった顔でため息をついた。「本気ですか」とぼやき、カフカが力強く頷く。
「……ああ、白いのも受けるんですか、入隊試験」
「レノです。受けます。そう言うリツさんは受けないんですか?」
「そうだよ、お前なんで防衛隊入らねぇの? めちゃくちゃ強いのに」
「僕の話はいいです。……でも、そうですね」
やってみようかな、とリツは呟いた。
「軽いな」
「集団行動が苦手なんです。準備だけして受けたことはなかったんですけど……あなたたちがいるなら面白そうだし」
病院に到着すると、リツは「それじゃ」と踵を返した。慌てて連絡先を尋ねるレノに、スマホは持っていないと首を横に振る。
「二次試験は実技ですよね。運が良ければ会いましょう、えっと……」
「俺は日比野カフカ、こいつは市川レノだ」
「はい。また会いましょう、デカいのと白いの」
「なんでだよ」