怪獣嫌いの明星は物理ですべてを解決する   作:雨音2号

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スーツが僕を嫌ってるってことでしょ。僕もこいつが嫌いです【前】

 

怪獣の音を発する人間“日比野カフカ”、その後輩“市川レノ”と出会って3か月が経った。

次は二次試験の時に会おうと約束した手前、一次試験に落ちるわけにはいかない。リツは趣味と化していた試験勉強に久しぶりに本気で打ち込んだ。

 

『“怪獣8号”。この個体は防衛隊がコードネームを付けた8体目の怪獣となりました。この怪獣は依然として行方をくらませており────』

 

この3か月間、彼の一日はニュースから始まっていた。怪獣8号とはカフカのこと。すなわち生存確認である。

次に身支度を整えて朝食を食べ、夜のうちに磨いた武器と持ち物の最終確認をして部屋を出る。

 

しかし、今日に限っては違う。

ローテーブルに置かれたそれは、防衛隊員選別試験、その第一次試験の結果。

封を切り、取り出された紙。そこには記されていたのは────

 

 

***

 

 

10日後。

無事一次試験に合格したカフカとレノは、二次試験の会場を訪れていた。

カフカの運転する車を降りたレノは、建物を見上げて「すげー」と呟いた。カフカは運転席から出ると、ドアを閉めてロックをかける。車には“モンスタースイーパー(株)”の文字。会社の車である。

 

「これが防衛隊立川基地! 社会科見学で行った熊谷基地よりずっと大きい……!」

「ここは陸自の駐屯地と併設だからな。有事の時には連携して隊員を西東京中に派遣してるんだ」

 

レノは慎重に辺りを見回した。カフカはその考えを見て取り「隊員が多いな」と呟く。

 

「こんなところで変身したらひとたまりもありませんね」

「ビビってもしゃーねぇ。行きますか」

「ねぇおじさん」

「受付はどこかな〜……」

「おじさんってば」

 

声をかけられていることに気付かないカフカ。レノに「先輩」とつつかれてようやく振り向くと、声の主は呆れた声を出した。

 

「そう。あんたよ、おじさん。さっさと気付きなさいよ、ウスノロ」

「え……俺?」

 

ツインテールにした金髪を揺らし、まだ10代と見られる少女は面倒くさそうに頷く。

つり目がちの大きな瞳は鮮緑色。上品なデザインの制服に身を包み、黒のローファーを履いている。

カフカは「おじさんじゃないですぅ! まだ32ですぅー!!」と主張したが、少女に「おじさんじゃん」とバッサリ言われてショックを受ける。救いを求めるようにレノを振り返るが、「まあ、そうですね」とあっさり肯定されてしまった。

少女は髪に指先を絡めて「あのオンボロ、あんたのでしょ」と二人が降りたばかりの車を指した。

 

「邪魔よ。私の車が停められないからどけなさい」

「………」

 

駐車場は3分の1も埋まっていない。

 

「めちゃめちゃ空いとるやんけ!!」

「そこに停めたいの。今日の私のラッキーナンバー“5”だから」

 

車の下の数字は“55”。なるほど、とレノはその事実にのみ理解を示した。

 

「ルゎッキーナンヴぁーだとォォ……!? なんじゃこの高飛車娘……!!」

 

カフカはわなわなと身体を震わせ、ここは人生の先輩として少女に説教の一つでもしてやらねばと決意した。言い方はヤから始まる自由業のそれだったが。

彼に車をどける気はないと察した少女は、「もういいわ」とため息をついた。

 

「自分でどける」

「え?」

 

少女は胸元のリボンをしゅるりと外し、次いでボタンにも指をかける。慌てるカフカを意にも介さず、服の下のスーツを顕にした。

カフカは目を見開いた。それは防衛隊が怪獣を相手にする時にのみ着用するはずの、特殊なスーツである。少女は車を片手で掴んで持ち上げると、そのまま数メートル先へ無造作にぶん投げた。

 

「あーっ!! 会社の車をッ!!」

「き、君は一体……」

「受験番号2016番」

 

少女は意志の強そうな目で二人を射抜いた。

 

「四ノ宮キコル。趣味は怪獣殺し。覚えときなさい!」

 

少女キコルの正体に思い当たり、驚愕するレノ。

キコルは彼女の膂力に唖然としていたカフカに近づき、「それよりおじさん」と眉をひそめた。

 

「あんた、なんか怪獣臭くない?」

「お、俺たちは怪獣処理の仕事してるから!」

 

慌ててフォローを入れるレノに、「処理業者がなんでこんなトコに……」と首を傾げるキコル。

レノはほっと息をついた。驚異的な聴力を持つリツのように、キコルには匂いで気付かれたのかと焦ったのだ。

────そういえば、リツはどこにいるのだろう。二次試験会場で再会しようと話したはずだが、姿が見えない。先に会場に入っているのか……それとも、一次試験の時点でふるい落とされてしまったのだろうか。

その時、ギギギギ……と奇妙な音が聞こえた。

不審に思った二人が見ると、なんとカフカが横転していた車を持ち上げ、別の区画線のうちへ収めているではないか。

「まさかあいつもプライベートスーツを!?」と驚くキコルの横で、レノは頭を抱える。

 

「受験番号2032、日比野カフカだ。覚えとけ、おじょーちゃん!!」

「うるさい」

「いってェ!?」

 

勢いよく開いた後部座席のドアに殴られ、カフカは奇声をあげて転がった。トン、と車から出た人物がコンクリートの地面に降り立つ。

 

「人の乗ってる車を振り回すってどんな神経してるの? おかげであちこち痛いんだけど」

「おまっ、リツ! なんで……いつから!?」

「初めから」

「言えよ! わざわざ侵入すんな!?」

 

ギャンギャンと正論を吠えるカフカを「気付かなかったのが悪い」と一蹴し、リツは乱れた髪を手櫛で整えながらため息をついた。

グレーのパーカーに細身のジーンズ、肩でサラサラと揺れる黒髪、そして深紅の────

 

「ん? なぁリツ、」

「あとで説明します」

「あ、ハイ」

 

リツは開けた時と同じ勢いで車のドアを閉めた。

俺、ちゃんとロックかけたはずなんだけどなぁ……とカフカは遠い目をする。帰りの交通手段について考え直しておいた方がいいかもしれない。

 

「ねぇ白いの、その子は?」

「あ、はい。同じ受験者の……」

「四ノ宮キコルよ。車の件は……その、悪かったわね」

「気にしていません。そこのデカいのにも責任はあるし」

 

そう、と安心したように頷いたキコルは再び堂々と胸を張り、「少しは楽しめそうじゃない」と勝ち気な笑みを浮かべた。ビシッとカフカを指さして宣言する。

 

「吠え面かかせてやるわ、日比野カフカ!」

 

そしていつの間にか“55”の区画に車を停めていた執事を引き連れ、颯爽と去っていった。

 

「強烈な子ですね」

「おまえが言うか」

「先輩、ちょっといいですか」

 

修羅を背負ったレノがカフカに迫る。

「さっそく力使ったな?」と血管を浮かび上がらせるレノ。ヒッと震え上がるカフカは、「けどホラ、うまーいこと見えない部分だけの変身ですし……」と誤魔化そうとする。

 

「そーゆー問題じゃない!!」

「だってェ……」

「僕は助けませんからね」

 

その時、騒ぎを聞きつけた隊員がやってきた。「なにかトラブルか?」と言う隊員に「いえ! なんでもありません!!」と敬礼で返すカフカ。

 

「次使ったら強制送還ですから」

 

カフカはしゅんと肩を落とした。

 

 

***

 

 

資料と筆記だった一次試験。

そして二次試験は実技、それも二部制である。

一部が体力検査、二部が資質検査。毎年内容が変わる二部は対策しづらく、よって力の入れ所は一部の体力検査となる。そこで確実に点を取るため、受験者はみな己の肉体を鍛えて試験に臨むのだ。

もちろん、カフカとレノも例外ではなかった。

しかし。

 

日比野カフカ、体力検査結果、225人中220位。

“おじさん”と呼ばれるアラサー男の身体である。カフカは確かな衰えを感じていた。

 

「早かったわね、吠え面かくの」

 

地面に置かれたカフカの検査結果の紙の上に、ぺしっと別の紙が乗る。そこには“5”の数字が印刷されていた。

体力検査結果225人中5位、四ノ宮キコルである。

 

「うわあぁぁ!! 忘れてッ!! 今すぐ俺の名前なんて忘れてッ!!」

 

ふふんと鼻を鳴らし、キコルは上機嫌に踵を返した。

真っ赤になって転げ回るカフカ。その目の前、キコルが落とした紙の上に、さらに別の紙が乗った。

 

「いっ……1位……!?」

 

唖然として見上げた先では、紅茶色の瞳が不満げにこちらを見ている。言葉はないが、「こっちの方がすごいでしょ」とでも言いたげな顔だ。

可愛いのは顔ばかりだと思っていたが、案外親しみやすいやつなのかもしれない。カフカはほっこりした。

レノは信じられないといった表情で、紙とリツの顔を何度も見比べている。

 

「あの、リツさんはどちらの出身なんですか? 高校はどこに……というか、おいくつなんです?」

「歴史ある家の生まれなので。歳は20です」

「にじゅう」

「よく言われます。もう少し顔に苦労を刻め、と」

 

若く見られるということだろう。カフカからすれば羨ましい限りだ。若者からの“おじさん”呼びは心にくるのである。

カフカはふとリツの目を見た。

その色は以前見た艶やかな深紅ではなく、大人しい紅茶色をしている。聞けば、深紅の瞳を見た人────特に怪獣関係の話に詳しい隊員や受験者が“余獣狩り”と結び付け騒がれては面倒なため、試験の間はカラーコンタクトで誤魔化すことにしたらしい。

珍しい性質の人間は大変なんだな、と他人事のように思うカフカである。怪獣になれる人間が何を考えているのか。

 

「怪獣の力、使わなかったんですね」

 

レノがこそっと囁く。カフカは膝についた砂を払って立ち上がった。

 

「みんな努力して来てんだ。俺だけそんな力使ったら卑怯だろ────……ってカッコつけちゃったけど使っとけばよかったよォォー!! ブランクがやべぇよォォ!!」

 

スン、とレノとリツはそろって表情を落とした。

 

「でも、先輩の順位はそれだけが原因じゃないかもしれませんよ」

「え?」

「まず、“出雲ハルイチ”。東京討伐大学首席卒業。今年卒のナンバーワン有望株ですね」

 

レノは個人で集めた情報をもとに次々と名前を上げていく。

いい筋肉たちだな、とリツは思った。よく鍛えられた肉体はそれに相応しい音を奏でる。どれも先ほどの体力検査では鬼気迫る勢いだった。

 

「各地の討伐大や高専のジャージが例年より多い。本来なら現場志望でなく幹部候補の道に行くようなエリートたちです」

「道理でレベルたけーと思ったよ!!」

「そしてその最たる存在が彼女」

 

レノが名前を上げた受験者たち、そしてそれ以外の者も、ほとんどがその視線をたった一人へ向けていた。

 

「16歳でカルフォルニア討伐大学を飛び級で最年少首席卒業。史上最高の逸材と謳われる少女────四ノ宮キコル」

 

状況を把握したカフカが息を飲む。

彼女のカフカを見下す生意気な態度は、それに足る実力と実績があってのことだったのだ。

ほー、とリツは納得したような声を出しながら首を傾げた。そこまでの自信を持ちながら、なぜわざわざカフカのようなおっさんを気にしているのだろう。

カフカが素手で車を持ち上げるほどの力を示したから? それ以上に、もっと子どもらしい甘えが感じられるのは気のせいだろうか。

 

「どうやら私の偉大さがわかったようね、日比野カフ────」

「お前そんなスゲーやつだったのか!!」

 

得意げな笑みを浮かべてやって来たキコル。その肩をガッと掴んだカフカは心のままに叫んだ。

素直な称賛を織り込んだその言葉にキコルは困惑し、そしてわずかに照れていたように見えなくもなかったが……「お嬢様に触んじゃねー!!」と屈強なボディガードたちに殴り飛ばされたカフカ自身によりうやむやになった。

 

「二度目の吠え面ね、日比野カフカ」

 

顔にあざを作って倒れるカフカを見下ろし、キコルは挑発的な笑みを浮かべる。

 

「あと何回かかせてやろうかしら」

 

カフカの口元がピクピクと引きつった。

二次試験二部の案内アナウンスが流れ始める。

 

「オメーの吠え面も拝んでやるからな!!」

「それフラグって言うんですよ」

「う、うるせぇやい!! ……まぁ、確かに崖っぷちではあるんだよな……」

「まだ希望はありますよ」

 

レノが力強く言う。

 

「ここ二年、二部には怪獣の死骸処理が採用されてます。怪獣の知恵と協調性を測りつつ、倒すだけが怪獣討伐ではないという意識改革の流れもあるみたいです」

 

俺がバイトに解体業を選んだ理由ですね、と付け加える。

カフカはやる気に満ち溢れた目でレノを見た。レノも頼もしく頷いてくれる。

 

「次に賭けましょう!」

 

だからそれをフラグって言うんだよ、というリツのツッコミは誰にも届かなかった。

 

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