常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
私立駒王学園。
元々は女子高であった由縁から、在校生徒数は女子生徒の方が割合的に多い。
加えて、基本的に見た目の整った少女が多いからか、男子生徒の中には良からぬ事を考える者達も居る。
「「「ヤバいヤバいヤバい!!!」」」
全力疾走するのは、三人の男子生徒たち。
必死の形相で駆ける彼らを追いかけるのは、胴着姿の少女たちだ。
「くぉら!!変態三人衆ぅぅぅぅぅうううう!!!今日という今日は、その脳天カチ割ったげるんだから!!!」
「許さない許さない許さない許さない――――」
彼女らの様子には、一様に敵意を通り越した殺意が見え隠れしている。
ここまで少女たちを怒らせたのも、偏に三人の行動が原因だ。
覗き。場合によっては、盗撮。一年の頃から、それはもう酷い有様。
当然ながら、バレる度に折檻を喰らっているのだが彼らのエロ根性は止まる事を知らない。
「どうすんだよ!このままじゃ、おちおち戦利品も確認できねぇぞ!」
「バッカ言ってる場合か!?捕まれば、戦利品も消えちまうんだぞ!?」
「ちょ、そ、そろそろ……限、界……!」
校舎の中へと逃げ込んで、しかし背後から迫ってくる幾つもの足音と怒声と殺気は消えたりしない。
最悪一人を犠牲にしてでも生き残る。そんな可能性が三人の脳裏を過った頃、前方の曲がり角から誰かが歩いてきた。
「ん?」
歩いてきた黒髪の少年は、自身の方へと駆けてくる三人へと気が付いたのかそちらへと目を向ける。
同時に、三人側も気が付いた。
「げぇっ!?月島!」
「まだ校舎の中にいたのか!?」
「ちょ、止まれ!止まれ!」
三者三様。共通するのは、このまま真っ直ぐに月島と呼ばれた少年の元へと駆ける訳にはいかないという点。
そして、三人の向こう側。追いかける女性陣も気が付いた。
「月島君!」
「そこの馬鹿三人捕まえて!!また、覗きをしたのよ!?」
女子の言い分に、少年は眉間に皺を寄せるとため息を一つ。
「はぁ……またか、お前たち」
言うなり、握るのは右拳。
駆ける三人を迎えるようにして前へと踏み出し、振り被る。
「だッ!?」
「ばっ!?」
「げっ!?」
ほとんど同時に着弾する三連射。
脳天をぶん殴られて廊下へとヘッドスライディングを決める事になった三人。間髪入れず、女子たちも追いついてきた。
「ナイスパンチね、月島君!」
「さて、そこの変態三人はどうしてくれようかしら」
指の関節を鳴らしながら迫ってくる女子たち。
そんな彼女らに、黒髪の彼、
「あー、その事なんだが。三人は自分に任せてくれないだろうか?」
「え?」
「いや、君らもまだ部活の途中だろう?纏める立場の人も居るはずだ。後輩の中には、心細い気持ちを味わっている子も居ると思って」
「あ、確かに」
「追いかけるのに、夢中になり過ぎたかも」
仁郎の言葉に、少女たちもまた冷静さを取り戻していく。
三バカの私刑は必要事項だが、正直な所彼女らが折檻した所で焼け石に水。寧ろ彼らのエロ根性に燃料を注ぐ結果になりかねない。
納得したのか、来た道を戻っていく彼女らを見送って、仁郎は廊下に伸びた三人を見下ろした。
「起きてるだろう?寝たふりは止めておいた方が良いぞ」
「……容赦ねぇよなぁ」
頭にたんこぶを作って起き上がった三人。
「何度目だ、お前たち」
「けどよォ、月島!目の前にエデンが広がってるんだぞ!?だったら、見るだろ!」
「男のロマンが分からねぇのか!?」
「そして俺達は勝ち取って来たんだ!!」
「はぁ……」
ある意味で揺らがない三人の反応に、仁郎は眉間を揉んだ。
変態三人衆、兵藤、元浜、松田の三人は駒王学園に置いて悪い意味で有名人だ。
彼らは覗きの常習犯で、日常的に女子に遠巻きにされるような事を大声で喚く。
オマケに、めげない、しょげない、諦めないの最悪三拍子。彼らの前では説教も折檻もほとんど意味を成さない。
そんな彼らだが、大人しく廊下に正座して喚きながらも逃げないのは目の前の少年にあった。
「男のロマンを否定する気は、自分には無い。ただ、それはあくまでも内輪で終わる場合に限る。違うか?」
「でもよ!リアルの良さってあるだろ!?」
「否定はしない。でもそれは、
「トラウマって――――」
「大袈裟じゃないぞ。事実、村山さん達は向かってきてくれるが大抵の子は見られた事への不快感と、恐怖を覚えていた。お前たちのロマンは、その子たちを怖がらせてまでする必要のある事か?」
怒声で攻め立てる事も、暴力を振るう事も無く、声のトーンを一定にして淡々と語る仁郎。
彼自身、男子高校生だ。
他の相手なら捲くし立てるようにして自分たちの言葉を押し通す三人だが、目の前の説教かましてくる相手にはその手は通用しない。
何故なら、彼もまた同意してくれるから。同意した上で、それでも踏み越えてはいけないラインを滔々と語る。
だからこそ、仁郎が説教をすると一時的だが収まるのだ。もっとも、本当にそれは一時的。彼らのエロ根性は止まる事を知らない。
とりあえず今回の手打ちとして、彼らの盗撮写真を目の前で消去し。後で弁償するという事でメモリーカードを仁郎が握り潰して今回の件は終了。
放課後という事もあって自然と解散になり、仁郎が気をもんでいるであろう女子たちの元へと説明に行き、そのまま帰路へ。
月島仁郎の自宅は駒王町の郊外にある。
平屋の日本家屋。漆喰の壁に囲まれたかなり大きな敷地を有しており、庭には人も泳げる深くて大きな池があった。
ここに、仁郎は一人で暮らしている。
門をくぐり、玄関を抜けて、洗面所で手を洗う。その足で、荷物を下す来なく向かったのは最奥に設置された仏間だ。
仏壇の前まで真っすぐに向かい、ろうそくに火を灯し、線香をあげて、おりんを鳴らして手を合わせる。
「ただいま、父さん、母さん」
仏壇に並べられた二つの写真。
一つは、黒髪に豪快に笑う男性の写真。もう一つは、同じく艶やかな黒髪で嫋やかな笑みを浮かべた女性の写真。
仁郎の両親は、それぞれ既に鬼籍に入ってしまった。
父親は、昨年。母親は、彼が生まれてすぐに。それぞれ病気で亡くなっていた。
暫く手を合わせて写真を見上げてから、仁郎は立ち上がった。
一人暮らしなのだから全て一人でやらなければならない。
カバンを自室に置き、服を着替えてから仁郎が向かったのは大きな庭だった。
正しく、日本庭園とも言うべき綺麗な庭なのだが一か所だけ土の露出した部分があった。ついでに、その隣には馬鹿でかい代物が。
岩。それが三つ括りつけられた鋼の棒。
一つの重量が凡そ百キロ。それが、三つで三百キロ。加えて、その岩の重量に耐えうる鋼の重量を加えた特製の鍛錬棒だった。
棒の部分を掴み、仁郎はこの鍛錬棒を正眼に構えた。
高く振り上げ、振り下ろす。踏み込み、後ずさり。この繰り返しの結果が、彼の足元である土の露出した庭の一部だった。
朝と夜、計四千回の素振り。雨の日も風の日も、四季を問わずに只管に振るい続ける。
「千九百九十八……千九百九十九……二千!!……ふぅ」
地響きを立てて鍛錬棒を庭に下ろして、仁郎は一つ息を吐き出した。
一振り一振りを渾身で振りつつ、その上で体の軸は一切ブラさない。物心ついた時から続けている鍛錬方だ。
月島家は、その起源を弘前に持っている。
紆余曲折を経て、時は江戸幕府のとある将軍の時代に剣術指南役として取り立てられ、更に功を立てた事によってこの土地が与えられた。
もっとも、今では剣術も廃れてだだっ広い屋敷と土地があるだけなのだが。
用意していたタオルで流れた汗をぬぐって、仁郎は縁側に腰掛ける。
空は既に夜の帳が降りていた。月が輝き、星が彩る黒の空だ。
「にゃーん」
「ん?また来たのか」
夜風に目を閉じていれば、不意に傍らに毛玉がやって来た。
夜の黒にも負けない艶やかな黒い毛並みを持った黒猫。
頭を撫でて、顎の下を撫でて、抱き上げて膝の上に下ろしその背を撫でる。
一週間ほど前から家の周辺に現れるようになった黒猫だ。人慣れしているのか、猫特有の気紛れさはあれども撫でられるときに避けたりはしなかった。
町の中心部からも離れているからか、静かな夜だ。
虫が鳴き、風は静かに流れる。