常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
キャベツを刻む。それはもう、いっぱい刻む。
水に溶いた小麦粉にキャベツや根を取ったモヤシを入れて混ぜ、熱したフライパンへ。
円形に整えて片面を焼きつつ、豚バラ肉を並べていく。
「「…………」」
手際よく夕飯の準備を進めていく少年の背を見やり、勧められた椅子に座った少女たちは顔を見合わせた。
ゼノヴィア、並びに紫藤イリナの二人は、とある任務によりヴァチカンより派遣された教会の戦士たちだった。
町には来たばかり。頼れる伝手も無く、そもそも彼女らが訪れた教会は既に教会として真面に機能していない場所だ。因みに、一誠やアーシアが悪魔になる契機となった堕天使の拠点だった場所である。
一種の孤立無援とも言うべき状況。彼女らの教会での扱いは、どうやら鉄砲玉とかその辺らしい。
とにかく、彼女らはさっそく困窮していた。それこそ、見ず知らずの少年の誘いにホイホイついて行ってしまう程には。
「本当に良いのかな」
「何がだ?」
「彼だよ。そりゃあ、お腹も空いたし、手持ちも心許なかったけど……」
「相手側の好意だ、受け取っても問題ないだろう?もしもの時には、手荒くなるかもしれないが振り払ってしまえば良い」
「脳筋ー……」
イリナは呆れながらも、漂ってきたニオイに席を立つ気にもならない。
程なくして、皿に乗せられた湯気の立つお好み焼きが運ばれてきた。
「直ぐに次を焼くから、どっちかが先に食べ始めてくれ」
「「…………」」
ごくり、と二人の喉が鳴った。
刷毛で塗られたソースに、波を描くように引かれたマヨネーズ。青のりに、鰹節が踊っている。
傍らには箸とフォーク、ナイフが置かれており、相手が外国人である事への配慮もされていた。
二人のちょうど中間あたりに置かれた皿。先に手を伸ばしたのは、ゼノヴィアであり。そんな彼女の手を阻むようにして、イリナがその手首を掴む。
「……イリナ」
「悪いけど、ここは私も引かないわよ。お腹空いてるんだもの!」
二人の間に火花が散る。ゴングの幻聴まで聞こえてくるようだ。
単純な腕力だと、ゼノヴィアに軍配が上がる。そこをイリナは、後の先を通す事で牽制。力勝負には持ち込ませない。
だが、
「飯時に遊ぶんじゃない」
「あうっ!」
「むっ」
払うように皿を摘まむ二人の手が弾かれる。
見れば呆れたように目を細めた仁郎。
彼は徐に、コンロ側に置いていた鉄ごてを手に取ると、お好み焼きへと突き立てる。そのまま二つに分けて彼女らの前に一枚ずつ皿を置いて、その上に半分になったお好み焼きをそれぞれ置いた。
「小さい子じゃないんだ。それ食ってな」
まったく、とあきれた溜息を隠す事無く調理に戻っていく仁郎。
彼の背を見送って、若干顔を赤くした二人。
それぞれが、箸とナイフとフォークを手に取って、お好み焼きを一口。
「!旨い!」
「ん!美味しい!」
程よい焼き加減に、口に含めばふわりと香る出汁の香り。それがソースの味の濃さと一般マヨネーズよりも酸味を抑えられたマヨネーズ、それから青のりの風味と鰹節の味が入り混じる。
更に所々でカリカリに焼けた豚バラ肉の味が良いアクセントになる。
ハフハフと食べ進める二人。
程なくして、ゼノヴィアが全部、イリナが残り二割となった所で次のお好み焼きがやって来た。
「いただこう……!」
「むぐっ!?ゼノヴィア、狡い!」
「狡くはない。イリナはまだ残っているだろう?」
頬を膨らませてもぐもぐ食べ進めるイリナを尻目に、ゼノヴィアは丸々一枚に手を伸ばす。
半分では食べ足りなかった。一口大に切り分けて、口へと運ぶ。
「……!海老か!」
「海老!?お肉じゃないの!?」
ゼノヴィアの言葉に反応して、急いで食べ進めたイリナが箸で新しいお好み焼きの一部を切り取った。
一口含めば先程とは違う。小振りな海老のぷりぷりとした食感と弾ける旨味。
豚肉とはまた違う美味しさ。
がつがつと食べられていくお好み焼きたち。
元気な音をBGMに、仁郎はそういえば自分の手料理を誰かに食べてもらうのは随分と久しぶりである、と思い出していた。
一年前に父が鬼籍に入り、今は一人暮らしなのだから当然か。
(悪くない、拾い者、か)
食事に誘ったのは彼女らを不憫に思ったから、というのと同時に裏関係の人間だと当たりを付けたから。
もしもの時は荒事も想定してのお誘い。もっとも、彼女らを見ているとそこまで警戒する事はあほらしくも思えてしまうのだが。
とりあえず、仁郎は煩い雛鳥たちの分と、それから自分の分のお好み焼きを焼き上げるのだった。
*
騒がしい夕食の時間が終わり、一服。
食後のお茶の入ったコップをそれぞれの前に置いて、食卓にて仁郎は改めて件の二人と向かい合い席に着いた。
「話、聞いても大丈夫か?」
「ご飯ありがとう、仁郎君!」
「うむ、実に満足のいく食事だった」
「そりゃあ、お粗末様…………二人は、何かしらの関係者、って事で良いんだな?」
「……仁郎君は、何か知ってるの?」
「そうだな……」
イリナの探る様な言葉に、仁郎は言葉を選ぶ。
腹芸は得意ではない。何より、ここで何かしらはぐらかして相手に不信感を与える位ならば、さっさと腹を割った方が良いだろう。
仁郎はそう判断を下した。
「自分も悪魔を知ってる。正直な話をすると、お前たちが何かしらの組織か、もしくは目的意識を持ってこの街に来たのは見て分かった。ただ、誤解のないように言うとこうして食事をふるまったのは、善意だ。じゃなきゃ、態々自分の家まで連れてこないだろう?」
最初からぶちまけた。悪魔、という単語から二人の警戒レベルが上がったようだが、食事をふるまわれた手前直ぐには敵対状態には成れないらしい。
「……私たちは、命令を受けてこの町にやって来た」
「ッ、ゼノヴィア!」
「イリナ。仁郎は私たちがこうして警戒する事も織り込み済みで話した筈だ。何より、こいつは悪い人間じゃない。勘だが。食事にも毒などが入っていた訳じゃない。何より、悪魔との伝手があるのならこちらからの接触もしやすくなるだろう?」
「それは……そうだけど」
サバサバしているゼノヴィアは、自分なりの損得勘定に区切りをつけて任務達成を選んだらしい。事実として、彼女の選択は間違っていない。イリナが批判しようにも、感情論以上の物は出てこないだろう。
イリナが引き下がった事を確認し、ゼノヴィアが口を開く。
「我々の目的は、この町に逃げ込んだ不届きモノを成敗し、その上で奪われた品を奪還する事だ」
「中身を聞いても良いのか?」
「ああ。代わりと言っては何だが、私たちと悪魔の取次ぎをしてもらいたい」
「取次……話を通すだけで良いなら」
「ああ、それで良い。話の中身は私たちの仕事だからな。私たちの任務は、教会から奪われた聖剣、エクスカリバーの回収にある」
「エクスカリバー?……それは、アレだろう。アーサー王伝説に出てくる剣じゃないか?」
「よく知っているな。そのエクスカリバーの内、三振りが強奪されこの町に持ち込まれたようなんだ」
「三振り?エクスカリバーは一本だろう?」
「過去の大戦でエクスカリバーは、折れてるの。そこから七つの能力に分離させて七本の聖剣として打ち直されたのが今のエクスカリバーなの」
「折れてるのか、伝説の聖剣……」
何だかなぁ、と呆れが隠せない仁郎。
因みに、伝説ではエクスカリバーは湖の乙女に返還された筈の代物。しかしそれが戦争に用いられ、剰え折れた上で教会所有となっているという事は、つまり
仁郎としては、武器が壊れる事は何も不思議な事ではない。どんな名刀も使い手次第では数人と斬れずにその刃を鈍らせ欠けさせるのだから。
それはそれとして、伝説と謳われる代物が折れた、というのは何となく思う所がある。
脇道に逸れた思考を戻しつつ、仁郎は疑問をもう一つ口にする。
「強奪犯は分かっているのか?」
「ああ。はぐれエクソシストのフリード・セルゼン。皆殺しの大司教と呼ばれるバルパー・ガリレイ。そして、」
「堕天使幹部のコカビエル。この三人よ」
「最後は、聞いた名前だな……堕天使か」
合宿の折に、一誠の勉強に巻き込まれた仁郎の記憶にその名前があった。
騒乱は目の前まで迫っている。