常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
変態三人衆の一人、兵藤一誠に彼女が出来た。
その報せを聞いた時、月島仁郎は素直におめでとうと祝福の言葉を送っていた。
彼女が出来れば、変態行動も少しは鳴りを潜めるだろう。そんな打算が無かったとは言わない。
だがそれでも、彼は確かに祝福したのだ。
故に、その光景には眼を見開いた。
「兵藤……?」
馴染みの道場へと顔を出して汗を流した帰り道。
夕焼けに染まった公園と、その地面を赤く染めて虚空を光の無い目で見つめて仰向けに倒れた友人の姿を目撃した。
慌てて駆け寄ればその近くに立つのは、黒髪の女性が一人。
それは、一誠に彼女であると紹介された相手。
「あら、見られちゃったかしら」
「お前……!」
「……へぇ?その気配、貴方も
事切れようとする一誠の傍らに膝をつき、怒りをその目に宿して睨み上げる仁郎を前にしながら女は余裕の態度を崩さない。
そもそも、ボンテージに黒い翼を背負った彼女が普通の人間である筈もない訳で。
「ちょうど良いわ。貴方も、死んでちょうだい」
「っ!?」
言うなり、彼女の手に現れる光の槍。
本来光など物理的に掴めるものでもないのだが、彼女にとってはそうではない。
物理的な殺傷能力を持ち、仁郎の友人の命を奪った一本だ。
反射的に、仁郎は背負っていた竹刀袋に手を掛けるとその中から三本入っている木刀の内、一本をその手に取った。
打ち合いの稽古にも使う実戦用の代物。
だが、所詮は木の棒きれ。人外を相手取るには、余りにも無力だった。
「ぐっ……!」
投擲された光の槍。その穂先と自身の間に差し込んだ木刀が、壁の役割を果たす事無くその刀身を消し飛ばした事を視認した瞬間仁郎は体を右へと投げていた。
咄嗟の回避。紙一重で躱した槍は、しかし体を掠めて彼の左上腕を大きく切り裂いていく。
熱さと痛みが襲うが、今はそんな事に気を取られている暇ではない。
意味を成さなくなった木刀の残骸を投げ捨てて、仁郎は地面に置いていた竹刀袋から木刀をもう一本取り出して正眼へと構えた。
「ふっ……そんな棒きれで何が出来るの?」
人外は、嘲笑う。
彼女にしてみれば、神器に覚醒していない人間など取るに足らない有象無象に過ぎないのだから。
再び、その手に光が槍を成す。
投擲の瞬間、仁郎は限りなく引き伸ばされた時間の中にいた。
走馬灯。人体は、常に100%の力が発揮されないようにリミッターが掛けられている。常にフル稼働していては肉体そのものが壊れかねないからだ。
だが、そのポテンシャルは凄まじい。死の間際に見るとされる走馬灯もまたその一つ。
十数年の人生を駆け抜けながら、月島仁郎は大きく息を吐き出した。
「ハァーーーーー……」
目を閉じて、意識を集中するのは腹の底。
深い呼吸は多くの“気”を取り込む。これを、腹の底、丹田で練り上げる。
原理としては、空手の息吹や気功に近いだろう。
『良いか、仁郎!呼吸を意識しろ。そして、練り上げた気を全身に回し、更に刀へと流し込め!それこそが月島流の基本だ!』
記憶の父の言葉を思い出した。
(ここは、
気配が研ぎ澄まされる。
「いざ――――常住戦陣」
瞼を上げた仁郎の雰囲気は一変していた。同時に、彼の体に流れる気の流れも研ぎ澄まされ、まるで数千本の針に突き回されるかのような鋭さだ。
同時に、彼の中の引き延ばされた時間が元に戻る。
光の槍が投擲され、先程の焼き回しの様に木刀がその飛んでくる穂先と仁郎の間に滑り込んだ。
だが、ここから先程とは違う。
「なっ!?」
人外は目を剥く。
なんと、光の槍は振るわれた木刀によって弾かれてしまったのだ。
硬直した彼女だが、この一瞬を今の仁郎が逃す理由がない。
十数メートルの距離を一歩で詰め、振るわれるのは渾身の横一閃。彼から見て、右から左への軌道で振るわれる一撃だ。
しかし、敵もさるもの引っ搔くもの。間一髪でその背の翼を使い空へと逃れる事で体が真っ二つに叩き割られる事だけは阻止。
「よくも……!」
実力はどうあれ、プライドの高さはエベレスト級。空というアドバンテージを得た今、人外はその手に再び槍を出現させた。
「今度は、本気よ!消し飛ばしてあげる!!」
空を背に、振り被る。
人型の行う投擲というのは、他生物には見られない強力な武器の一つだ。
振り下ろされる一投。重力加速と人外の膂力、魔力から放たれるそれは高々一人の人間に放つには過分と呼べる威力があった。
迫る光の槍を見上げ、仁郎は木刀の切っ先を下した。
月島流剣術は、純粋なまでの殺人剣である。
その理念は、“常住戦陣を常とし、如何により多くの敵を死に至らしめる事が出来るか”。
中でもこの理念をより突き詰めたのが、【富嶽三十六剣】と呼称される三十六の奥義。
刀一振りで百の鎧武者を如何に死に至らしめるかを突き詰めた技の数々は、その一つ一つが必殺の破壊力を有している。
「――――月島流!
振り上げられた木刀は流れを掴む。
本来は、相手の斬撃を流して絡めとり、そのまま相手の刀を弾き飛ばすという技なのだが重要なのは、この
この世の如何なる事象にも“流れ”は存在する。それは、目に見えないもの。しかし確かに存在し、そして世の中を支配する。
富嶽山嵐は、相手の流れを掌握し、自分の力を上乗せして反撃するカウンター技として成立していた。
「はぁっ!?きゃあああああああああああああああああ!?」
光の槍を吹き飛ばした竜巻が、人外の女を襲う。
吹き抜ける大嵐。時間にすれば十秒も吹いただろうか。
「……逃がした、か」
空を見上げて、仁郎は木刀を下した。
手応えが浅かった。距離があったとはいえ、この結果は彼としては少々不服。先手を貰ったにしろ、鍛え直しという物。
そこでハタと気付く。
「っ、兵藤!……え?」
倒れた友人。そちらを見れば、見た事のある相手が友人の傍で膝をついていた。
「グレモリー、先輩?」
「こんばんは。良い夜……とは言えないみたいだけど」
降り始めた夜の帳の中でも決して霞む事のない紅の髪を揺らした美女。
駒王学園の二大お姉さまの片割れ。リアス・グレモリーその人だった。
「そうね。どうかしら?貴方の怪我の治療ついでにお話を聞かせてもらえない?」
「……兵藤は、無事なんですか?」
「ええ。命を繋いだ、という意味ならね。明日にも目を覚ます筈よ」
「そう、ですか……」
リアスの言葉に、仁郎は木刀の切っ先を下す。
彼には判断がつかない、がだからといって何かが出来る訳でもない。
そうなれば、仁郎にとってはリアスの言葉を信じる他なかった。
「それじゃあ、少し移動しましょう。彼も休ませないといけないから」
リアスのその言葉と共に、あおむけに横たわる一誠の下に紅蓮に輝く魔法陣が現れる。
(何でもありだな)
現実離れした光景を前に、仁郎はそんな印象を抱く。
もっとも、彼の身に付けた月島流剣術もかなり出鱈目な性能を有している事を此処に記す。