常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
桜吹雪が淡い色合いの空を彩る。
その空を見上げながら、おずおずと仁郎は口を開いた。
「あの、常世の蟲………さん?」
「好きに呼ぶがいい。敬語も必要はない」
「それじゃあ、常世の蟲」
「何だろうか」
「その…………奈阿と月島の子って、自分の事か?」
「そうだ」
「………母さんは、奈阿って名前じゃなかったと思うんだが……」
「そうだな。言葉は正しく使うべきか。奈阿というのは、お前の先祖の名だ」
「先祖………」
常世の蟲にそう言われるが、仁郎としてはピンとこない。
よっぽど先祖が特殊であったり、先祖代々の老舗であったりしない限り精々が祖父母、或いはその一つ二つ上程度までしか誰しも気にしていないだろう。
いまいちしっくりこない仁郎に、常世の蟲は笑みを浮かべた。
「そうだな……人の年月で数えると、四百年ほど昔となるか」
「四百年………江戸時代辺りか」
「ある折に出会った少女が、奈阿だった」
そう言って微笑む常世の蟲の表情は、酷く優しい。
花をめでるような慈しみを感じられた。
だが、逆にその表情浮かべるからこそ解せない事もある。
「えっと……月島、も自分の祖先だよな?」
「ああ。月島は、我にとって人の可能性と信じるに値する“信”を置かせてくれた者だ」
「成、程…………?」
こちらはこちらで大きな信頼が伺える。
何というか、いまいち関係性の分からない相関図だ。
(……自分には、男女の機微は分からないな)
うん、と内心で頷いて一先ず頭の中の相関図を隅へと追いやる。
気になる事は山ほどあれども、やはり聞くべきはこれだろう。彼はそう決めて口を開いた。
「常世の蟲は、神器に封印されているって事で……良いのか?」
「ふむ………封印、という訳では無いな。取引を経て、神器という枠組みには収まったが、少々手違いもあった」
「手違い?」
「そうだ。『常世ノ太刀』と呼ばれる事になった神器は、我の力を発揮する事が可能な代物だ。その形の一つが、光刃となる」
「ああ…………そういえば、何で最初から刀身が無いんだ?」
「そこが手違い、不具合と言った方が正しいだろう」
参った、と困った様に眉を寄せる常世の蟲。困り顔でも絵になるのは、美丈夫の特権か。
「奈阿と月島の子よ」
「あー、自分は月島仁郎なんだが…………」
「では、仁郎よ。不具合というのは、他でもない。神器としての力を発揮するには環境が必要だという事だ」
「環境」
「然様。一つは、月島の血筋。もう一つは、奈阿の血筋だ」
「?」
「元より、月島の血筋は特殊な物であった。我の力の欠片が息づいていたのだ。そして、奈阿は我自身が多くの力を注ぎ人の理を外れた存在となった経験がある。結果として、この者達の血筋には我の力に対する感応現象が起きるという事だ。だが――――」
そこで一度言葉を切ると、常世の蟲は空を舞う花弁の一つを摘まむ。
「血は長い年月を経て薄まった。コレが誤算であった。薄まった血では、我の力に完全には感応できないのだ」
放された花弁が空を舞う。
常世の蟲と因縁のある“月島”は、三人の妻が居た。
一人は、何度も名前が出ている奈阿。後の二人は、それぞれ常人である。
常世の蟲としては、“月島”の血筋ならば問題ないと考えていた。だが、血の薄まり方は思ったよりも早かったのだ。もう一つの理由も合わさり、結果として蟲の力に反応できるのは、月島と奈阿の血が合わさった血筋のみとなった。
「常世ノ太刀が、ガラクタ扱いを受けてきたのもそのせいだ。出現させる事は出来ようとも、肝心の我の力との繋がりが弱ければ本領は発揮できん…………ふぅ……悪い事をしてしまったな」
「それは……いや、まあ自分は助かったし」
「そうか。とにかく、其方と巡り合う事で漸く神器は機能を果たすだろう」
「そっか…………
「さてな。其方が習熟すれば、何れは至るやもしれぬな」
ふと見降ろしてくる常世の蟲の表情は、まるで子供を見守る親のソレ。
尻の座りが悪くなり、もじもじと仁郎は視線を逸らす。
話題を変えようと口を開き、しかし言葉が飛び出す前に彼は自身が空へと引っ張られる感覚を覚えた。
「は?」
「今日はここまでの様だ」
空へと落ちていく。手足をジタバタしようとも抗う事は出来ない。
驚いた表情の少年を見上げて、常世の蟲は笑みを浮かべた。
「いつでも来ると良い。我は、其方の心に寄り添う者であるからな」
それは、人ならざる者である常世の蟲の成長の一端。
心を持ち、人に寄り添い、そして心に寄り添う存在。
それこそが、今の常世の蟲、いや古代の日本に顕現した、
常世の蟲に見送られて、月島仁郎の意識は一気に浮上していく。
*
「――――ん」
「起きたか、ジロー」
目を開けた仁郎の視界に最初に入ってきたのは、力強い意志の宿った瞳と上気した頬だった。
仁郎が目を開けた事を確認して、ゼノヴィアは少し離れると腰に手を当ててため息。
「はぁ、全く。声を掛けても反応しないから何事かと思ったじゃないか。眠っていたのか?」
「眠って…………いや、そうだな」
否定しようとした仁郎だが、近付かれても反応できなかったのならば熟睡していたも同然。
弛んでいると言われればそれまでだが、相応の収穫もあった。
座禅を解いてから左手に神器の鍔元当たりを握り持ち上げ、庭へ。
そして、柄を右手で握り引き抜いた。
現れるのは、アゲハチョウの翅に紋様の浮かんだ白色の光刃。
鞘を傍らの地面へと突き立てて、構えるのは正眼。
その立ち姿に、ゼノヴィアは距離を取りつつも視線を釘づけにされていた。
現代の剣道などでも基本の構えとされる中段の構え。攻防共にバランスが良く、どちらかに振り切らない分対応の幅も広い。
弱点を挙げるなら、剣を前に構える分それだけのスペースが必要になる点か。接近戦や乱戦では構えにくい。
ただ、月島仁郎の中段の構え、もとい正眼の構えは
天才が努力した結果行きついたものだ。余りにも自然体で、それでいて一切の隙が伺えない。
その状態からゆっくりと両腕が上へと持ち上げられ、踏み込みと共に振り下ろされる。
(鋭い……!そして、僅かもブレない体軸!やはり、凄まじいな)
身震いしたくなるほどの鋭さ。自分に向けられている訳でもないというのに、まるで体を左右真っ二つにされてしまうかのような迫力。
一方で、仁郎は仁郎で今の自身の身体に対する理解を深めようとしていた。
(出力は増してる。いや、
基礎の根底的な部分は変わっていないが、出力が段違い。
良い事のように思えるが、そうでもない。
イメージとしては、水を吐き出すホース。
花に水をやるならば、ジョウロ程度の水量で良い。それ以上となると、逆に土を掘り返したり水を浴びる花や葉に負担を掛けてしまう。
今の仁郎は、感覚的にジョウロの水量を出しているつもりが、ジェットの水量を吐き出しているような状態。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、という言葉もある。如何に今の仁郎でも、戦闘を最初から最後まで全力疾走する事は出来ない。
何度も神器を振るって、感覚を研ぎ澄ましていく。
その傍らでは、ゼノヴィアが同じく鍛錬棒を手に仁郎の動きを真似乍ら自分の振りを修正しつつ、自身の体へと正しい動きを学習させる
結局、日が暮れるまで二人揃って、鍛錬、鍛錬、鍛錬。
そして、
「も、もう食べても良いだろうか?」
「……ん、良いぞ。焼けたな」
夕飯。
縁側にちゃぶ台を持ってきて、その上に置くのは大型の焼き肉コンロ。
先に風呂に入って汗を流した二人の今夜は、焼き肉である。
大口に肉と、それからご飯を頬張ってご満悦のゼノヴィア。
「ん~~~~♪旨いな!」
「遠慮せず、ガンガン食えよ。下手に残すと、処理に困る」
肉を焼きつつ、焼き目のついた玉ねぎを食べながら仁郎はてきぱき肉奉行。
今日の夕飯である焼き肉は、ゼノヴィアの歓迎とそれから鍛錬後のブッチブチに千切られた筋繊維の修復の為のメニューだ。
「このソースか?特にうまい」
「ああ、ソレか。作った」
「作った!?作れるものなのか?」
「良いか、ゼノヴィア。世の中の料理は、よっぽどの変わり種でもない限り作れるものなんだ」
厨房を預かる者にとって、食事の準備程頭を悩ませる事は無いだろう。
冷蔵庫の中身、買い出し、被る献立、不平不満の飛ぶ食卓。
仁郎の相棒は、複数冊の料理本だった。加えて、彼に求められたのは体づくりの料理。
結果的に調味料などは未だしも、例えば焼き肉のたれであったりは自作するようになった。
しげしげとタレの絡んだ肉を眺めるゼノヴィア。
聖剣探索の折にもそうだが、彼女は暫く仁郎に料理の世話を受けていた。その腕前はよく知っていたつもりだが、改めて再確認させられる。
「うーむ………ジロー」
「ん?」
「私も、料理は出来るだろうか?」
「そりゃあ、練習すれば誰でもできるだろう。器用不器用の差はあるかもしれないが、そもそも最初から料理が上手い人間なんて居ないだろうしな」
「そうか…………では、私に料理を教えてくれないだろうか?」
「お前に?」
「ああ。お前の料理を食べ始めた時から思っていたんだが、旨い食事というのはその後のモチベーションを保つ事にも繋がっていた。何より、腹が満たされていると活力が湧いてくる。それが舌にあった食事なら、猶更だ」
「成程……」
ゼノヴィアの言葉は、仁郎としても頷ける部分がある。
食事は、活力の源。それが美味しければ猶の事、大きな力となるだろう。
確りと食べる事もまた、大事な鍛錬なのだ。