常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
旧校舎に存在する開かずの間。黄色と黒のKEEP OUTの文字が走った規制テープが張られる形で封印されていた。
「部長。封印されてるのって、どんな奴なんですか?」
「前に少し話したけど、アーシアと同じ“僧侶”の駒を使った子よ」
「それから、部活の中では一番の稼ぎ頭ですわね」
「そうなんですか!?え、部長達よりも!?」
「あの子の契約は少し特別なのよ。ネット越しのやり取りを契約としているの。願いを叶えてほしいと思っていても、悪魔と対面するのは恐ろしい、という人に人気ね」
「へぇ……?そういう人が………」
美女美少女であれば、種族問わずに大好きな一誠としては、綺麗どころと知り合える機会を棒に振るのは理解しがたい事であるらしい。
ただ、一般的な感性からすれば悪魔との契約以前に、その存在自体が嘘くさい。
悪魔のチラシにはその疑念を緩和するための細工こそされているが、それはそれとして対面したくないという者は少なくないだろう。
その点で、現在封印措置を施されている者は優れていた。
果たして、封印が外される。
扉が開かれ、
「イヤァアアアアアアアアアアアア!!!」
瞬間、絹を裂くような甲高い悲鳴が響き渡った。
何事か、とこれから顔を合わせる相手を知らない者達が部屋を覗き込む。
中に広がっていたのは、ゴシックロリータで統一されたファンシーな部屋。
同時に、強烈な違和感を発するのが部屋の中央に置かれた巨大な棺桶だ。その大きさは、人が中に入って寝返りを打てそうなほど。
そして、この棺桶の中から声が聞こえる。
「吸血鬼か……?」
「鋭いですね、月島先輩」
頬を引きつらせた仁郎に、隣にいた小猫が肯定の言葉が返って来る。
「いや、あの棺桶は露骨すぎるだろう……それに女……いや、男、か」
「そこまで分かるんですね……はい。ギャー君、ギャスパー・ヴラディは吸血鬼からの転生悪魔なんです」
「吸血鬼から、悪魔か……神器は持ってるのか?」
「はい。ギャー君は、人間とデイライトウォーカーのハーフですから。封印されていたのも――――」
瞬間、小猫の言葉が不自然に止まる。
彼女だけではない、動向を窺っていたアーシアやゼノヴィア。一歩引いて見守っていた祐斗等々。
そんな一切合切が止まっていた。
「……は?」
一人を除いて。
眉を上げた仁郎は、周りをキョロキョロと見渡す。同時に、自身の背にいつの間にか神器が現れている事にも気が付いた。
仁郎が出したわけではない。ただ、その背には負い紐によって『常世ノ太刀』が背負われていた。
何が起きているのか、右手を背負った神器の柄に添えつつ仁郎は慎重に部屋の中へと足を踏み入れる。
部屋の中では、プルプルと金髪の少女?が頭を抱えて部屋の角で震えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!ああ、何で僕はこうなんだろう!皆止まっちゃって!」
泣いているその姿に、警戒心を持てと言う方が無理な話。
仁郎は右手を柄から放すと静かに、この状況を造り出したであろう元凶に近付き、膝をついた。
「おい、ちょっと良いか」
「ごめんなさいごめんなさい……へ?」
顔を上げた涙目の彼は、目の前で膝を突いて自分を見てくる仁郎を視認し、目を見開いた。
「うぇえええええええ!?な、何で!?知らない人が動いてるッ!?」
音響兵器ではなかろうか。僅かに仰け反り、仁郎は改めて目の前の相手を見下ろす。
駒王学園の女子制服に身を包み、小猫と同程度の華奢な見た目。ただ、骨格的な観点から見て仁郎は彼を男だと判断していた。
「初めまして、ギャスパー・ヴラディ。自分は、月島仁郎。オカルト研究部の所属だが人間だ」
「あ、うっ……え、ええっと。ぎゃ、ギャスパー・ヴラディ、です……」
「よろしく。早速で悪いが、ヴラディ。この止まってるのはお前が原因か?」
親指で仁郎が後ろを示せば、ギャスパーは顔を青ざめさせて震えだす。
「ご、ごごごごめんなさい……!僕が、神器を制御できないから…!」
「神器?お前の、神器の効果か?」
「は、はぃぃぃ……ぼ、僕の神器は『
「成程、そのせいか」
「せ、先輩はどうして止まっていないんですか?」
「自分か?恐らく、自分の神器の影響だろう、と思う」
応えながらも、仁郎としてもハッキリと断言はできない。神器を戻せば何かしら分かるかもしれないが、その為に泣いている相手を放置できるような精神を仁郎はしていなかった。
「それはそうと、ヴラディ。制御できないって事は、ずっとこのままか」
「い、いいえ!その、暫くすれば戻りますぅぅ……」
「何か言いたいなら、良いぞ」
神器を背負ったまま、仁郎はギャスパーの前に胡坐をかいて座り込む。
ピジョンブラッドの瞳が不安げに揺れて、そして僅かに顔を伏せてから彼は口を開く。
「ぼ、僕……怖いんです。い、いつか、皆止まって動かなくなっちゃうんじゃないか、って……」
「……」
「つ、使いこなせるように……訓練するのは大事、だと思います……で、ででで、でも!も、もしも暴走しちゃったら……!」
想像するだけでも涙が滲む。
外が怖いことは事実だ。だが同時に、彼は自身の力で周りに危害を加えてしまう事もまた、恐ろしい。それが、自分の親しい相手ならば猶の事。
だからこそ、封印措置を嬉々として受け入れていた。少なくとも、その状態ならば改善はしないが、悪化もしないから。
後輩の話を聞き、仁郎は内心で納得の頷き。
「ふむ…………ヴラディ」
「ぐすっ……は、はぃ……何ですか……?」
「力は力だ。そこに、善も悪も無い。そうだな……例えば、銃。ブラディ、コレは善か悪か?」
「え?ええっと…………わ、分かりません。ごめんなさい……」
「謝らなくて良い。実際、銃そのものは善でも悪でもない。肝心なのは、この銃を扱う側の意識だ」
「意識、ですか……?」
「銃が人の命を奪う時、そこには明確な殺意がある。相手を傷つけたい、殺したい、そんな黒い意識がな。自分も、剣を扱うが、剣単体では精々が美術品止まりだろう。或いは置物だな。ここに自分の意思を乗せる事で剣は初めて何かを傷つけるんだ」
「意識……意思……」
「ヴラディ。怖がっても良い、泣いたって良い。でもな?その力は、お前の力だ。自分達もその制御に手伝いは出来るかもしれないが、でも最後はお前がどうにかしなくちゃならない」
厳しいかもしれないが、仁郎の言う事は現実問題として今まさに目の前に広がっている。
「……つ、月島先輩も手伝ってくれるんですか……?」
「何ができるかは分からないがな。自分だけじゃないぞ、先輩たちも、塔城も、イッセーたちもオカ研メンバーは手伝うんじゃないか?」
安請け合いはしない。しないが、見捨てもしない。
仁郎にしてみれば、今のギャスパーの在り方は幼いころの自分を思い起こさせるものだったから。
父に握らされた木刀。
ただ振るうだけならば、問題なかった。
だが、剣術の本分である相手を傷つける段階に至り、仁郎は足がすくんでしまったのだ。
そんな彼を、父は決して責めなかった。
時間をかけて言葉を尽くし、行動を尽くし、しかし最後の選択だけは一切の手助けをしなかったのだ。
そして、そんな過程を経て仁郎は剣を握り、そして誰かを傷つけることを決めた。
大切なのは、自分で決める事。それを、文字通り彼は身に染みて理解しているのだ。
言われて直ぐには出来ないだろう。しかし、確かにギャスパー・ヴラディの内側にある何かにその言葉は届いていた。
変化するには、自分で変わっていくしかない。