常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
ひょんな事から世界の裏側を知った月島仁郎。
しかし、だからといって彼の日課が変わる訳ではない。
「千九百九十……千九百九十一……千九百九十二……」
轟音を立てて振るわれる素振り棒。
毎日の日課。朝の二千回の素振りである。因みにこれを、仁郎は物心ついた頃には始めていた。
勿論、最初から二千回振って来た訳ではない。精々が、十数回が最初は限界。素振り棒にしても、脇差サイズの木刀だった。
何年も何年も、それこそ樹木が年輪を重ねて太くなるように積み上げてきた鍛錬。
結果として、仁郎の体は宛ら玉鋼の如し。
「二千!……ふぅー…」
素振り棒を振り切り、大きく息を吐きながら仁郎はとある事を考えていた。
「神器、か」
自分の中に宿った力。その形質は、存在を教えてくれたリアスにも分からないらしい。
かれこれ十六年間生きてきたが、そんな力の片鱗は欠片も感じる事は無かった。死にかけた事は一度や二度ではなかったが。主に、父との修行に際して。
ふと過去へと思いをはせて、仁郎は一つ苦笑い。
辛くなかったかと問われれば安易に頷けない目に遭ってきた自覚はある。あるが、その一方で彼にとってはかけがえのない思い出でもある。
「父さんが居れば、そんなものに頼るなって言いそうだな」
補足をすると、彼の父は剣術至上主義ではない。使えるモノは何でも使う事を肯定する柔軟性のある人物だ。
しかし、それと同時に実戦では積み上げがものを言うと考えるタイプ。不確定要素に頼る前に、一に努力、二に努力。三、四に努力、五に努力。仁郎の常軌を逸した素振りも、この努力の体現だった。
毎朝の日課が終われば、汗をシャワーで流して制服に着替え、朝食と並行して弁当箱を詰めていく。
金銭的な余裕があるとはいえ、大っぴらに遺産を使っていく訳にはいかない。それは、堕落に繋がると仁郎は考えるからだ。後は、栄養バランスの観点から。
準備を終えて、木刀を三本入れた竹刀袋を背負った仁郎は学校へ。
その通学路で仁郎は呼吸を整えていた。
呼吸を基にした練気法。本来は座禅などを組んで瞑想しながら行うものだが、彼はこれを歩きながら行っていた。
そもそも、月島流における呼吸術は元は効率よく酸素を取り込んで肉体の運動能力を向上させる事を目的とする。気を練る効果などは、長年の効率化と最適化を経て発現した副産物でしかない。
故に、既存の例えば仙人などが行う呼吸法などとは根本から違う。練り上げた気も身体能力の向上含めた体機能の強化の一点張り。特別な術は使えない。
改めて仁郎が呼吸法を見直しているのは、偏に堕天使との接触が理由となる。
(初撃は油断していたとはいえ、完全に自分の瑕疵だ。父さんが居たなら、百回はシバキ倒されてる。常住戦陣。常に戦えるだけの心構えをしておくべきだ)
状況についていけなかった、というのは仁郎の中では言い訳にもならないらしい。
彼の呼吸術は、長く続ければ続けるほどに身体を活性化させていく。
堅牢に、強靭に。限りなく、肉体基礎値が底上げされていく感じ。仁郎含めた代々の月島流当主の肉体強度の高さの秘密であった。
そんな小さな努力を続ける通学路を抜けて学園へと辿り着く。
賑やかで騒がしくも日常のある場所。
「月島!!」
「ん?兵藤?」
教室の扉を開けた仁郎に突っ込んできたのは、休日に死に目に遭ったとは思えないほどに元気な茶髪の少年。
兵藤一誠は朝の挨拶も忘れて、教室にやって来た仁郎の両肩に勢いよく両手を置く。
「お前は覚えてるよな!?」
「……話が見えてこないぞ、兵藤」
「夕麻ちゃんだよ!夕麻ちゃん!俺の彼女!」
一誠の叫ぶような言葉を受けて、仁郎は眉を上げた。
同時に教室内へと視線を走らせれば、クラスメイトや元浜たちの反応は一誠の言葉を信じていないのが明白だ。
この瞬間、仁郎の頭を過った二つの可能性。
一つは、堕天使側が何かをしているパターン。目的は分からないが、大規模な相手の記憶を捏造できるのなら厄介。
もう一つは、悪魔側の措置。何かしらの対処をする際に人一人消えるとしたら覚えている人間は少ない方が良い。
仁郎が覚えているのは、当事者の一人だからだろう。
この間、二秒。
「……彼女が出来た、とは聞いたな」
「!だよな!?言ったよな!?」
「ああ……ただ、自分はその兵藤の彼女の顔を知らない。そんな人間が、兵藤の彼女は実在したと言っても信憑性は無いと思うが?」
無難な所に落ち着けた。つまり、彼女が居たという事は知っているが、どういう相手であったかは知らない、というもの。
年がら年中エロで騒いでいる一誠ならば、遂に現実と二次元の区別がつかなくなったかと周りに判断されたとしても不思議ではない。
釈然としないながらもどうにか落ち着いた一誠。
松田と元浜にもみくちゃにされているのを尻目に、仁郎は自身の席へと腰を落ち着けた。
「それでー?ツッキー君は、何か知ってる感じ?」
「おはよう、桐生。さっきも言った通り、兵藤に彼女が出来た話は聞いたさ。ただ、自分はその彼女さんの顔を知らない。信憑性が無いだろう?」
「うーん、まあそういう事にしとこっか」
そう言い眼鏡を怪しく光らせる桐生藍華。
変態三人衆にも割とフラットに接する彼女だが、こちらはこちらで少々変わり者。
「それはそうと、ツッキー君や」
「ん?」
「また、
「……」
仁郎の目が死んだ。
委員長でもしていそうな見た目の桐生だが、その中身は中々のハジケ具合。眼鏡を光らせる彼女が見るのは、仁郎の下半身。
つまり、そういうことである。
@
放課後。仁郎は旧校舎の方へとやって来ていた。
というのも、今回はリアスと朱乃以外のオカ研メンバーとの顔合わせのため。
木製校舎を視界に納め、その入り口へと視線を動かし、そして固まる。
絵になる。それが、仁郎の最初に抱いた感想。足が止まってしまったのは、偏にその絵になる光景の中心人物に対して苦手意識を抱いてしまったからだ。
ただ、別段気配を消した訳でもなく遮蔽物に隠れた訳でもない突っ立つだけの彼に気付かない筈もない訳で。
「……あら」
顔を上げ、姫島朱乃は艶のある笑みを浮かべた。
そのままモデルのような足取りで、固まった少年の元へ。
「こんにちは、月島君」
「こ、こんにちは……姫島先輩」
口角を引きつらせる仁郎。
朱乃を嫌っている訳ではない。それはそれとして、ボディタッチの多さがどうしても慣れないのだ。
そして、その仁郎の初心さを朱乃は愉しんでいる節がある。
「うふふ、前は転移で部室まで向かいましたものね。今回は歩いて向かいましょう」
「は、はい……」
歩き出す朱乃の隣に並んで、仁郎も旧校舎へと足を踏み入れる。
木の軋む音。だが、見た目の古さに反して旧校舎内は薄暗くとも廃屋のようなボロさは見受けられない。
「月島君」
「な、何ですかね」
「そう、緊張せずとも良いんですよ?」
「いや、えーっと……暫くすれば慣れると思うんで」
「でしたら、早く慣れてくださいね?ソレはそうと、月島君は不安なんかはありませんか?」
「不安?」
「これから先、貴方は戦いに巻き込まれるかもしれません。怖くは、ありませんか?」
朱乃の言葉を受けて、仁郎は考える。
この御時世、戦いなどといった言葉は一般人には遠いものだ。それこそ、軍人にでもならなければテレビの向こうの話となっているのが現在の日本だ。
だが、人外蔓延る裏の世界に足を踏み入れればそうもいかない。それは、刃を交えた堕天使が証明している。
人知を超える力を持つ存在が数多いる。そして彼らはその力を振るう事を躊躇しない場合が多い。
命の取り合いも起きるだろう。もっとも、
「恐怖が無い訳じゃありません」
「……」
「
「……その心を聞いても?」
「月島流には理念があります。それは、背に守る者たちを安心させ恐怖を前にしても竦まぬ心です」
月島流剣術に置いて、武士というのは戦う者であると同時に
鍛えた力は、誰かを守るために。その背は、守る誰かを安心させるために。
「何より、月島流は殺人剣。身に付けた以上、戦場に身を置く事に異はありませんよ」
「……」
覚悟は既に決まっているのだ。