常住戦陣~月島流剣術推して参る~   作:トコヨノオウ

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第六陣

 悪魔の治める土地、駒王町。

 これは行政的な話ではなく、裏の話。即ち、悪魔の勢力圏として他勢力への牽制でもあった。

 だが、実のところこの街には十年ほどの政治的空白期間があったりする。

 結果として、悪魔の土地であった筈が別勢力が水面下で手を伸ばしていた。

 

 ここ暫くで、様々な事があった。

 まず、はぐれ悪魔の討伐。悪魔になりたての一誠と神器を持つ事から狙われる可能性のある仁郎の二人に対する裏の世界での職場体験のようなモノ。

 続いて、一誠が金髪のシスターと繋がりを持った。正確には、彼が困っているシスターを助けたのが事の始まり。

 更に、堕天使とイカレた神父の出現等々。

 

 はぐれ悪魔討伐以外では基本的に、仁郎は蚊帳の外だった。そもそも、彼は神器があるからこそリアスの庇護下に、ひいては悪魔陣営を後ろ盾とする形を取っているだけ。ついでに、家に帰る時間も悪魔稼業が本格化する前だ。

 

 故に、

 

「見つけたぞ、人間」

 

 今回本格的に巻き込まれる事になった。

 場所は、月島邸。時は、夜。庭で素振りをしていると、空から唐突に声が降ってきた。

 汗をぬぐって見上げれば、月を背にして黒い翼をその背に生やしたトレンチコートにハット姿の男が空を飛んでいるではないか。

 荒事か。仁郎は鍛錬棒から手を放すと、出せるようになった神器をその手に呼び出した。

 変化は一点。鞘に取り付けられた追い紐が外されて、その追い紐を使って柄と鞘が取り外しできないように固く固く縛り上げられていた。

 不思議なもので、彼の神器は鞘の収まっている状態で刀身が無いにもかかわらず振り回しても鞘が吹っ飛ぶ事が無い。

 仁郎が右手に順手の形で神器を握ったのを視認し、堕天使ドーナシークはハットの下でその目を細めた。

 

 彼が月島仁郎を探していたのは、偏に彼の上司からの命令があったから。

 

 曰く、神器の覚醒しかけている人間が居る。

 

 曰く、恥をかかされたので手足を捥いで連れて来い。

 

 以上、二点。

 

(神器は覚醒しているようだが、波動は弱い。雑魚か)

 

 そう判断し、高度(距離)の有利を保ったままドーナシークはその右手に光の槍を出現させる。

 振り被り、そして、

 

「――――空だろうと、不法侵入だ」

「なにっ!?」

 

 目の前に迫っていた。

 『月島流富嶽天砕(あまくだ)き』本来は乱戦時に囲まれた際、目の前の相手を斬り上げつつ空へと逃れ、その後別の技で上空から敵を一網打尽にするという物。

 跳躍と斬り上げの動きが相乗効果を生んで尋常ではない威力を生んだ。

 

「がっ、あぁあ……!?」

 

 下段から振り上げられた鞘先が、ドーナシークの油断していた鳩尾を捉えて深く減り込む。

 せり上がってくる胃液と血液。大きく見開かれて、零れ落ちそうな眼球。

 凡そ十数メートルを跳び上がったのだ。人間の身体能力ではない。加えて、人間を遥かに超える頑強さを持つ堕天使を一撃で悶絶させ、あまつさえそのまま敷地の外までかっ飛ばしてしまう。

 緩やかな曲線を描いて、ドーナシークの体は月島邸の近くにある空地へと落ちていった。

 後を追って、屋根に着地した仁郎は一足飛びに空地の中へ飛び込んでいく。

 

「ぐ、ぉぉぉぉ……!」

 

 鳩尾の辺りを抑えて蹲り、胃液を吐き散らすドーナシーク。

 油断、慢心。彼の上司がボロ雑巾にされた事をちゃんと認識していればこんな事にはならなかっただろう。

 だが、もはや後の祭り。

 

「最後に、聞かせてもらおうか」

 

 右手で神器の柄を握り、鞘先を蹲るドーナシークのうなじの辺りに突きつけた仁郎が問う。

 

「自分を狙った理由は何だ?神器か?ソレは、堕天使の総意として狙ったものかどうか」

「っ……殺せ」

 

 たった一撃。されど一撃。それだけで、ドーナシークと月島仁郎の間にあった関係性は決したと言える。

 今この瞬間も、光を集めて槍として反撃の機会を窺っているが、如何せん隙など無い。

 もし仮に襲い掛かれば、その光の穂先が目の前の少年を穿つ前に、自身が叩き潰される。ドーナシークは、理解していた。

 

「……」

 

 求めた答えは返って来ない。両手で神器の柄を握り、仁郎は目を細める。

 月島流剣術は殺人剣。如何に敵を死に至らしめるかを突き詰めた、血腥い歴史の上に成り立っている。

 故に、

 

――――月島流富嶽鉄槌割り

 

 人外であろうとも、その一撃で命を奪う事も造作もない。

 “斬る”と“押す”を同時に行い鍔迫り合いなどの隙を見せないように考案された一撃は、仁郎を中心として直径五メートル程の円系に押し潰されたようなクレーターと斬撃を刻んでいた。

 うつ伏せの形で地面に埋まる様にして事切れた堕天使を見下ろす仁郎。

 月光に照らされたその表情は伺い知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明けて、朝日に包まれた駒王町。

 新しい一日の始まりと同時に、新たな同士の誕生の日でもあった。

 

「これからよろしくお願いします!ジローさん!」

「ああ、よろしく頼む。アーシア」

 

 金髪のシスター、アーシア・アルジェントが悪魔への転生を果たし駒王学園へと転入を果たしたのだ。

 彼女もまた神器の持ち主であり、『聖母の微笑』と呼ばれる回復系の代物。今回の騒動に巻き込まれたのもこの神器の希少性を狙われての事だった。

 本人は、いたって善良。同時に悪魔に転生しても敬虔なシスターであり、天然でもある。神へと祈りを送っては頭痛を受けていた。

 仁郎から言うべき事は特に無い。彼女もまた命の危機に際して必要な措置であり、悪魔になった事自体も悲観している様子は無いからだ。

 どちらかというと、彼は別の問題があった。

 

「……」

 

 右手を見下ろして、握って開く。

 命を奪った感触。彼はそれを忘れる事は無い。

 後悔しているかと問われれば、否だ。少なくとも、仁郎にはあの瞬間相手を殺傷する以外の選択肢が無かったのだから。躊躇すれば自分が手傷を負うか、或いは相手を無駄に苦しめる事になっただろう。

 同時に、これから先も自分は誰かの命を奪う事になる。何となく、仁郎はそう予感していた。

 月島流は殺人剣。だからこそ、日常的に使うような事態を避けてきた。知り合いの剣術道場でも月島流を使う事は無い。

 だが、人外相手ともなればそんな事は言っていられない。

 如何に練り上げた気で肉体を活性化していても、人間の肉体は人外に比べれば遥かに脆いのだから。持てる手段を行使する事を躊躇は出来ない。

 であるのなら仁郎に出来るのは、手に掛けた者達を覚えて置く事だけ。

 

 そんな漸く日常の戻ってきた日。

 

「月島先輩。少し、良いでしょうか」

 

 白い猫に呼び止められる。

 放課後の事だ。オカルト研究部の部室へと向かおうとしていた仁郎は、人通りが少なくなった所で声を掛けられた。

 振り返れば、そこにいたのは白い髪の小柄な女子生徒。

 

「塔城?どうした」

「その、先輩にお聞きしたい事があるんです。今、大丈夫ですか?」

「ああ。周りに聞かれたくないのなら、場所を移すぞ」

「ありがとうございます」

 

 人通りが少ないとはいえ、完全にない訳ではない。

 連れ立って歩き、向かったのは屋上。そこで改めて、二人は向かい合った。

 

「それで?いったい自分に何を聞きたいんだ?」

「その……」

 

 問われ、塔城小猫は視線を彷徨わせた。

 仁郎は急かす事をしない。

 彼は時折、この後輩が何か言いたげに自分へと視線を投げてくる事に気付いていたからだ。

 口を開き、閉じ。言葉を選んで、意を決して小猫は自身の先輩の顔を見上げた。

 

「先輩は、猫を飼っていらっしゃいますか?」

「猫?……いいや?」

「そう、ですか……」

 

 質問の意図が分からず、仁郎は首を傾げる。

 因みに、彼はペットの類を飼う気は無い。飼えない事は無いだろうし、その為の資金もある。が、世話を見きれないと思うからだ。

 ただ、一つ思い当たる節もあった。

 

「……まあ、野良猫なら来るけど」

「!そ、それって黒い毛並みの猫ですか!?」

「お、おう。何だ、塔城の飼い猫だったのか?」

「あっ……っ、えっと……迷い猫かも、しれないので……」

「…………そうか」

 

 何かをはぐらかした。特別鋭くなくとも、気付く事だろう。

 だが、仁郎はその点を追求しなかった。

 塔城小猫は後輩であり、年下の少女。オマケに小柄で、その見た目は庇護欲を抱かせる。

 更に、彼女の瞳に小さな感情を見た気がして、仁郎は言葉を選んだのだ。

 

「あー、何だ。その猫も毎日来るわけじゃない。ただ、そうだな……次に来た時に、塔城に一報入れるとしよう」

「!い、良いんですか?」

「ああ」

 

 どんな事情であれ、一報を入れる程度は大した労力ではない。

 それだけで一人の少女が救われたように笑顔を浮かべるのなら、仁郎としては否は無いのだから。

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