常住戦陣~月島流剣術推して参る~   作:トコヨノオウ

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第七陣

 月島仁郎の鍛錬は素振りだけではない。

 その一つに、ランニングがある。

 

「フッ……フッ……フッ……フッ!」

 

 一定のリズムで駆け抜ける。注目すべきは、その速度か。

 全力疾走の一歩手前のような速さで只管に、走る、走る、走る。

 ランニングを始めた当初はもっと遅かった。年齢が低かったのもあり、仕方ないと言えば仕方ない。

 年齢が上がるにつれて走れる距離は伸びたが、同時にとある問題にもぶち当たる事になる。

 即ち、時間。学生である仁郎にとって自由にできる時間という物には限りがある。そして、走る距離が伸びればそれだけ時間も食う訳で。

 悩んだ末に、彼はとある答えを導き出す。

 即ち、走る速度を上げるという事。脳筋の極のような答えだった。

 体力が付けば速度を上げて走る距離を伸ばし、また体力が付いたら速度を増して距離を伸ばす。

 この繰り返しの結果、現在の仁郎のランニングコースは軽く十キロを超えていた。

 そんな朝。不意に仁郎は見知った顔を見つける事になる。

 

「ぜぇー……!はぁー……!えほっ!げほっ!はぁー!はぁー!」

「ほら、イッセー!ペースが落ちてるわよ!」

 

 ヘロヘロになりながら走る一誠と、その彼を追いかける自転車に乗ったリアスだ。

 一昔前のスポコンのような雰囲気と光景に、眉を上げるには十分すぎた。

 仁郎には二つの選択肢がある。

 声を掛けるか、否か。因みに、光景的にはお近づきになりたくない状況とだけはお伝えしよう。

 

「…………」

 

 無言で、仁郎は二人から視線を外した。

 だが、運命は彼を逃がしてはくれない。遅きに失した、とも言う。

 

「あら?アレって、ジローよね?」

 

 気付いたのはリアス。ちょうど一誠のランニングコースの往復地点であった公園で周囲を見渡した結果見つけた次第。

 同時に、視線に仁郎も気づく。

 リアスが自身が向けた視線によって仁郎が気付いたとは分かっていないかもしれないが、それはそれ。部活の先輩であり同時に後ろ盾にもなってくれる相手に不義理を働くのは仁郎としても避けたい事。

 緩めていた速度を更に緩めて、少し速足のようにして公園へ。

 

「おはようございます、グレモリー先輩」

「ええ、おはよう。ジローもランニングかしら?」

「まあ、はい。そんな所ですね」

 

 挨拶はすれども話題がある訳ではない。余談だが、仁郎が名前で呼ばれているのは入部したその日に交流を深める一環。仁郎が呼ぶのは勘弁してもらっていた。

 この間に息も絶え絶えだった一誠が復活してくる。

 

「つ、月島は……何時から走ってるんだ?」

「え?……年月で言えば、十年以上は走ってるが?」

「じゅ!?マジか!?え、じゃあ、鍛えてるんだな…………」

「当たり前だろう?自分としては、兵藤たちがこうして走ってるのが珍しいと思うが?」

「それは、イッセーの神器の為よ。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は持ち主の力を十秒ごとに倍加していくもの。ただ――――」

「下地が要るって事ですか」

 

 リアスの言葉を引き継いで、チラリと一誠を見る仁郎。

 格闘技などろくにやった事が無いであろう体つき。事実、身体能力なども人間である仁郎に大きく劣る事だろう。

 そんな一誠が能力が十秒ごとに倍加されても人外連中相手には焼け石に水。そもそも、最初の十秒を生き残る事すらできない。

 もっとも、仁郎としてもまだまだ修行中の身であるという意識は残っている。彼にしてみれば、最大の目標である父親が鬼籍に入っている為にそのハードルは絶賛更新中だった。

 

「ねぇ、ジロー」

「はい?」

「良ければ、イッセーのトレーニングに付き合ってくれないかしら」

「兵藤の?」

「ええ。貴方は体を鍛えているのに慣れていそうだし、それに一緒に運動する人が居れば励みにもなるでしょう?」

 

 そう言われて、仁郎は悩む。

 ぶっちゃけ、彼にしてみれば初心者の一誠に課されるであろうメニューは負荷が軽すぎる。

 

「……すみません、グレモリー先輩。流石に、初心者の筋トレメニューじゃあ自分には軽すぎます」

「あら、そう?……それもそうかしら」

「これ以上、邪魔するのもアレなんで、自分はこの辺で」

 

 適当な所で話を切り上げて、会釈を一つ。

 一誠が何かしら言いたげだったが、残念ながら今の彼では仁郎に得物を抜かせることは愚か、敵として相対する事も出来ないだろう。

 ()()()()()()()()()。変われるかどうかは、今後次第。

 

 軽いジョギングで公園を出て、二人から見えなくなった所でランニングを再開。

 家へと向かう道すがら、仁郎が考えていたのは一誠に宿った神器。“神滅具(ロンギヌス)”とも呼称される力の事。

 

(十秒で倍加、か…………面白い)

 

 剣を振るい、戦いの場に立つ者として強者との戦闘は無意識の内に心惹かれる。

 今はまだ、一誠はド素人だ。悪魔としても貧弱で、神器の能力も宝の持ち腐れ。

 しかし、誰にも未来の事は分からない。それこそ、一誠の実力が仁郎の想定をはるかに超えて飛躍する可能性もあるのだから。

 その時の為にも、仁郎もまた努力を絶やす訳にはいかない。

 彼もまた、未来に飛躍を残した原石なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。学校とそれから一日の鍛錬を終えた時間。

 勘違いする者も居るが、肉体というのはただ只管に鍛えれば鍛えるほど強くなるわけではない。

 適度な休息と十分な栄養。この二つがあって、初めて鍛錬は意味を成す。寧ろ、鍛えるだけでは肉体の寿命を縮めるだけになりかねない。

 縁側に腰掛けて、月を見上げる。傍らには、水出しの緑茶が入ったポットとコップ。

 

「にゃーん」

「今日は来たのか」

 

 どこからともなく、暗がりから現れた黒猫。

 来る日は疎らで決まっていない。そんな所も、気紛れな猫らしいといえばそうなのだが。

 しなやかな肢体を音もたてずに動かして、仁郎の隣の開いているスペースへと縁側の上に飛び乗った。

 外を歩き回っているのだから、足裏を拭くべきなのかもしれないが不思議な事にこの黒猫は月島邸を汚した事は無かった。

 静かな時間。一緒に月を見上げる。

 

「……今なら分かる。お前、ただの猫じゃないんだろ?」

「…………気づいちゃった?」

 

 問えば、そんな答えが返ってきた。

 それは半ば予想していた事。裏の世界を知って、そしてこうして直接対面すればその気配から気付く事がある。

 

「自分の後輩が、会いたいらしいぞ?」

「うーん……それはちょーっと無理かにゃあって」

 

 猫の姿のまま、ただの猫ではない誰かは語る。

 

「ちょぴっと学校も覗いてたんだけど、気付いてた?」

「ああ」

「ありゃ、そうなの?気配も消してたんだけど」

「?見られているなら、気配も何も関係がないだろ」

「いや、それはおかしいにゃ」

 

 黒猫が少し引いたように呟く。

 仁郎にしてみれば“見られている”という事実があるのなら視線に気づく、と言っているのだ。

 勿論、限度はあるだろう。例えば、仁郎の知覚外の能力によって覗かれた場合。幾つも間接的に経由して全体を俯瞰するようにして見られていれば流石に彼も気づかない。

 ふんにゃりとした口調のまま、黒猫は隣の少年への警戒度を一段階引き上げていた。

 堕天使を討伐した姿を、黒猫は確かに見ていたのだ。

 人外からすれば、下級堕天使は大した障害になりえない。人間や光に弱い下級悪魔などならば分からないが、それでも優位を取れる相手など高が知れているだろう。

 そして、月島仁郎はそんな下級堕天使を一切反撃を許す事無く滅殺して見せた。

 黒猫は堕天使の討たれた跡地を観察した事がある。

 驚くべき事に、その跡地には魔力だとか霊力だとか、様々な力の残滓を感じ取る事が出来なかったのだ。

 つまり、素の膂力を持って堕天使を討った。

 化物染みている。オマケにまだまだ余力をうかがわせる。

 

(神器を持ってるみたいだけど、それにしたって異常にゃんだよねぇ。鞘入りのまんまだったし)

 

 剣の形をした神器。そうであるのなら、最も力のある部分は剣身であると誰しも考えるだろう。

 何故ならそれが、“剣”という武器なのだから。その白刃を持って対象を傷つける事こそ本来の使い方なのだから。

 黒猫が思考を回す一方で、仁郎もまた悩んでいた。

 小猫に連絡しようと言った手前、行動しなければ不義理だ。その一方で、この黒猫からは確かな愛情を感じられた、とも思えていた。

 判断を下すには、仁郎は余りにも両者の関係を知らな過ぎた。正義感に篤いものならば、必死さを感じさせた小猫に無償の協力をするのかもしれない。

 しかし、仁郎はそうはしなかった。

 確かに小猫の様子に思う所はある。だが、だからといって黒猫の抱えているであろう問題を無視する事も出来ない。

 

「とりあえず、今回は見逃そう。塔城には、逃げられたとでも言っておく」

「ん?良いの?何だったら、力ずくで連れて行こうとするかと思ったんだけど」

「………こんな所で暴れる訳にはいかないだろ。家が吹っ飛ぶ。修理するのもタダじゃないんだから」

「にゃはは、負けるかもとか殺されるかも、とか思わにゃいの?」

「どれだけ力の差があっても、結果がその通りになる訳じゃないだろ?」

「…………ま、そうかもしれにゃいけど」

「そういえば、何で塔城はお前が自分の家に来てると分かったんだろうな。話題に出した事も無かったんだが」

「そりゃあ、猫ちゃんだからじゃにゃい?私たちは鼻が利くの。くんくんく~ん、ってね。撫でてくるんだから、私のニオイが移っちゃってもおかしくないにゃ」

「へぇ……?なら、ニオイをどうにかしてくれ。今後も来るつもりなら」

「止めにゃいんだ?」

「猫を撫でるのは、嫌いじゃないんだ」

 

 コップに注いだ水出しの緑茶を飲み干して、ホッと一息。

 静かな夜は、ゆっくりと更けていく。

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