常住戦陣~月島流剣術推して参る~ 作:トコヨノオウ
「――――悪いな塔城。連絡する前に逃げられた」
「いえ、気にしないでください」
放課後。先輩からのその言葉を受けて、塔城小猫は首を振った。
彼女が、月島仁郎という先輩を気にし始めたのは彼が部活に入部する少し前からの事。
懐かしいニオイがした。縋りたくなるような、それでていて遠ざけたいような、そんな遠いニオイ。
毎日ニオイがする訳ではない。数日に、一度。一週間の内二回か、三回程度。
声を掛けようかと迷っている所で、ゴタゴタがあった。事は荒れたが、それでも最終的には小猫の主であるリアスの利益になったのだから悪い帰結ではないのだろう。
そして、意を決して小猫は仁郎へと声を掛けた。
彼は、必要以上に踏み込むような事はしなかった。デリケートな部分を踏み荒らすには、交流が無かったからだ。
チラリと隣を歩き仁郎へと視線を向ける。
月島仁郎は特別背が高い訳ではない。日本人の平均身長よりも僅かに高いぐらい。ただ、小柄な小猫の身長を加味すると頭一つ分強の差がある。
艶のある黒髪は無造作に伸ばされており、そろそろ結べるのではなかろうか。体格は特別優れているという訳ではないのだが、何と言えば良いのか制服の上からでもうっすらと感じる密度があった。
言葉にするなら、ミッチリ。一誠や祐斗とそう変わらない体格に見えて、その皮膚の内側に宿した力の密度が違う。
この手の感覚に鋭い小猫だからこその視点だろう。
「あの、月島先輩」
「ん?」
「先輩は、その……戦えるんですよね?」
「え?……まあ、最低限は戦えるつもりだな。神器は使い物にならないが……特に問題はないし」
「そう、ですか……」
「急にどうした?」
「いえ。先輩もこうして裏の事情に足を踏み入れた以上、戦う場面が必ずあると思ったので」
「そうか……自衛は出来る。まだまだ実力は足りないだろうけどな」
そう言って笑う仁郎に、つられて小猫も小さな笑みを浮かべた。
実のところ、オカルト研究部の面々の内、新参者である三人の実力は未だにしっかりと把握する場が取られていなかったりする。
堕天使への対応に動いていた事と、それから常日頃の悪魔稼業。傷を治すアーシアの神器は兎も角、戦闘行為によってその真価を発揮する一誠や仁郎は日常的に暴れ回る訳にもいかない為だ。
その為に、いまいち小猫は仁郎の強さが分からない。
人間だ。その肉体は、悪魔含めた人外には遠く及ばない程に脆い。
だがあの日、オカルト研究部の部室で神器を確りと取り出した仁郎の放った雰囲気は、重苦しい圧倒的なものだった。
殺気。戦地に生きるか、或いは死線を越えたものが放つ気迫。
それが、あの瞬間の仁郎にはあった。そして常日頃から殺気を振り撒いている訳ではないのだから、この変化を自発的に起こせるであろう事も明らか。
だからこそ、分からない。単純な強弱を測るには材料が足りなかった。
特に会話も無く、辿り着いたオカルト研究部の部室。
「「こんにちはー」」
「あら、月島君、小猫ちゃん。二人一緒にいらしたのね」
部室には既に副部長である、姫島朱乃が居た。
流石にこの部屋で小猫の事情に深く関わる話は出来ない。自然と二人分かれてソファに対面になる様にして座っていた。
「お二人もお茶を如何でしょう?」
「あ、いただきます」
「……私も、お願いします」
「うふふ、承りましたわ」
嫋やかな笑みと共に、朱乃は給湯スペースへ。
彼女が準備を進め、その一方でサラサラと水の流れる音が遠く部室に聞こえていた。
オカルト研究部の部室は、ちょっとした生活スペースがある。何なら、止まる事も可能だろう。現にシャワールームなどもあるのだから。
その水音を聞いて、そういえば、と仁郎は僅かに前へと体を屈めて対面に座る小猫へと声を潜めて問いかける。
「なあ、塔城」
「何ですか?」
「いや、このところグレモリー先輩、ちょっとおかしくないか?」
「おかしい?………確かに、ここ最近はボーっとしてる事も多いですけど」
「だよな?いや、まだまだ自分は付き合いが浅いからアレが平常運転なのかと思ってさ」
「いえ。リアス部長は、感情的な部分はありますがどちらかというと冷静な方です。寧ろ、あそこまで沈黙されている方が珍しいと思います」
「……悩みでもある、という事か?」
「そのようですわね」
不意の横合いからの声に、二人の肩が跳ねる。
見れば、湯気の立つカップを乗せたバットを手に朱乃が微笑んでいた。
「私たちに関わりのある事なら、近々リアス自身からお話があるでしょう。その時を待つとしませんか?」
後輩二人の前にカップを乗せたソーサーを置いて、朱乃は知りたがりな後輩たちを宥めた。
人間、生きていれば語りたくない事の一つや二つある。それは、悪魔であろうとも変わらない。寧ろ、一万年の寿命を持つとも言われる彼らの語りたくない事など両手の指では足りないかもしれない。
探り屋は嫌われる。詮索を止めた後輩二人を見やり、朱乃は仁郎の隣に腰を下ろした。
「……あの、姫島先輩」
「なんでしょう?」
「近くないですかね?」
「そうでしょうか?」
涼しげな様子でカップを呷る朱乃。
彼女と仁郎の隙間は、拳一つ分も空いていない。少し身動ぎすれば触れてしまう。
気まずい。最初の日の様だ。
「……当たってますけど」
「あら、そうでしょうか?具体的には、何処が当たっています?」
「え゛っ…………に、二の腕、とか……?」
「二の腕、だけでしょうか?」
「っ!?…………勘弁してください」
心頭滅却すれば火もまた涼し、とはいうものの男子高校生の煩悩を舐めてはいけない。
姫島朱乃のプロポーションは日本人離れしている。特にその胸部装甲は男子の視線を吸い寄せて放さない。
恐るべきは、今この状況で僅かでも仁郎が変な動きを見せればそんな男子の欲望に僅かにでも触れてしまいそうになる点。
そんな困った仁郎を、小猫は知らんぷり。
大和撫子然とした朱乃だが、その内情は結構なSっ気を持っている。下手に庇いたてると自分に被害が及んでしまう。
触らぬ神に祟りなし、という言葉もある。荒ぶる神を鎮めるためには、古来より生贄を立てる文化があるのだ。
結局、リアスがシャワーを浴びて戻ってくるまで、仁郎は朱乃に弄ばれる事になるのだった。
*
事が荒れ始めた。その大本はリアス。ひいては、悪魔社会の凝り固まった因習。
良くも悪くも、寿命の長い種族というのは総じて政治的文化の遅滞が見られる。
仕方がない部分はある。権力を一度形成してしまえば手放す事は難しく、オマケに寿命が長いのだから世代交代のスパンが恐ろしく長い。そして、次の世代もまた前の世代の停滞した文化による薫陶を受けて思考が染まり前に進めない。
仁郎たちが気にしていた、リアスの変調。その理由は彼女の婚約者に関する事だった。
「お代わりは如何でしょうか、月島様」
「あ、はい。いただきます」
蚊帳の外だろうな、と仁郎は紅茶のお代わりを受け取りつつそんな事を思った。
銀髪のメイド、グレイフィア・ルキフグス。グレモリー家のメイドであり、同時に現魔王の妻であり、“女王”を務める最上級悪魔の一人。
彼女がやって来たのは、逃げ出したリアスの追手。というのは建前で、義理の姉としての心配など諸々の考えあっての事。
仁郎が一歩引いた立ち位置に居るのは、偏に彼が人間だから。
悪魔に対するコネなども無く。そもそも積極的な関与をしようと現段階では考えていない。
だからこその、立ち位置。
そして、始まった。
部室に輝くのは、フェニックスの紋章。立ち昇るのは、天井を焦がす紅蓮の火柱。
現れたのは金髪に、着崩したスーツ姿の若い男だった。
ライザー・フェニックス。
貴族の悪魔襲来である。