いいえ、人生には進んで騙される楽しみがあるんです!
これは世の真理です。少なくとも、小説を読んでいる人はこれを否定できないはずです*1。だって小説って、どこのウマの骨とも知れない人が、自分の知らないどこかの誰かについて長ったらしく語っているんですよ。なんで興味を持てる道理があるんですか?
それなのに、そんなものを読んで楽しめるなんて!物語に入り込んで、あまつさえその登場人物と感情や思考を共有して、物語の結末に一喜一憂できるなんて!
不思議じゃないですか?まあ、いろいろその原因を考えることはできるでしょうが――私が思うに、ここにはきっと「語りの力」が働いているんです。言葉を駆使して私たちを騙している。小説はきっとそういう騙しの芸術なんです。物語を読むのが好きな人は、きっと騙されることに飢えている人なんじゃないかと思うんです。そして私も、実は物語や小説が結構好きです。
「1200m×3は3600m。つまり長距離だ。俺たちは長距離も制覇するぞ!」
「……なるほど、分かりました!」
トレーナーさんはかつて私にそう語りかけてきました。
まったく、「カタル」という言葉が「語る」と「騙る」の両方を兼ねているのは、なかなか気が利いていると思いませんか? 言葉を悪用する不届き物の本質を、端的に表してくれています。
「良い返事だ。そのまま俺を信じてついてきてくれ!」
そして、そんな不届き物こそがこの人です。現行犯とはいい度胸ですね!
なんて悪い人!許されていいんでしょうか。皆の頼れる委員長として、そんな人を見過ごすわけにはいきませんよね!
トレーナーさんを私の元から逃すわけにはいかない理由はこれに尽きます。
「勿論です!私、きっと長距離もバクシンしてみせます! ですから、私がバクシンする姿を……一番近くで見ててください!」
そんな屁理屈未満の戯言を真に受ける人がいるとでも本気で思っているんでしょうか。もしや私がそんなに騙されやすいとでも思っているんですか?
まあ、なんて可愛そうな―― いや、むしろいじらしい人ですね。他のウマ娘にそんなレベルの嘘をつこうものなら、皆から袋叩きにあってお終いですよ。嘘をついた相手が私で、本当によかったですね!
でも大丈夫です、これからは他の人たちに嘘をつかないか、そばで目を光らせてますから! 言い訳する子供のような、こんな可愛らしい嘘をついたトレーナーさんを、私が見捨てるわけがないじゃないですか。何せ私は委員長ですから!
私のトレーナーさん、あなたは本当に大悪人です。そして救いようのない嘘つき。
でも、私は分かったうえで、きっとあなたのカタリに、どこまでも騙されてみせましょう。
さて、トレーナーさん、その交換条件と言っては何ですが――
「ああ。俺もそのつもりだ。さあ、行くぞバクシンオー!」
「はい!」
これからも、私に騙され続けてくださいね?
嘘の中にだって、きっと真実はあるんですから。