ぼっち・ざ……ぼっちちゃん?   作:あったかもこもこ

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1話 君の隣まで

 

「かーくれんぼすーる人この指!とーまれ!」

 

 私なんかが、あの指にとまっていいのかな? そう思ったが最後。それは運命の分かれ道だったのかもしれない。

 幼稚園。同年代の誰かが言った、遊びのサイン。参加を促す声に、身体は動かない。そして声を上げることもできない。それが私。後藤ひとり。

 そんな私は、結局うじうじと悩んでるうちに乗り遅れてひとりぼっちになった。

 けれどもし過去の自分に会えるのなら、私は自分を褒めて褒めて褒めちぎってやりたい。だって。

 

「ねぇ」

 

 彼女に会えたから。

 

「君はあっちに遊びに行かないの?」

 

 綺麗な声だった。

 振り向くと、まず最初に見えたのは心を埋め尽くす深紅の赤。

 ふわりと揺れる赤束の中からは、私と同じ水色の瞳が覗いていて。一瞬でも目を離せば、その場から跡形もなく消えてしまう。そんな感じのする不思議な子だった。

 

「遊びに行かないなら、私と遊ぼ?」

「あ、……で、でも」

 

 言葉に詰まる私。だってこんなことは初めてだったから。

 手に持った赤いボールに視線を落とすと。ボールには、赤く反射した情けない自分の姿があった。

 わざわざ私なんかを誘ってくれているのに、この期に及んで私の足は一歩を踏み出せないでいた。

 

「ねぇ、名前は?」

「えと、後藤ひとり」

「じゃあ」

「あ……」

 

 彼女は視線下げ。一歩、二歩と私に歩みを進めた。

 近づくほどに分かる、優しくていい香り。その香りを感じているだけで、私の爆発しそうだった心は、落ち着いていった。

 やがて、綺麗で小さな手が私の手元を優しく包みこむ。

 

「ひとりちゃんは私と遊ぶの」

 

 心地よい音が耳の中を振動する。脳に響くその音は反響して、ビクリと身体全体を震わせた。

 するりと触れるその指からは、彼女の冷たい体温が伝達した。 

 

「その方が絶対楽しい。だから」

 

 手を包む際に伏せられていた瞳が再び私を反射させる。

 瞳孔が何重かに重なって見えるその瞳に吸い込まれて。

 

「私を選んで」

 

 私はゆるりとボールを落とした。

 

「うん……うんっ!」

 

 彼女はこんな私を連れ出してくれた。

 彼女は私を引っ張ってくれる。あの時だけじゃなくて、そのあとも。

 

「明日から小学校だね、ひとりちゃん」

「……うん」

「不安そうな顔。大丈夫だよ、私がずっとそばに居るから」

「本当?」

「本当に本当」

 

 彼女は私の光。暖かくて安心する暖色の光。

 暗い所から私を見つけて、寄り添って足元を照らしてくれる。

 川があれば橋を。陥没地帯にはコンクリートを。私の前の障害物は彼女が取り除いてくれて、私はいつしか照らされた道を歩くのが当たり前になっていった。

 

「見て見てひとりちゃん」

「?」

「じゃーん」

「ギター?」

「そ。正確にはアコースティックギター。こんな音がでます」

 

 ──ジャーーン

 

 彼女の音が耳に響く。

 

「これがC、これがAm。これは簡単だから、ひとりちゃんでもできるはずだよ」

 

 得意気な彼女の笑顔を覚えている。

 彼女はそう言ったけど、実際私が弾いてみれば……指は痛いし、パツパツ途切れた音ばかり鳴るしで散々だった。

 

「まぁ……慣れればできるようになるよ」

 

 私とは比べ物にならない。軽やかなステップを踏むかのような指さばき。なんの曲かは分からないけど、演奏してみせる彼女の姿に私は強い憧れを抱いた。

 

「ひとりちゃんの髪の毛、綺麗だよね」

「……あり、がとう?」

「ピンクで鮮やかでキラキラでサラサラ。私のはちょっとくせ毛だから羨ましいな……なにか特別なことしてるの?」

「特には……」

「凄いね。じゃあこれはひとりちゃんの特別だ。」

「とくべつ?」

「そ。ひとりちゃんの特別、私好きだよ」

「へっ?」

 

 純粋な彼女の笑顔を覚えている。

 今でも髪は大事にしてる。肌だって大事にしてる。だって、あなたに誉められたいから。綺麗になったねって言ってほしいから。

 あなたは、私にとっての特別です。

 

「ひとりちゃん……愛してる」

「?……!……ぇっ?……」

「ふふ、流行りの愛してるゲームってやつだよ」

「あっ……そ、そうだよねっ!」

「先手必勝。ひとりちゃん照れたから私の勝ちだね」

「……ずるいよ」

 

 少し色っぽい彼女の笑顔を覚えている。

 あなたは酷い人だ。私の心を弄ぶ小悪魔だ。私がどんな気持ちだったかなんて、1ミリだって分かっていないんだろう。

 

「ち、中学も一緒な所に行きたいっ」

「もちろん。私はいつだってひとりちゃんの隣に居るよ」

「!!じゃあっ──約束っ」

「うん、約束」

 

 母親のような暖かい彼女の笑顔を覚えている。

 私が液体なら彼女は私を支える蓋であってほしい。溢れてしまわないよう、しっかりと私を塞ぎこんでほしい。

 離れないで、いつまでも。賞味期限が切れても一緒に。

 

 

 

 ──ピンポーン

 

 チャイムが鳴る。

 

「ひとりちゃん、来たよ」

 

 今日は私の誕生日。

 知らなかった。誕生日を祝い合うのは家族だけだと思ってた。

 

「髪飾り、大事に使ってね?」

 

 妄想だけだった。友達からプレゼントを貰うことが。

 

「ハッピーバースデートゥーユー♪──」

 

 あぁ幸せだ。

 

「ハッピーバースデーディアひとりちゃーん♪──」

 

 幸せだ。

 

「ハッピーバースデートゥーユーー♪──」

 

 幸せ。

 

「誕生日おめでとうひとりちゃん」

 

 ──ふぅ

 

 蝋燭の火が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうかお願いします。勉強も頑張ります。人に優しくします。正直に生きます。だからどうか──

 

「ごめんね……約束守れなくて」

 

 ──私から彼女を奪わないで下さい。

 

「しぃっ、仕方ない、ことだから……だいじょぅぶ」

 

 下手くそな私の笑顔を覚えている。

 彼女の両親が転勤することになったらしく、私の知らないどこか遠くの方に行くことになったらしい。

 本当は分かってた。いつまでも一緒には居られないって……いつかは別れの日がくるって。

 でも私はそれを認められなくて。頭の中で、理性が大喧嘩をしていて。

 知らせを聞いてからしばらくは、彼女とどう過ごしていたのか記憶が曖昧だった。意識が現実に向いていなかったのかもしれない。

 

 あれ? 彼女が居なくなった日、私はなにをして過ごしたんだっけ……ギター? スマホで動画とか?

 いや──あぁ、そうだ。

 

「──ヒゥっ……グスッ……」

 

 その時、私はようやく泣いたのだ。

 彼女の音が、匂いが、感触が、なくなって初めて現実を理解してしまい。

 両親に迷惑かけたなぁって思えるぐらいには酷い号叫。

 

 あぁ、どうして……

 居なくなってからの記憶は鮮明だった。

 

 2月21日。もうチャイムは鳴らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ジャーーン

 

 あなたに追い付きたくて、がっかりされない演奏をするため毎日6時間練習を続けた結果ぁ……いつの間にか中学終わってたー。

 あなたと居たかった。『文化祭』

 集められなかったよ。『バンドメンバー』

 あなたに……『逢いたい』

 

 約束は、まだ有効ですか?

 もし……また会えたら、私の隣に居てくれますか?

 

 

 作詞作曲私。「押し入れより、愛よ届け。」

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、重いよ?」

「ふたり!? ど、どこでそんな言葉を!?」

 

 

 

 

 

 

────

──

 

 

「happybirthday」

「え?……どうした? 急に」

「あ……ごめんなさい店長。うるさかったですよね」

「いや、そういうわけじゃないけど」

 

 STARRYという下北沢にあるライブハウス。

 ここでバイトとして雇われ、もう何週間過ぎただろうか。

 気が抜けていたのかもしれない。脈絡のない、独り言のつもりの誕生日ソングを他の人に聞かれてしまった。

 

「誰かの誕生日なのか?」

「遠くにいる……離れてしまった友達の誕生日だったんです」

「……そうか」

 

 暗い表情になった女性。彼女はここの店長をしている伊地知星歌さん。金髪だし目つき鋭いしでヤンキー風に見えて怖がられることが多い。でも本当はとても優しい人で、妹さん曰くツンが多めのツンデレらしい。

 

「実は誕生日、もっと前だったんです……こうやって人は忘れていくんですね」

「それだけ覚えてりゃ、その友達はきっと幸せだろ。気にすんな」

 

 星歌さんが優しく頭を撫でてくれる。

 ポンポンからの手櫛。手つきは優しさに溢れていた。

 妹さんで撫で慣れているのか、力加減が絶妙で、気持ち良くて目を細めてしまう。やっぱり優しい人だね。

 

「……ふぅ」

「?」

 

 星歌さん、なんかニヨニヨしてない? 気のせいかな?

 ちなみに、高校では妹の虹夏さんにも同じように頭を撫でられたりする。姉妹だからなのかな。似た者同士。血は争えないってやつ?

 

「よしっ補充完了」

 

 満足したのか、店長の手指はゆっくりと私の頭を離れる。

 補充とはなんなのか、ちょっと気になるワードだけど……まぁいいか。わざわざ聞くまでのことではないだろう。

 

「店長さ~ん──あっ、ずるいですよ1人だけでそんな!」

「あーあ見つかった」

 

 黒髪ロングでインナーカラー。耳にはピアスがいっぱいな先輩。PAさんの……?あれ?名前分からないや。残念。

 なんだか視線が怖かったり、凄い距離近くなる時あるけど。基本的には良い人。……うん、良い人。

 

「こっちおいで~。お姉さんが優しくナデナデしてあげますよ~」

「……ごめんなさいPAさん。そろそろ掃除に戻らないと」

「そんなぁ~……あ、じゃあ」

 

 PAさんがスーと近付いてきて私の耳元でコショコショ話し始める。

 耳は敏感だからちょっと困る。

 

「店長さん置いて休憩でもしましょう?……今ならもれなく私もついてきますよ?」

 

 ちろりと、二股の蛇が耳朶に触れた。彼女は長く余った袖で口元を隠しているので、店長からは見えない。そしてなんでか知らないけど、吐息多めに喋ってるから、ジメッとした吐息が当たって耳に熱がたまる。

 

「おい、距離近すぎ。は、な、れ、ろっ」

「嫌ですぅー。ギュー」

 

 設置面がゼロになった。店長さんの顔は鬼を煮たかのような表情となり、さすがの私も堪えた。しかしPAさんは止める気がないようで、スリスリと身を寄せつけてくる。

 

「PAさん、PAさん。あちらに鬼が居ます。気付いてください」

「ねぇ今度はいつ家に来ますー?」

「PAさん、PAさん。あちらに鬼神がおいでになってます。気付いてください」

 

「ふふ、お前ら覚悟できてんだろうな」

「あ、私はこれで失礼しますね」

 

 ごめんなさいPAさん。お元気でPAさん。貴女のことは忘れない。

 

「あら、行っちゃいましたねぇ」

「……お前距離感見直せよ」

「えー? それ言うなら店長だって」

「なんだ?」

「この前、彼女が店長と同じブランドのチョーカーしてるのを見たんですけど……店長も距離感見直してくださいね?」

「……」

「店長さんこっち向いてください。店長さ~ん?」

 

 ん?なんか湿度上がった?

 気のせいかな?

 

────

──

 

「お疲れ様です」

 

 バイトが終わり、どこかに寄るわけでもなく帰路につく。

 自宅に到着すると。私は足早に自室へと向かった。

 自室というか防音室というか。扉を開けると、そこには数多の楽器がズラリと並ぶ見慣れた光景が。メジャーなのからマイナーなやつまで揃えられた中、私はエレキギターを手に取った。

 ギブソンのレスポール・カスタム。かつての友達……親友だった彼女が持つギターと一緒のモデル。

 

『!!じゃあっ──約束っ!』

『うん。約束だね』

 

「……やっぱりやめた」

 

 嫌な記憶が頭をよぎる。身勝手な私がした、身勝手な約束。

 手に持つギターを元の位置に戻し、おもむろにパソコンをいじる。

 自分のOouTubeをチャンネル開いて、何をするわけでもなく、ただ、眺めた。

 

「あ、登録者数100万越えてる」

 

 その呟きにはなんの感動も驚愕も含まれていない。ただ淡々と物事が進む様を眺めている、他人事のような……私の声。

 

「今日は何もやる気起きないな……」

 

 パソコンを閉じようと手を動かす中、ティロンと通知音が鳴る。画面端のguitarheroの文字が見えて、シャットダウンに向かっていた手がピタリと止まった。

 

「guitarhero……新作」

 

 カチカチ。淀みなく指が動いた。

 画面が進み、guitarheroのチャンネルへと向かう。

 

「自作ラブソングを妹に聞かれたエレジー。ふふ、変な題名」

 

 全身ピンクジャージにギブソンレスポールカスタム。私的にもそれはどうなんだ?と言いたくなる見た目。

 しかし、彼女の演奏はどこか心惹かれて、懐かしいような気さえした。

 guitarhero。いつもは弾いてみた系の動画なのに、今回は自作のバラードのようだ。

 

「なんだか元気もらっちゃうな」

 

 guitarheroは女子高生なのだろうか。

 概要欄を見るかぎり、随分と順風満帆な日々を送ってるようだし。それに比べて私はバイト三昧な日々。友達もろくに居ないし。もし、彼女に会う機会があったら馬鹿にされちゃうかもな。

 

『言われたぁ言葉ぁ〜それは重い〜』

 

 まぁいいけど。

 私は楽にゆるく生きれればそれでいい。

 

『どこでそんな言葉覚えたのぉ〜』

「ふふっ」

 

 そう。それでいいのだ。

 




バイト中は勝手に休憩しないように(遺言)
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