「かーくれんぼすーる人この指!とーまれ!」
私なんかが、あの指にとまっていいのかな? そう思ったが最後。それは運命の分かれ道だったのかもしれない。
幼稚園。同年代の誰かが言った、遊びのサイン。参加を促す声に、身体は動かない。そして声を上げることもできない。それが私。後藤ひとり。
そんな私は、結局うじうじと悩んでるうちに乗り遅れてひとりぼっちになった。
けれどもし過去の自分に会えるのなら、私は自分を褒めて褒めて褒めちぎってやりたい。だって。
「ねぇ」
彼女に会えたから。
「君はあっちに遊びに行かないの?」
綺麗な声だった。
振り向くと、まず最初に見えたのは心を埋め尽くす深紅の赤。
ふわりと揺れる赤束の中からは、私と同じ水色の瞳が覗いていて。一瞬でも目を離せば、その場から跡形もなく消えてしまう。そんな感じのする不思議な子だった。
「遊びに行かないなら、私と遊ぼ?」
「あ、……で、でも」
言葉に詰まる私。だってこんなことは初めてだったから。
手に持った赤いボールに視線を落とすと。ボールには、赤く反射した情けない自分の姿があった。
わざわざ私なんかを誘ってくれているのに、この期に及んで私の足は一歩を踏み出せないでいた。
「ねぇ、名前は?」
「えと、後藤ひとり」
「じゃあ」
「あ……」
彼女は視線下げ。一歩、二歩と私に歩みを進めた。
近づくほどに分かる、優しくていい香り。その香りを感じているだけで、私の爆発しそうだった心は、落ち着いていった。
やがて、綺麗で小さな手が私の手元を優しく包みこむ。
「ひとりちゃんは私と遊ぶの」
心地よい音が耳の中を振動する。脳に響くその音は反響して、ビクリと身体全体を震わせた。
するりと触れるその指からは、彼女の冷たい体温が伝達した。
「その方が絶対楽しい。だから」
手を包む際に伏せられていた瞳が再び私を反射させる。
瞳孔が何重かに重なって見えるその瞳に吸い込まれて。
「私を選んで」
私はゆるりとボールを落とした。
「うん……うんっ!」
彼女はこんな私を連れ出してくれた。
彼女は私を引っ張ってくれる。あの時だけじゃなくて、そのあとも。
「明日から小学校だね、ひとりちゃん」
「……うん」
「不安そうな顔。大丈夫だよ、私がずっとそばに居るから」
「本当?」
「本当に本当」
彼女は私の光。暖かくて安心する暖色の光。
暗い所から私を見つけて、寄り添って足元を照らしてくれる。
川があれば橋を。陥没地帯にはコンクリートを。私の前の障害物は彼女が取り除いてくれて、私はいつしか照らされた道を歩くのが当たり前になっていった。
「見て見てひとりちゃん」
「?」
「じゃーん」
「ギター?」
「そ。正確にはアコースティックギター。こんな音がでます」
──ジャーーン
彼女の音が耳に響く。
「これがC、これがAm。これは簡単だから、ひとりちゃんでもできるはずだよ」
得意気な彼女の笑顔を覚えている。
彼女はそう言ったけど、実際私が弾いてみれば……指は痛いし、パツパツ途切れた音ばかり鳴るしで散々だった。
「まぁ……慣れればできるようになるよ」
私とは比べ物にならない。軽やかなステップを踏むかのような指さばき。なんの曲かは分からないけど、演奏してみせる彼女の姿に私は強い憧れを抱いた。
「ひとりちゃんの髪の毛、綺麗だよね」
「……あり、がとう?」
「ピンクで鮮やかでキラキラでサラサラ。私のはちょっとくせ毛だから羨ましいな……なにか特別なことしてるの?」
「特には……」
「凄いね。じゃあこれはひとりちゃんの特別だ。」
「とくべつ?」
「そ。ひとりちゃんの特別、私好きだよ」
「へっ?」
純粋な彼女の笑顔を覚えている。
今でも髪は大事にしてる。肌だって大事にしてる。だって、あなたに誉められたいから。綺麗になったねって言ってほしいから。
あなたは、私にとっての特別です。
「ひとりちゃん……愛してる」
「?……!……ぇっ?……」
「ふふ、流行りの愛してるゲームってやつだよ」
「あっ……そ、そうだよねっ!」
「先手必勝。ひとりちゃん照れたから私の勝ちだね」
「……ずるいよ」
少し色っぽい彼女の笑顔を覚えている。
あなたは酷い人だ。私の心を弄ぶ小悪魔だ。私がどんな気持ちだったかなんて、1ミリだって分かっていないんだろう。
「ち、中学も一緒な所に行きたいっ」
「もちろん。私はいつだってひとりちゃんの隣に居るよ」
「!!じゃあっ──約束っ」
「うん、約束」
母親のような暖かい彼女の笑顔を覚えている。
私が液体なら彼女は私を支える蓋であってほしい。溢れてしまわないよう、しっかりと私を塞ぎこんでほしい。
離れないで、いつまでも。賞味期限が切れても一緒に。
──ピンポーン
チャイムが鳴る。
「ひとりちゃん、来たよ」
今日は私の誕生日。
知らなかった。誕生日を祝い合うのは家族だけだと思ってた。
「髪飾り、大事に使ってね?」
妄想だけだった。友達からプレゼントを貰うことが。
「ハッピーバースデートゥーユー♪──」
あぁ幸せだ。
「ハッピーバースデーディアひとりちゃーん♪──」
幸せだ。
「ハッピーバースデートゥーユーー♪──」
幸せ。
「誕生日おめでとうひとりちゃん」
──ふぅ
蝋燭の火が消えた。
どうかお願いします。勉強も頑張ります。人に優しくします。正直に生きます。だからどうか──
「ごめんね……約束守れなくて」
──私から彼女を奪わないで下さい。
「しぃっ、仕方ない、ことだから……だいじょぅぶ」
下手くそな私の笑顔を覚えている。
彼女の両親が転勤することになったらしく、私の知らないどこか遠くの方に行くことになったらしい。
本当は分かってた。いつまでも一緒には居られないって……いつかは別れの日がくるって。
でも私はそれを認められなくて。頭の中で、理性が大喧嘩をしていて。
知らせを聞いてからしばらくは、彼女とどう過ごしていたのか記憶が曖昧だった。意識が現実に向いていなかったのかもしれない。
あれ? 彼女が居なくなった日、私はなにをして過ごしたんだっけ……ギター? スマホで動画とか?
いや──あぁ、そうだ。
「──ヒゥっ……グスッ……」
その時、私はようやく泣いたのだ。
彼女の音が、匂いが、感触が、なくなって初めて現実を理解してしまい。
両親に迷惑かけたなぁって思えるぐらいには酷い号叫。
あぁ、どうして……
居なくなってからの記憶は鮮明だった。
2月21日。もうチャイムは鳴らない。
──ジャーーン
あなたに追い付きたくて、がっかりされない演奏をするため毎日6時間練習を続けた結果ぁ……いつの間にか中学終わってたー。
あなたと居たかった。『文化祭』
集められなかったよ。『バンドメンバー』
あなたに……『逢いたい』
約束は、まだ有効ですか?
もし……また会えたら、私の隣に居てくれますか?
作詞作曲私。「押し入れより、愛よ届け。」
「お姉ちゃん、重いよ?」
「ふたり!? ど、どこでそんな言葉を!?」
────
──
「happybirthday」
「え?……どうした? 急に」
「あ……ごめんなさい店長。うるさかったですよね」
「いや、そういうわけじゃないけど」
STARRYという下北沢にあるライブハウス。
ここでバイトとして雇われ、もう何週間過ぎただろうか。
気が抜けていたのかもしれない。脈絡のない、独り言のつもりの誕生日ソングを他の人に聞かれてしまった。
「誰かの誕生日なのか?」
「遠くにいる……離れてしまった友達の誕生日だったんです」
「……そうか」
暗い表情になった女性。彼女はここの店長をしている伊地知星歌さん。金髪だし目つき鋭いしでヤンキー風に見えて怖がられることが多い。でも本当はとても優しい人で、妹さん曰くツンが多めのツンデレらしい。
「実は誕生日、もっと前だったんです……こうやって人は忘れていくんですね」
「それだけ覚えてりゃ、その友達はきっと幸せだろ。気にすんな」
星歌さんが優しく頭を撫でてくれる。
ポンポンからの手櫛。手つきは優しさに溢れていた。
妹さんで撫で慣れているのか、力加減が絶妙で、気持ち良くて目を細めてしまう。やっぱり優しい人だね。
「……ふぅ」
「?」
星歌さん、なんかニヨニヨしてない? 気のせいかな?
ちなみに、高校では妹の虹夏さんにも同じように頭を撫でられたりする。姉妹だからなのかな。似た者同士。血は争えないってやつ?
「よしっ補充完了」
満足したのか、店長の手指はゆっくりと私の頭を離れる。
補充とはなんなのか、ちょっと気になるワードだけど……まぁいいか。わざわざ聞くまでのことではないだろう。
「店長さ~ん──あっ、ずるいですよ1人だけでそんな!」
「あーあ見つかった」
黒髪ロングでインナーカラー。耳にはピアスがいっぱいな先輩。PAさんの……?あれ?名前分からないや。残念。
なんだか視線が怖かったり、凄い距離近くなる時あるけど。基本的には良い人。……うん、良い人。
「こっちおいで~。お姉さんが優しくナデナデしてあげますよ~」
「……ごめんなさいPAさん。そろそろ掃除に戻らないと」
「そんなぁ~……あ、じゃあ」
PAさんがスーと近付いてきて私の耳元でコショコショ話し始める。
耳は敏感だからちょっと困る。
「店長さん置いて休憩でもしましょう?……今ならもれなく私もついてきますよ?」
ちろりと、二股の蛇が耳朶に触れた。彼女は長く余った袖で口元を隠しているので、店長からは見えない。そしてなんでか知らないけど、吐息多めに喋ってるから、ジメッとした吐息が当たって耳に熱がたまる。
「おい、距離近すぎ。は、な、れ、ろっ」
「嫌ですぅー。ギュー」
設置面がゼロになった。店長さんの顔は鬼を煮たかのような表情となり、さすがの私も堪えた。しかしPAさんは止める気がないようで、スリスリと身を寄せつけてくる。
「PAさん、PAさん。あちらに鬼が居ます。気付いてください」
「ねぇ今度はいつ家に来ますー?」
「PAさん、PAさん。あちらに鬼神がおいでになってます。気付いてください」
「ふふ、お前ら覚悟できてんだろうな」
「あ、私はこれで失礼しますね」
ごめんなさいPAさん。お元気でPAさん。貴女のことは忘れない。
「あら、行っちゃいましたねぇ」
「……お前距離感見直せよ」
「えー? それ言うなら店長だって」
「なんだ?」
「この前、彼女が店長と同じブランドのチョーカーしてるのを見たんですけど……店長も距離感見直してくださいね?」
「……」
「店長さんこっち向いてください。店長さ~ん?」
ん?なんか湿度上がった?
気のせいかな?
────
──
「お疲れ様です」
バイトが終わり、どこかに寄るわけでもなく帰路につく。
自宅に到着すると。私は足早に自室へと向かった。
自室というか防音室というか。扉を開けると、そこには数多の楽器がズラリと並ぶ見慣れた光景が。メジャーなのからマイナーなやつまで揃えられた中、私はエレキギターを手に取った。
ギブソンのレスポール・カスタム。かつての友達……親友だった彼女が持つギターと一緒のモデル。
『!!じゃあっ──約束っ!』
『うん。約束だね』
「……やっぱりやめた」
嫌な記憶が頭をよぎる。身勝手な私がした、身勝手な約束。
手に持つギターを元の位置に戻し、おもむろにパソコンをいじる。
自分のOouTubeをチャンネル開いて、何をするわけでもなく、ただ、眺めた。
「あ、登録者数100万越えてる」
その呟きにはなんの感動も驚愕も含まれていない。ただ淡々と物事が進む様を眺めている、他人事のような……私の声。
「今日は何もやる気起きないな……」
パソコンを閉じようと手を動かす中、ティロンと通知音が鳴る。画面端のguitarheroの文字が見えて、シャットダウンに向かっていた手がピタリと止まった。
「guitarhero……新作」
カチカチ。淀みなく指が動いた。
画面が進み、guitarheroのチャンネルへと向かう。
「自作ラブソングを妹に聞かれたエレジー。ふふ、変な題名」
全身ピンクジャージにギブソンレスポールカスタム。私的にもそれはどうなんだ?と言いたくなる見た目。
しかし、彼女の演奏はどこか心惹かれて、懐かしいような気さえした。
guitarhero。いつもは弾いてみた系の動画なのに、今回は自作のバラードのようだ。
「なんだか元気もらっちゃうな」
guitarheroは女子高生なのだろうか。
概要欄を見るかぎり、随分と順風満帆な日々を送ってるようだし。それに比べて私はバイト三昧な日々。友達もろくに居ないし。もし、彼女に会う機会があったら馬鹿にされちゃうかもな。
『言われたぁ言葉ぁ〜それは重い〜』
まぁいいけど。
私は楽にゆるく生きれればそれでいい。
『どこでそんな言葉覚えたのぉ〜』
「ふふっ」
そう。それでいいのだ。
バイト中は勝手に休憩しないように(遺言)