ぼっち・ざ……ぼっちちゃん?   作:あったかもこもこ

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10話 鬼宿トリシュナー

 

 水滴がビニールを撫でた。

 ざらざらと降り注ぐ雨音が耳に障る。

 手に持った傘が風に攫われないよう、しっかりと握り、自宅への道を歩く。通路を曲がり、道路を横切った。

 

「うぅ……」

 

 うめき声が聞こえ、そこに目を向けると、目に留まるのはゴミ収集場所に倒れている一人の人間。

 紫式部の髪色をした妙齢の女性。雨の中、傘も無く、キャミワンピースにスカジャンを羽織るだけの薄着。履物は二本歯下駄というあまり見かけないスタイル。何かと勘違いしているのだろう、ゴミの中の角材を大切そうに抱きしめていた。

 

「大丈夫かな?」

 

 肩を揺するも、返事はない。意味のないうめき声だけが口から発せられていた。そして吐き出される息は酒気が纏い、正直言って臭った。

 

「み、みず」

 

 そのうちに女性は、水を求め口を開き舌を出し始めた。雨水が舌に当たり跳ねている様子が面白く、私はしばらく眺めてしまった。

 しかし体に良くないと思い、汚れるのも構わず、手で舌を丁寧にしまって口を閉ざすが、「みず〜」と。またも舌を宙に晒した。

 困ったな。

 今度は強めに揺すってみるか。

 

「あの、起きてください。風邪ひきます」

「はにゃー……うぷっ」

 

 ピタリと私は揺する手を止めた。酔っ払いに振動はよくなかった。

 

「うーん」

 

 自分の口元に手をやり思案する。しかし良い方法が思い浮かばず眉が下がる。だからといってこんな所に一人置いておくわけにはいかない。

 

(……よし、運ぶか)

 

 どこか雨宿りができる場所、近くにあったかな?

 傘を開いたまま地に落とし、ずぶ濡れになっている女性を背負うと、第一に、異様な軽さに驚いた。

 

(うわっ、この人何キロだ?)

 

 片手で小器用に傘を拾って、腕に挟む。硬い銀の棒が腕にめり込んだ。

 背中からも硬いものが当たっている感触がしているが……これは浮き出た肋骨だろうか。その上あたりに女性特有の柔らかさが僅かに感じられた。

 背負った事で女性の顔面が間近になったものだから、お酒の匂いが強く伝わり、少し顔顰めてしまう。

 この体勢もキツイし、色々な意味で早く良い所見つけないと。

 

「うにぁー、良い匂いぃ。スゥーー」

 

 ……早く、見つけないと。

 

────

──

 

 暫く経って。

 良さげな場所を見つけた。傘を置き、雨宿りに時間を費やしていたところ。

 

「ねぇ、君、名前何て言うの?」

 

 なんだかありきたり質問がきた。

 勘違いしないでほしいのは、これがナンパとかではなく、私の後ろからの音。背負っている女性から発せられた質問だということだ。

 

「吉あみです」

「へぇー。案外普通な名前なんだね」

「?」

「いやぁ、すっごい美少女だから名前も美少女なのかと思って」

「名前が美少女……」

 

 美少女って私のことだろうか。別にそんなことないと思うんだけど。それより、美少女な名前ってどんな名前だろうか?

 

「あ! ちなみに私は廣井きくりだよぉ。気軽にきくりんって呼んでいいからね!」

「じゃあ、お姉さんとでも呼びますね」

 

 えー、きくりんはー? と文句が聞こえるが無視した。

 

「それより、いつまで背負われているつもりですか?」

「えぇー? いいじゃん。君、まだまだ余裕そうだし。それに良い匂いするし。スゥー」

「吸わないでください」

「やだー、吸っちゃう」

「髪に顔を埋めないでください」

「“さらさらー“」

 

 くぐもった声だが、頭蓋で骨伝導でも起こしたのか何と言っているか、はっきりと認識できた。

 

「というか君、こんな夜になんで出歩いてるの? 一人でさ、物騒じゃない?」

「それ、そこら辺に転がってたお姉さんには言われたくないですね」

「お姉さんは、ほら? ご立派な大人だし。君は学生服だし、もしかしなくても学生ちゃんでしょ?」

「まぁ……」

「ほらぁ! 危ないよー。補導されちゃうよー。悪い大人に捕まっちゃうよー?」

「現在進行形で捕まってますもんね……」

 

 首を動かし、お姉さんの方へと顔を向けると、間の抜けた顔が一つ。視線を下げれば、私の肩には不健康そうな腕が二つ。

 

「物理的にね」

「なにぃ!? きくりお姉さんが成敗してやる! 悪い大人は何処だ!」

 

 さぁ何処でしょうね? ちょっとした意味合いも込めて、お姉さんの臀部を指でポンポンと叩くと

 

「あー、えっち」

 

 と返ってきた。

 違うそうじゃない。

 

「それより、お姉さんはこれからどうするんですか? 雨もやみそうにないですし」

「およ? なになにお姉さんが恋しいのかい?」

 

 違うそうじゃない。

 

「暗に意味を込めてませんからね。そのままの意味です」

「えぇー、お姉さんはこのサラサラふわふわが恋しいよぉー」

「吸わないでください。あと、お姉さんのせいで話が進まないです」

「私のせいかなー?」

「せいです」

「」

「黙らないでください」

 

 

「」

 

 

「え? また寝たんですか?」

「起きてるよぉ」

「……なんで静かになったんですか」

「いや、なんか心地良いなぁと思って」

「私は早くこの状況から解放されたいですけどね」

 

 そう言うと、どういうつもりなのか、お姉さんの方から腕に力が込められた。早く降りてくれないかな。

 

「これ以上迷惑かけるのもあれだし。解放したい気持ちはあるんだよ? でも困ったことにね、ここが何処か分からないんだよねぇ」

「ここ、結構大きな公園ですけど、見覚えないですか?」

「んー、ない」

「それは、重症ですね」

「でしょ?」

 

 でしょ? じゃない。

 現在地も分からなくなるって、いったいこの人どれだけ飲んだんだ。

 記憶が飛ぶほどのヤケ酒。なにか嫌な事でもあったのかな?

 

「だからさ、頼る相手が必要なの。分かってくれる?」

「事情は分かりました……では駅まで送ります。これならいいですか?」

「……おんぶは?」

「まだ歩けないんですか?」

「ちょっと足元不安かも」

「……まぁ仕方ないですね」

「やったー! スゥー」

「吸わないでください」

 

 相変わらず、頭に顔を埋めるお姉さん。元気そうだし、やっぱり下ろそうかな。

 

「あ、そういえばスーパーウルトラ酒呑童子EXがないや」

「なんですかそれ?」

「ベースだよベース! ベーシストの命!」

「私がお姉さんを見つけた所には無かったですよ? というかお姉さんベーシストだったんですね。突き放していいですか?」

「なんで!?」

「友達からベーシストには気をつけろと言われてるもんで」

「えぇ! なんでなんで、ベーシストいいじゃん! というか本当に見てないのスーパーウルトラ酒呑童子EX。こんなやつなかった? こんなやつ」

 

 身振り手振りでそれっぽい形を私に伝えようとしているが、そもそもベースらしき物は本当に見てないので、お姉さんの行動は徒労に終わる。

 

「何処かに置いてきたのでは?」

「ベースとお酒は私の命より大切な物なんだよ? それをそんな馬鹿な事あるわけ……あるかも」

「ですよね、お姉さんそんな感じしますし」

「ん? 今なんか馬鹿にされた?」

「気のせいですよ。それより早く探さなくていいんですか?」

「待って、行ったお店の名前思い出すから。むむむむ」

 

 お姉さんの様子を横目で確認し、これは時間かかりそうだなと判断。両手がふさがっているので、暇潰しに携帯も触れないまま数分経った頃。思い出したのか、お姉さんはおもむろに携帯を取り出した。

 懐から取り出した携帯の画面は見るも無惨にヒビ割れているが、お姉さんはそれを気にすることなく、店舗への電話をかけはじめた。

携帯はどうやら今さっき割れたのではないらしい。まぁお姉さんからはテキトーっぽい雰囲気感じるし、画面割れしてても全然意外じゃないな。

 暫くお姉さんの電話でのやりとりを背中から聞いていると、

 

「よかった。あるって!」

 

 どうやらお目当てのベース……スーパーウルトラ酒呑童子EXは見つかったようだ。なんなんだこの名前。

 

「よかったですね。それで、そのお店はどこにあるんですか」

「えーと……ここっ!」

「ん」

 

 後ろから伸びた腕の先端にある携帯を覗き、所在地を確認する。ヒビ割れした画面で若干見えにくかったり、さらにはお姉さんの腕がぷるぷると振動してたため画面が見えにくかったが、なんとか読み取ることに成功した。

 

「ここから徒歩で十五分ほど。ちょっと遠いですね」

「お姉さんと一緒に居られる時間が増えたねぇ」

「別に嬉しくないですよ」

「あ、さてはツンデレだなぁ?」

「さて、今なら小雨程度ですし早く行きましょうか」

「すごい、流された。さては酔っ払い相手にするの慣れてるなぁ?」

「さ、行きますよ。背中で暴れたりしないでくださいね」

「ちょっとー無視しないでー。お姉さん泣いちゃうよ?」

 

 傘を拾い直し腕に挟むと、お姉さんから感嘆の声が上がった。

 

「そんな器用な事してお姉さんを運んできたんだねぇ。凄いねぇ。なんかお姉さん申し訳なく感じてきたよ」

「なら早く降りてください」

「…………スゥ」

「吸わないでください」

 

 

────

──

 

 

 赤髪の美少女との出会いから一週間は経っただろうか。それさえもハッキリしない酔いどれ生活を送り、今日も今日とて酔っ払い一番。夜風が顔の熱を冷ます、良い金曜日の夜だった……のに。

 

「お、激カワじゃーん」

「ねぇ君一人?」

 

 面倒なのに絡まれた。

 

「すごい酔ってるみたいだし、家までおくるよ?」

「そそ! 俺らがちゃーんとエスコートしてあげる」

 

 うわぁどうしよ。志麻も誰も居ないしなぁ。私一人だけ。しかしまぁなんとかなるか、と軽い気持ちでいた、が……

 

「いいよいいよ! 一人で帰れるし」

「そう言わずにさっ!」

「痛っ!」

 

 突如、腕に衝撃が走った。

 二人組。その片割れの一人に私は腕を掴まれていた。

 お酒の回った脳内が覚めてくる。

 あれ、もしかしてヤバいのでは? お酒の高揚感が消えていき、芽生え始める不安感。

 

「ちょっ、痛がってじゃーん。エスコート下手すぎー」

「いいんだよ。ちょっと強引なぐらいが女は好きなんだからよ」

 

 ぐいっと腕を引っ張られ、少し体勢が崩れた。

 まずい。とてもまずい。貧弱な私には対抗手段がない。

 警察も志麻も呼べない。携帯取り出したら何されるか分からないから。

 

「は、離してほしいなぁ?」

「あ?」

「ひっ」

 

 困ったな。ちょっと怖い。

 自分の身長をゆうに超える大きい体格の男二人組。上からの視線がいやらしく自分に突き刺さった。

 ごくりと生唾を飲み込んでしまう。あぁちょっと脚震えてるかも……そんな自覚があった。

 男の手に力が入りはじめ、痛みで顔が歪む。頭が俯き、本格的にヤバいかもと思い始めた。

 そんな時。

 

「探しましたよお姉さん」

 

 透き通った声。

 顔上げると、いつか見たさらさらでふわふわな赤髪が目の前で揺れていた。

 

「お、もしかして妹ちゃん? ちょっとお姉さん借りるけどいいよね?」

「ていうか妹ちゃんもレベル高っ! 一緒にきなよ!」

「五月蝿い」

「は?」

 

 ピシリと、陽気な雰囲気が凍った気がした。

 不機嫌に皺を寄せる男の顔面。見てるこっちが不安になる一触即発。掴まれた腕が軋んだ。

 

「はぁ、お姉さんと話があるので、何処かに行ってくれませんか?」

「おいお前、ちょっと可愛いからって調子のんなよ?」

「どの口が言ってるんですか?」

「ちっ! コイツ!」

「これ以上付きまとうつもりなら、こっちは警察呼びますけど」

「おうおうおう! 呼べるもんなら呼んでみろや!」

「おうおう五月蝿いですね。オットセイの真似ですか? お上手ですね」

「お前ほんとっ! 調子に──」

 

「はぁ、面倒な。”消えろ”」

 

──パチン

 

 一瞬の静寂。

 おいて、男達の顔面が蒼白に変わる。バッと私の腕から男の手が離れ、どこか様子のおかしくなった二人組は逃げるように私達から背を向けた。

 私から見える彼女の後ろ姿。顔は伺えない。少し経って、彼女からの異様な雰囲気は鳴りを潜めた。後ろを振り向き、彼女が私に見せた顔はあの時に見た表情に乏しそうな美人面だった。

 

「大丈夫ですかお姉さん」

「えっ? あぁ大丈夫! 大丈夫!っ」

 

 何もないよと手を振ってアピール。しかし、さっきまで掴まれていた腕に痛みが走り、顔を顰めてしまう。

 

「腕、見せてください」

「……うん」

 

 腕をそっと彼女に預けると、壊れ物に触れるかのように彼女の手が触れた。

 掴まれていた位置からあたりをつけ、患部を見つけると彼女の綺麗な眉が少し歪んだ。

 

「これ、結構酷いですよ。病院行った方がいいかもです」

「病院!? そんな大袈裟だよー」

「でも、痕ついちゃってますし」

「いやいや、ちょっと摘まれたくらいだよぉ。ほっとけば治るって」

「ふーん」

 

 と、言いながら、彼女の指先が患部に触れると……

 

「痛い!」

 

 当然のごとく痛みが走るわけで。

 

「病院が嫌なら応急手当しないとダメですね。私の家近いので来てください」

 

 突然だけど、彼女の家にお邪魔する事になった。

 

 

 

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