「虹夏、一年に凄い美人が入ってきたらしい。見に行こう」
「男子高校生かな?」
突発に奇怪な提案をされる。発生元は幼馴染みであるリョウである。
リョウは女性であるが、その下心満載な発言にはさすがに私のツッコミが飛んだのである。
「どうしたの急に、らしくないじゃん」
クールぶってて流行とかそういうのにのっかるのは苦手、というか嫌い。野次馬精神みたいなのも嫌いそうだけど、それとこれとは別なのか。
「顔が良いヤツは楽器やってる可能性が高い。つまり、例の一年を虹夏が落とせば……バンド結成に一歩近づく」
ユニセックスであり、ミステリアスな雰囲気をもつリョウ。そのため、この高校での女子人気もかなり高い。
しみじみと呟く様がやけに絵になる幼馴染に呆れた視線を落とした。
「ど偏見なんだけど?あと落とすって……あたしに何やらせるつもり?リョウの方が向いてるでしょ」
あっけらかんと私が言うと、リョウはやれやれといった感じでおもむろに懐から1枚のカードのようなものを取り出した。
「これは魔性の女こと初恋ハンター伊地知虹夏のファンクラブカード」
「魔性!?初恋!?なにそれ初耳なんだけどっ!?」
「虹夏の力をもってすれば、あの難攻不落の新入生も……ふ、きっとイチコロ」
「なに言ってんだこいつ」
そんなクラブのことなんて初耳だし。魔性やら初恋やらと……身に覚えのない。そんなこと意識したことないし。
「てか難攻不落って、その新入生ちゃんは問題ありな感じなの?」
「無表情、塩対応、女たらし。三拍子だね」
「……ふーんなるほどねぇ」
目の前のクールビューティーな幼馴染をジトっと眺める。
喉まで来ていた「それリョウじゃん」という言葉をなんとか飲み込み、気になる話の続きを促した。
「すでに落ちた人も何人か……二組の山森まで……惜しい人をなくした」
「惜しい人って……そんなに親しくないでしょ」
「そしてその毒牙は教師にも……」
「え!? なにそれ気になるっ!」
「もう喋るの疲れた」
さっきまでノリノリだったろキサマっ! そこで止めるなっ!
肩を掴み前後にブンブンと揺らすと、リョウのアシンメトリーに伸びた横髪が揺れた。
「とりあえず見に行けばいいよ」
「見に行けばいいって、リョウも来るんでしょ?」
「?そんなミーハーなこと私がするわけないじゃん」
「こいつっ!」
──ブンブン
「あばばば」
───
──
放課後。結局リョウは帰った。
虹夏だけでも見てきてって……サムズアップしたリョウの顔が浮かぶ。
なんかおかしくない? まぁ気になるから見に行くんだけどね。
上手くいったら紹介してって言ってたから、やっぱり興味はあるみたい。一緒に来ればいいのに、意地はっちゃって、全く。ていうか見た目も名前も分かんないだけどっ!どうしろと!?……てあれ?待てよ
「あぁ!? 新入生は今日早く終わったんだった!」
数刻前、早く帰る新入生を上の教室から羨ましく眺めていた事も忘れていた。
やらかした! わざわざ一年の教室まで来たのに! ちょっと損した気分! 許すまじリョウ!
それは私のせいではないのでは?
いいえ、リョウのせいです。
心の中のリョウを論破した。
「せめて誰か1人でも残ってればなぁ」
教室の中を覗いてみるも、当然誰の姿も見えない。
一組、二組、と無情にも私の足が止まることはない。
さすがに皆帰っちゃってるかぁ。期待せず最後の教室を覗く。
がしかし
やっぱり居ないや。
予想通り、がらんどうとした教室が視界を埋める。
真面目なもので、ほとんどの人は机の中身を綺麗に整理されていて、ほぼ空洞に近い。流石新入生。
黒板の隅に座席と名前が書かれた紙を見つけ、それっぽい名前でも探そうと歩みを進め……
「何か用?」
「はぁっ!!?」
「わっ、びっくりした」
バッと振り向けば、そこには表情が乏しそうな少しクセのある赤髪ロングの少女が1人。
うわぁ、びっくりした。なんだ、ただの美少女か…………はっ?
ひと目で確信。間違いなくそうでしょと自信が満ちる。
「あぁぁぁ! 噂のっ!」
「?」
コテンと彼女が頭を傾ければ、柔らかそうな赤髪がユラリと垂れた。いやなにそれ可愛い。ナデナデしたくなるわ。
ん? と疑問を感じているその姿はやはり表情が乏しい。しかし山田リョウならぬ噂の美人。美人は無表情でも映えるなぁと、まじまじと顔を眺めてしまう。
「あの?」
「……あ、ごめんね! 特に用事とかはなくて……えーと、うーん……さよならっ!」
「? うん、バイバイ」
不純な動機からなので、あなたに会いに来たとも言い辛く。ちょっと無理矢理だけど退却。
とは言ったものの、彼女がなぜ残っているのか気になるので、後ろ手引かれて彼女が入っていった教室へとぬうんとUターンする。
「えっと……あった」
なるほど、忘れ物か。納得だね。
何忘れたんだろ?……純粋に気になってるだけで、別にやましいことはないよ? 本当だよ?
誰に言うわけでもない言い訳が頭で木霊する。
それはそうと、彼女が手に取ったのは小さな黒い金属、なのかな? なんだろ?
彼女は横の髪の毛を耳にかける。すると耳に着いた同じような金属のアクセサリーが五個ほど見え、そこに新しくさっきの黒い金属を着けると……なんと彼女の耳には金属が六個に!
「ピっ!?」
「……」
驚いて声をあげてしまった。あたしの馬鹿っ!
彼女がこちらを見る。光の反射が少ない瞳が私を捉えた。
あぁやらかした。まずい。
冷や汗かな……額に水滴が流れた。
ど、どうにかしないとっ!
「あ、あれーっ! 道間違えちゃったや! あはは」
く、苦しすぎるっ! 我ながら酷い。冷や汗がドバっと流れる。
あたしが先輩だって事は彼女も分かってるだろうに、この言い訳。控えめに言ってバカである。
「……見た?」
「んー? なんのこと──」
───トンッ!!
いつの間にか壁に追い詰められていて。漫画でしか見たことないような壁ドンをくらう。
いや、優しめにされたから壁トンかな、なんてどうでもいい事が頭を過ぎる。
「……嘘」
「あっ……あのぉ、そのぉ……」
「ねぇ……」
「んっ!?」
さらには顎クイまでされてしまう。
端正な顔立ちが視界いっぱいに広がる。
わぁー! わぁっ! 私今ぜったい顔赤くなってるっ! 恥ずかしい!
「ね、見たんでしょ?」
「はい……あっ」
「ふーん……」
つい勢いで答えてしまう。
ここにきて初めて、彼女の硬い表情が崩れた。
色香を纏う表情へと。
「小さい口」
「あっ……」
彼女の親指が私の下唇を左右になぞっていく。右から左へ。左から右へ。
柔らかい指と硬い爪の感触。くすぐったくも心地よい感覚が頭を沸騰させる。
途中、彼女と視線が交わり、そこから私は目を逸らすことが出来なくなった。
水色の瞳が私を捉えて離さない。
はっはっ──と呼吸が浅くなる。顔が上気する。
冷たくて熱い。沼のような湖。
脳の冷静な部分が危険信号を発した。このままじゃ溺れると。
なんとかしないと。なんとかしないと……
──えっ?
スルッ。
彼女が身を預けるように私に近づき。顔の左側が熱くなる。
ふわりと柔らかな髪が、首や顔を撫でる。くすぐったくて身をよじれば、彼女にそっと肩を抑えられた。
唇と耳が接触しそうなほどに近づいていて、彼女の息遣いが感じとれる。
やがて、彼女の唇が開かれて……ピチャリ。水音が聞こえた。
「誰にも言ったら駄目。このことは秘密ね……二人だけの」
「二人だけ?」
──パチパチ
「そ、二人だけ」
──パチパチ
「じゃ、バイバイ。可愛い先輩」
──パチパチパチッ!
何事もなかったかのように彼女は去った。
彼女の姿が見えなくなると、私は壁をズルズルと滑り落ちる。
脚に力が入らない。ガクガクと震えている。
未だに呼吸が落ち着かなくて……燃えるように顔が熱い。
彼女の匂いが頭から離れてくれなくて。彼女の瞳が焼き付いて世界が青くなる。
彼女の無表情を崩したい。笑った顔が見たい。怒った顔が見たい。泣いてる顔が見たい。悲しんでる顔が見たい。
「はぁはぁ」
なんだろ?この気持ち。
────
──
「虹夏」
「……ん、どうしたのリョウ」
「今日の虹夏、ぼーっとしてる事多い」
確かにその自覚はあった。
少しでも暇になれば彼女の事が頭を掠め、昨日の事を思い出してしまうことがしばしば。あの時の光景を思い出すと、沸騰する鍋を目の前にしたかのように顔が熱くなるのだ。
「顔赤いし、熱あるんじゃない?」
「……ん、そうかも」
保健室に行くべき。
私はリョウのその言葉に素直に従うことにした。
「失礼します」
「はいはーいどうしたの?」
「ちょっと熱っぽくて……」
「んーじゃあとりあえず体温計って」
ピピピッと音が鳴り、計測終了のお知らせ。
37,2度。あれ?本当に熱あるじゃん。
「微熱ねぇ……どうする?早退する?」
「そんなに酷いとかないんで、ちょっと様子見ます」
「そう。まぁここでゆっくり休むといいよ。あ、そっちのベッドは一年の子使ってるから」
「……はい」
一年の子かぁ……カーテンで仕切られたベッドを見ると、脳裏に彼女との昨日の出来事が思い浮かぶ。
おとなしそうな子だったけど、ピアスとか着けちゃうんだ。いい匂いしたし。声も良かった。ボーカルやってくれないかなぁ。また会いたいなぁ……
「あ、やっぱり昨日の先輩だ」
「……え?」
────
──
彼女の魅力?
あっ……あ! そのことに関しては! 私いっぱい語れるっ! ます。
えーと、まず顔がいい……え? 最初に外見的特徴はなし?えぇ……じゃあ、いい匂いする……とかは? ギリOK? じゃあ語っていいの?
へへっ。ふふ。そうなんですよぉ。彼女いい匂いするんですよぉ。それに彼女警戒心とかも少ないから、ちょっとわざと近づいたりしてね……ね? ふへへ……
あ、警戒心少ないからこそちょっと危険でね。さすがに男子とかとは距離があったけど、同性となると彼女、距離感バグっちゃって。
たしか、あれは五年前、小学生の時だね。いろいろはしょるけど、結果から言うとクラスのリーダー的陽キャ女子が彼女に惚れた。私から見た感じだいぶ嵌まってた、沼に。あれもう普通の恋愛できないでしょ。性癖にミサイルだよ。
原因はなんなのかというと体育の時間転びそうになったの彼女が助けたのが原因だと思う。
え? それだけ? と思うだろう。いやまぁ、その前から女の子からキャーキャー言われてたし、多分積み重ねだよね。
しかも助けてもらった時、彼女汗かいててね……それでほぼゼロ距離になっちゃうもんだから……あーあ壊れちゃったて感じだよね。小学生がしたらダメな顔してたもん。
byひとり
────
──
体操服姿の彼女が目の前にいる。
「ちゃんと秘密にできてる?」
「はっ……はっ……」
「先輩?」
ちょっと待ってっ……近い。近いっ! 匂いがっ……頭おかしくなるっ。
「はっ、離れてっ」
「あ、そっか汗臭いよね。ごめん」
ぜんっっっぜん!! すっごい良い匂いするよっ!……なんて言えない。
「あっ……ふぅ……し、心配しないで! 誰にも言ってないから」
「ふふ、よかった」
「うっ……」
うわぁ可愛いぃ……可愛いかよっ!!
枕に顔をつけて叫びたくなる衝動にかられるがなんとか平静を保つことに成功。よくやった私。
「あ、そうだ先輩」
「な、なに?」
「名前教えてほしい」
あー、そういえば名前お互いに分からないのか。
「あたし、二年の伊地知虹夏。えーと……」
「私は吉あみ。好きなふうに呼んで、虹夏先輩」
ゔっ(致命傷)
心地よい響きの音声から発せられる先輩呼びに甘美な気持ちに浸ってしまう。
「じ、じゃあ、あみちゃんって呼ぶね」
「うん、虹夏先輩」
ゔっ。この子、分かっててやってないか?
昨日の小悪魔な姿が頭をかすめ、そんな考えが浮かぶ。
「あ、先輩」
「ん?」
まだ何かあるようで。
無表情ながらも何となく感情が伝わる。不思議な感覚。
「オススメのバイトある?」
「……ある」
「本当?今度紹介してほしい」
あたしの家……もといライブハウスSTARRYが候補に挙がった。
人手が増えるのは助かるし、なにより、彼女と一緒に居る時間が増えるなら私も嬉しい。
あみちゃんは、聞きたいこと聞いて満足したのか、いそいそと自分のベッドへと戻ろうとしていた。
「あっ、ちょっと」
「?」
今更だが今は授業中である。
怪我をした様子もないあみちゃんが保健室に居るのは訳ありだろうと思い、バイトしてもらうにあたっても重要な、センシティブな疑問をぶつける。
「もしかして身体弱いの?」
「ううん、そんなことないよ強いて言うなら……」
──さぼり。
そう彼女は私に囁いた。
ピアスといい、彼女は結構ロックなタイプなのかもしれない。
ナチュラルため口系後輩ぃ(遺言)