私はそっとブランコに座った。遅れて、隣からギッっと音が聞こえる。
空はセピア色に染まっており、夕暮れのカラスが遠くの空で黒いシルエットをつくっていた。
「……」
「どうしたのひとりちゃん。帰らないの?」
今日──特に何かあった訳ではない。
ただ、人気者の彼女を見て悲しくなったのだ。私が彼女の足を引っ張ってるのではないかと不安になったのだ。そうして溢れた汚い心情は、やがて言葉となって形を成していた。
「私とあみちゃん全然釣り合ってない」
俯き加減にボソッと溢したそれは、隣の座る彼女の耳へと届いた。
彼女は困ったかのように眉を下げ、一拍置いて「そんなことないよ」と優しく諭すように言った。しかし私はそう簡単には納得できるはずもなかった。
「み、みんながそう思ってないっ! あみちゃんが良くても、みんなは良くない!」
あぁ、彼女に迷惑をかけている……そんな自覚があった。けど、動き出した私の口はそう簡単には止まってくれない。
「ど、どうすればいい? 私、変わったほうがいいかな?」
縋るように彼女を見れば、珍しく茫然とした姿が見えて、彼女の綺麗な瞳には悲哀が表れていた。けどそれは一瞬のことで。次の瞬間にはいつものような暖かい笑みを浮かべていた。
「ひとりちゃん、1+1は?」
「え、2?」
「そうだね2だね」
彼女はブランコから立ち上がると、少し離れてくるりと背中を向けた。彼女の表情が見えなくなり。長い赤髪とスカートが風に吹かれて揺れていた。
「私は表情が出にくいです」
「私は共感能力が低いです」
「私は言葉数が少ないです」
「私は人の顔を覚えるのが苦手です」
「何が言いたいかっていうとね……私もね、人と話すのが苦手なの」
意外だった。
だって彼女は人気者。皆にとってのアイドル。そしていつだって私のヒーローだったから。
「だから、初めて会った時あの時も、実はとても緊張してたの」
「え、そうなの?」
「心臓がね、ドキドキして止まらなかった」
私も一緒だった。
「嬉しかったの。ひとりちゃんが私を選んでくれた時。誰かの特別になれた気がして」
気のせいではない。あの時あの瞬間、確かに彼女は私の特別になったのだ。
「ねぇひとりちゃん」
「私が特別なひとりになってあげる」
「だから、ひとりちゃんは私の特別なひとりになってほしい」
「1+1で2になろうよ」
「大きくならなくてもいい。小さくてもいいの。ただ二人で支えあって、不安定をなくすことができれば、それだけでいいの」
ここで初めて、彼女が振り返った。
私の返答を待っているようで、不安そうに瞳が揺れていた。
私はどうしたいんだろう。
彼女の特別になりたい。けど今のままじゃ駄目だ。いつまでも彼女の後ろを歩いているようじゃ、彼女が許しても私が自分を許せない。
「私は……」
私は変わる……いや、変わるのではなく、成長するんだ。
ヒーローに頼らず、私がヒーローになる。こんな私でも彼女を守れるように。
お互い上手く笑う事ができないけれど、それでもいい。ささやかな幸せを共有したい。
そして願う。私は彼女の隣に立ちたいのだと。
「あみちゃん、私──」
夕暮れの公園。
彼女は嬉しそうに破顔した。
────
──
晴れて喜多ちゃんが結束バンドメンバーになってから一週間。
スリーピースで初ライブを挑む事となり、あみちゃんからの祝いの言葉もあってか、メンバーは気分上々。気持ちよく合わせの練習に励んでいた。が、人間欲張りなもので、一つ目標を達成すると新たにやりたい事が追加されてしまう。人間とは罪深い生き物である。
「喜多ちゃん戻ってきてくれたのはいいけど、なーんか物足りないね」
うーんと唸りながら、ドラムスティックでばつ印を作ると、リョウはいつもと変わらぬ無表情。喜多ちゃんは顔を顰めてギターを腰に下ろした。
「えぇ、そうですか? 私もうこれで精一杯ですよぉ」
「いやいや喜多ちゃんの演奏がどうのこうのじゃなくて、もっと根本的にさ。ギターもう一人欲しいなぁって」
相変わらず、あみちゃんから良い返事をもらっていない現状。他に誰か探す必要がでてくる。
ライブまでは後一週間。探しだせるようで、できなさそうな絶妙なライン。さてどうしたものか。
「あれ? ギターって一人だけじゃないんですか?」
「一人のとこもあるよー。ただもう一人ギターが居ると、パートが増えて音楽に深みが増すんだよ。それに喜多ちゃんの負担の軽減にもなるし」
「バンドにはリードギターとリズムギターで二人居ることが多い。主にリズムギターがボーカルと兼任する。そしてリードギターは主旋律を担当してバンドとしての看板を担うこともしばしば。そもそもリードギターとリズムギターという名称は1959年に結成されたアメリカの云々かんぬん云々かんぬん──」
「はいはい!リョウはとりあえずストップしようね。話が進まないから」
シュバっと来たリョウを宥めつつ、簡易的にギター二人組について喜多ちゃんに説明すると、「二人で一つってことね素敵!」と、いつも通り目をキターンとさせはじめた。
あみちゃん、二人きりでギター教えてるって聞いたけど、目大丈夫かな? 今度それとなく視力大丈夫か聞いてみよう。
「つまりもう一人スカウトすればいいってことですね!」
「まぁそれは頭の片隅にでも置いておけばいいよ。それより!初ライブまであと一週間! それまで頑張ろぉー!」
「おー!」
「はーい!」
「……」
「んん! 結束感ぜろっ!」
────
──
──ガチャガチャ
軽い金属の擦れる音。
鞄に付けられた大量のバッチが揺れている。
ピンクのジャージを身につけ、並木道を一人ゆく。
肩にかかるギターの重みを感じながら、少女は建物の反射で映る自分の姿を確認した。
ピンクのジャージ。腕には大量のバンドグッズゴムバンド。そして鞄にも大量のバンドグッズバッチ。最後にギターを背負えば完成。
(か、かっこいい! 一気にバンド女子だ! ただ者じゃない感がハンパないっ! 存在感凄い!)
後藤ひとり。友達なし。恋人なし。
ひとりぼっちの後藤ひとりだ。
(これなら絶対誰か話しかけてくれるはずー!)
遡ること1日前。
ネットに上げている弾いてみた動画の様子を確認した時のこと。途中陽キャのコメントに頭を一瞬焼かれたが、我慢してコメントを確認していった結果。一つのコメントが目に止まった。
─────────────────
拓 5分前
いいなぁ、うちの高校にもギター
できるやついないかなぁ
─────────────────
まさに青天の霹靂。頭の中で名案が轟いた。
つまり、見た目をバンド女子に寄せれば、たくさん喋りかけられるのは確定として。その他沢山の勧誘に、沢山のバンド仲間、人気者間違いなしというわけだ!
(よーし! 今年の文化祭は! 忙しくなるぞー!)
何話そうかなー。やっぱり今人気のバンドについてとか? はっ! 早速ライブの練習するとかかな? そうなっちゃうとギターヒーローとしての実力が出ちゃって皆を驚かせちゃうかもー。
あー、それとも──
──あれぇ?
しなしなと横で結んだ髪が項垂れる。
意気揚々と学校に来たはいいが、誰にも話しかけてもらえない。なんで?
もう放課後だし。後ろからは「カラオケとかどう?」「いいねぇ」という会話が聞こえる。後ろから聞こえるだけで私には関係がない。だって私は机に突っ伏していたから。
教室を出て、とぼとぼと廊下を歩く。
深夜テンションのまま暴走しすぎた? こんなに分かりやすいほどバンド少女感出してるのに……あ!あえて話しかけてこないという可能性は──ないないないっ! 精神崩壊するっ!
「これ癒されるー」
「ねー!」
ふと聞こえる陽キャ達の声。
今笑われるようなものなら、精神崩壊どころか消滅してしまうぅ!
私は足早に学校から去っていったのだった。
「ギター?」
「喜多ちゃん?」
「あ、ごめん! ちょっと用事思い出した!」
────
──
カラスの鳴き声が聞こえる。
ブランコに乗る私。気分は最悪。落ち込みの度合いで頭が下がっていく。
いや分かってます……他力本願で物事上手くいくはずがないって。そんなおいしい話なんてないだって。
ふと、同じ公園内のベンチに座るサラリーマン風の男性に目がいく。
あぁ、ここに集う人達は私と同じで孤独を抱えてるんだぁ。あの人はきっと家庭内ぼ──
「パパっ!」
えっ?
奥さんと子供らしき姿が確認できた。
「ごめんね遅くなっちゃって」
「いいって!いいって!」
え、絵に描いたような家族団欒っ!
すみません、勝手に私と同じとか言ってぇ……
しくしくと涙が溢れた。
気分転換をしようと、携帯を見れば──登録者数5万という数字で結果が表れていた。
うん! そうだよ、私の居場所はネットだけ! ギターヒーローとして活動していれば、皆が私を褒めてくれる。このまま順調に登録者数増やしていけば、いつかは学校を辞めることだって……
「後藤さぁぁん!!」
ん? と視線向けると、いかにも陽キャっぽいウェーブのかかった赤髪の少女が居た。
そして一気に距離をつめてきた。
「うわぁあ」
「それギターよねっ!」
「あ──」
「弾けるのっ?」
「ぁ──」
「?」
しゃ、喋るの久々すぎて、声がっ!
「あ、いきなりごめんねっ!私は喜多よ!」
「あ……え? 来たんです、ね?」
「違うそうじゃない! 私が喜多よ!」
「え? あの、なんって言えば正解なんでしょうか?」
「違う! 私のな、ま、え。喜多郁代よ!」
「あぁ!」
そういうことだったのか! わぁ、申し訳なさすぎる!
「あ、あ、ごめんなさい! 後藤ひとりです」
「知ってるわ!」
えぇ知ってるの? もしかして目つけられてる? そういえば後藤さんって言いながら来てたな。
「ってそうじゃない! ギター弾けるの?」
「はい、まぁ」
うっ、凄い距離詰めてくる。
「どのくらい弾ける?」
「あ、そこそこかと……」
「そうなのね! あのねちょっとした願いがあるんだけど。本当にちょっとしたお願いよ」
これ本当にちょっとしたお願いかな。そんな感じしないんだけど。
「これからライブなんだけど、私達のバンドでギターしてみない?」
バンド? これからライブ!?
ちょっとしたお願いどこ!
「ね? どうかな?」
「あ、いや……」
そんな急に……うっ、凄い目がキラキラしてる。これが陽キャ特有の光パワーか。浄化されるっ!
「あわぁぁぁぁ」
「ちょっ、後藤さん!? 溶けてるわよ!?」
「あ、大丈夫です。勝手に直るんで」
「うわぁ! 急に直ったわ!」
どうなってるのかしらと、無遠慮に私の顔に細指が触れる。
可愛い顔が間近にまで迫っていて、私は目をぐるぐる回転させる。
あ、この人の指、ギターかベースやってる人だ。現実逃避気味にそんな考えを浮かべていた。
「それで後藤さん、バンドどうかしら?」
「そ、それは、むむむ無理です! ごめんなさい!」
「あ……そうよね。急にごめんね」
「気が変わったら言ってちょうだい。学校も一緒なことだし」
「じゃあ、またね後藤さん」
「あ、はい」
あぁ断っちゃった。こんなチャンスもう来ないかもしれないのに。何やってるんだろう、私。
────
──
下北沢のある道を右に曲がる、すると地下へと続く階段。
視線を下げ、ネオン菅で光るSTARRYの看板を認めると。階段を降り扉を開ける。開けた先で早速先輩達の姿が確認できた。
「お疲れ様でーす!」
「あ、やっと来た」
「喜多ちゃん遅いよー」
「すみませーん! リョウ先輩っ!と伊地知先輩」
「ねぇ今ついで扱いしなかった?」
時計下の机で先輩達が手を振っている。奥の方ではPAさんと吉さんが話し込んでいる姿が。
先輩達二人は今日は私服で。このままライブすると私だけ学生服なので少し浮いてしまうかもしれない。
「実はギタリストをスカウトしてたんですけど、断られちゃいまして」
「へぇ……」
「あぁそうだったんだ。ちなみにどんな子?」
どんな子か。頭の中で、記憶を頼りに姿を描いてみる。
えと、頭はピンクで体もピンク。そしてたまに溶ける。……困ったわ、全身ピンクの化物ができてしまった。うーん。
「全身ピンクの後藤ひとりちゃんです!」
「ん? それは人間なの?」
「多分人間です!」
「あぁ、喜多ちゃんごめんね。色々無理させちゃってたかな」
「待ってください。なんですかその扱いは」
本当に居たんですよ。本当です!
未確認後藤ひとりの存在を証明するため、色々言っていると、後ろから肩をポンと叩かれる。
「ねぇ喜多ちゃん、その子何処にいたの?」
吉さんだった。いつもの雰囲気とは違い、少し焦っているように見える。
「えぇと、その辺の公園に居たわ。ごめんなさい名前までは分からないけど」
「分かった。あ、それと店長に伝言お願いしてもいい?」
「伝言?」
STARRYの出口への階段を登りながら、彼女は振り向きざまに口を開いた。
「少しサボる」
────
──
ゆらゆらり。
何をするわけでもなく、ブランコを揺らす。
前後に動く感覚。体の浮遊感が懐かしく感じた。
「でねー……」
「それありえなーい!」
公園前の通路を女子高生達が通っていく。笑い合っていて楽しそうで、とても羨ましく思う。
私も面白い話。下らない話で盛り上がりたい。友達と一緒に帰ったりしたい。
「……」
あそこで一人で帰ってる人も、どうせ普段は友達に囲まれてるに違いない。歩きスマホしてるし、きっと今頃友達とロインでもしてるんだろう。
「はぁ……」
私にも居たのになぁ。脳裏に浮かぶ赤髪。
まぁ、もう居ないけど。脳裏から消える赤髪。
ギター持っていっても話しかけられないし。私からも話しかけることも出来ないし。あーもう、なんでギター始めたんだっけ。せっかくバンド誘ってくれたのに、断っちゃうし。
憂鬱な気分。
頭は段々と下がり、視線は下へ、下へと降りていく。
ブランコから伸びた足が、地面に引き摺られて砂煙をあげていた。
あぁ、私は本当にダメなやつだ。
さっさと帰ってギターを弾こう。それで全部忘れちゃおう。
学校の事も。バンドに誘われた事も。全部。全部。
忘れてしまおう。
それが私にできる、唯一の逃げ道だから。
変わった色をした髪の少女を見つけた。
それは撫子色──撫子の花の色のような薄紅色で、空を花が舞っているようで、素直に綺麗だと思った。それからは、その子の事をよく目で追うようになっていた。
彼女はいつも一人だった。積極的に喋りもせず、ただ黙々と一人で遊ぶ。保育士の人に連れられている姿をよく目にした。
彼女は臆病だった。喋りたそうにしているのに……混ざりたそうにしているのに、彼女は輪の中に入らなかった。いや入れなかった。
赤髪の少女はいつだってその背中を眺めていた。自信をなくして、いつ見ても小さな背中を心配そうに眺めていた。
話しかけたい。けど、私が話しかけていいのか。迷惑だって思われないか。邪魔だって思われないか。気持ち悪いって思われないか。
赤髪もまた、臆病であった。
そんなある日のこと。
「かーくれぼすーる人──」
指が上がっていた。
掴まれない彼女と掴まない赤髪。
赤髪は意を決した。今日こそは彼女に話しかけようと。そして友達になるんだ。
赤髪は進んだ。前へ、前へと。
手を振った。足を回した。
おはよう?
こんにちは?
どう声かければいいか分からない。けどそんなものは無視した。
迷いが晴れる前に。
大人が来る前に。
彼女が居なくなる前に。
今はただ彼女の元へ。
──ジャリ
靴裏で砂を噛んだ。
もう彼女は目の前に居る。
頭を下げて、下ばかりを眺めている。
けれど、あの時と同じ。
「ひとりちゃん?」
宙を舞う撫子色の髪は、いつだって綺麗だった。
このあとの展開が難しいんだよね(遺言)