ぼっち・ざ……ぼっちちゃん?   作:あったかもこもこ

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8話 君に朝が降る?

 

 時刻は十六時。

 買い出しから戻ると、慌てた様子の喜多がSTARRY店内の入り口でうろちょろとしていた。練習もせずに何やってるんだと聞くと、焦燥しながらも、その理由を話してくれた。

 そしてその理由を聞いて、今度はあたしが慌てる番となる。

 どうやら、あみちゃんが出て行ってしまったらしい。

 

「あー、なんでまた……」

「えーと──」

 

 一応、伝言預かってますと喜多は言った。

 視線で続きを問うと、恐る恐るといった感じで「……少しサボる、と伝言を」と返ってきた。

 

「サボりぃ?」

「理由は分からないんですけど、なんだか焦ってたような」

「なんにしろ、あみちゃん居ないのは困ったなぁ」

「わ、私が埋め合わせを……」

「喜多ちゃん、今からライブだろ」

「あ……そうでした」

 

 結束バンドのライブで人員が削られてる今、あみちゃんが抜けてしまうのはちょっと困る。忙しくなるチケット販売の十七時まではまだ時間がある。だが、いつ帰ってくるかも分からない状況。若干の不安が襲った。

 

「はぁ、後は何とかやっとくから、喜多ちゃんは練習行きな」

「はい……ごめんなさい」

 

 喜多が謝る事ないのに、深刻そうな顔して。

 まったく罪深い女だよ、あみちゃんは。

 

「帰ってきたらお仕置きだな」

 

 なんて呟いていると。

 ちょんちょん。

 肩を小突かれた。後ろを振り向けば……

 

──プニッ

 

 人差し指であたしの頬を突くPAがいた。

 

「店長さ〜ん。あみちゃん様子もおかしかったですし、いつもの働きも見て今回は大目に見てあげませんか?」

「その前に早く、指を、どけろ」

「あら怖い」

 

 睨み付けると、白磁肌に黒くマニュキアされた指先がゆっくりと離れていった。

 

「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか」

「よくねぇわ! あまりあたしを揶揄うな」

「揶揄ってないです。おちょくってます」

「いっしょな意味なんだよなぁ」

 

 長く余った袖で口元を隠し、PAはくすくすと笑った。

 

「あ、もしあみちゃんにお仕置きするなら、その時は私も混ぜてくださいね」

「なんでだよ。駄目に決まってるだろ」

 

 何するつもりだ。目がなんかいやらしいぞ。

 

「なぁ、前からずっと思ってたんだけど、お前本当にあみちゃんに手出してないよな?」

「ないですね〜」

 

 相変わらず、くすくすと笑っている。

 とても怪しい。

 とにかく怪しい。

 こんなにも怪しい人物をみすみす見逃していてよいのだろうか。あみちゃんの貞操が危ないのではないか。それか、すでにもう──いや、この考えはよそう。なんだか泣けてくるから。

 

「店長だって、この前眼鏡プレゼントしてたの知ってるんですよ?」

「お前は家に連れ込んでるだろ」

「チョーカー」

「ピアス」

「帽子」

 

 にゃーにゃーにゃー。

 不毛な争いは続いた。

 

 

────

──

 

 

「あ、あ、あ、あみちゃん!?」

「えっと、久しぶり……」

 

 控えめに手を振る。すると彼女は、ドタバタと効果音が聞こえそうな勢いでこちらに向かって……来る途中でこけた。そしてギターケースの下敷きとなるひとりちゃん。

 倒れている肢体に近づき、しゃがんで「大丈夫?」と声をかけると、ぷるぷる震えながら片手が上がる。大丈夫じゃないみたい。

 

「うぅ、妄想してきた感動の再会が崩れていく」

「そんなのしてたの?」

「そんなのっ!」

 

 グサッ。何かが彼女に刺さった。

 串刺しの磔になりながら「まだ二十二のパターンがあったのにー」なんて恨めしく呟いている。そのパターンがどんなものだったかは、ひとりのみぞ知る。妄想は闇の中だ。

 未だ倒れたままの彼女を起こそうとすると。

 

「ほ、本当にあみちゃんなの?」

「本当」

 

「夢じゃない?」

「夢じゃないよ」

 

「じゃあ幻覚?」

「ここに居るよ」

 

 どうも幻か何かだと思っているようだ。

 実物証明ついでに、彼女の懐に手を差し込み、体を持ち上げる。

 ジャージに付いた砂を払いながら、彼女の顔を伺うと。なんとも言えない苦い顔をしていた。

 

「どうしたの?」

「私は、恥の多い生涯を送ってきました」

「太宰?」

「バンドを組んで、友達も沢山いて、今頃はパリピ陽キャになってる予定だったのに……今も相変わらず陰キャのまま。あみちゃんに合わせる顔がないよ」

「別に気にしないのに。あ、顔にも砂付いてるから、洗った方がいいよ」

 

 服に付いた砂を大体払い落とし。次は顔に着いた砂を取るため、水道のある方へと彼女の手を引き導いて行く。大人しく着いてきてくれるので、澱みなく水道に辿り着いた。

 彼女は、長い髪の毛を後ろに流し、優しく砂を洗い流していく。

 ひとりちゃんもしかして肌とか気遣ってるタイプかな。

 

「あ、ごめん。今タオルないから、ティッシュでいい?」

「い、いやそんな。貰えるだけで有頂天です」

 

 慣れた手つきで顔の水分を拭き取っていく過程を見て、やっぱりひとりちゃん肌大切にしてるなぁと感嘆した。

 

「ひとりちゃん結構美容系女子だったりする? 髪も綺麗だし」

「えと、そこそこ気にしてる」

「へぇー意外」

「あみちゃんに褒めてもらってから、そこから綺麗になる努力してる」

「私が原因なのか」

「いつ会っても、綺麗だって思ってもらうよう、に」

 

 意味ありげな視線をもらう。分かりやすいねひとりちゃん。

 

「今日会った時から、ずっと綺麗だと思ってたよ」

「ふへっ、えへへ」

「あ、溶けてる。久々に見たなぁ」

 

 目の前の景色が歪んだと思ったら、景色じゃなくてひとりちゃんが歪んでた。幼少期からの技……技とよんでいいのか。それはいまだに現役というわけだ。

 昔と比べて身体も大きくなり、規模がデカくなったスライム化を私は上から眺めていた。

 

「まぁ、良かったよ。ひとりちゃんが立派に成長してくれて。正直不安だったんだよ? ひとりちゃん私に付きっきりだったから」

「成長、したのかな。今もろくに人と話せないのに」

「うん、立派になった」

「あ……」

 

 彼女を包むように抱くと、液状化はおさまり、通常の状態に戻っていった。

 

「暖かい……」

 

 元の姿に戻ると、彼女も遠慮しながらも背中に手を回してくれる。

 そんな彼女が愛おしく。私はそっと彼女の頭を撫でた。

 指通りの良いピンクの長髪は、光を反射して煌びやかでとても綺麗だ。

 

「髪伸びたね」

「うん……」

 

「身長も、大きくなったね」

「ゔん……」

 

「今更会いに来てさ、迷惑じゃなかった?」

 

 彼女の頭が横に振られる。抱きつく力が強くなった。

 そっか。そう思ってくれるなら嬉しいよ。

 

「ひとりちゃん泣いてるの?」

「ぐすっ……泣いてるかも」

 

 胸元に埋まる彼女の顔は見えない。しかし、声は震えている。感情の波が揺れているのだろうと想像できた。

 

「なんでかな。さっきまでは平気だったのに……弱いところは見せないようにって思ってたのに」

「うん」

「あみちゃんに触れてると、本当にまた会えたんだなーって」

 

 彼女が顔を上げる。

 瞳は光沢が増し、水膜が表面を覆っていた。目元からは一つ、また一つと水滴が頬伝って落ちていく。

 

「せっかく顔洗ったのに、目腫れちゃうよ?」

「だって……だって、止まらないっ」

 

 ひとりちゃんが泣いている。人目も憚らず。公園の真ん中で。大粒の涙を溢している。

 唇は震え、鼻を鳴らして。

 こんな姿は見たことがなかった。

 

「ごめんねひとりちゃん、私……」

「あみちゃん約束破った」

「本当にごめんね」

「これからは隣に居てくれる?」

「うん、いるよ」

 

 約束。 

 そう彼女は言った。

 

「とりあえず、人目もあるし移動しよっか」

「うん……分かった」

 

 そう言いながらも、ひとりちゃんは離そうとしてくれない。

 涙が枯れるまで、彼女が満足するまで。

 結局しばらくの間、二人で抱き合ったままだった。

 

 

────

──

 

 

 下北沢。

 そこはおしゃれと文化の個性が光る街。

 おしゃれとは程遠い私なんかが来ていい場所なのか。変な目で見られてないか。とにかく不安で仕方がない。

 あみちゃんの背中にくっつきながら、周りの視線に怯えてコバンザメが如く。後藤ひとりは下北をゆく。そして、ついでにあみちゃんの匂いも堪能する。

 

「ひとりちゃん歩きにくいんだけど」

「今離れると、私は爆発四散します」

「冗談に聞こえないね」

 

 これが地雷系女子か、と小さな声で聞こえた。

 

「手、繋ぐのじゃダメなの?」

「それは……ありかも」

「じゃあそうしよっか」

 

 彼女が手を絡ませてくる。いわゆる恋人繋ぎ。

 えっ、いいんですか? こんな、と視線を送れば、ハッとするような流し目を一つ貰った。 

 

(え、えっちすぎるっ!)

 

 彼女の綺麗な横顔を眺め。少し視線を下げれば、ハイネックの黒インナーからは白い細首が覗いている。自身の口内で液体が生成され、ゴクリと音を鳴らした。

 ちょっとよろしくない方向に成長してないですか彼女。絶対色んな人から変な目で見られてるよ。

 

「あ、あみちゃん、こういうの誰にでもするの?」

「しないよ。親しい人にだけ」

「……私以外にもする?」

「さぁ、どうだろう」

 

 はぐらかされた。そうだよね、高校じゃ彼女はきっと人気者。親しい人の一人や二人、余裕でいるだろう。もしかしたら、恋人とかもいるのかも。暗い想像がよぎる。

 どうしよう、聞いてみようかなぁ……

 

 ドッドッドッ。

 

 あ、心臓が暴れてる。きっと私の体が真実を知りたがってないんだ。けど、知りたい。このままどっちつかずだと私の心の平穏が保てない。

 

「あ、あの、あみちゃん。恋人とか……いる?」

「ん? いないよ」

「ふへっ……あ、いないんだね。へっ、そ、そうなんだー」

 

 後光が私を差した。

 まるで死地から舞い戻ったかのような安心感。

 翼が生えたかのように身体が軽い。私は今、天に昇ることも可能だろう。いや、出来ることなら私はあみちゃんのもとに飛び込みたい。

 

「ひとりちゃんはどうなの?」

「居ないです。フリーです。ひとりの懐空いてます」

「そうなんだ。じゃあ私が立候補しちゃおっかな」

「えっ!?」

「なんて、冗談」

「えっ」

 

 少し色っぽい彼女の笑顔。なんだろうこの感覚。懐かしい感じがする。色香か懐古からか、私の胸は高鳴った。

 彼女、普段からもこんな感じで過ごしてるのなら、これまでにいったい何人の犠牲者を出してきたのだろうか。先行く犠牲者達に、心の中で合掌した。

 

「あ、今日ね、喜多ちゃんって子に誘われたでしょ」

「うん」

 

 喜多ちゃん。彼女の事はよく覚えている。あみちゃんと同じ赤髪と、インパクトが強かったから。

 

「今向かっている所はね、その子のバンドがライブする場所なの。つまりライブハウスだね」

「え、大丈夫かな? 邪魔だって思われない?」

「あはは、ないよ。今日ひとりちゃんはお客さんとして行くからね。あ、ちなみに私はそこでバイトしてるんだ」

 

 バイト。しかもライブハウスで。やっぱり私とは住んでる次元が違うな。

 

「さ、着いたよ」

 

 下へと続く階段。薄暗い中、STARRYの文字が光っていた。

 

「ま、魔境?」

「魔境じゃないよ」

 

 躊躇いなく下へと降りていくあみちゃんの後に私も続いた。

 

「階段、気をつけてね」

 

 エスコートされながら入った先は、暗くて圧迫感ある部屋であった。

 私の押入れ環境とどこか似た、落ち着く空間。ライブハウスは我が家だったのか。

 

「着いて早々だけど、ごめんねひとりちゃん。ちょっと席外すね」

「えっ!?」

「実はバイト中に無断で抜け出してきたの。だから店長に謝りに行かないと」

 

「あ、結束バンドの演奏聴いていってよ。チケット代は私が払っておくから」

 

 結束バンド?

 私の頭の中では、例の結束するバンドが宇宙をバックに彷徨っていた。

 





STARRYで働く顔の良い母性溢れる
未亡人感のある先輩♀(25)概念が
作者の頭にログインしました。
誰か書いてくれませんか?

※誤字脱字報告ありがとうございます。ぐっ!(握り拳)
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