時刻は十六時。
買い出しから戻ると、慌てた様子の喜多がSTARRY店内の入り口でうろちょろとしていた。練習もせずに何やってるんだと聞くと、焦燥しながらも、その理由を話してくれた。
そしてその理由を聞いて、今度はあたしが慌てる番となる。
どうやら、あみちゃんが出て行ってしまったらしい。
「あー、なんでまた……」
「えーと──」
一応、伝言預かってますと喜多は言った。
視線で続きを問うと、恐る恐るといった感じで「……少しサボる、と伝言を」と返ってきた。
「サボりぃ?」
「理由は分からないんですけど、なんだか焦ってたような」
「なんにしろ、あみちゃん居ないのは困ったなぁ」
「わ、私が埋め合わせを……」
「喜多ちゃん、今からライブだろ」
「あ……そうでした」
結束バンドのライブで人員が削られてる今、あみちゃんが抜けてしまうのはちょっと困る。忙しくなるチケット販売の十七時まではまだ時間がある。だが、いつ帰ってくるかも分からない状況。若干の不安が襲った。
「はぁ、後は何とかやっとくから、喜多ちゃんは練習行きな」
「はい……ごめんなさい」
喜多が謝る事ないのに、深刻そうな顔して。
まったく罪深い女だよ、あみちゃんは。
「帰ってきたらお仕置きだな」
なんて呟いていると。
ちょんちょん。
肩を小突かれた。後ろを振り向けば……
──プニッ
人差し指であたしの頬を突くPAがいた。
「店長さ〜ん。あみちゃん様子もおかしかったですし、いつもの働きも見て今回は大目に見てあげませんか?」
「その前に早く、指を、どけろ」
「あら怖い」
睨み付けると、白磁肌に黒くマニュキアされた指先がゆっくりと離れていった。
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか」
「よくねぇわ! あまりあたしを揶揄うな」
「揶揄ってないです。おちょくってます」
「いっしょな意味なんだよなぁ」
長く余った袖で口元を隠し、PAはくすくすと笑った。
「あ、もしあみちゃんにお仕置きするなら、その時は私も混ぜてくださいね」
「なんでだよ。駄目に決まってるだろ」
何するつもりだ。目がなんかいやらしいぞ。
「なぁ、前からずっと思ってたんだけど、お前本当にあみちゃんに手出してないよな?」
「ないですね〜」
相変わらず、くすくすと笑っている。
とても怪しい。
とにかく怪しい。
こんなにも怪しい人物をみすみす見逃していてよいのだろうか。あみちゃんの貞操が危ないのではないか。それか、すでにもう──いや、この考えはよそう。なんだか泣けてくるから。
「店長だって、この前眼鏡プレゼントしてたの知ってるんですよ?」
「お前は家に連れ込んでるだろ」
「チョーカー」
「ピアス」
「帽子」
にゃーにゃーにゃー。
不毛な争いは続いた。
────
──
「あ、あ、あ、あみちゃん!?」
「えっと、久しぶり……」
控えめに手を振る。すると彼女は、ドタバタと効果音が聞こえそうな勢いでこちらに向かって……来る途中でこけた。そしてギターケースの下敷きとなるひとりちゃん。
倒れている肢体に近づき、しゃがんで「大丈夫?」と声をかけると、ぷるぷる震えながら片手が上がる。大丈夫じゃないみたい。
「うぅ、妄想してきた感動の再会が崩れていく」
「そんなのしてたの?」
「そんなのっ!」
グサッ。何かが彼女に刺さった。
串刺しの磔になりながら「まだ二十二のパターンがあったのにー」なんて恨めしく呟いている。そのパターンがどんなものだったかは、ひとりのみぞ知る。妄想は闇の中だ。
未だ倒れたままの彼女を起こそうとすると。
「ほ、本当にあみちゃんなの?」
「本当」
「夢じゃない?」
「夢じゃないよ」
「じゃあ幻覚?」
「ここに居るよ」
どうも幻か何かだと思っているようだ。
実物証明ついでに、彼女の懐に手を差し込み、体を持ち上げる。
ジャージに付いた砂を払いながら、彼女の顔を伺うと。なんとも言えない苦い顔をしていた。
「どうしたの?」
「私は、恥の多い生涯を送ってきました」
「太宰?」
「バンドを組んで、友達も沢山いて、今頃はパリピ陽キャになってる予定だったのに……今も相変わらず陰キャのまま。あみちゃんに合わせる顔がないよ」
「別に気にしないのに。あ、顔にも砂付いてるから、洗った方がいいよ」
服に付いた砂を大体払い落とし。次は顔に着いた砂を取るため、水道のある方へと彼女の手を引き導いて行く。大人しく着いてきてくれるので、澱みなく水道に辿り着いた。
彼女は、長い髪の毛を後ろに流し、優しく砂を洗い流していく。
ひとりちゃんもしかして肌とか気遣ってるタイプかな。
「あ、ごめん。今タオルないから、ティッシュでいい?」
「い、いやそんな。貰えるだけで有頂天です」
慣れた手つきで顔の水分を拭き取っていく過程を見て、やっぱりひとりちゃん肌大切にしてるなぁと感嘆した。
「ひとりちゃん結構美容系女子だったりする? 髪も綺麗だし」
「えと、そこそこ気にしてる」
「へぇー意外」
「あみちゃんに褒めてもらってから、そこから綺麗になる努力してる」
「私が原因なのか」
「いつ会っても、綺麗だって思ってもらうよう、に」
意味ありげな視線をもらう。分かりやすいねひとりちゃん。
「今日会った時から、ずっと綺麗だと思ってたよ」
「ふへっ、えへへ」
「あ、溶けてる。久々に見たなぁ」
目の前の景色が歪んだと思ったら、景色じゃなくてひとりちゃんが歪んでた。幼少期からの技……技とよんでいいのか。それはいまだに現役というわけだ。
昔と比べて身体も大きくなり、規模がデカくなったスライム化を私は上から眺めていた。
「まぁ、良かったよ。ひとりちゃんが立派に成長してくれて。正直不安だったんだよ? ひとりちゃん私に付きっきりだったから」
「成長、したのかな。今もろくに人と話せないのに」
「うん、立派になった」
「あ……」
彼女を包むように抱くと、液状化はおさまり、通常の状態に戻っていった。
「暖かい……」
元の姿に戻ると、彼女も遠慮しながらも背中に手を回してくれる。
そんな彼女が愛おしく。私はそっと彼女の頭を撫でた。
指通りの良いピンクの長髪は、光を反射して煌びやかでとても綺麗だ。
「髪伸びたね」
「うん……」
「身長も、大きくなったね」
「ゔん……」
「今更会いに来てさ、迷惑じゃなかった?」
彼女の頭が横に振られる。抱きつく力が強くなった。
そっか。そう思ってくれるなら嬉しいよ。
「ひとりちゃん泣いてるの?」
「ぐすっ……泣いてるかも」
胸元に埋まる彼女の顔は見えない。しかし、声は震えている。感情の波が揺れているのだろうと想像できた。
「なんでかな。さっきまでは平気だったのに……弱いところは見せないようにって思ってたのに」
「うん」
「あみちゃんに触れてると、本当にまた会えたんだなーって」
彼女が顔を上げる。
瞳は光沢が増し、水膜が表面を覆っていた。目元からは一つ、また一つと水滴が頬伝って落ちていく。
「せっかく顔洗ったのに、目腫れちゃうよ?」
「だって……だって、止まらないっ」
ひとりちゃんが泣いている。人目も憚らず。公園の真ん中で。大粒の涙を溢している。
唇は震え、鼻を鳴らして。
こんな姿は見たことがなかった。
「ごめんねひとりちゃん、私……」
「あみちゃん約束破った」
「本当にごめんね」
「これからは隣に居てくれる?」
「うん、いるよ」
約束。
そう彼女は言った。
「とりあえず、人目もあるし移動しよっか」
「うん……分かった」
そう言いながらも、ひとりちゃんは離そうとしてくれない。
涙が枯れるまで、彼女が満足するまで。
結局しばらくの間、二人で抱き合ったままだった。
────
──
下北沢。
そこはおしゃれと文化の個性が光る街。
おしゃれとは程遠い私なんかが来ていい場所なのか。変な目で見られてないか。とにかく不安で仕方がない。
あみちゃんの背中にくっつきながら、周りの視線に怯えてコバンザメが如く。後藤ひとりは下北をゆく。そして、ついでにあみちゃんの匂いも堪能する。
「ひとりちゃん歩きにくいんだけど」
「今離れると、私は爆発四散します」
「冗談に聞こえないね」
これが地雷系女子か、と小さな声で聞こえた。
「手、繋ぐのじゃダメなの?」
「それは……ありかも」
「じゃあそうしよっか」
彼女が手を絡ませてくる。いわゆる恋人繋ぎ。
えっ、いいんですか? こんな、と視線を送れば、ハッとするような流し目を一つ貰った。
(え、えっちすぎるっ!)
彼女の綺麗な横顔を眺め。少し視線を下げれば、ハイネックの黒インナーからは白い細首が覗いている。自身の口内で液体が生成され、ゴクリと音を鳴らした。
ちょっとよろしくない方向に成長してないですか彼女。絶対色んな人から変な目で見られてるよ。
「あ、あみちゃん、こういうの誰にでもするの?」
「しないよ。親しい人にだけ」
「……私以外にもする?」
「さぁ、どうだろう」
はぐらかされた。そうだよね、高校じゃ彼女はきっと人気者。親しい人の一人や二人、余裕でいるだろう。もしかしたら、恋人とかもいるのかも。暗い想像がよぎる。
どうしよう、聞いてみようかなぁ……
ドッドッドッ。
あ、心臓が暴れてる。きっと私の体が真実を知りたがってないんだ。けど、知りたい。このままどっちつかずだと私の心の平穏が保てない。
「あ、あの、あみちゃん。恋人とか……いる?」
「ん? いないよ」
「ふへっ……あ、いないんだね。へっ、そ、そうなんだー」
後光が私を差した。
まるで死地から舞い戻ったかのような安心感。
翼が生えたかのように身体が軽い。私は今、天に昇ることも可能だろう。いや、出来ることなら私はあみちゃんのもとに飛び込みたい。
「ひとりちゃんはどうなの?」
「居ないです。フリーです。ひとりの懐空いてます」
「そうなんだ。じゃあ私が立候補しちゃおっかな」
「えっ!?」
「なんて、冗談」
「えっ」
少し色っぽい彼女の笑顔。なんだろうこの感覚。懐かしい感じがする。色香か懐古からか、私の胸は高鳴った。
彼女、普段からもこんな感じで過ごしてるのなら、これまでにいったい何人の犠牲者を出してきたのだろうか。先行く犠牲者達に、心の中で合掌した。
「あ、今日ね、喜多ちゃんって子に誘われたでしょ」
「うん」
喜多ちゃん。彼女の事はよく覚えている。あみちゃんと同じ赤髪と、インパクトが強かったから。
「今向かっている所はね、その子のバンドがライブする場所なの。つまりライブハウスだね」
「え、大丈夫かな? 邪魔だって思われない?」
「あはは、ないよ。今日ひとりちゃんはお客さんとして行くからね。あ、ちなみに私はそこでバイトしてるんだ」
バイト。しかもライブハウスで。やっぱり私とは住んでる次元が違うな。
「さ、着いたよ」
下へと続く階段。薄暗い中、STARRYの文字が光っていた。
「ま、魔境?」
「魔境じゃないよ」
躊躇いなく下へと降りていくあみちゃんの後に私も続いた。
「階段、気をつけてね」
エスコートされながら入った先は、暗くて圧迫感ある部屋であった。
私の押入れ環境とどこか似た、落ち着く空間。ライブハウスは我が家だったのか。
「着いて早々だけど、ごめんねひとりちゃん。ちょっと席外すね」
「えっ!?」
「実はバイト中に無断で抜け出してきたの。だから店長に謝りに行かないと」
「あ、結束バンドの演奏聴いていってよ。チケット代は私が払っておくから」
結束バンド?
私の頭の中では、例の結束するバンドが宇宙をバックに彷徨っていた。
STARRYで働く顔の良い母性溢れる
未亡人感のある先輩♀(25)概念が
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※誤字脱字報告ありがとうございます。ぐっ!(握り拳)