私はひとり。
そしてここは宇宙。光の引力に呑まれて、他の微粒子が光に群がっている。私は闇だ。引力には呑まれない。だからひとりだ。
なんて。
ステージからは離れたカウンター前。そこで孤立。
あみちゃんが居なくなった今、私はひとりから、ひとり
なんて。
そんなわけないんだけどね。
あぁ、あみちゃん。どうして私を置いて……
「ひとりちゃん、盛り上がってる?」
「あ、あみちゃん」
ぎゅいーん。意識の超回復。
花畑の奥地、麦わら帽子を被ったあみちゃんが微笑んでいる。
てのは妄想で。現実はあみちゃんがカウンターの向こうで手を振っていた。メイド服で。
「ドリンクを任されました。あみです」
「バイトって……」
「あ、勘違いしないで。今回はお仕置きでこの姿になってるだけだから」
お仕置き……勘違いが加速しそうなんだけど。もしかして、変な事とかされてないよね。店長がバイトの弱味を握って……みたいな。
って、よくないよくないっ! あみちゃんは綺麗な存在なんだ。いやらしい想像なんてしたら駄目だ。それに、ここの店長にも失礼だし。
頭を振って気持ちをリセット。
「どうして急にヘドバン?」
怪訝な眼差しを向けられた。
「もしかして、似合ってない?」
「ぜ、全然! すごい似合ってるよ!」
「ふふ、そう?」
その場でクルリと回り、彼女は綺麗なカーテシーを披露した。
「可愛いすぎる! 家で雇いたいぐらい!」
「じゃあ、雇ってみる? ご主人様」
「へっ」
あみちゃんからの不意打ち。私はマヌケな顔を晒した。だってご主人様だなんて……なんて甘美な響きか。頭をハンマーで殴られたかと思ったよ。
もし雇ったらどんなことでも命令できるのかな? あんなことやそんなこと。
…………
「ダメだ! よくないよそんなのっ!」
「そんなに?」
「あ、否定したわけじゃなくて、その! あの! 日給10万でどうですか!?」
「うん、少し落ち着こうか?」
冗談だから、と彼女は言った。
またもあみちゃんの冗談に踊らされる私。彼女はどうも私の反応を見て楽しんでる節がある。まぁ別にいいけど。踊らされるのも悪くないし。あぁでも、他の人を踊りに誘うのは見たくないな。きっと嫉妬しちゃう。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「じゃあ、話変わるけど。結束バンドはどうだった?」
結束バンド、という名のバンド。
ギター、ベース、ドラマの3ピースバンド。
当たり前だけど、喜多ちゃん以外は知らない人だった。一人は金髪の陽キャぽい人。もう一人は青髪のクールそうな人。
正直言って、演奏は結構ミスが目立ってた気がする。けど、三人とも楽しそうで。それは私にとって羨ましく、憧れに近い何かを抱いた。
だから私にとっての結束バンドは……
「良いバンドだなって思った」
ステージを見ながら。
結束バンドとは別のバンドが演奏している姿を見ながら、そう答えた。
「ふふ、そっか」
それから少し沈黙。
彼女も、無表情でステージを眺め、私とあみちゃんの間になんとも言えない空気が流れる。
少しして、あみちゃんの方から鼻歌が聞こえてきた。それは結束バンドのカバーした曲のサビ部分だった。
(綺麗な歌だな……)
しばらく、何も言わずに鼻歌を聴いた後、次に口を開いたのは私だった。
「喜多ちゃんはどうして私を誘ったんだろ。歌も歌えてるし、三人でも十分そうだった」
「うーん、喜多ちゃんの考える事は難しいからねぇ」
「え、喜多ちゃんってそんな難しい人なの?」
「ちょーっと変わってるかな」
「ちょっと?」
「うん、ちょっとだけね」
ちょっとじゃないよね。多分。
「実を言うと、喜多ちゃんにギター教えたの私なんだ」
「え」
ギター教えたの? 私以外の人に。
独占欲が顔を出す。ブラックひとりが表に挨拶に来ていたが、なんとか玄関の方で食い止めることに成功。しかし、どんどんどんと扉を叩く音が聞こえる。
「最初はよく躓いてたんだけどね。そのうちにどんどん上手くなって。もうライブできるまでに成長して、なんだか私が嬉しい」
子を想う親のような、朗らかな微笑み。
まずい。ブラックひとりがインターフォンを高速で鳴らしている。もう我慢の限界だ。
「わ、私も──」
「すみませーん。オレンジジュースください」
「はい、少々お待ちください」
小さく言いかけた言葉は切られ、彼女の耳には届かなかった。
彼女は、慣れた手つきで飲み物を用意していく。この間に、私の中のブラックひとりを鎮める事に成功した。
用意した飲み物をお客さんへと渡すと。そうしてようやく私の方へと再び向き直ってくれた。
「それでなんだけど……ギター教える時に、喜多ちゃんのバンドの価値観みたいなの聞いたの」
「喜多ちゃんの価値観」
「喜多ちゃん曰く、バンドは友達や恋人を超越した第二の家族だそうだよ」
「え、つまり、お前も今日から家族だ(勧誘)、だったってこと?」
「そんな危険思考は持ってないよ。多分」
「多分」
持って……持ってないはず、と彼女が片手で頭を抑えている。
喜多ちゃんって実はヤバい人だったのかな。
「まぁそれは置いといて。そんな喜多ちゃんの居るバンド。興味あるでしょ?」
「あるにはあるけど……」
「メンバーじゃない私が言うのも変なんだけど、結束バンド入ってみない?」
「うー、でも」
「でも?」
「私は、あみちゃんとバンド組みたい……」
「あ、ひとりちゃんには言ってなかったね。私、バンドとか組むつもりはないよ」
彼女は軽くそう言った。
「えぇ!?」
「だから、ごめんだけど、ひとりちゃんの期待には答えられないかな」
「そんな……」
私がずっと目標にしてきた事が、今潰えました。
「だからさ、入っちゃいなよ、結束バンドに。きっと楽しいよ?」
「でも……」
「それにさ、私聴きたいな。ひとりちゃんのロックを」
見惚れるような微笑みで彼女は私を誘った。
「は、入ってみよっかなー?」
人間は不純な生物である。それは私も例外ではない。
────
──
「ミスりまくったー!」
「私もですー!」
「私はそうでもなかったけど」
額に垂れた汗を拭き、虹夏は各々の様子を見渡した。
喜多は満身創痍といった感じ。仕方がない。彼女はボーカルとギターという重大な仕事を任せてしまっている。
リョウは、相変わらず涼しい顔していた。
「MCスベってたね」
「んひひっ」
「しょうがないですよ初めてなんですから」
スベったことは否定しない喜多。リョウの発言よりなによりそっちの方が虹夏の心には刺さった。まぁ確かにMC力がないのは否定できないし、そういうところも磨いていかないと。グッと握り拳をつくり、決意を固めていると、
コンコンコン。
扉を叩く音。
「はいどうぞー!」
入ってきたのは吉と……ピンク。
「ライブお疲れ様」
「あう、あ……」
赤髪の後ろにピタリと、ひっつくように現れた挙動不審な少女。
ピンクの髪に、ピンクのジャージ。そして一点。背中にある黒のギターケースが存在感を放っていた。
「あれ、後藤さん?」
「あ、はい後藤です」
喜多がきょとんとした顔で言った。
「もしかして喜多ちゃんが誘った子?」
「そうです! ほらー伊地知先輩、存在したでしょ?」
「確かに存在したね」
「え、私の扱いってUMA?」
知らぬ所での自分の扱いに、後藤ひとりは密かにショックを受けた。
悪いようには言われてないから大丈夫だよ、と吉がひとりの頭を撫でた。
「バンド加入希望の後藤ひとりちゃんです。ちなみに私の昔からの親友」
親友だと。
喜多は「あら、そうだったのね!」と純粋に驚いた。
しかし、虹夏のアホ毛センサーは何かを察知。二等辺三角形の底角が空へと聳え立つ。バンド加入希望という言葉が聞こえたのか聞こえてないのか、それらを放って「親友」の話題を深掘りにいった。
「えー、だからそんなに距離近いんだ。ちなみにいつからの知り合いなの?」
「うーん、幼稚園からかな」
「それって幼馴染ってやつじゃないかしら! 憧れるわ! ……はっ!」
喜多は気づいた。
このままでは私の周り、吉さんと後藤さん。伊地知先輩とリョウ先輩。という、幼馴染同士で固められてしまい、私だけ除け者になってしまうのではないかと。
私も幼馴染をつくっておくべきだった。
「……やってしまったわ」
「え、喜多ちゃんどしたの?」
「吉さん、今からでも私と幼馴染になれないかしら?」
「本当にどうしたの喜多ちゃん!?」
それは、幼馴染の定義から考えないとね。吉はそう言った。そして喜多は項垂れた。
そうした女子トークが盛り上がる中、ベーシストはジッとひとりを見つめていた。
「え、あの、その……良い天気ですね」
「ここ室内だよ」
「え、じゃあ、良い電灯ですね」
「ここのはLEDだから、どちらかと言えば確かに良い電灯かもね」
「へへっ、やっぱりー」
「ふっ、ひとり、面白いね」
「いやー、それほどでもー!」
仲よさそうである。
「あ、紹介がまだだったね。あたしは伊地知虹夏! ドラムを担当してるよ。で、そっちの青いのがベース担当の山田リョウ」
「どーも、青いのです」
「あ、こちらはピンクの後藤ひとりです」
仲よさそうである。
「あとー最後に、知ってると思うけど喜多ちゃんね。うちではギターボーカル担当だよ」
「よろしくね後藤さん!」
「あ、喜多ちゃん。一度は断ってしまってごめんなさい!」
「いいのよ後藤さん。こうして来てくれただけで私は凄く嬉しいわ」
家族になれるんだから。ひとりの頭に幻聴が響いた。
「後藤さんどうしたの? なんだか顔色悪いわよ」
「な、なんでもないです」
こころなしか瞳に光がないように見える喜多の視線から、ひとりはそっと顔を逸らした。
「えー、バンド加入希望者というわけで。ひとりちゃんには簡単なテストをしてもらいます!」
「う、テスト……嫌な響き」
「まず第一に、あなたはギターを弾けますか?」
「ひ、弾けます!」
「オッケー! 合格! 君も今から結束バンドだ!」
「ゆるすぎる!」
あまりにゆるい審査基準に、思わずひとりの声が上がる。
「おっ! いい声出てるねー。ひとりちゃんボーカルもいけちゃう感じ?」
「むむむ!」
「ちょっ! 首痛めちゃうよ!?」
首を左右に高速で振り、むむむと連呼するマシーンと化したひとりを虹夏は心配そうな目で見ていた。そこに、こほんとわざとらしく声を出した喜多は、ひとりの突然の奇行の意味を語る。
「伊地知先輩、これは首を左右に振る事で拒否の反応を示しています。つまり、無理ですって意味です」
「なんで知ってるの喜多ちゃん」
「最初勧誘した時も同じような事されたからです」
「なるほど」
むむむの謎が解明された。虹夏は肩の力を抜いた。
そして喜多は、一歩、後藤博士への道を進んだ。
「えー、じゃあ後は……次のライブでひとりちゃんを紹介する時なんだけど。なんて呼べばいいかな? ひとりちゃん? 本名でいいかな?」
「い、いやそれは……」
「じゃあ、あだ名とかないの?」
「ちゅ、中学では「あのー」とか「おい」とか……」
「それあだ名じゃなくない!?」
ひとりの悲しき過去を垣間見た。
「吉さん、後藤さんにあだ名とかつけなかったの?」
「私はずっとひとりちゃんって呼んでたから」
若干、吉も焦る。そんな中リョウは一人、新しいあだ名を思案していた。
「ひとり……ひとりぼっち……ぼっちちゃんは?」
「おう、またデリケートなところを!」
リョウのデリケートな攻めたあだ名に、ひとりは目を輝かした。
「ぼぼぼぼっちです!」
「喜んでるし……」
「あだ名とか初めてで」
「う、なんか涙出てきた」
こんな変なあだ名でもいいのか。
他にも考えるよ? と虹夏が言ったが、ひとりはむむむと拒否反応を示した。そんなにそのあだ名がいいのね。
「でもそっかー……うん! よーし、じゃあ今からぼっちちゃん歓迎会兼ライブの反省会だー!」
「あ、今日は人と話しすぎて疲れたのでもう帰りたいです」
後藤ひとり。
「え?」
「眠い……」
山田リョウ。
「えっ?」
「私はメンバーじゃないからそろそろ失礼するね」
吉あみ。
「ちょっ」
「伊地知先輩ごめんなさい。私この後用事があって……」
喜多郁代。
「えぇっ!?」
一人。また一人と部屋から立ち去って行く。残されたのは立ちながら眠るリョウと、まさかの展開に混乱する虹夏のみとなった。
寂れた空気。それに合わせるかのようにマイクスタンドがカランと倒れた。
「結束力全然ないっ!!」
結束バンドは宇宙の彼方へと消えていった。
この小説完結したと思ったら夢でした!
※誤字脱字報告、毎度ありがとうございます!