異世界フーゾク! ~童貞は卒業できなかったけど勇者は卒業してオーナーはじめました~   作:時間をくれ

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童貞だからできること

 皆の無事を確認した後、倒して死骸が残った大蛇を討伐の証としてささっとカイルに届け、俺は報告を終えてガーディウムへと戻ってきた。

 

「ありがとう。お前さんには大きな借りが出来ちまったね」

「いやいや。こっちは一ヵ月も世話になりっぱなしだったんだ。まだこっちが返しきれてないよ」

 

 被害を受けながらも辛うじて倒壊を免れた店から無事な家具や衣装を運び出すユキと娼婦たちを眺めながら、俺はタマちゃんに軽く手を上げて答えた。うおっ、あの衣装なんて透け透けスケベすぎる……!

 

「そんなことはないさ。ユキを、いいや此処にいる全員をお前さんが助けてくれたんだ。勇者でもない(そんな使命のない)お前さんがね」

「勇者でもないは余計だ」

「そういう意味じゃないんだけどねえ」

 

 煙管を吹かすタマちゃん、その目元は少し赤い。

 昨晩、俺がそうされたように俺もそれに触れることはない。……幼いユキ以上に、大人の美女の慰め方なんて知らないから(童貞だから)ではない。ないったらないのだ。

 

「けどどうしてまたこっちに来たんだい?」

「ブレーメンに戻って、事情を説明していた時にカイルからの応援要請が来たんだ」

「それで駆けつけてきた、と。とんだお人好しだね」

「この街の事を知らないままだったら任せてたかもな。タマちゃんたちが危ないと思ったら居ても立っても居られなくてさ」

「……そうかい」

 

 不意に顔を背けるタマちゃん。おっとこれは……照れてますな? むふふ、可愛い所もあるじゃないですか。

 だが弄る勇気もないので話を進める。

 

「それで此処についても少し話を聞いてきた。中途半端になっちまったけど。それで俺、考えたんだけどさ」

 

 六種族から見捨てられた街。地図にも乗らず、法にも守ってもらえない街。そこに押し込められ、それ以外の生き方を許されない住人(娼婦)たち。

 タマちゃんたちを、勇者ではない俺がどうやったら救えるのか。

 俺が思いついたのはたった一つだけ。

 

「この街の利用はもう禁止されちゃいない。存在も利用も合法なんだ。このガーディウムの存在を認めていないのは法じゃなく、この世界に生きる人たちの心だ。初代勇者が発した命令から始まって、この五十年で大勢の人の意識に植え付けられちまった潔癖症の心だ」

「……無理もないさ。生きる為とはいえ、わしらは体を売ってるんだ。日向の住人たちから見れば、わしらは薄汚れて、見るに堪えないドブ川のネズミだ」

「俺はそうは思わねえ」

 

 強く、はっきりとタマちゃんの言葉を否定する。

 慰めとか気遣いとかじゃない、俺の本心だ。

 

「タマちゃんたちは楽に生きる為に体を売ってるわけじゃないだろ。それ以外に生きる道がなくて、それでも生きる事を諦めず、生きていたいと思ったからこの道を進むことを選んだ。生きる事から逃げなかったんだ」

「そんな格好良いものじゃないよ、わしらは」

「俺はそんなタマちゃんたちの強さを気高く、美しいと思うよ」

 

 今も必死になって店を続ける為に動き回るみんなを見る。

 昨夜は酒と雰囲気に酔って気付けなかったが、片角が欠けたユキだけじゃない。猫の獣人族のあの娘の尾は不自然に短い。天使族のあの娘の服には翼を広げる為の穴が一つしか開いていない。三つ目の魔族だろうあの娘の額には一筋の傷が刻まれている。人族やエルフ族のみんなも、服で隠しているだけで焼印が刻まれているはずだ。

 俺も勇者であることを失ったが、それは後付けの誇りだ。後付けの名誉だ。失ったところで、元に戻っただけ。

 だけど部族にとっての誇りであるはずの部位を削がれて、一生消えない傷を負って、それでもあの娘たちは生きようと足掻いている。

 そんな彼女たちの強さを汚いだなんて思えるはずがない。

 

「……俺にはこの街のみんなに他の道は示せない。でも、途絶えようとしているその道を繋げる事は出来ると思うんだ」

「サイトー……あんた、何を……?」

 

 俺に出来る事。

 異世界から召喚されて、勇者の使命からも解放された俺だから出来る事。

 

「此処には最高の女が揃ってる! 必要なのは宣伝だ! 戦略だ! カイルだけじゃない、こんな美女がいるって四つの大陸全土に広げれば必ず男どもはやってくる! 時代が変わろうと世界が変わろうと男ってのは馬鹿な生き物だ! 噂を聞きつけて何処からでも絶対にみんなに会いに来る! だからタマちゃんッ、俺に、俺にこの街を昔みたいに大勢の男たちで溢れかえるような、そんなフーゾク街にする手伝いをさせてくれッ!」

 

 俺の言葉にタマちゃんはぽかんと口を開けて、くつくつと耐えきれない笑いを零す。

 俺は本気で言っているんだが、その気持ちが伝わっていないらしい。

 

「くくくっ、お、お前さん、童貞だろう? 女を知らないクセに、フーゾク街を盛り上げるなんて、どっからその自信が湧いてくるんだい……?」

「そうだッ、俺は童貞だ! だが童貞にも見えるものもある!」

 

 そっちかよ!

 だが分かっていないな、タマちゃん。俺は童貞だが、この世界の童貞じゃあないんだぜ?

 そりゃあこの世界ではフーゾク街はここ一つで、経営戦略の参考に出来るものはない。

 

「具体的に言うと向こうの世界で大抵のサンプル動画体験動画は見尽くした!」

「さ、さんぷる? たいけん? 何を言ってるんだい?」

「俺は童貞だが、この世界のフーゾクに革命を起こす知識がたっぷりある! 歴史は変わらずとも発展し進化して生まれた多様性はこっちの世界の比じゃないからな!」

 

 あちらの世界とこちらの世界、一般人がフーゾクに対する忌避感、嫌悪感を持っているのは程度は違えど同じこと。

 それでもあちらのありとあらゆる場所に店が構えられているのは需要があるからに他ならない。一夜の夢を見たい男が大勢いるからだ。

 それはこちらの世界でも変わらないはず。たとえ表向きは嫌悪していても、たとえ一般論と常識に抑圧されていたとしても、その内に秘めたえろいことに対する欲求は男である限り決してなくなったりはしない!

 

「俺がこの街を男で溢れさせてみせる! だからお願いだッ、雑用でも何でもやる! タマちゃん!」

 

 勇者でなくなった俺を雇ってくれ、と頭を下げた。

 客としてこの街を訪ねる約束は果たせなくなるけど、俺が彼女たちを助ける為に出来るのはこれしかない。

 

「……街を救ってくれた恩人を顎で使うなんて出来ない──」

「そんなの気にしなくていいっ、命を救われたのは俺が先だ!」

 

 分かったと言われるまで頭を上げない気概で頼み込む。

 向こうの入社試験の時でさえ、ここまでの気持ちは持てなかった。けど今の俺は雇ってもらえるまで動く気はない……!

 そんな風に気負っていたからか、俺はタマちゃんの雰囲気が変わっていたことに気付かなかった。

 

「話は最後まで聴きな。お前さんを下働きとして使うなんざ、わしも皆も許せやしない」

 

 頭を下げ続けていた俺の視界に、タマちゃんが入り込む。

 覗き込まれたわけではない。タマちゃんが地面に膝をつき、俺を見上げていた。

 

「だから、わしに代わって皆の主人(オーナー)になっておくれ。わしらを、この歓楽異人街をどうか導いてくださいまし」

 

 そう言ってタマちゃんは頭を下げる。予想だにしなかったタマちゃんの申し出に困惑し、なんと答えていいか分からない俺の背後で揃った物音が聴こえる。

 タマちゃんの態度に戸惑い、助けを求めるように振り向けば、作業に従事していた他のみんなもタマちゃんと同様に膝をつき、三つ指をついて俺に頭を下げていた。

 

「みんなまで……」

 

 俺と同じで、冗談の類でないことははっきりと分かる。

 本気で、俺にこの街の未来を託そうとしているのだ。

 

「本当に、俺でいいのか……? 勇者じゃなくなった俺を、信じてくれるのか……?」

「タマモさまが信じたお方なら、ユキたちも信じる事が出来ます」

 

 一人立ち上がったユキが俺のそばまで歩み寄ると、やはりまた膝を折った。

 

「ユキの命はサイトー様に救ってもらったもの。どうか、この身を捧げさせてくださいまし」

 

 ユキの瞳は真剣そのもので、子供だからという軽率さはまるで感じられない。

 子供にさせるべきではない土下座を、しかしその美しい所作の座礼を、俺は止めることが出来なかった。

 けれど、覚悟は決まった。

 

「みんな、頭を上げてくれ」

 

 一人一人、みんなの顔を見渡して、息を吸い込んで俺は宣言する。

 

「絶対に後悔はさせない。だから俺を信じてついてきてくれ……!」

 

 俺は世界を救うことは出来なかった。

 けれどこの街は、この場所は、ここに生きるみんなは、絶対に救ってみせる。

 

「俺は絶対に、この街を世界で一番のフーゾク街にしてみせる!」

「此処しかないから既に世界一ではあるんだけどねえ」

 

 そこは気持ちの問題なので揚げ足を取らないでくれ。

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