テレビのリモコンのボタンを押す。
『――――さあ! 黒衣の魔術師の一撃が、アレン選手を貫いたァァァアアア! 試合終了! 勝利したのはヴァルハラウォリアーズ! ロキ選手右手を上げてガッツポーズ! 今シーズン七勝目!』
ボタンを押す。
『はーいじゃあ皆さん、両手を上げてー! ドロードロー体操、はーじまーるよー!』
ボタンを押す。
『本日のゲストは東京大学教授の田中先生にお越しいただきました。田中先生は数々のプレイヤー心理に関する著書を執筆され――』
テレビを消す。
くそわろた。
どうやら……俺はカードゲームの世界に転生したらしい。
……いや、笑っている場合じゃないな?
とりあえず、状況を整理してみようと思う。
俺の名前は佐藤タクミ。大学一年生。彼女無し、出来たこともない。趣味はネットゲームと配信を見る事。あとアニメ鑑賞。まあ一般的な大学生の範疇に収まると思う。
最後の記憶は……そうだ。スマホでゲームしてた記憶だ。多分寝落ちしちゃったんだと思う。
トラックに跳ねられたわけでも、何か事件に巻き込まれたわけでもない。
いつものように朝起きたら皆が狂ったようにカードゲームしてた。なんでやねん。
しかも一番問題なのは――
「こういうのって、自分がやってたゲームの世界に転生するもんじゃないのか?」
――俺がこの世界で流行っているカードゲームについて……いや、そもそも俺がカードゲームについて詳しくない事だ。
俺のカードゲーム歴はスマホでやってたシャドウバースやハースストーンくらい。後は小学生と中学生の時にやってた遊戯王か?
それくらいのカードゲーム知識しか持っていない。
日本にあった数々のカードゲームをテーマとしたアニメや漫画では、こういう世界ではカードゲームの強さこそがステータスみたいな設定がお決まりだった。
強さこそが正義。強ければ何でも許される。みたいな。
「カードゲームの世界だったらカードゲームが強いイコールなんでも許されるって世界でもおかしくない……。もし、この世界もそういう感じの世界だったら、まともにルールすら分かってないのヤバくないか?」
てかそもそもデッキも無い。
「……そうだ、デッキが無かったわ。とりあえずデッキを組むべきか? カードゲームの世界だったら、自分のデッキ持ってないのはヤバいよな? 今日が土日でよかった……カードショップに行けば初心者用のコーナーくらいあるよな……。確か家の近くに一軒あったはず……」
ブツブツ呟きながら財布を開けると数枚の野口さんが顔を覗かせた。
「前世だとスターターデッキって千円くらいだよな? まあ足りるよな? てかバイト先とか大学ってどうなってるんだ?」
気になってバイト先の連絡先や通っていた大学をスマホで調べてみる。
「……ないんだけど」
たっぷりと硬直すること、一分余り。
現実逃避気味に俺は呟く。
「……デッキ買いにいくか」
カードゲームの世界なんだし、自分のデッキさえあれば何とかなるだろう。
…………多分。きっと、メイビー。
「なんかデカくね?」
通学路にあったカードショップの説明をしよう。
こじんまりとして、ボロボロになった古臭いガチャポンの機械が店頭に置いてあったカードショップ。
こんな事を言っては悪いが、客が入っているところも見たことがないし、今にも潰れそうな……いや、むしろなんで経営できてるのか不思議に思うカードショップ。
俺の記憶にあったカードショップは、そんなくたびれたカードショップだったはずだ。
くたびれていた、筈だったのに……。
カードショップに到着すると、俺は目を疑った。前の世界では廃れていたこの店が、まるで別の場所のように活気に満ちていたのだ。店の前には行列ができており、店内からは笑い声や歓声が響いてくる。
思わず、呟いてしまう。
「こんなに賑わってるなんて、信じられない…」
店の看板は輝いており、まるで新しくなったかのように見える。中に入ると、店内はさらに驚きに満ちていた。壁にはカードのポスターがずらりと並び、棚には様々なデッキやパックがぎっしりと詰まっている。客たちは熱心にカードを選び、レジには次々と商品を持った人々が並んでいた。
「これ、本当にあの店か?」
俺は呆然としながら店内を見渡す。カウンターには親しみやすい笑顔の店員が立っており、客たちに丁寧に対応している。彼らの周りには、新作カードの情報を求める客が集まっていた。
「おい、見てみろよ。この新作カード、めっちゃ強そうだぞ!」
「本当だ!しかも、限定版だってさ!」
興奮気味に話す客たちの声が聞こえてくる。商品の棚には、特別な装飾が施された高級そうなカードやデッキが並んでいた。
「すげえな……」
圧巻だ。
カードゲーム世界っていうのを心の底から実感する。
周りの人達の熱量も、活気も、元の世界とは比べ物にならない。
周りの空気にあてられて、興奮気味に店内を見て回る。
すぐに初心者向けのコーナーが見つかった。そこには『スターターデッキ』と書かれた棚があり、様々な種類のデッキが並んでいた。店員さんの手作りだろう、可愛い文字と絵柄で書かれたキュートなポップが添えられている。
俺はその中から『初心者さんに最おすすめ! 今から始める方に! 店内オリジナルルールブック付き』というポップが添えられていた手頃な価格のデッキを手に取る。
「とりあえず……これでいいか?」
初心者用って書いてあるし、ルールブックもついてくるみたいだし。
レジへ向かい、会計をする。財布の野口さんがお亡くなりになられた。……会計の時に気付いたんだが、前世の金は普通に使えるみたいだ。異世界に放り込まれて突然無一文にはならなかったわけだ。良かった。
……まあ、もうお金ないんですけどね。ははっ……。
…………とりあえず、ルール確認しよう。
現実逃避気味に、腰を落ち着ける所がないか店内を見て回る。
すると階段の脇にベンチを見つけた。店の角という事もあって、近くに人もいない。
ちょうどいい。
腰掛けて、買い物袋からルールブックを取り出す。
「……なるほど、相手の体力をゼロにした方が勝ちなのか。…………えーと、フラッシュドライブ……。デュアルリンク……。やっべ…………全然分からん」
「……やべ、寝てたわ」
ベンチで寝てしまっていたらしい。わけわからん用語が多すぎるのが悪い。
ゲートウェイブとかクロノシフトだとか、とりあえず横文字付けとけばいいってもんじゃないぞ。
てか〇〇の時に〇〇みたいな限定効果が多すぎるこのゲーム。しかもルールブックの端っこにまだ確認されていない効果もあるぞって書かれているし。
確認されていない効果ってなんだよ。
カードは創造するものだからってか。そうなのか?
「――――――!」
と、ここで俺は近くに仮面とマントをつけている男が立っているのに気付いた。
白を基調とした反笑いの不気味な仮面に、全身のシルエットを隠せるマントをつけた男だ。
しかも、何かを大声で言っている。
不審者だ。完全にヤバいやつだ。
驚いて思わず立ち上がる。
すると、仮面の男は驚いたような声色で
「おい、次はてめえってわけか?」
と話しかけてきた。
その右手には、デッキと思われるカードの束が握られている。
…………ここまできて、俺は完全に理解した。
そうだ、この世界はカードゲームの世界なんだから、こういう恰好をしている人間もいるだろうと。
おそらくこの仮面の男は自分のカードのテーマにあった格好……言い方は悪いが、コスプレを日常的にしている人なんだろう。
その証拠に、周りをみると他の人も仮面の男を気にしている雰囲気はない。手元のカードを見ていたり、スマホを弄っていたり、様々だ。
もしヤバいやつだったらどうしようと思ったが、大丈夫そうだと肩の力を抜く。
……と、ここで俺は一つ思いつく。
ゲームのルールが分からなくても、やってるうちに覚えられるんじゃないか。
前世でやっていたカードゲームも、なんだかんだで最初はよく分からなかったルールが、やっていくうちに覚えられた物だ。
丁度都合よく、と言っていいのか分からないが、仮面の男はデッキを持つ手を俺の方へ突き出してきて、いかにもやる気満々という様子。
俺がルールすら覚束ない初心者とは思っていないだろうが、初心者でもいいのなら胸を借りるつもりで一戦申し込むものアリだろう。
「ああ、相手になろう。ただ、本当にいいのか? 多分、相手にならないぞ」
「――ッ‼︎ いい度胸じゃねえか。デッキを出しな!」
初心者でも大丈夫か聞いてみると、思いの外ノリノリだった。親切な人か? いや、親切なコスプレイヤーだな。
俺はさっき買った初心者用のデッキをレジ袋から取り出す。
そこで、周囲がやけに静まり返っていることに気がついた。
どうやら周囲の人達の注目を集めてしまったらしい。
そんなに初心者が珍しいのだろうか?
……まあカードゲーム世界だと考えると珍しいか?
そんな事を考えながら、デッキが梱包されている箱を開封していく。
「……お前、まさかそのデッキで戦るつもりかよ?」
「ああ、こいつで充分だ」
親切なコスプレイヤーの人が確認してくるが、問題ないと返答する。
パックとかを買ってデッキを強化した方がいいって話だろうが、今回はとりあえずルールさえ分かればいいと思っているから。
「さて、それじゃあ……」
えっと、デュエルじゃなくて……ルールブックに書いてあったバトル開始の掛け声は……。
「サモンフィールド・アクティベーション」
宣言をすると、俺の眼前に荒野の情景が展開される。
驚いたが、カードゲーム世界なら普通の事だろう。臨場感もバッチリ。これはロールプレイもしたくなるというものだ。
…………掛け声、もっと大袈裟にやれば良かった。次からはちゃんとやろう。
少しだけ後悔をしつつ、俺はデッキトップからカードをドローし――。
黒木ハジメは悪の組織の構成員だ。階級はアコライト。下から数えた方が早いとはいえ、階級持ちである。
闇の力が込められた仮面を使い、各所に散らばった精霊付きのカードを回収するのが仕事だ。
黒木の素のカードの腕前はそれほどでも無いが、闇の仮面に込められた力は凄まじい。
腕自慢の猛者だろうが、プロだろうが、仮面の力を使えば負ける事なんてなかった。
闇の力でアンティルールを強制し、負けた相手から目的のカードを奪う。
そうやって黒木は組織での立場を高めてきた。
この日、黒木はかなり大きめのカードショップに来ていた。もちろん、買い物目的ではない。この店の店長が、目的のカードを持っていると風の噂で聞いたからだ。
「お前たちに、このカードを渡すわけにはいかんのう」
「私が相手になるわ。悪党。……サモンフィールド・アクティベーション‼」
自らをプロと名乗った少女が立ちはだかってきたが、黒木の敵では無い。
プロだろうと何だろうと、闇の力の前では無力だ。
「嘘……こんなの……」
圧倒的な差を見せつけて、少女を下す。
「ハハハハハハ! 雑魚、雑魚雑魚雑魚雑魚ザコォー! お前みたいな雑魚、プロ止めた方がいいんじゃねえか?! ……店長さんよう! お前の頼りにしていた雑魚は、残念俺の足元にも及ばなかったわけだ! ほら、他にも我こそはっていう正義漢の強いアホはいねえのかよ! 誰でも相手になってやるぜ! 勿論アンティルールだがな!」
少女から奪ったレアカードをヒラヒラと見せびらかしながら、周囲を見渡せば皆が目を逸らす。
中には反抗的な目をした者もいたのだが、黒木が睨むだけでスッと視線を床に下ろす。
快感だった。
自分の力を誇示し、その力が恐れられているこの状況。
この状況が、たまらなく魂を揺さぶるのだ!
――――――だからこそそんな状況下の中で、突然立ちはだかった男の姿は、黒木には大変不快であった。
悦に浸るこの瞬間こそが至福であるのに、それを邪魔するとはいい度胸だ。
逆らった事を後悔させるだけじゃ生ぬるい。二度とカードに触らないほど、完膚なきまでに叩き潰してやる。
「おい、次はてめえってわけか?」
そんな気持ちを込めて、高圧的に話しかける。
これまでも、黒木に立ち向かってきた人間が全くいなかったわけではない。
勇気と無謀を履き違え、黒木に挑んできた人間は、それこそ片手の指では足りないほどだ。
だがそんな奴らも、黒木がひと睨みするだけで、子犬のように震え上がる。
黒木の持つ震慄の仮面は、恐怖心を増幅させる効果があるのだ。
仮面の効果を最大にして、ビビらせるように話しかけるだけで、愉快なオブジェの出来上がり。
後は震えあがる相手を、たっぷりといたぶってやればいい。
「ああ、相手になろう。ただ、本当にいいのか? 多分、相手にならないぞ」
――――その男がなんて言ったのか、黒木には理解が出来なかった。
相手になろう――これはまだいい。本当にいいのか――――違う、これもまだ、スルー出来る範囲だ。
……その後、コイツは何を言った?
――――多分、相手にならないぞ。
この、組織の次期幹部候補にして最速でアコライトに昇進した俺様に対して、相手にならないだと?
――ふざけんな。
黒木は元々、我慢強い方ではない。感情がそのまま行動に出るタイプだ。後先を考えないタイプともいう。
言葉の意味を理解してから、黒木の行動は迅速だった。
「――ッ‼︎ いい度胸じゃねえか。デッキを出しな!」
激情に駆られ、黒木はデッキをホルダーから引き抜いた。デッキから漏れ出す闇のオーラが、獲物を寄越せと主張する。
通常ならば、闇のオーラによって呼吸すらままならなくなるほどのプレッシャーだ。
そんな中、何事もなかったかのように、黒木の眼前の男はデッキを取り出した。
――――どこにでも売っている、初心者用の構築済みデッキを。
一般論として、カードゲームは情報戦である。
一枚のカードから相手のデッキを予測し、展開を読み、自分の勝ち筋を通す。
相手のカード、テーマが分かればそれだけ戦略の幅が広がる。
攻めるべきか、守るべきか、盤面をコントロールするべきか。
カードの数だけ戦略があり、コンボがあり、勝ち筋がある。
相手のデッキが一枚一枚分かれば、それだけで勝率が九割を超えるというのは、この世界ではよく知られた話だ。
だからこそ、黒木の目の前の男は正しく、常軌を逸している。
まさか買ったばかりの、しかもデッキ内容が分かり切っている、初心者用のデッキを使うなんて。
いや、まさか、そんな。
「……お前、まさかそのデッキで戦るつもりかよ?」
「ああ、こいつで充分だ」
何か問題でも? と言わんばかりの返答に、今度こそ黒木は絶句した。
初心者用のデッキで、プロすら下した黒木に勝てると眼前の男は言っているのだ。
しかも、それがまるでたいした事ではないかのように。
今どき小学生だって、初心者用のデッキが弱い事は知っている。
構築も弱い、カードもバレている、戦略の幅も乏しい。
そんなデッキで勝てるなんて豪語出来るのは、本物の馬鹿だけだ。
だがもし、それが馬鹿でもヤケになっているわけでもないのならば……。
この目の前の男は、いったいどれだけの実力を持っているのだろうか。
「サモンフィールド・アクティベーション」
眼前の男が、ゲーム開始の宣言をする。
同時に展開されるのは、何処までも突き抜けた荒野の情景。
精霊を使役する程の実力者同士のバトルでのみ発生するバトルフィールドの書き換え。
それが発生するという事は、黒木の目の前の男は紛れもなく――――強者だ。
(しかもこの規模……おそらく幹部クラスの力はある……)
黒木は悪党で、小物である。
小物故に、賢く立ち回ってきた。
強者を見抜き、すり寄る事に関しては黒木は天才級であった。
そんな黒木の強者を見抜く第六感が、全力で警報を鳴らしている。
――――そして、それはバトルが開始されるまで気付かなかった感覚だ。
今の黒木なら、間違ってもバトルをしようとは思わないだろう。
だがしかし、男の実力を見抜けなかった黒木は今、こうして戦いの場に登らされている。
(畜生……‼ だが、あの雑魚デッキならカードのパワーだけでも……!)
黒木は唯一の希望に縋り、デッキからカードをドローする。
だが、他でもない、黒木はよく知っているのだ。
――――真の強者が弱者を屠る時、デッキの強さなど些事に過ぎないことを――。