通い妻気取りのテイオー様は"元"無敵。 作:流星の民(恒南茜)
「トレーナー! 今日はご飯とお風呂、どっちが先!?」
週に三回、家に帰ると出迎えてくれる相手がいる。
俺に主導権を与えるような、そんな弾むような声。しかして、待っているのは温かい風呂か飯。
「今日はどっちがオススメなんだ?」
「今日はね〜、ご飯! にんじん特盛カレーだよ!」
「……そうか。それは楽しみだ。いつもありがとうな──テイオー」
──”トウカイテイオー”。
彼女と俺との関係を端的に言い表すなら、元トレーナーと元担当ウマ娘とするのが正しい。
こういった関係は先輩トレーナー曰く、疎遠になっていくか、担当の方から距離を詰めてくるか、その二つが多いと聞いていたが、果たして、俺の場合は後者だった。
「楽しみにしててよね、トレーナー。ボク特製、腕によりをかけたんだから!」
鼻歌交じりに一度振り向いてみせると、テイオーはリビングに向かっていく。
結局のところ、彼女がこうして通ってきてくれているという現状は、ありがたいものではあった。
彼女との担当契約を解除してからというもの、俺は教官として働いていただけに、どこか人肌寂しい部分はあったし、こうして元担当が来てくれると賑やかで良いものだ。
そんなこともあって一年前、担当契約解除から一ヶ月後、彼女が押しかけてきた時。
俺は合鍵を渡したのだった。
◇ ◇ ◇
「このカレー……少し甘い、まろやかさが際立つな……隠し味か?」
「そうそうっ! トレーナーに当てられるかな?」
「はちみーだろ。今回で六回目じゃないか?」
答えを口にすると、うぐぐとばかりにテイオーは頭を抱える。
トレードマークのポニーテールはもうそこにはない。彼女はここ一年間ほど、ずっと髪を伸ばし続けている。その甲斐あってか、その鹿毛は腰辺りまで伸びつつある。
「そういえばね、トレーナー。この間久しぶりにカイチョーと会ったんだ。それでね、綺麗になったなって褒めてくれたの!」
「そりゃ良かった。確かに、最近は大人っぽくなってきたな」
彼女が走ると、そのポニーテールが風になびいて揺れる。その光景が好きだっただけに、今の髪型に思うところがないわけじゃない。
それでも、髪が伸びてみると、同じ位置の流星も相まってテイオーの憧れかつ、かの”皇帝・シンボリルドルフ”に似るのだ。
出会ったばかりの頃とは違って、近ごろのテイオーは凛々しい顔つきになりつつあるから、これはこれでよく似合っていると思う。
「それにしても、久しぶりに味が濃い飯を食べる気がするな。美味しいよ」
「でしょでしょ? ていうか、お正月来なくていいってトレーナーが言うから! ボク、暇にしてたんだよ?」
「……それは悪かった。でも、テイオーだって家のことはあったはずだろ?」
頬を膨らませながらそう抗議してくるテイオーの姿は至って元気なものだ。
むしろ、今は出会ってからすぐの時と同じぐらい、もしくはそれ以上かもしれない。
そんな、ひとまずは元気そうな彼女を見ていると、堪らなく安心するから。
生活をサポートしてもらっているという点でも、二重の意味で助かっている。
本当に──助かっているのだ。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「トレーナー、今日は九時から映画だったよね」
「ああ。テイオーが好きなやつだったか?」
「うんっ! 映画館に三回は観に行ったよ!」
食事の後は、明日が休日だということもあって、自然とテレビを見る流れになった。
テイオーは近頃映画にハマっているのだという。
曰く、時間が有り余っている分、良い時間つぶしになるのだとか。
特に色々なものを幅広く見るよりも、一本を何度も見返しているらしい。
以前の彼女からはあまり想像がつかなかったことだ。
「ふふんっ」
そして、無言の圧力。
テイオーが担当だった頃もトレーナー室で一緒にテレビを見ることはよくあったものの、その時の彼女はしょっちゅう俺の膝をせがんできた。言ってしまえば距離感がバグっていたとでも言うべきだろうか。
「……ダメだ。隣に座ってなさい」
「……むぅ……。は〜い!」
大げさに声を上げると、彼女はちょこんと俺の隣に腰を下ろす。
とはいえども、彼女とて本気でこれをしているわけではない。
以前、一度だけ膝に乗せたら一瞬で顔を真っ赤にして膝の上で暴れられたことは記憶に新しい。
だからこそ、テイオーにとってこの提案は”フリ”のようなものだ。
じゃれつこうにもじゃれつけないからせめてポーズだけ。そんな感じである。
「それじゃあ、テレビ、ボクが付けちゃうね! いや〜、楽し──」
直後、テイオーの声はそこで途切れた。
テレビの方へ視線を向ける。すると、真っ先に視界に映ったのは──。
『というわけで、昨年の『有馬記念』プレイバックでした! いやー、やっぱりナリタ──』
すぐさまチャンネルが切り替わる。
リモコンを握りしめ、たった今ボタンを押したであろうテイオー──その指先は震えていた。
「……あはは、チャンネル間違えちゃってたみたい。やだなー、ボク、こんなところで間違えちゃうなんて……」
隣に視線をやった時、テイオーが浮かべていたのは確かに笑顔だった。
しかし、目元は僅かに張っていて、唇は戦慄いている。
「……映画、楽しみだな。俺はこれ見るの、初めてだからさ」
「そうなの? それじゃあ、ボクが教えてしんぜよう!」
テイオーは胸を張っていた。
幾度となく見てきた彼女らしいポーズ。しかし、今まで見てきたものとは場所も違えば、外見だって違う。
最もそのポーズが相応しいのはターフ上、そして、その時の彼女はいつも自信に満ちた表情を浮かべていて──まさしく、選抜レースでその走りに惚れ込んだ時と同じ。最強無敵のウマ娘と呼ぶに相応しい存在
「……あのさ、トレーナー。ボク、本当にもう……大丈夫だから」
だからこそ、その無理やり取り繕ったような笑顔が、態度が。
今でもなお、胸を突き刺すのだ。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「もう遅いから送っていくよ。今は確か……一人暮らししているんだっけか?」
「うん。ありがとね、トレーナー」
映画が終わったのが23時過ぎとあってか、つい先程、エンドロールの最中で彼女は何度もうつらうつらしていた。
仕方のないことだ。早寝早起きがテイオーにとっては基本だったのだから。
外に出てみると、時間のせいか道路はほとんど空いていた。
ともすれば、ウマ娘専用レーンも然り、きっと──今までの彼女だったら駆け出していたのだろう。
それでも、俺に合わせてくれているのかゆっくりとした歩幅で、彼女はぴたりとくっついてくる。
「それでね、この間食べたパフェが──」
「ボクね、カラオケで──」
「叩き出したんだっ! 音ゲーで新記録──」
そして、その話題からはルームメイトやライバルの名前がごっそりと抜け落ちていた。
もちろん──走りのことも。
ふと通りかかった公園、視界に入ったのは赤いラインが際立つジャージ。トレセンのものだ。
息は荒そうだ、今はウォーミングダウン中だろうか。キンと冷めた冬の空気に混ざって、吐き出された白い吐息が空に消えていく。
この時間まで練習していたのだろうか、と。
そこで、俺はそのウマ娘が見知った相手であることに気がついた。
「……どうしたの? トレーナー……って……」
「早く行こう、遅くなるぞ」
「あ……あ、うん……そうだよね、ごめん」
その栗毛と、サイドに膨らんだ特徴的な髪型──。
「……テイオー? ──引退、したはずじゃ……」
一昨年の有馬記念でテイオーとしのぎを削る