通い妻気取りのテイオー様は"元"無敵。   作:流星の民(恒南茜)

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#2 「テイオー様は、はぐらかしがち」

「……それでもね、テイオー」

 

さざめいた芝が青々と輝いていた。

多分、柄じゃないぐらいに真っ直ぐ過ぎる言葉を吐いた。

 

「アンタには負けないから」

 

それでも、アタシにだってそんな青臭いことを言ってやりたくなる時はある。

どうしようもないぐらい、本能が叫ぶのだから。勝ちたいって。

 

そうやって、かつてない程に滾った情熱は──。

今となっては、やり場がないまま。ただ燻るだけだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「グラウンドの整備ですか?」

「ええ。そろそろ入試ですからね。若いウマ娘たちが最善の環境で走る──実に結構なことではありませんか」

「……ええ。その通りだと思います」

 

同意の念を込めて、グラウンド整備員のおじさんに会釈を返す。

放課後、教官としての仕事が一段落し、フラっと立ち寄ったグラウンドはちょうど整備の真っ只中だった。

 

今まではこの時間が一番忙しかったがために、それが無くなった今は暇を潰すためにここでトレーニングしているウマ娘を眺めながらコーヒーをチビチビやるのが半ば日課と課していた。

それだけに、無駄足となったわけだが──いや、無駄足とは言うまい。

 

実際、バ場状態の改善はウマ娘たちにとってすれば、この上なく重要なことだ。

コンディションにも影響するし、無論、それでタイムも変動する。怪我のリスクだって芝がしっかりと根づいてくれていれば大幅に減少させられるのだから。

 

むしろ、しっかりと整備が行われていること。それが確認できたのだから儲けもんだった、ぐらいに考えておくべきだ。

背を向けたグラウンド、直に受験生がここで走るのだ。

そうやって、着実にバトンは繋がれていっている。次世代へ、次世代へ、と。

 

だというのに、どうにもここで足踏みを続けてしまうのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

今日はテイオーが来る日だ。

パンパンに膨らんだレジ袋を両手にぶら下げて帰路につく。彼女たちウマ娘は相当飯を食うから一日で減る食材量にも凄まじいものがある。

こうしてこまめに足しておかなきゃ、腹いっぱい食ってもらうことすら叶わないのだ。

 

入試が近いこともあり、今日はかなり事務作業に手間取ってしまった。

試験監督に就く可能性もある、ということで確認事項は絶えない。

 

そんなこともあり、退勤した時間は相当遅め。

閑散とした道路を歩く中で、ふと視線は公園の方を向いた。

以前、トレーニング中のネイチャを見たところだったが、今日は誰もいない。

 

あの日はテイオーと一緒だっただけに、誤魔化すので精一杯だった、なんて。

そんなことを考えていた時、足音が。

 

「──っ」

 

直後、駆け抜けていった栗毛。

その影はちょうど俺の脇を駆け抜けていこうとして──そこで、急に立ち止まった。

 

「……テイオーの、トレーナーさん?」

 

噂をすればネイチャだった。

額に浮かんだ汗はきっと、ここまで走ってきたからだろう。

それを拭い去ると、彼女は俺の方を向いて幾度か瞳を瞬かせた。

こうもまっすぐ見つめられては無視することもできない。

 

「こんなに遅い時間まで……トレーニングか?」

「はい。レースが近いので」

「……そうか」

 

彼女とテイオーは同世代。デビューした日も近い。

ただ、彼女たちの関係は同世代の一言でまとめ上げられるものでもなかった。

振り向かせたのだ。ネイチャが、テイオーを。己の走りで。

 

テイオーが確かにライバルとして認識した相手。

互いに、意識し合っていたはずなのに──。

 

「トレーニングは順調か?」

「……まあ、一応は? ほら、最近はあまり勝ててない、ですケド……」

 

そうやってはぐらかすところがネイチャにはある。

それは散々テイオーから愚痴として聞かされてきたことだった。

もっと彼女は伝えたいことをはっきりと口にするタイプだから、すれ違ったことも一度や二度ではないのだろう。

 

そして、今もはぐらかしているのか。

 

「トレーナーさんの方こそ、夕飯の買い出しに?」

「ああ。一応、数日分な」

「へー……トレーナーさんって結構食べるんですね」

 

会話の中で一切、テイオーは出てくることがなかった。

 

今でもずっと、ネイチャは走り続けている。

テイオーと走っていたのは一年以上も前の話だ。そうともなれば、他のウマ娘たちと走る機会は、あの後から何度もあったに違いない。

 

もしかしたら、上書きされていっているのかもしれない。

一緒に走った、他のライバルたちに。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

「あ、はーい。それじゃあ、また」

 

あまり待たせすぎるとテイオーに悪いから、あっさりとそのまま別れる。

向かっている方向は同じだったけれど、ネイチャの方がずっと速くて。

その背中は、すぐに見えなくなった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「おかえり、トレーナー。今日は少し遅かったね?」

「ああ、ちょっと仕事が忙しくてな。入試の準備がもう始まってるんだ」

「そっか。お疲れ様」

 

もうそんなシーズンなんだ、と。

努めて明るくテイオーは口にする。その表情には一切の陰りがないように見える。

この一年で、彼女がこういう顔を浮かべる機会はずっと増えた。

 

「今日のおすすめはね〜、お風呂! ちゃんと沸かしてあるから、ゆっくり浸かっててね!」

 

ぐいぐいと背中を押されるままに、脱衣所に入る。

 

「それじゃあ、ごゆっくり!」

 

ピシャンとドアを閉めてしまうと、すぐに足音は遠ざかっていく。

基本、テイオーは飯を先に選ぶ。というのも、彼女自身、しょっちゅう腹を空かせているから。

しかし、一ヶ月に一度ぐらい、偶に風呂を先に選ぶ日がある。そういう時、決まって彼女は──。

 

『飛び出してきたのは──』

 

湯船に浸かっていた時、ドアの向こう側から微かに聞こえた甲高い声。録画機器を通しているからか、少しばかり音割れしていて、風呂場の中にいてもよく響いた。

もう、聞き慣れたものだったけれど。

 

『──ナイスネイチャ! ナイスネイチャです! 二年連続三着、あと一歩手が届かなかった! 今日、ここで栄冠を掴み取るか!?』

 

よりによって、今日は()()()だった。

それは、二年連続で三着に収まってきたナイスネイチャがブロンズを超えた日の再現。

 

テイオーが先に風呂を選ぶ日。そういう時は、決まって──。

 

「……今日は、有馬かよ」

 

決まって、彼女はレース映像を見返しているのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「あ、トレーナー! お風呂、どうだった?」

「いい湯だったよ。いつもありがとうな、テイオー」

 

すっかり音が聞こえなくなるまで待ってから風呂を出る。

何事もなかったかのように返事をするテイオーに、何事もなかったかのように返して、俺は食卓についた。

 

「今日はね、にんじんハンバーグ! トレーナーにも食べやすいように、にんじん、刻んでみたんだ!」

「確かに、歯ごたえがあって普段よりも食感が良く感じるよ」

 

テイオーとて自分が作ったものはやはり美味しく感じるらしい。

頬に手を当てると、その表情を綻ばせる。

初めてここで料理をした時、自分で作ったものを味見して、顔を顰めていた時とはもう違う。それだけ、彼女の料理は上達したのだ。

……それだけ、時間ができたということなのだろうか。

 

つい先程までレース映像を見返ていた時、一体、テイオーはどんな顔をしていたのか。

それが俺にはわからない。もしも見てしまったら、二度と彼女と顔を合わせられなくなる気がするから、ずっと避けてきた。

 

それでも、今目の前に浮かんでいるのは笑顔。

俺だって、以前よりも笑顔を意識するようになった。

 

ネイチャが──なんて。人のことを言っている場合ではない。

 

テイオーも俺も──本当に、はぐらかすのが上手くなってしまった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「こんにちは、トレーナーさん。今日もレースの見物に?」

「みんな、一年前から本当に速くなったと思ってな」

 

放課後、レースを眺めていた俺に話しかけてきたのはネイチャだった。

教官をやるようになって多くのウマ娘を指導することになった関係上、顔がわかる相手も増えた。

誰かしらの成長を見たくて見物しに来た、と。そう言いかえても良い。

 

そして、ネイチャは以前、歩道で顔を合わせた日から近頃はよく声を掛けてくるようになった。

それでも、その口から放たれる言葉のどこにもテイオーはいなくて。

てっきり、もう忘れてしまったのかと思っていたから。

 

「あのですね、トレーナーさん。一つ、提案があって」

 

唐突に彼女が話を切り出した時も、一切身構えていなかった。

 

「ん、どうした?」

 

拳が握られていた。

彼女の腰辺りで、震えていて。

次に視線を向けたその顔、わなないた唇から言葉は紡がれる。

 

 

「──アタシの共犯者になってくれませんか?」

 

 

それは、ごくあっさりとしたもので。

だとしても、聞き逃す方が難しいことを、彼女ははっきりといった。

 

「……共犯者にって……なんの……?」

 

問うたその意味。

毅然とネイチャはその瞳をこちらに向けた。

 

思わず、黙り込んでしまう。

その視線が、あまりにも真っ直ぐなものだったから。

 

一切、はぐらかさないものだったから。

 

 

「テイオーのこと──諦められないんです」

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