黒猫さんはスキがスキ

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第1話

 辺りの喧騒はその大きさを増していき、提灯の灯りが眩しいとさえ感じるようになった蒸し暑さの残る日暮。

 その灯りによって飛び切り美味しそうに輝いてみせる屋台の食べ物を流し目に、二人の男女が話をしながら歩いている。

 「それにしても、いろんな出店があるね」

 「そうね」

 「キキョウは何か食べたい?」

 「あんたが今食べたいもの」

 「いや、人任せにしないでよ」

 男性からの問いかけに一見淡泊に応える女性は、このお祭りが開催されている百鬼夜行連合学院に通う二年生で、百花繚乱紛争調停委員会の参謀を務める桐生キキョウである。丁寧に切り揃えられたボブカットの墨色の髪と同色の猫耳をピコピコと動かし、二又に分かれたしっぽがゆらゆらと揺さぶっている。

一方で、ほとほと参った様子で頭を掻いている男性は、キキョウの先生である。身長はキキョウよりも一頭身ほど高く、スーツを周りの蒸し暑さを感じさせない着こなしが様になっている。

 「じゃあ、この鯛焼きにしようか」

 「鯛焼き、ね」

 「…でしたら他のやつに」

 「あんたは鯛焼きが食べたいんでしょ?それでいいわ」

 キキョウは先生の袖を掴み、静止させる。

そして、自身の方向に向き直させると、隣合わせで列に並んだ。

 「そ、ちゃんと隣に居て」

 普段はクールな彼女も、この時は耳を左右に開き、穏やかな笑顔を見せた。

 そうして順番がやってくると、威勢のいい店番に接客され、ちょうど焼きあがった鯛焼きを二つばかり包んでもらった。

列を外れ、早速開封してみると、目の前に真っ白な湯気が立ち上り、生地の甘気が微かに鼻孔を通り抜けた。

 キキョウに手渡すと、何度も何度も念入りに息を吹きかけた後、徐に頭にかぶり付いた。

 「…あんたもいろんな仕事を押し付けられて大変ね」

 「別に、大丈夫だよ」

 「どうだか。今日みたいに、あちこちいろんな生徒の面倒見て回ってるようだから大変なんじゃないの」

 食べる手を止めた先生の顔には、一瞬困ったような笑顔が滲み出る。

 「確かに大変だよ。でも、それ以上にみんなが困っているのを見過ごせないし、見過ごしたくないね」

 「あっそ」

 キキョウはつまらなそうに、一口齧って口に運ぶ。

 先生も沈黙の間を埋めるようにして、鯛焼きを口にした。

 「それにしても、結構な屋台の数だね」

 「ええ」

 「何店舗くらいあるのかな」

 「そうね…百は優に超えているんじゃない」

 「おお、道理で終わりが見えないわけだ」

 「どう?百鬼夜行のお祭りは」

 「そうだね、キキョウと一緒だからより楽しめてるよ」

 「…あっそ」

 ふい、とキキョウの目線が外れる。

 「そういえば、どこに向かってるんだっけ」

 「あら、言ってなかった?」

 「キキョウに祭りに関わることの一切を案内してもらうっていう約束だったから、特に何も聞いてないんだよね」

 「ああ、なるほど。そうね、そうだったわ」

 キキョウは手に持っている、胴体からしっぽが残っている鯛焼きをじっと見つめた。

 「あんたの泊まる、宿よ」

 一気に頬張ると、親指をチロリと舌で小さく舐めた。

 

 

 

 「はい、ここよ」

 祭りの騒がしさはどこへやら。二人は祭りの様子が一望できる閑静とした丘の建物の前に到着した。

 門をくぐると、そこには瓦屋根の如何にも格式の高い宿がそこにはあった。

 呆気にとられる先生をよそに、キキョウは受付でチェックインを済ませる。

 鍵を受け取ると、未だ心あらずな先生の手を取り部屋へ案内した。

 「随分と、広い部屋だね…」

 「当然よ。私が選んだもの」

 だだっ広い部屋には畳が一面に敷かれ、中央にある机や座椅子はその材質に拘っていると一目で理解できる。荷物が幾つも置けそうな箪笥は勿論、テレビや冷蔵庫もあり、文句のつけようが一つもない。

 キキョウは腕を組んで自慢げにしているが、先生は内心、このような高価な部屋に泊まれることに恐れ戦いている。

 「これだけじゃないわ」

 そんな先生の内情を知らず、キキョウはつかつかと歩いて行くと、奥の仕切りに手をかけ、開いた。

 露天風呂だ。

 一目でそうだと理解できる。

 木でできた浴槽とその周りを囲う竹で作られた垣根は百鬼夜行の和を重んじる雰囲気を感じさせ、石燈籠が周りを妖しく照らしている。

 先生はあまりの素晴らしさに心酔すらしてしまう。

 「素敵な部屋だよ。キキョウ、ありがとう」

 「そう、良かった」

 ふと我に返ると、キキョウは何とも満足そうな顔で見つめていたのだった。

 「今日はお疲れ様。キキョウもゆっくり休んでね」

 「ええ」

 意図せずして声が少しだけ上ずっているキキョウは、護衛のために持ってきたライフルを置き、続いて羽織をハンガーに掛け始めた。

 「キキョウ?何してるの?」

 「何って、休む準備よ」

 「ここ、私の部屋だよね」

 「言って無かった?この部屋は、宿泊者が二人以上で予約可能の部屋。一人では予約できないの」

 「な…」

 絶対に初耳で、驚愕の情報に、言葉が出ない。

 「ちなみに、宿は埋まり切ってると思うよ。祭りで大賑わいだし」

 「いや、でも、探せば」

 「今は!」

 キキョウの鋭い眼光が先生の言葉を遮る。

 「…今だけはあんたと一緒に居たい」

 「キキョウ…」

 「最近、百花繚乱どころか百鬼夜行にすら来てくれない」

 しとしとと、歩みを進める。

 「もっと、あんたと話したい事、あるのに」

 先生の元まで辿り着くも、伏し目になって体がやや縮こまっている。

 「少しは、私に時間を割いてくれてもいいじゃない」

 猫耳は立ちきって、尻尾が足の間に巻き込まれている。

 「ダメ、かな」

 俯いて顔は見えない。しかし、声が彼女の心を如実に映し出している。

 「…うん、私もキキョウの話、聞きたい」

 「…そう、良かった」

 先生は笑顔と共に、手を頭に乗せて撫で始めた。

キキョウはその手になすがまま。尻尾を真上にピンと立たせ、いつしかいつものようにゆらゆらと揺らし始めた。

 

 

 

 「…て、もうこんな時間か。キキョウ、先にお風呂に入る?」

 「…そうね。あんた、先に入ってて」

 「了解」

 近況報告、雑談、相談と、話に花を咲かせていると、すでに祭りがとうに終わっている時間帯となっていた。

 先生は後に入るキキョウが不満を溢さないためにも、さっさと露天風呂に向かう。

 「おお、これは…」

 湯舟に全身を沈み込ませる。

源泉かけ流しだというお湯に一度浸かれば夜冷にも負けない。そんな気持ちが湧きでてくるようだ。

 あと、数分ならキキョウは許してくれるだろうか。と考えていると、

 「失礼するね」

 後方から、聞き馴染みのある声。

 「あ、え」

 思わず振り返ってしまったことに、しまった、と後悔するのは時すでに遅し。

 湯気が立ち込める中、その姿が徐々に、徐々に露になってゆく。

 「もしかして変なトコある?」

 タオルも何もない。

透き通るような健康的な素肌。しっかりと各所強調されている滑らかな身体。キキョウの全てがそこにあった。

 吹き抜けてくる風が、彼女の甘い匂いを乗せてやってきている。

 「隣、入るね」

 キキョウはゆっくりと、しかし一歩ずつ確実に歩き出した。

 先生は言葉も発せず、キキョウをまざまざと見ることしかできない。

 やがて湯舟にたどり着くと、茫然自失な先生を横目に、その横に入った。

 「ふふっ、あったかい」

 キキョウは自身の腕を撫でながら、露天風呂を味わっている。

 「なに、ジロジロ見て」

 「いや、ちょっとタオルでお体を隠していただけると幸いなのですが」

 「急におかしな敬語使っちゃって。変なの」

 キキョウは一息つくと、空を暗く照らす月を見上げた。

 「お祭り、付き合ってくれてありがとう。先生はどうだったかしら」

 先生もその目線の先を追う。

「キキョウと一緒に回れてとても楽しかった。それに、こんなに素敵な宿に泊まれて幸せだよ」

 「どういたしまして」

 「そうだ。キキョウにも恩返ししないとね。何か欲しいものはある?」

 「欲しいもの…ね」

 そうね、と一言。

 「何も告げずに私の目の前から居なくならないで。あまり他のトコに行かないで。いつも私を感じられる距離に居て」

 先生の方へと顔、体を向ける。

 「望みはそれだけだから」

 「…ああ」

 周りには湯気が立ち込めている。

 キキョウの表情だけが視界に映っている。

 熱気か、はたまた色欲か。紅潮した頬と蕩けた目に、思考を奪われてしまった。

 「…やっぱ、分かってない」

 キキョウは、ハッキリしない答えに眉を顰める。

 仕方ないわね、と呟くと、颯と立ち上がった。

 「ちょ、体が」

 「うっさい」

 そして、動転する先生の腕を掴み、引き上げた。

 「戻るわよ、あんたの部屋に」

 「急にどうして」

 「…大丈夫。初めてだけど、きっと、上手くやれるから」

 キキョウは先生を抱き寄せるようにしながら凭れ掛かった。そして、願うように、また、暗示をかけるように言葉を紡ぐ。

 「あんたのこと、絶対に逃がしてやんない」

 その夜。とある部屋の行燈は灯りを絶やさず、自身の辺りを明るく照らし続けていたのだった。

 


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