「元」魔法少女 まじかるガールズ   作:中和ん

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打消推量(・・・ナイダロウ、・・・マイ)

 

———目を開くとみえるのは、見飽きた茶色の天井だけ。今日も一日が始まる。変わりのない一日が。

 

  

 

子春(こはる)さんここやってくれるー?」

 オフィスのどこかからわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。目にのしかかる瞼をどけ、わたしは上司のもとへ向かう。

「こことここ、お願いね」

 上司は目をしょぼつかせるわたしを全く見ずに、知らない誰かのミスを直すように言ってきた。

「ごめんねー、今早川さんいなくって」

 大丈夫です、とわたしは答えた。上司はその答えに満足した様子で、小さな弁当箱を持ってオフィスを出ていってしまった。

 わたしは早速作業を始めた。見つかったミスは簡単なものではなく終わった頃には昼休みはもう終わりに近づいていた。これではもう間に合わない。せっかくお母さんに作ってもらった二段の弁当は、今日も夜ご飯になってしまう。

 ふと思い出して上司の席に目をやると、机の上に弁当箱があるのが見えるだけで上司の姿は見当たらない。すでに昼食を終え、どこかへ行ってしまったようだ。

 どうしてわたしはこうなんだろう。自己嫌悪が頭を蝕む。仕事を押し付ける他人と、それをつい受け入れてしまう自分に嫌気がさす。 

 昔はこんなんじゃなくて、もっとキラキラしてたのにな。

 

 

 今日一日の仕事を終え、帰りの道につく。ぽつぽつとまばらに光が見える。家までの道のりはさほど長くはないが重苦しい闇が辺りを覆い、慣れたことにも拘らず、不安がわたしにつきまとう。途切れ途切れの電柱の灯だけがわたしの頼りだ。

 住宅街というか古ぼけた家の集まりの一角にわたしと母の家がある。わたしは20年来行ってきた動作で家に入り、居間へと足を動かす。

 居間では母がテレビを眺めていた。これも何年も行われてきた変わらない流れであり、この先も続いて行くのだろう。

「あらおかえり。今日も晩ご飯はいらないの?」

 母はわたしの方へ振り向いて言った。

 うん、大丈夫だよ。わたしの言葉に重なって、テレビから笑い声が聞こえる。お笑い番組のようだ。何回も行われてきた予定調和のやりとりを、今日もせっせと演じている。

 わたしは母と会話を繋げることもなく、さっさと自分の部屋へと向かった。それから机の上に昼に食べるのであっただろう弁当を広げ、口の中へ運び始めた。味も普通、見た目も普通、量は少し少なめの弁当を、何も考えずにただ減らしていく。

 晩ご飯を食べ終え、わたしはスマホをひらいた。新着動画くらいしか通知は存在しない。分かりきってもいるし、諦めきってもいるけど。

 あの頃にスマホがあったらな。 

あの頃、わたしがまだ輝いていた頃、わたしがまだ魔法少女であった頃。

 みんなとこんな現実を、笑い飛ばせられたのにな。

 今ではもう、他の魔法少女の子と会うことすらない。残っているのは楽しかったあの頃の思い出と、もう使えない変身ステッキだけだ。

 そこでわたしは押入れを開けてステッキを探す。たしかマジカルステッキとかそんな名前だっただろうか。わたしは長年堆積されていった思い出の地層を崩し、掻き分ける。

 10分くらいして、わたしはそれを見つけた。高校の制服の下に、紙に包まれた状態でステッキはしまってあった。ステッキはあの頃と様子は変わらず、違うところがあるとすれば先端のジュエル部分が輝きを失っているところくらいだ。

 

 わたしはステッキを胸に抱き、あの頃の思い出にひたる。

 

「みんなと一緒に戦えてよかった」

「これでお別れだね」

「みんな離れていても、心でつながってるよ!」

 悪の軍団の親玉を倒した時、魔法少女の終わりの時、わたしの最後の輝きが、記憶の淵から湧き上がる。

 

「みんなを頼るのが仲間でしょう!」

「あなただけが、魔法少女なわけじゃない」

「もう一度、一緒に」

 みんなを裏切ってしまった苦い記憶が徐々に蘇る。それでもみんなはわたしを許してくれた。受け入れてくれた。また仲間として認めてくれた。こんなことはもう二度とない、そう思ったほどの激しい感情の揺さぶりを改めて思い出し、反芻する。

 

「ねえあなた、学校は大丈夫なの?」

「あなたの学校の話、全然聞かないけど」

「うん、大丈夫だよ」

 魔法少女活動によって落ち込んでしまった成績、不足していく出席日数、疎遠になっていった数少ない友達だったあの子。魔法少女であった頃の苦悩の記憶が、これまでの幸せな回想に黒い染みを落としていく。

 

 こんな記憶、どっかいけ。頭から追払い、さらに記憶の深層へと潜っていく。

 

「ボクのなまえはココロン!」

「ここから、優しい心を感じたんだ!」

「キミは、魔法少女に選ばれたんだよ!」

 懐かしい姿が瞼の裏に浮かんでくる。ココロンはわたしの顔くらいのサイズしかなく、初めて会った時は自らの正気を疑ったものだ。 

 今ではもうどんな声だったのかも思い出せないほどに記憶は霞んでしまったが、それでもこの時の驚きと喜びと優越感は心の奥底に沈み、曇ってしまったわたしをほんの少しだけ照らしてくれている。

 

 わたしはわたしの輝きの原初に到着し、記憶の旅を終える。

 

 

 閉じた両の瞳から、冷たい涙が溢れ出す。

 輝きに満ちた己の過去。くすんでしまった己の現在。かつてのわたしが、今のわたしを苦しめる。

 優しい、甘い、お人好し。これまで投げかけられた、わたしを表す言葉たち。裏を返せばこれは、わたしはわたしの価値を他人に依存していたに過ぎないってことなんだ。

 嫌われたくない、役立たずと思われたくない、こんな思いからくる誰かへの臆病な優しさが、あの言葉たちの真実だったんだ。

 わたしが自分のために振りまいていた優しさの規模が、あの頃と現在では決定的に違う。

 学校生活を犠牲にして悪の怪人を倒すという優しさは昼休みを犠牲にして事務作業をするという優しさに変わり、自尊心の魔法は解けてしまった。

 わたしはわたしの優しさが嫌いになったんだ。

 だから、輝きを失ったんだ。

 これまで幾度となく思い至った結論に、今日もまた辿り着く。

 

 

 散々泣きはらした後で、わたしは眠る準備を始めた。机をどけて布団を敷き、着替えを手にとって風呂場へ向かう。

 居間を覗くと母は変わらずテレビを見ていた。だが髪が湿っており、風呂には既に入っていたようだ。

 風呂場はまだ少し湯気が残り、鏡は曇り切って何も見えない。わたしは風呂をさっさと済ませ、眠る支度をした。その間母とわたしは一言も交わさず、部屋に戻る前におやすみとだけ言い残した。

 

 

 なんだか今日はやけに目が冴えている。

 さっきまで漆黒だったこの部屋はいつの間にか闇が薄まり、伸ばした自分の手足をもくっきりと判別できるようになっていた。

 わたしは瞼を強く閉じ、なんとか寝ようと試みるが一向に眠気は訪れず、むしろより頭は鮮明になっていく。

 わたしは眠るため、考えごとに集中しようとする。だが、何を考えればいいのかが分からない。明日の予定?将来のこと?そんなことは考えたって意味はない。どうせ明日でも将来でも、わたしは変わらないだろうから。

 ここで突然、ある一つの疑問が降ってきた。

 なぜわたしは、魔法少女に選ばれたのだろうか。この疑問は今が初めてなわけではない。しかし、あの頃はココロンに質問したところで上手くはぐらかされ、わたしもわたしでよく考えずに蓋をしてきたのだ。

 魔法少女の素質があったから?そうだったところで魔法少女の素質とは?

 わたしは魔法少女のみんながどうだったかを振り返ってみる。振り返ってみるが、はっきりとした共通点が見つからない。浮華(うきは)ちゃんは綺麗で活発だったし、律姫(りつき)ちゃんはとても頭が良く、わたし達を引っ張るリーダーのようであった。唯一共通点がありそうなのは沫凛(まりん)ちゃんだけど、海凛ちゃんは孤高で周りを気にせずにいろんなことができて、ただ友達の少ないわたしとは全く違う。

 ココロンはわたしに初めて会った時、「優しい心」を感じたと言っていた。その「優しい心」はただ自分が傷つかないために他人に都合良くあろうとしたものだったのに。

 もしかしたら。わたしはある一つの推測に至る。

 これがあっているとしたのなら。ああ、なんだ。わたしは「あの頃」だの「輝き」だのと言いながら、「あの頃」のわたしと現在のわたしは全く変わっていないではないか。

 わたしの優しさを、ココロンは利用したんだ。

 

 

 わたしはわたしの「優しい心」を嫌っていた。だから、あの頃も他人のための優しさに憧れていたのだろう。

 魔法少女は誰にも知られてはならない。このことがわたしを魔法少女へ導いた。他の誰かのことなんか考えない、自分だけの、他人のための無償の優しさにわたしは惹かれ、魔法少女になった。

 しかし、ココロンにとってわたしはただの扱いやすい駒くらいにしか思われてなかったのだ。素質なんかは関係ない、ただの数合わせとして。

 いや、もしかしたら他のみんなも魔法少女としての素質ではなく、ただ扱いやすさだけで選ばれたのかもしれない。

 そう思ったところでわたしはこの邪推を打ち消す。

 こんな考え、みんなに失礼ではないか。第一、わたしが魔法少女に選ばれた理由がこれとは限らない。しかし、考えれば考えるほどにそれ以外の理由が考えつかなくなっていく。 

 わたしは思索を打ち切り、意識の赴くままに脳を委ねた。

 

 

 今更になってわたしが魔法少女に選ばれた理由を考えても意味はない。

 わたしの心の根底にあるあの醜い「優しい心」は変わっていないのだろうし、これからもわたしは変われず、変わらないだろうから。

 それにこんなことは目覚めとともに泡沫のように消える、儚い妄想に過ぎないのだ。

 わたしは暗闇に落ちゆく意識の中で、朧げにそう思った。

 

 

 

———今日も一日が終わる。昨日や明日と変わらない一日が、また終わる。

 こちらを見つめる暗い天井の下で、わたしはそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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