遠坂凛は下を俯き手をギュッと握りしめる。
今までの話し合いはあくまでも魔術師家系同士の話し合いだ。だから、衛宮家に対して遠坂家は被害者でいられた。
しかし、そこに嗣郎と言う存在が明かされて一気に魔術師家系とその家系に引き取られた元一般人と言う構図になり、一気に遠坂に加害者意識が芽生えた。
遠坂凛は魔術師であるが同時に一般人である事を割り切れない一般に良い人である。
それであるからこそ、目の前の少年嗣郎に一体何をどれだけ渡せばこの罪と等価交換になるのか分からなくなった。
聖杯戦争で父である遠坂時臣は死んだ。それは悲しいし、殺した魔術師は当然憎いとも思う。
だけど、それは魔術師として聖杯戦争を行っている一族として死ぬリスクは当然ある。だから、悲しくても割り切れる。
しかし、嗣郎はどうだろうか?
突然、訳のわからない儀式にそこに住んでいたと言う理由で家族を殺されて、その儀式を行う一族である自分に責め立てられた。
これ以上の理不尽な事はそうはないと思う。そう思ってしまったからこれまでの自分の発言や態度に嫌悪感以上の恐怖を覚えた。
遠坂凛としても聖杯戦争からまだ数年しか経っていない。心の整理も付いていない。
だけど、そうであるからこそ余計に今まで感じなかった加害者意識に対して無性に怖くなったのだ。
「……あの、大丈夫か?」
「大丈夫って、何がよ……」
「何がって、急に泣き出したんだから心配するだろ?」
「泣いて無いわっ……!!」
「……ふふ」
キィッと涙目になって睨み付ける凛を見て嗣郎は過去のエミヤの記憶にある彼女と重なりついおかしく思ってしまった。
「っ!? 何がおかしいってのよっ……!!」
「いや、優しいんだなって……」
食ってかかる少女の罪悪感と後悔に満ちた表情を見て嗣郎は魔術師らしくない感じを覚えた。
「優しい訳ないでしょう……。私は貴方の家族を理不尽に奪った一族なのよ……。憎まれても当然だと思うわ」
「ゼルレッチ爺さんもさ……アンタと同じく優しかったんだ」
「えっ……?」
あの魔道元帥がまるで魔術師として未熟と言わざるを得ない自分と同じ感性をしているなんて信じられなかった。
「ビックリするよな……。魔道元帥、万華鏡と称されるゼルレッチ爺さんもてっきり魔術師らしく犠牲は当然だと思っていた。
だから、俺の本当の父さんや母さん、姉ちゃん達が死んだ事も仕方ない事って思っているもんだと思っていた。
でも、違ったんだ。あの人もアンタと同じ様に犠牲者についてしっかりと受け止めていたんだ。
だから、あの人は俺に何か1つ願いを叶えてやろうって言ってくれて、桜を助けてくれたんだ」
「えっ? それって……??」
話がまとまらない。どうしてここで妹の名前が出たのか凛には分からなかった。
「桜は、間桐に引き取られてから魔術訓練とは思えない数えられないくらいの虐待を受けていたんだ」
「っ!? うそ、でしょっ……!? そう、なの……? 桜……??」
嗣郎のあまりの言葉に凛は言葉が出ない。自分はてっきり間桐で魔術訓練を行い一人前の魔術師を目指していると思っていたからだ。
遠坂凛が妹である桜に食ってかかるのも同じ遠坂の血筋なのに魔術師を放り出したと言わざるを得ない状況が気に入らなかった。
自分が苦しく、辛い魔術訓練を行う事で桜が辛い思いをしなくて済むならそれで良かったのに、今の状況はその思いすら踏み躙られた気分だったから怒っていた。
「……うん」
「だから、引き取られたばかりの頃は俺が近付く事さえも出来ないくらいに心が消耗仕切っていた」
「……お母様は、その事、知っていたの?」
「……えぇ、知っていたわ」
葵は言葉を躊躇ったが娘の為にそこは鬼になって知っていた事を伝える。
「っ!? なんでその時にっ……!?」
「それは仕方ないだろうさ……。アンタのお母さんだってアンタに意地悪で隠していた訳じゃないんだから」
「それはっ……!? そう、だよ、ね……。ごめんなさい、お母様……」
ギュッと母娘の手が握られる。桜の間桐家の扱いは葵ですら嫌悪感を抱かざるを得ないモノだった。
「そう言うこともあって桜が衛宮家にいるんだ。桜からしてもまだ夢に見るんだろ?」
「……うん」
「だから、遠坂って言う思い出が強い場所だとかなりの確率で発作が起きるんだと無意識に感じているんだと思う」
「その……姉さんや、お母様達が、嫌いって……訳じゃないの……。でも……!?」
「桜っ……! 落ち着いて、私達がいるからっ……!!」
胸の辺りをギュッと握りしめて過呼吸になる桜の発作をイリヤやセラが彼女を抱きしめる事で次第に落ち着かせようとした。
「……こんな感じで時折、虐待時の発作が出るんだ。俺には彼女がどれほど辛い目にあったのかは知らないけど多分まだ解決していないんだと思うんだ」
「そう……なのね……。結局、私の独りよがりだったってかとよね……」
凛は自分自身の空回りを道化の様に嘲笑い力無く俯いた。
「いや、そうでもないと思う」
「えっ?」
嗣郎の言葉に顔を上げる。お皿に映る自身の酷い顔色。とても遠坂家の家訓である優雅たれと言う言葉からかけ離れている状態だ。
「桜も、少しずつ良くはなってきていると思う。だから、早い内に本当の家族が一緒に暮らしたい、心配している事を伝えられたのはかなり大きかったと思う。
もしも、大きくなってから実は貴方のことがずっと心配だったなんて言われても桜自身が困惑してしまうだろうからさ……。それが困惑だけなら良いんだ。
だけど、もしもそれを知っていて必要な時に助けてくれなかったんだって憎しみに変わってしまえば大惨事だったと思う……」
嗣郎は記憶の中にある腕士郎の記憶にあった姉妹で殺し合う2人の状況を思い出した。だから、それは避けたいと思った。
「そう、ね……。確かに、そうなっていた、かも、しれないわ……」
「だからさ、桜を連れ帰るよりもアンタ達がちょくちょく衛宮家に来てくれないか?」
「えっ? 良いの?」
「義父さんも良いだろ?」
「あぁ、勿論だとも」
隣にいる切嗣を見ると少し笑っていた。憎しみの連鎖がここで途切れたのを感じ取ったからだろう。
「最初はぎこちないとは思う。でも、こうして何気ない日々や食事を囲む事で少しは傷が癒えると思うんだ。俺もそうだし……」
「貴方も……」
「うん……。やっぱりあの時の光景はよく見るんだ。まるで身体が忘れるなって呪いを掛ける様に、ね……。
その時の光景を思い出す度に悲しくなるし寂しくもなるけど、新しい家族と一緒に過ごす事でちょっとずつ前に向かえる気がするんだ……」
「っ!? 分かったわ! 遠坂家次期当主であり次期セカンドオーナーとしてこれまでの衛宮家の問題を不問とします。
それと数々のご無礼をお詫びします。遠坂桜の事をよろしくお願いするわ。そして、桜はいつでも帰ってらっしゃい」
彼女の笑う姿を見て遠き日の記憶にしかないエミヤ達もこの結果は喜んでいると良いなと思った。