彼の名前を聞いて思わず呼吸を忘れるほどの衝撃を受けた。そして、僕はその名前が冗談や嘘偽りだと思えなかった。
「っ!? し、失礼しました! 僕は衛宮嗣郎と申します。かの魔道元帥、万華鏡とも称される貴方様の事は義父や義姉から存じております! お会い出来て光栄です! はい!」
日本人らしく地面の上とは言え正座をして背を正してそのまま地面に額が当たるまでお辞儀をしながら嗣郎は答えた。
「世辞はいらんが楽にして良い。それで嗣郎とやら、1つ質問がある。君は少し前に儂の礼装を作り第二魔法の運用を行ったな?」
まるで隠し事は通じないぞ? と言う凄みに僕は直ぐに土下座をし直して家族達へ向けた命乞いを行った。
切嗣や記憶の衛宮達からの知識でこの神秘の少ない現代社会で魔法使いの神秘を暴こうとしたのだから、最悪本人から命を取られても文句が言えない状況だ。
それも僕自身はゼルレッチ卿の弟子でもなければその子孫ですらない。
まぁ、未来の可能性的には遠坂凛の弟子と言う事なので彼の弟子の系譜に居る事は確実だ。
しかし、現時点ではその衛宮士郎と僕は別人だからそれは今関係なかった。
「っ!? それについては僕の独断でございます! どうか処罰に関しては義父や義姉を含む家族は行わないで下さい!」
流石に大声を出し過ぎたのか切嗣を含めた家族がその場に総動員してゼルレッチ卿を知るイリヤスフィールが愕然としていた。
「そなた、何か勘違いをしているな? 儂はそなた達へ処罰を加えようとは思っておらん。単純に興味が湧いただけだ。それでどうなんだ?」
ゼルレッチとは言えど幼子に切腹の覚悟で土下座までされれば流石に困惑は隠せなかった。
「はい……。先日、義姉のイリヤスフィールと言うアインツベルンのホムンクルスと義父である衛宮切嗣の間に生まれた彼女の記憶から貴方様の宝石剣を魔眼を用いて解析しました」
記憶の彼方にある腕士郎と呼ばれる彼も同じ光景を見た筈なんだけど若干記憶があやふやだったから再度見直した感じだ。
「ほぉ? 魔眼とな。それにユスティーツァの……。嗣郎とやら、そなたの魔眼を見せてその後の説明をしてくれるかな?」
ここでNOを言えたらどれだけ良いかと思いながらも目を瞑り魔眼に魔力を通した。
「はい……。
僕達の魔術は固有結界に特化しています。どうも僕だけは彼等とは違い魔眼を所持していた為か様々な偶然が重なり魔眼が別の物へ変化して、その結果制限付きの根源接続者に至った次第でございます」
魔眼状態の僕を見てゼルレッチは素直に感心した。こんな事もあるのかと興味津々でまるで子供の様な表情で観察した。
「ふむ、なるほど。そう言う至り方とはな……。それにしても聖杯の泥とはな……。
儂も冬木の聖杯戦争の立ち会いを行った身として無関係とは言えん。嗣郎とやら、そなたは魔術師の家系では無いな?」
魔眼を閉じてそのフラッシュバックをグッと堪えながら再び土下座し直して嗣郎は答えた。
「……おっしゃる通りです。僕は家系こそ古くから日本で鍛冶屋をしていましたが、記憶にある限り父も母も姉達も祖父母達にも魔術師ではなかったと思います。ただ、僕以外の家族はあの時の火災で、その……」
安綱家は代々日本刀や薙刀など戦場武器を造る家系だった。
本流は天下五剣にも数えられる[童子切安綱]や[髭切]を造った一派の末裔なのだろうとは父から教えられた。
「……そうか。根源に至る為の儀式とは言え何も知らないそなたの家族を奪ってしまったな。この儀式の立会人として深く謝罪する。すまなかったな」
「……っ!!!?」
この場で1番聖杯戦争に無関係な僕に対してあのゼルレッチが頭を下げた事に衝撃が走った。
「儂が謝罪するのはそんなにも意外だったかな?」
ゼルレッチはびっくり流石で目を見開く僕を笑う様にして頭を上げた。
「あっ、いえ……ごめんなさい」
「良い。気にしておらん」
「その……僕も魔術を学んでいる身として魔術師の在り方について知っていたつもりでした。
だから、貴方様も心の底では根源に至る為の必要な犠牲だと勝手ながら思っていました……」
失礼に当たるとはもちろん存じているがそれでも自身の心内を彼に話したかったと思った。
「ふむ、確かに魔術師にはそう言う側面はある。それはそなたの言う通りだろう。
しかし、だからと言って当事者が被害者に対して責任が無いとは言えんだろう。
寧ろ直接の関係者であれば尚の事その責任は受けるべきだ。それが根源を目指す探究者達の義務だと儂は考えている」
「……」
純粋にマトモだと思った。びっくりするくらい純粋にまともな人間だと思って何も言えなかった。
「そこで嗣郎とやら、儂からそなたに詫びをしたいと思っておる。
儂が保有する宝石や金品財宝でも、時計塔の地位や権力でも、儂の弟子でも良い。
叶えられる限りならそなたの願いを1つだけ叶えてやる。さぁ、どうする?」
ゼルレッチの気まぐれだったのだろうと嗣郎は解釈して、そしてふと思ってしまった事を彼に頼むことにした。
「……それなら、1つお願いがあります」
「良い。言ってみなさい」
「……今、間桐に養子にされている桜と言う遠坂家出身の女の子が当主である間桐臓硯によって陵辱され尊厳や心を壊されています。
なので、僕の願いは臓硯の完全消滅又は彼女の保護をお願いします……」
嗣郎のあまりにも悲痛な願いにゼルレッチは顔色を変えた。
「……詳しく話してみなさい」
そして、僕は旧姓遠坂、現間桐桜の状況について並行世界の衛宮士郎達が経験した記憶を基に説明した。
幸いなのか不幸なのか分からないが切嗣が第四次聖杯戦争に向けて参加者の関係者を調査した資料が残っていたからそれも交えて事細かく説明が出来た。
本来なら切嗣や並行世界の衛宮士郎達の理想に憧れを抱いている僕が人の弱みに付け込んで殺害を依頼するなんて、正義の味方としてあってはならない事だと自覚している。
正直、冬木に住む妖怪:間桐臓硯とは言えイリヤスフィールもといユスティーツァの記憶を見る限り彼の理想は僕達と同じ志だった筈だ。
ただ、長い年月を経て魂が腐り目的と手段が入れ替わってしまった哀れな大魔術師だ。
そして、切嗣や僕達の未来の可能性の1つでもある。
だから、本当はこんな事を頼みたく無い。
しかし、その一方で現在の桜を救出してあの大魔術師を止める手立てがない事は事実だった。
きっと自分の様な自分勝手な欲に塗れたヒトデナシは正義の味方になれないしその事について一生苦悩するだろう。
「……今のそなたと桜と言う少女は無関係なのだろう? 何故、そこまでして彼女を助けたいのだ?」
地面に頭を擦り付けて頭を上げようとしない嗣郎へゼルレッチはそこまでする理由を尋ねた。
「……彼女は切嗣に助けられなかった僕自身なんです。あの地獄の中で助けを求めそれでも叶わなかった苦しみは誰よりも知っているつもりです。
確かに今の僕と桜さんは無関係です。僕自身は彼女と会った事もないし、並行世界の記憶から一方的に知っているだけの存在です。
でも、それでも! 僕は彼女に救われて欲しいんです! 例え2度と正義の味方になりたいと口に出来なくてもっ……! それでも、僕は誰にも涙してほしく無いんです……!
本当なら貴方様に頼らずとも間桐臓硯だって救える正義の味方になりたいっ……! 桜さんだって僕の手で助けたいっ……!
でも、それをするには今の僕じゃ力不足だっ……! だけど、準備を整えている間にも彼女は苦しむ羽目になるっ……! だから、彼女を助けて下さい! お願いします!!」
嗣郎の頭の中に記憶される衛宮士郎の苦悩や悲しみが呼応してしまい彼は声にならない叫びで彼に懇願したのだった。
貴方はゼルレッチに願いを叶えてもらうならどうする?