「いきなり何言って、説明しなさいよちょっと!?もしもし!?もしもーし!?」
日本の中心部──とは言っても、人口や発展的に、という意味ではなく、地形的、地理的な意味での、中心区域に位置する土地、渕上市。そのビルの一室にて。一人の女性が、苛立たしげにスマホに向かって怒鳴っていた。遠巻きに見る周囲の人々の表情は、不安と怯え、少々の興味が見て取れる。
「……〜〜〜ッあンの若作りオヤジ!!!!」
「……あの、大丈夫スか、緋咲さん」
怒り心頭、と言った様子でスマホを投げ捨てる女性に、彼女よりは数歳ほど年下か、と見れる黒髪の少年が、コーヒーを片手に声を掛ける。
「………あぁ、東雲。大丈夫…大丈夫よ。えぇ。ちょっと全力で壁とかブン殴りたいけどね」
「……あー、っと、…お疲れ様です」
「ありがと。…ほんっと、最高の気分だわ」
少年から受け取ったコーヒーのプルタブを開け、勢いよく中身を飲み込む女性こと緋咲レイラ。若干怒りは収まったように見えるが、内に潜めたフラストレーションは未だ健在だろう。
「あぁそうだ。悪いんだけど、私、明後日くらいから暫くここ空けるからよろしくね」
「それはまぁ、支部長に言って欲しいですけど…さっきの電話と何か関係あるんですか?」
「そんな感じ。…そういうわけだから、稲守のお守りはその間も頑張んなさいよ」
そう言ってコーヒーを読み干す緋咲に対し、少年───東雲は苦い顔を返す。その様子に、ようやく気も紛れたのか緋咲は笑みを浮かべ、落としたスマホを拾い上げる。画面には、ある一列の文字が並んでいた。
某日アメリカはサンフランシスコ州。無数のカメラとマスメディアに囲まれ、一人の男が立っていた。2mに届くかと言わんばかりの身長と、鍛え上げた筋肉質な肉体。並大抵のトレーニングではたどり着くことのできないその姿は、彼が只者ではないことを如実に表していた。
「先日、突然の長期休業を発表されましたが、一体なぜなんですかチャンプ!?我々は貴方の試合を心待ちにしています!」
「Yo、まぁ落ち着けよブラザー。……確かに、いきなりのことで驚いた奴も多いよな。それに関しちゃ悪かった。だが、コイツは決まったことでね。変えるわけにはいかねぇし、変えるつもりもねぇんだわ」
マスコミの一人が、男に向けマイクを向ける。男はニヤリ、と笑って答える。それがさも、当然であると言わんばかりに。
「理由を教えてください!200戦無敗!怪我による延期こそすれ一度の休業もなかった貴方が何故!?」
「理由?簡単な話さ────」
男は、差し出されたマイクを手に取り、快活な笑みを浮かべ答える。その瞳に宿るのは、熱烈な野心と傲慢とも取れる自信。少なくとも、男の脳内に悩みや不安などといった物が微塵も感じ取れないことだけは確かだった。
「───今よりもデカい
一斉に炊かれるフラッシュの雨。それを一身に浴びながら、男───“
「だァァァァ────────ッ!!!ッざけてんのかコンチキショウがァァァ─────ッ!!!」
大和市は北東部。工業地帯で最も大きな工場、「ケラウノス・メカニクス」の最重要製造プラントの天気模様は、天井時々落雷。ところにより激昂。
「落ち着いてください工場長!冷静に!冷静に!」
「冷静でいられるかァ!!何が悲しくて遺産の大規模改造なんてトンチキな真似人生で2度もやんなきゃなんねぇんだふざけてんのか!アァ!?」
本日数度目の落雷。その原因である「工場長」ことニクス・K・アーチボルトは、忌々しげに元凶とも言える機械仕掛けの林檎のような形の物体を睨みつけた。
「し、しかし、支部長からの指示じゃあ…」
「その
そう言いながらも手は動き、“改造”のための設計図が次第に出来上がり、それに続くように遺産そのものにも改造の手が施されていく。
「…ったく、無茶な注文してくれやがってあの野郎。バカのしたり顔もムカつくが納品失敗は技術屋としての沽券に関わる!お前ら、図面に目を通せ!すぐにでも動け、必要な人員と経費は全部
ニクスの怒号にも似た檄に、その場のエンジニア達も唸るように呼応する。手捌きは素早く、足並みは揃え、回す思考はトップギア。回された図面を元に、技術屋達は全力で仕事に取り掛かっていく。
「技術屋のプライドと意地にかけて、
一方その頃。『人気モデル、アナスタシア・ストレリツォーヴァ突然の休業』というニュースは、ヨーロッパの各地を賑わせていた。東、北ヨーロッパを中心に、モデルとしてだけでなく、慈善事業家としても活動する彼女の休業には、各国のメディアが動揺。事務所である「アヴロラ・エンターテインメンツ」にも電話が殺到していた。
「もー!あっちこっちから電話の雨、いやこれは寧ろ集中砲火ですよ!どう責任とってくれるんですかアナスタシアさん!?」
マネージャーを務める、彼女と同年代の女性は慌てた様子で彼女の自室に押しかける。
「フフ…問題ないわエリゼ。今私達に立ちはだかる“試練”は、言わば一時の台風のようなもの…固く耐え忍べば、必ずや日は差し、栄光の彩橋は現れる…!フフ…待つのよ。そうすれば“期”は訪れる」
「……そーいうこと言う時のアナスタシアさんは、基本的に何も考えてないって、私よく知ってますから」
何やら“格好良さげ”なポーズを取りながら“それっぽい”雰囲気を漂わせ、妖しく笑うアナスタシアに、マネージャーの女性は呆れたジト目を向け、重々しいため息を一つ吐いた。
「……例の“任務”ですか?」
「えぇ。言うならば、“時は来た。それだけだ。”……と言ったところかしら。フフ。この私の力を必要とするだなんて、
そう言いながら、アナスタシアはマネージャーに持たせていたトランクケースを開き、その中に入っている───少々古典的な青いマスケット銃を手に取る。
「半年ぶりかしら。これを握るのは」
そう言って笑う彼女の姿は、怜悧で、恐ろしく、悍ましく、確かに“暗殺者”と呼ぶにふさわしいものだった。
某国、某市。犯罪都市として名の知れ、銃声と怒号が絶えず鳴り響くその街は、今日はなぜか、いつもよりも静かだった。
「……これで最後?」
「はい、だと思われます」
縄で拘束されたギャングやチンピラ達に目をやりながら、赤い帽子とコートに身を包んだ、中性的な様相の女性は呟く。彼女の名前はキルシュ・フーカ。国際警察機構…通称インターポールのオーヴァード捜査官であり、レネゲイド犯罪の多発するこの地に応援のため呼ばれたのである。
「それじゃ、ボ…私はここらへんで」
「はい、お疲れ様でした!フーカ警視!」
壮年の刑事が敬礼をしながらキルシュを見送り、それに部下たちも倣う。その後、新人の警官が刑事に軽く耳打ちをした。
「先輩、あの女何者なんです…?なんかやたら強かったですけど」
「馬鹿!あのお方は最年少でインターポールの一部署を任された凄腕捜査官だ!本来こんなところにいる事自体がおかしいんだぞ!?」
(…丸聞こえなんだけど、まぁいいか)
ハヌマーンの優れた聴覚によって、思わずともその声を拾ってしまったキルシュは若干頬を染めながらスマホを取り出し電話をかける。
「…うん、ボクです。頼まれてた仕事はこなしたからそっちに向かうよ。……うん。楽しみだね。一年ぶりくらいじゃない?
そう言いながら、キルシュは電話を切る。その胸元には、金色のバラと一対のレイピア──彼女の所属する
遺産小隊。正式名称、特異相承物研究・実用隊。“世界各地で起こる戦争やレネゲイド犯罪解決のための遺産継承者登用”を目的として設立された部隊。各国から集い、各国に散った彼らが一同に介する今回の作戦。それがどんな影響を生み、どんな終局を迎えることになったとしても、その道中に平穏な道のりも、プラン通りの進行も、順風満帆な航路も存在しない。ただ一つ。彼らの挙動が混乱と動乱と騒乱を呼び、あらゆる全てが想定を大きく外れていく。それだけは確かなことである。