TS幹部さんは推しの魔法少女を『改造』したい 作:廃棄工場長
「あー、ようやく終わったよ……。やっぱり二度目と言っても疲れるものは疲れるねー」
誰もいない通学路で夕日に照らされながら、独り言を呟く僕。授業を終えて部活動に所属していない僕は、さっさと帰路についているのだが、それを寂しいと思ったことがない。あくまでも今世では、と注釈がつくが。
「今週の担当は別の人だから、だらだらと過ごそうかな……」
寂しくはないとはいえ、一人でいることが多いと独り言が多くなるのは最早自然の摂理らしい。
ちなみにその独り言の内容だが、僕が所属している『アクニンダン』についてのものだ。いくら周りに人間がいないとはいえ、世間一般的に魔物の次に排除すべき対象とされている組織の話題を出すのは不用心だと思うだろう。
しかしそれは問題ない。もしも僕の独り言を聞いて、その内容を理解してしまった不幸な一般人は、もれなく僕の『護衛』の手によってお持ち帰りされてしまうからだ。
そしてお持ち帰りされた人間の末路は、大体アジトで僕の魔法『生体改造』の練習台だ。
「もしもの時はよろしくねー」
小声で僕は自分の影に声をかける。普通であれば返事があるはずがないのだが、僕にしか聞こえない声で『了解』と返事をされた。
片手でぶらぶらと学校指定のカバンを揺らしながら、自宅までの道を半ばまで来た所で、一人の少女を見つけた。
その少女の顔に見覚えがないが僕と同じ中学校の制服を着ているので、別のクラスか他学年の生徒だろう。
「……そうだね。今日は時間も余ってるし、新しい材料も欲しかったから。あの子にしよう。試してみたい組み合わせがあるしね」
そう小さく呟いた僕は、にやりと笑うとその少女に近づいた。
「ねえ、そこの君。ちょっといいかな?」
「……えっと? 私のこと?」
声をかけられた少女は、怪訝そうな表情で振り返る。いきなり見知らぬ人間に声をかけられたせいか、僕を見る彼女の視線の中には警戒の色が若干含まれていた。
もしかして本能的に僕の異様な雰囲気を悟っているのかもしれない。
(まあ……ただの女子中学生がいくら警戒した所で意味ないけどねー)
そう内心思いつつ、僕は影に潜む『護衛』に「お願い。あの子、連れて帰るから」と伝える。僕のそんな様子に増々不安を募らせた少女は、足早にこの場から離れようとした。
しかしその時点で彼女の行動は既に遅かった。
影は水面のように波打ち、触手のような何かが飛び出す。そしてそれは少女の体に絡みつき、その動きを封じる。
「……えっ!? 何……これ!?」
突然現れた自分の体に絡みつく触手に、少女は驚きの声を上げている。何とか触手による拘束から脱出しようとする少女。
そんな無駄な抵抗を試みる健気な姿に興奮しつつ、僕は彼女の耳元に顔を接近させる。
「今日の僕は機嫌が良いから、君は特別な待遇で迎えて上げるよ」
「ひっ……!? は、離して……!?」
少女はより激しく暴れようとするが、それを許さないと言わんばかりに触手は一層強く彼女の体を締め付ける。
少女の顔が恐怖や苦悶の表情に染まっていく様子をもう少し見ていたかったが、『護衛』に次の指示を出す。
「『シャドウ』さん、もう沈めちゃって」
「ねえ! ま――」
少女の言葉は最後まで紡がれることはなく、彼女の姿は僕の影に触手とともに沈んでいった。
「ありがとうね、『シャドウ』さん」
影にそうお礼を述べる僕の姿は、不審者そのものだろうが他に通行人もいないので問題はない。新しい試作品の完成図を頭に思い浮かべながら、僕は自宅までの道を再び歩き始めた。
■
「……活動熱心なことは良いことだが、少しは自重をしてくれないか? 『改造人間』の材料を勝手に集めるなとは言わないが、極力控えるように」
「え? 何かあったんですか?」
場所は変わって、『アクニンダン』のアジト。その最奥に位置する『玉座の間』。
そこで僕は軍服姿の背丈が低い少女――『ボス』と会話もとい軽い報告を行っていた。その内容は学校からの帰り道で、一人の少女を『シャドウ』にお持ち帰りしたというものであったのだが――。
僕の話が終わると、冒頭のような忠告を『ボス』はしてきた。その真意が見えず、あれこれ考えてみたが僕は素直に『ボス』に尋ねることにした。
そうすると『ボス』は、以下のように話を続けた。
「いや……お前の後に有望そうな奴がいてな。組織に儂自ら勧誘したんだが――」
「え? そんな話聞いてないんですけど?」
「そうか? 前の集会で自己紹介させたはずなんだが……」
「あー! 先週のやつですね、それ。あれ僕欠席してました。試作品の調整で忙しくて」
「……なら仕方がないな。なるべく集会には参加してくれ。それはともかく、そのお前の後輩『だった』奴についてなのだが――」
途中で話の腰を折ってしまったが、『ボス』は話を再開した。
「――そいつが組織の目的にあまり乗り気ではなかったのは薄々察していた。しかしその内慣れるだろうと思っていたんだが……気がつけば『魔法庁』の方に寝返ってしまった」
「何があったんですか!?」
「流石にお前でも驚くのか。……儂も驚いたことに、魔法少女からの言葉に乗せられたようでな。「本当はこんなことしたくなかった。無理矢理組織に入れられて――」みたいな話をしたようでな。今後『魔法庁』が他の幹部の強制保護に走る可能性がある。それで他の幹部にも伝えているんだ。捕まるようなへまをしないように、とな」
要約すると、いつの間にかできて、いつの間にかいなくなった顔も知らない『元』後輩が原因で、僕達幹部の身が今まで以上に危険になった。そういう話らしい。
「でも珍しいですね。『ボス』が人材選びに失敗するなんて」
「なに。儂とて世界征服を目指している組織のトップだが、所詮は人の子という訳だ。偶には見当違いな選択もする。それがよく分かったよ」
『ボス』が心底悔しそうな顔をしながら、言葉を締めくくった。
しかし珍しいこともあるものだ。他のことについては知らないが、少なくとも『ボス』の観察眼の正確さは僕自身が理解している。
例えば『アクニンダン』に所属している僕を含めた七人の幹部は、『ボス』が直接勧誘もしくは軽い面接のようなものを経ている。
お遊びでもなく『ボス』は真剣に世界征服を目的としているのだ。自らの目で見た上でしっかりと吟味しなければ、背中を合わせる同志として信用ができないからだろう。
現に今回抜けた『元』後輩を除けば、それぞれ方向性が多少違えど世界征服には前向きである。その過程で民間人にどれだけの被害が出ようと気にしない、頭のネジが数本ぶっ飛んでいる連中であるが。もちろん僕も含めてだ。
「それで僕に、材料調達を控えるように言ったんですね」
「まあ、そういうことだ」
『ボス』が頷く。ならこれでこの話は終わりだろうか。そう思い、僕は踵を返そうとした瞬間。とんでもない事実――それこそ『アクニンダン』存続の危機に繋がりかねないことに気づいてしまった。
僕は慌てて『ボス』に尋ねる。
「――『ボス』!? その寝返った奴から情報が洩れたりしないですよね!?」
このアジトの場所や出入りする方法、各幹部や『ボス』の弱点等々。『魔法庁』に渡ると、困る情報はたくさんある。
『元』後輩がいくら在籍期間が短いとはいえ、少しは『魔法庁』にとって有益な情報は持っているはずだ。
その情報のせいで、『アクニンダン』が潰されると非常に困る。何故ならせっかく『改造』しがいのある魔法少女――アマテラスを見つけたのだ。
今のタイミングで僕の願いの邪魔をされるのは、大変不愉快である。
ただならぬ僕の雰囲気に、『ボス』はとんでもない返答をしてくれる。
「それについては安心しろ。あいつはまだ試用期間だったんでな。碌な情報は持っていない。それでも儂は裏切り者が許せない質でな。別の者に頼もうと思っていたが――フラン。お前に我が組織を裏切った奴の暗殺を命じる」
■
日本に無数に存在する『魔法庁』の支部の一つ。そこの地下――捕獲した魔物の解剖等を行う為に頑丈に作られた場所――が人が最低限過ごせる程度に整えられていた。
その理由は――。
「――あれが『アクニンダン』から保護を願い出た少女か」
「あ! 若林さん!」
一人の少女が原因である。その少女は見かけこそ無害そうなものであるが、その正体は残虐非道で有名な悪の組織『アクニンダン』の幹部の一人――だったのだが、それも数日前の話。
今ここの支部長である若林の前にいる一人の魔法少女――アマテラスが交戦した際、彼女の中でどういう思考過程を経たのかは不明であるが、対峙している幹部に降伏勧告を行った。
共闘していた他の魔法少女は、アマテラスの突然の行動に面を食らっていた。更にそれがどう作用したのか、交戦していた幹部である少女はいきなり降参をして、『魔法庁』に保護を自ら志願したのだ。
完全に武装解除されて、魔法の使用を制限する腕輪を嵌められた状態で、元幹部の少女は若林のいる支部まで連行されてきた。
幹部の収容という特異な状況を想定していなかった為、若林の指示の下、大至急で地下の改装――もとい整理が行われた。
「……今の所、彼女は大人しくしているようだな」
「アリサちゃんならもう大丈夫ですよ! 何なら迷惑をかけた分、『魔法庁』で私達と一緒に戦いたいと言ってくれています!」
抵抗することなく拘束を受け入れた元幹部の少女――アリサは、この支部の地下で保護という名の軟禁状態である。しかしこれは仕方がないだろう。
何分『アクニンダン』の幹部に対して行われた降伏勧告が通ったのは初めてで、それに対応する為のマニュアルが未整備であるからだ。
最近何かと厄介事を持ち帰って来るアマテラスに胃を痛めている若林は、『魔法庁』の本部に報告を行いその結果、厳重に警戒態勢をひいた上で情報収集を行えという命令を下された。
今回の一件よりも前に、若林はアマテラスから齎された『アクニンダン』の幹部『フラン』についての情報――救助対象に当たる可能性を本部には伝えていた。それが考慮された故の指示なのだろう。
そこで若林はアリサを保護したメンバーの中で、アマテラスが彼女から聴取を行うのに一番適任だと判断した。実際アマテラスはアリサを気にかけており、アリサの方もアマテラスに親しみの感情を向けているらしいという報告を、他の魔法少女や職員から受けている。
若林は静かにアマテラスに問いかける。
「それで、彼女から得られた情報は何かあるかね?」
「は、はい! アリサちゃんから聞いた話ですが――」
何回かの任務を重ねたはずなのに、未だに純粋さを失っていない様子のアマテラスは、緊張しながらも報告を行っていく。
「アリサちゃんはある日学校の帰り道で、自らを『ボス』と名乗る人物に勧誘……無理矢理アジトへと連れて行かれ、組織の活動に従事させられていたようです。それで今回が初の単独任務であったらしく、『ボス』から魔物を率いて街を破壊してくるように命令を下されたらしいです」
「……ふむ。報告ご苦労。君も疲れているだろう。そろそろ帰宅して休んでもらっても構わないんだよ?」
「私は大丈夫ですよ! 現についさっきまで休憩してましたので」
若林の記憶が正しければ、アマテラス――本名神崎千代は中学生のはず。まだ学生の身分の為、長期的に魔法少女としての任務の際には、その魔法少女が所属する支部の人間が保護者に連絡を入れる。
それでも学校から出される課題や友達付き合いに、部活等。一度限りの青春を謳歌したいはずの身の上であり、むしろ苦情を言われることを若林は覚悟していた。
けれど蓋を開けてみれば、アマテラスはそういった類の不満は一切なく、まだまだ働きたいと直接言ってきた程だ。これには若林も驚きを隠せなかった。
「……これで他の子達も助けるような方針になるんですか?」
「それはまだ分からないな。君が聞き出してくれた内容が事実で、保護した少女――アリサ君が本当に我々に協力してくれるか否かによる」
「それなら問題ないですよ! 私にアリサちゃんは言ってましたし」
「それはさっきも聞いたよ。結局の所、今後の彼女の態度次第だ。それにアジトや他の幹部に関する情報はほとんど持っていなかったのだろう?」
「そ、それは……」
アマテラスが返答に困った様子を見せる。ただでさえ『魔法庁』は神出鬼没な野良の魔物への対応で手がいっぱいであるのに、週に一度『アクニンダン』による街への襲撃もある。
目の上のたん瘤である『アクニンダン』の解体を優先するようにと、本部からの通達は各支部に以前から出されている。
そんな時に自ら投了してきた元幹部であるアリサの存在に、『魔法庁』の上層部は大いに期待していた。彼女から得られる情報は、『アクニンダン』を排除し組織が保有する魔物の調教方法や所属している幹部を確保するのに役に立つと思っていたからだ。
しかしアリサは幹部としても新参で、重要な情報は一つも持ち合わせていなかった。もっとも今までの従順な態度が演技である可能性がある為、警戒は怠らず聴取は続行の予定だが。
「……だが、それでも幹部級の人物を一人確保できたのは向こうにとっても十分な打撃になったはずだ。彼女の安全性が証明されれば、魔法少女として招きたいと思っている。そうなれば、『魔法庁』として他の幹部である少女達も保護という方針を取ることができる」
「……本当ですか!」
「ああ」
若林のその言葉を聞き、アマテラスは顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。一般人を多くの被害を出している組織の人間を相手に、そのような表情をできるのはアマテラスを含めて、そう何人もいないだろう。
「……フランちゃん。待っててね」
アマテラスが小声で呟いた内容が、若林の耳に届く。
(しかし何故アマテラスがあのフランを助けることに固執しているんだ? ある意味今回の一件で、フランも含めた他の幹部も強制的に活動させられているという可能性が出たからか? だが、ただの正義感が強いというには違和感が……)
若林がそう考えている間、アマテラスは彼に断りを入れるとアリサが拘禁されている部屋に入ろうとした瞬間。
彼ら全員の視界が真っ黒な闇に包まれた。