TS幹部さんは推しの魔法少女を『改造』したい 作:廃棄工場長
――先日、世間が震撼する事件が起きた。
世界に混乱と恐怖を撒き散らす悪の組織『アクニンダン』による『魔法庁』の施設が襲撃されるという前代未聞の事態が発生した。
逆に今までなかったことが不思議に思われるだろうが、『アクニンダン』が『魔法庁』関連の施設を襲ったことは一度もなかった。
もちろんその事実に甘えて施設の警備を疎かにするようなことはなかったが、『アクニンダン』の魔の手が直接伸びたことはない。
それでもどこかに油断、慢心があったのだろう。『アクニンダン』は『魔法庁』の力を恐れて、直接施設を襲うようなことはない、と。
戦力として警戒すべき存在は、数名の幹部と首領の『ボス』だけである、と。
だが、そうはならなかった。一人の魔法少女の説得によって、『アクニンダン』を離反して保護された元幹部のウィッチ。
その彼女を裏切り者として、組織の幹部によって暗殺された。支部の内部に突然現れて、その後の追撃も全て振り切られたという顛末である為、現在『魔法庁』は世間から大バッシングを受けて炎上している最中だ。
連日テレビ番組にお偉いさんが呼び出されては、頭を下げて謝罪する映像がお茶の間に流されている。もちろん、そんなものがいくら流れた所で『アクニンダン』の活動が収まる訳でもなく、野良の魔物は今日も元気に街中を闊歩しようとしている。
炎上や『アクニンダン』に、野良の魔物。それらへの対応で『魔法庁』は上から下まで大忙しだ。
それは支部長の一人である若林も例外ではない。むしろ、この騒動の渦中にいる人物と言っても過言ではなかった。彼の支部で保護していた『アクニンダン』の元幹部の少女が殺害されたのだ。
責任者として社会的にも、裏で物理的に首が飛びそうになったのだが、今はどこも人手が足りない状況。自他ともに優秀と評価されていた若林の首は皮一枚の所で繋がり、現在進行形で職員や魔法少女に指示を出したり、上への報告で忙殺されていた。
「はあ……流石に疲れるな」
「若林さん。そろそろ休んだ方がよろしいかと。あの一件以来、自宅に帰らずにずっと働き詰めじゃないですか」
「それを言うのなら、君も同じではないかね。米山君。目元の隈が酷くて、化粧でも誤魔化せていないようだが」
「え!? それは本当ですか!? やだ、しっかりと鏡を見ながら隠したはずなのに……」
「それだけ元気なら大丈夫そうだな。だが、無理をして君に倒れられると困る。数時間は仮眠を取るように」
「うう……了解しました。しかし若林さんも休憩されないと……」
「君の仮眠が終わり次第、君と交代する形で休むつもりだ。流石に私と君の両方が一度に不在になると、この支部が機能停止に陥ってしまう」
「そういうことでしたら……」
若林の部下である女性――米山は、若干の不満を見せつつも若林の言葉に甘えて部屋を退出していった。
若林と大量の書類のみが残される。少しでも米山の負担を減らすべく、若林は仕事を再開した。
しかし仕事を進める間、若林の思考は二人の少女についてその半分以上が割かれていた。
もちろんそれは彼が特殊な性癖を持っている訳ではなく、その二人の少女が自分よりも今世間をにぎ合わせている騒動の原因と言うべき人物だからだ。
一人は、若林が支部長を務める支部に所属する魔法少女。魔法少女名はアマテラス。彼女が魔法少女になってから、それほどの時間は経っていない。
それでも彼女の活躍は目覚ましく、良い意味で魔法少女の宣伝にもなっていた。
だが、それに反比例するかのように、アマテラスは大きな厄介事を持ち込んでくる。一番直近のことを挙げるなら、それこそが例の襲撃事件だ。
暗殺された元幹部の少女は、アマテラスの説得で保護に応じたのだ。それが結果的に『魔法庁』が世間から非難されることに繋がった。けれどその行為を、若林は間違っているとは思わない。
助けられる命を救おうとする。本来であれば称賛に値すべきアマテラスの行動のはずだが、他の『魔法庁』の連中や世間は起きた結果しか見ず、大声で糾弾するだけだ。
魔法少女が徒に『アクニンダン』の幹部を施設内に招き、余計な襲撃を誘発させたと。
この事件で一番傷ついているアマテラス本人の心情を考慮せずに。
日頃から熱心に、悪く言えば何か強迫観念に突き動かされているかのように従事していた魔法少女としての活動。それに一切関わろうとせずに、アマテラスは自らの殻の中に引きこもってしまっている。
家族にも顔を合わせたくないのか、家にも帰らずにこの支部に用意された個室に完全に閉じこもっている。一応アマテラスの上司にあたる若林であるが、所詮基本的には安全地帯で指示を出すだけの大人の言葉など響くはずがない。
というか、かけるべき言葉が見つからない。恥ずかしいながら、精神的に参っている年ごろの少女との交流経験は少なく、時間が解決するか周りのサポートに頼るしかないのが現状だ。
(アマテラス君のサポートは急務だな……。そういうのを任せられるのは誰だったか……。米山君に……いや、彼女もただでさえ仕事で手一杯だ。これ以上、負担をかける訳にもいかない……。
はあ……あいつなら、こんな時どう言葉をかけるんだろうな)
一度仕事の手を止めて、右手で眉間を軽く揉む。両目を閉じて、休憩代わりに思考に没頭する。
瞼を閉じた若林の脳裏に浮かんでくるのは、アマテラスとは別の白衣を着た少女――『アクニンダン』の幹部、フランだ。
映像越しには何度か見たことはあるが、あれほどの近距離で相対したのは初めてであった。当時あの場にいたのは、若林とアマテラスに、フランのみ。もしも彼女にその気があれば、若林を殺害することはできたはずだ。
(……そもそも、彼女はどこから侵入してきた? 今まで、今回のような事態が起きていないことを考えると、何かしら条件があるはずだが……。しかし、それよりも――)
暗がりで分かりにくかったが、後から監視カメラの映像を見返したり、逃走する際の戦闘の様子を聞くとフラン自身の影に潜む不定形の魔物らしき存在を使役していたことが判明した。
その戦闘能力の高さや異質性から、『アクニンダン』で調教された魔物ではなく、フラン自身の魔法によって産み出された異形の可能性が高い。
この異形――フランから『シャドウ』と呼称されていた個体は、過去二度にわたって確認されたフランが使役していた異形よりも強いであろうというのが、実際に交戦をした魔法少女達の口から語られている。
これが事実であれば、着実にフランの魔法は確実に練度が上がっているということになるが、流石に『シャドウ』に並ぶ程の個体は量産できる域には達していないはずだ。
もしも量産に成功していれば、先の襲撃事件で投入されていただろうし、被害もアリサの命や施設の破壊に留まらなかっただろう。
当然これらの情報は若林だけではなく、他の『魔法庁』の上層部も把握している。今後上層部はますますフランの保護――というよりかは確保に力を入れるだろう。
フランの魔法さえあれば、『アクニンダン』の壊滅や魔物の殲滅もお手の物のはずだ。使う者に邪な気持ちが少しでもあれば、それこそ世界征服すら可能になる。
いや、案外それが上層部の本当の目的では――。
そこで思考を打ち切り、若林は作業を再開した。
どちらにせよ、若林の立場では上層部の動向を探るのが精一杯で、コントロールする程の権限はない。
ただでさえ、今の立場も危ういというのに。
(……今はまだ消される訳にはいかない。あの子を見つけるまでは……)
若林の脳裏に浮かぶのは、自らの血を半分受け継ぎ、今は亡き愛した女性の忘れ形見である一人の少女。
アリサのように無惨に殺されていないか、アマテラスのように現実に絶望していないか、フランのように都合の良い兵器として利用されていないか。
少女が若林の前から姿を消した時から、彼女のことを忘れたことは一秒たりともない。
(アマテラス君やフランにも相応の事情はあるだろう……サポートはできる限りはするつもりだが――娘のことを優先させてもらう。無事でいてくれ。■■)
――若林とて、不器用ながらも一人の父親である。ただそれだけの話だ。
■
「……ここ、どこなの?」
――私はどこかの映画館にいた。中央辺りの席に座っており、周りを見渡しても他の客の姿は見えない。少々マナー違反かもしれないが、まだ上映は始まっていないので大丈夫だと思い、スカートのポケットからスマホを取り出そうとした。
けれど、いつも入れているはずのスマホは見つからなかった。
お陰で今自分がどこにいるのか、何の為にここにいるのか。その一切を探る術がない。
時刻も不明だが、不思議と私はここから立ち去ろうと思えなかった。映画館にいるのだ。これから上映される映画を目的に来たのだろう。多分。
「……ホラーは止めてほしいかしら。流石に一人で見れる自信はないし……」
手持ち無沙汰で、ただぼうっとスクリーンを見ていると、館内が徐々に暗くなっていく。間もなく、映画が始まりそうだ。
そうして始まったのは、どこかで見覚えのある少女が主人公として描かれた物語であった。少女のバックボーンは至って普通。
優しいながらも、怒った時には般若のように恐ろしい母親。不器用ながらもしっかりと愛情を注いでくれて、頼れる背中を見せてくれる父親。
少女を姉として慕い、一生懸命後ろを着いてくる妹。
一般的な、されど理想な家族像がそこにはあった。
少女はそんな家族に囲まれて、幸せに過ごすしていく。そういう展開だと思っていた。
「こんな展開……悪趣味過ぎる……」
導入部分が終わってから、少し経った頃。少女の妹は、その幼い命を散らしてしまった。
事故だろうか、病気だろうか。
少女の妹が死んだ原因は、魔物に喰われてしまったようだ。何故か画面が歪んで、そのシーンが良く見えなかったが、休日に家族で最寄りのデパートに出かけた際のシーン。
運悪く魔物が現れて、他の避難客のせいで妹一人が逸れてしまい、次に再会した時には彼女は冷たい骸に成り果てていた。
通報を受けた魔法少女が間に合わず、少なくない犠牲者が出た。少女の妹も、その内の一人だった。
ただ、それだけの話である。
いつの間にか、私は無言になっていた。
今更の話だが、この映画の世界観の設定では魔法少女や魔物が普通に存在するようだ。だから、少女の妹が魔物に襲われて命を落とすのも、事故に巻き込まれるのとそんなに変わりがないのだろう。
けれど少女も私も、妹の死を当たり前だとか、仕方がないとかで切り捨てたくはなかった。
しかし現実は無情なもので、少女には力がなく妹を見送ることしかできず、幸せであったはずの家族の間には大きな亀裂が入ってしまった。
そこからの展開は見るに耐え難く、家族の団らんからは笑顔が消え、共に過ごす時間自体が減っていく。
少女もそんな現実から目を背けるように、生きるべき理由を探した。
魔法があるのだ。そんな都合の良い奇跡があっても良いだろう。
けれどそんなに美味い話はなく、この世界には、代償に願いを叶えてくれる『白い
もしもいたとしたら、自分が理性のない化け物に堕ちると知っていたとしても、一切の躊躇なく契約を結んでいただろう。
しかし、この映画の世界観における魔法少女の発生には、異世界からやって来た妖精との契約はないらしい。
完全に少女本人の資質に由来するようだ。
しかも、それだけではなく、その才能が開花するのも運次第。
最高にトチ狂っている。
お陰で奇跡に頼ることも、魔物に復讐するという逃げ道も少女は選択すらできなかった。
それが分かってからの少女は全てを諦めた。それでも自ら命を断つことはなかった。その理由が、死ぬ勇気がなかったからか、妹の分まで生きなければならないと思ったのか。
所詮
精々、背中を押して上げることしかできず、少女に寄り添うことは不可能だ。
私の悶々とした感情を無視して、映画は進んでいく。
表面上は立ち直った少女は人懐っこい笑顔の仮面を被り、可能な限り他人を助けてきた。普通の少女として振る舞おうとしていた。
その歪な在り方にやるせない気分になり、映画は
かつての光景の焼き直しのように。魔物に襲われかけた少女は、死を覚悟して。
けれど、その時に浮かんでいた表情は、どこか安堵しているようにも見えた。
表情は時に、口よりも物を語る。まるで妹にようやく会えると――。
それが気に食わなくて、手を伸ばしかけた瞬間。
――少女は、一人の魔法少女に助けられた。
その魔法少女の背は少女よりも低く、服姿がきらびやかなドレスではなく、遊び心が一切感じられない
少女が救われたのは命だけではなく、心も救っていた。何故かその魔法少女に助けられた日を境に、少女は魔法少女に覚醒したのだ。
――私の力が少女に馴染んだことを確認して、私は安堵の息を吐いた。
「良かった……」
少女は命の恩人のようになるべく、魔法少女として戦うことを決意した。
土壇場で「どうにかなれ!」と思ったら、どうにかなった。
未だに自分の正体や力の由来は分からないが、私はこの少女の助けになれて嬉しいと思う反面、何でもっと早く力を彼女に与えることができなかったのか。
何度も、何度も。自分を責めた。
自分自身の不甲斐なさを責める声がどれだけ大きく響いても、私以外誰もいない空間に虚しく響くだけだった。
――少女の人生を題材とした映画は進んでいく。
『――か、かわいい。あの子なら僕の願いにも――』
『――はい?』
――めでたく魔法少女になって
――相変わらず、私はただの無力な