TS幹部さんは推しの魔法少女を『改造』したい 作:廃棄工場長
薄暗い部屋で、私は魔法少女の姿に変身していて、その派手なピンク色のドレスはペンキを被ったみたいに真っ赤に染まっていた。
頭を軽く動かすと、少し離れた場所に私と同じ年齢ぐらいの少女がいた。
「ねえ……! ここは何処で、貴女は?」
私は状況が飲み込めず、その少女に声をかけた。
いや、
その少女は裾を引きずりそうになる程に長い白衣を着ており、眼鏡をかけていて、外見的特徴だけを挙げれば理知的な印象を抱くだろう。
そんな少女が私の声に反応して、どこか合っていなかった焦点が定まり視線が交差する。
「ひっ……!?」
少女の顔をよく見た瞬間に、先ほどまで抱いていたイメージは一瞬で覆り、思わず情けない声を出してしまう。
それも仕方がないだろう。
その少女の目は、死んだ魚の方がマシだと思える程に濁っており、その瞳からはこの世界に対する絶望が感じられた。
それだけではなく、彼女の両手には幼い少女の頭部が抱えられていたのだから。
だが、それらを見ると同時に、私が何者で、目の前の少女や、その少女に抱えられた別の少女の頭部の正体。
それらを思い出した。
私は『魔法庁』所属の魔法少女で、白衣を着た少女は『アクニンダン』の幹部であり、私がその組織から助けたいと思っている人物であること。
そして、そんな彼女の両手にある頭部の持ち主はアリサという名前であり、私が守ると約束してそれを果たすことができなかった罰の象徴だった。
アリサちゃんの何も映さないはずの瞳が、まるで非難するかのように私を見つめてくる。
もちろん、私の罪悪感が生み出した錯覚だろうが。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
アリサちゃんと交わした約束は守ることはできなかったが、手の届く範囲に彼女の遺体はある。
せめて、きちんと弔いたいという思いがあった。
それだけじゃない。初めて会った時に、私に「助けて」と言ってくれたフランのことまで取りこぼしたくない。
たとえ、それがフランを助けられなかったアリサちゃんの代替と見るような行為である事実であったとしても、必死にそれから目を逸らしているのに内心気づきながらも。
「お願い……! アリサちゃんを連れていかないで……! フランも待って……! せめて、貴女だけでも助けさせて……!」
こんな情けない台詞は、魔法少女には相応しくない。
本当であれば、彼女達の方を救わなければならない。
そう思いながらも、ここで彼女達を見逃してしまえば、私の心が壊れてしまう。
そんな確信があった。
フランやアリサちゃんの姿が、私の大事な
嫌だ。行かないでほしい。あの時と違って、私には力があるんだ。無力な少女ではない。
しかし、そんな私の思いも彼女達には届かず、二人が口を開いて交互に言葉を吐き捨てる。
「――一体いつになったら、僕のことを助けてくれるの?」
「――私を助けてくれなかったのに、私を殺したこいつを救おうとするのが魔法少女? 見損なったよ、お姉さん」
代わる代わる、突きつけられる言葉は、
彼女達が口を開く度に、私の心にヒビ割れていく音が聞こえたような気がした。
「――もしかして、あの時かけてくれた言葉は全部嘘だったの? そうだよね、所詮魔法少女なんて、人助けじゃなくて皆んなからチヤホヤされるのが目的なんでしょ?」
「――この女の使い魔かな? それに胸を突き刺された時、凄く痛かったんだよ。頭も潰されちゃったんだよ。
助けてほしかったのに、その時お姉さんは何をしてたの? ただ震えていただけだよね。本当に腹立たしい。
なんで、あそこで私が死なないといけないの? ねえ、教えてよ!」
フランが、首だけのアリサちゃんが私を責める言葉を吐き出し続ける。
死んだはずのアリサちゃんが何事もないかのように恨み言を述べている状況を、異常だと判断する余裕すら今の私にはなかった。
まさに悪夢のような状況に、私の心が完全に壊れそうになった瞬間。
一人の少女の声が響いた。
「――目の前の彼女達は本物ではないわ。貴女の罪悪感が生み出した虚像に過ぎない」
「……え、私?」
「その返答は半分正解だけど、私はただの
そう話しかけてきた少女の見た目はどこか既視感がある――どころではなく、私と瓜二つであった。
魔法少女としての衣装であるピンク色のドレスに身を包んだ少女。
そして、彼女の言葉の意味を理解する前に、フランとアリサちゃんの姿が掻き消え、今までいた空間すら別物に変わっていく。
次に私と少女がいた場所は、寂れた雰囲気の映画館のような所だった。
観客席に、私達は隣り合うように座っていた。
「……ここは? というか、これはもしかしなくて夢?」
「まずは二つ目の疑問に答えてあげる。ここは貴女の夢の中。もう一度言うけど、さっきまでいた子達は貴女の罪悪感が具現化したもの。
本物ではないから気にしなくてもいい。なんて言っても貴女は優しいから無理でしょうけど」
「……それで貴女は誰? どうして私とそっくりなの?」
「……そこは私にもよく分からないわ。私はこの映画館のような場所で――貴女の内側からずっと見続けてきた。貴女の人生を。
あの時に妹を守れずに悔やんでいた、友人を助けてもらった魔法少女に憧れた貴女に。魔法少女としての力を与えたのは、多分だけど私。
貴女にそっくりなのは……長い間、貴女の中にいたから。だと思うけど」
「ぱっとしない答えだね……」
「仕方ないでしょう。私にも、何が何だかさっぱりなんだから」
自分とそっくりな外見の少女と会話するという、不可思議な状況を体験したお陰か、先ほどまでの精神的不調は落ち着いていた。
だが、平静を取り戻した状態であっても少女が話している内容は難しく、肝心の彼女自身も理解できない部分もあり、私には大半の内容が伝わらなかった。
しかし、一つだけ分かったことがある。
「――今まで、ずっと私のことを守ってきてくれたんだね。ありがとう」
「――。別に守るなんて、大層なことをしてた訳じゃない。お礼を言われる筋合いなんかなくて、むしろわけの分からない力を与えたのよ。文句を言われても仕方がないって――」
「――そんなことないよ。貴女の正体が貴女自身にも分からなくても、この力のお陰で助けられた子がいるし、これからも多くの子を助けていくつもりだよ。
もうアリサちゃんや……妹みたいな犠牲者は出したくないから。
それだけじゃない。私が魔法少女になりたいって思う、きっかけをくれた魔法少女にもきちんとお礼は言えてないしね」
「……そう。なら、私から言うことはもうないわ」
照れくさそうに顔を背ける少女に、私は追加の質問をした。
「……それで、ここは私の夢の中って言ってたけど、現実の私の体はどうなってるの?」
「普通に眠っているわ。ただ貴女が夜眠る度に、さっきまでみたいな悪夢を見ていたから見かねて、私が出てきたのよ。
だって、あのまま放置していたら貴女の心、壊れていただろうし」
「そ、そんなに危ない状態だったんだ、私」
「そうよ。私が色々と手を回しておいたから、もう悪夢は見ることはないわ。……話はここまでにしておいて、もうそろそろ起きた方が良いわ。
行かないといけない所があるんでしょう?」
「うん。……また会えるかな? まだ、話したいことがいっぱいあるから」
「ええ。もう一度、きっとね」
そこで言葉を切った私は、最後に少女に別れの挨拶を告げて、長く続いた悪夢から目覚めた。
■
「……行ってしまったようね」
映画館から立ち去った――現実に帰還したアマテラスを見送る。
声をかけるまでは、本当に死にそうな顔をしていた彼女ではあるが、あの調子ならもう大丈夫だろう。
餞別として、
これで、彼女は十全に力を発揮できるはずだ。
この力の全力が発揮できれば、どんな困難も正面から解決できるだろう。
今までは、ずっと見ていることしかできなかったが、実際に話してみるとアマテラスという少女は、本当に優しい――魔法少女に相応しい人格の持ち主だ。
一度挫折を味わった彼女であれば、もう折れることもない。……それを見届けることができないのが、残念であるが。
結局自分の正体すら分からかったが、後悔はない。
最後に背中を押すこともできた。
「……じゃあね、アマテラス」
その言葉を最後に、
■
――目覚めは意外とすっきりとしていた。
ベッドから体を起こしている内に、意識がはっきりしてくる。
辺りを見回し、そこが私の所属となっている『魔法庁』の支部で、各魔法少女の為に用意された個室であった。
窓から差し込んでくるのは、月明かり。状況や先ほどの夢での会話から考えるに、私は家にも帰らずにずっとここで引きこもっていたのだろう。
もう何日も家に帰っていないが、家族は私の心配をしたりしない。妹が魔物に襲われて死んだあの日から、幸せだったはずの家庭はバラバラになってしまった。
お互いに関心を持っておらず、必要最低限の会話すらまともに交わされない。
それは私が魔法少女になってからも変わらず、私がどれだけの魔物を倒しても、どれだけの人を救っても私を意識することはなかった。
だって、妹が死んだことで私達の家族の時間が止まってしまったのだから、前を――現在を見ようとしない。
私もそれで構わないと思っていた。魔法少女にはなれて嬉しかったし、以前に比べて前向きにもなれた。
魔法少女としての活動に打ち込み、それ以外の日常でも明るく振る舞えるようにもなった。
けれど、それは全部自分の家の外の話。家に帰れば、私は――私達家族は今まで通り、妹の死から立ち直れていないままであった。
そんな現状に妥協していた中。
色々な出会いがあり、一度は折れそうになった私だが、まだ取りこぼしていないものはある。
ようやく家族との溝を埋めたいと思えるようになったが、その前にやらなければならないことがいっぱいある。
「……ごめんなさい。お母さん、お父さん。家に帰るのは、まだ後になると思います」
両親は私のことを気にしていないだろうし、この言葉は当然ここにいない彼らには伝わらない。ただの自己満足だ。
それでも、今の私にはそれは必要な行為だと感じた。
気を紛らわす為に小音で点けておいた、備えつけのテレビ。今まで意識の外に置いていたそれから、焦りながらも冷静に情報を伝えようとする女性の声が、私の耳に届いた。
『――緊急速報です! 現在〇〇県■■市は、『アクニンダン』による襲撃を受けています! 魔法少女達が戦闘を行っていますが、流れ弾による被害が凄まじいです! 近隣住民の方は急いで避難を! 繰り返します! 近隣住民の方は――』
自然と視線はテレビの方に向けられていた。同時に画面が切り替わり、防犯カメラか命知らずのカメラマンかのどちらか分からないものの映像になる。
映像は乱れており、辛うじて街中で戦闘が行われていることが分かる。
魔法少女達が戦っている相手を見て、私に行かないといけない使命感が宿る。
部屋に雑に投げていたアイテムを回収し、魔法少女の姿に変身する。心境の変化があったのか、衣装がいつものピンク色のドレス姿から、色は同じものの着物のような衣装に変化していた。
変身アイテムであるステッキも形状が、日本刀のような物に変わっていた。
それだけではなく、しばらく戦闘どころか変身すらしてなかったのにも関わらず、体には今まで以上の魔力が渦巻いていた。
まるで何かの枷が外れたように、
(……今なら何でもできる気がする。待っててね)
内心でそう呟くと、部屋の窓から飛び出した。
■
――時間は、アマテラスが覚醒するよりも少し遡る。
■
「はあ……人使いの荒い人だなあ。『ボス』は」
大きくため息が溢れる。『アクニンダン』に幹部としている僕。
いつもの如く、アジトの専用のラボで『調整』をしていると、『ボス』がいきなりやって来て開口一番に以下のように告げてきた。
『――フラン。今週の襲撃の当番はお前だ。久しぶりにお前が造っている『改造人間』の仕上がり具合を見たいのだ。
確か、以前にこう言っていたな? まだまだ完成品に程遠いと。
期待しているぞ』
せっかく新作の『調整』で盛り上がっていたというのに。非常に迷惑な話だ。
しかし、これでも組織に勤めている人間なので、
だが、中々に難しい注文である。
『改造人間』の仕上がり――要するに僕の魔法『生体改造』の成長具合を確認したいということなのだが、どの個体を連れて行くべきか。
一応完成品と言えるレベルの『改造人間』は『シャドウ』さんしかいないが、既に『ボス』にはお披露目している上に、彼? が出来上がった経緯は偶然の産物に過ぎない。
未だに僕の『生体改造』は発展途上だ。現に納得がいく『改造人間』は一体もいない。
おまけに出撃しても、最近姿を見ないアマテラスが僕の迎撃に出てくる可能性は低い。
それが僕のやる気を削ぐ要因の一つになっている。
そこで、僕は良い考えを思いついてしまった。
「今『調整』中の子を連れていけば、アマテラスが来てくれるかも……!」
新作の『改造人間』の完成度で言えば『シャドウ』さんには及ばないけれど、それに迫る程の強さは発揮してくれるだろうし、なりより素体となった少女はアマテラスと関係が深いと呼べる人物だ。
彼女の顔を見たら、たとえ傷心中であったとしても駆けつけてくれるだろう。
「――じゃあ、行こうか。『改造人間』第五号」
僕のその言葉に対して、第五号と呼ばれたソレはカプセル内で、僕に心地よい殺気を向けてきた。
そして殺気の他にも、僕とは違う誰かへの期待、希望のようなものが、第五号の視線に混じっていた。
それらを踏みにじる瞬間を一人で想像し、僕は楽しげに声を出して笑った。
■
魔法少女がいると言っても、野良の魔物に襲われて命を落とすのが、そう珍しくない世界。
先進国の一つに数えられる日本、その都市の一つ。
自分だけは大丈夫。そんな思い込みをした人間が、笑顔で仮初めの平穏を謳歌していた時。
それを壊すかのように、上空から一つの絶望が飛来した。
黒色のローブに、とんがり帽子。空飛ぶ箒にまたがる小さな少女。
童話から飛び出してきたような奇妙な出で立ちに、当然ながら人々は気づく。
しかし彼らが示した反応は恐怖ではなく、疑問であった。
魔物の被害がある一方で、それらを討伐する英雄――魔法少女の存在が、人々の日常に身近な存在であることが災いしたのだろう。
上空に現れた所謂『魔女っ子』の格好をした少女を、人々は魔法少女の一人だろうと推測した。
だが、魔物や『アクニンダン』の幹部が現れる気配はない。これらが出現した際には、すぐさまに街中に設置されているスピーカーや人々が所持している端末から避難警報が発令される。
そういった連絡は全く来ていない。だから、この場所にいる人間に若干の困惑や疑問がありつつも、立ち去ろうとも、逃げようともしなかった。
何かのイベントだろうか。そんな風に呑気に考えている人間もいた。
けれど、今回は運が悪かった。避難警報が発令されるには、『魔法庁』が事前に出現する予兆を感じ取り、対象の魔力量や外見特徴を大雑把に把握する必要がある。
一見余計な手間が多いように感じるが、発令までにはたった数十秒で終了する。
まあ、その僅かな時間で少なくない犠牲者が出るのだが。
もちろん『魔法庁』は、ソレの出現を感知し、ソレが無意識に周囲に放つ魔力から魔物に近い存在であることを既に把握していた。
だが、それでも避難警報を発動できないのには理由があった。
ソレの放つ魔力は魔物に近い。つまり魔物のそのものでもない。
また、『アクニンダン』の幹部達のものでもなかった。
どちらかと言えば、魔法少女特有の魔力反応に極めて類似するソレの存在に、『魔法庁』の職員達の手が止まってしまっていた。
その隙が、惨劇を招く一因になると第三者から見ても明らかだったのだが。
結果として、避難警報が発令される前に。空中で人々の視線を釘付けにしているソレは、生前についぞ披露することがなかった『ウィッチ』を冠するに相応しい魔法を行使した。