英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第10話 ナエナ・マーシェナの旅立ち

星暦2025年 春の31日 光の日 昼

 

 ペレーハ村の発展が遅いせいか、時の流れが実感できない。だけど俺たちの神の恩恵から、2年以上の時が経ったのは間違いない。冬が終わって肌寒さがなくなり始めるこの季節。それでもまだ冬服に頼る日々が続くが決して苦ではない。

 

「ふぅ~、今日も寒いな……。日に日に寒くなっているのに、それに負けずに色を魅せる……やっぱり花ってすごいな」

 

 昼食を済ませた俺は、母さんが編んでくれた手袋とマフラーを付けて中庭に出ている。庭に出た理由は、今日も庭で育てている花たちの様子を観るためだ。

 傷んでいないか、害虫はいないかと、花たちに変化はないかと手探りしながら観て回る。屋根裏の本をすべて読み終わってしまった俺にとって、これは新しい日課でもある。

 

「……今日も問題なし、と。まだまだ寒さは続くけど、みんな頑張ってね」

 

 木と土の魔石を使っているおかげか、それとも環境がいいのか、ここの花たちは綺麗に育ってくれている。

 

「アスタくん!」

 

 花たちを観ている中、後ろから聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。この感じ、一体何回目だろうか。そう思いながら振り返ると、庭に侵入されない様に設置してあるフェイスの向こう側に、ナエナちゃんがいた。相変わらずの元気な表情を見せる彼女に、ゆっくりとフェイスに近付いて談笑をする。

 

「おはよう!」

 

「おはよう、ナエナちゃんどうしたの、こんな時間に?引っ越しの準備はもう終わったの?」

 

「ううん、まだ。意外と荷物が多くて、なかなか終われないんだよぉ」

 

 実はナエナちゃんの家族は明日、ペレーハ村から離れて王都バリエンスに引っ越す。そこはスラッタの街より更に村から離れている大都会。そんな場所に引っ越す理由は、彼女が学校に通うためだ。

 

 王都バリエンスにある学校は、ウエスト大陸の中で最高峰と評価されるほど設備や優秀な教授たちが備えられてあるそうだ。かなりの名門だと世界的に認知されているが、当然それ相応の授業料と個人の力量が求められるため、入学者はかなり厳選されてしまう。だけどナエナちゃんは、それらをクリアできた。

 授業料に関しては、ナエナちゃんの両親が冒険者時代に稼いだ額が思っていた以上に持て余しているらしく、学校に入学させるだけではなく彼女と共に王都バリエンスで暮らせるという、理想的な環境を創ることができた。

 そして個人の力量、つまりは入学試験に関しては、これこそ心配する必要はなかった。去年の冬の10日、その学校で行われた入学試験では、ナエナちゃんは約6年間で培ってきた実力を披露し、見事高得点で合格した。合格通知が届いた日、号泣する彼女が俺の家に来て、突進するように俺の胸に抱きついてきた時は本当に落ち着かせるのに苦労した。

 こうして春の51日にある入学式に合わせて、数日前からマーシェナ一家は引っ越しの準備を始めている。

 

「……んっ?じゃあナエナちゃん、何でここにいるの?」

 

「……サボっちゃった!」

 

 また良い笑顔で返答してくれるが、これには呆れた表情になる。

 

「流石に駄目でしょ。出発は明後日だっけ?今すぐに帰った方がいいよ。何だったら手伝いに行こうか?」

 

「ウソウソウソ!?ママがあとは大丈夫だから遊んできてもいいって許可貰ったから来たんだよ!!」

 

 何をそんなに焦っているのか、ナエナちゃんは必死に訂正してきた。両手でフェイスを掴みながら首を横に振る姿が意外に面白く、不意に笑ってしまった。そんな俺の反応を見て、彼女はやや不機嫌な表情を少し見せるが、つられて微笑んでくれた。

 

「ねぇねぇ~、アスタくん。この後……暇?」

 

「今日はお店も休みだし、特に予定とかないけど……それが?」

 

「じゃあさ、ちょっと草原に……行かない?」

 

 いつもなら強引に連れ出してくるのに、今日は俺の反応を見ながら提案してきた。いや、提案よりお願いされている感じに近い。ナエナちゃんらしくない素振りに少し戸惑ってしまう。恐らく最後の思い出に話がしたいのだろう。

 

「いいよ。道具の後片付けが終わったら一緒に行こう」

 

「本当っ?ありがとう!じゃあ私は先に草原で行って、待っているからね!!絶対に来てね!」

 

 そんなに嬉しかったのか、ナエナちゃんはそう言い残して走り去って言った。今日は何か違うと思ったが、やはりいつも通りの彼女だった。

 

 ……いつもみたいに「一緒に行こう!」じゃなくて「待っているね!」か。……まあ、別に気にすることではないか。待たせるのも悪いし、俺も早く出るか

 

 

<ナエナ視点>

 

 去年で12歳になり、今年でようやく学校に入学することができる年になった。ついに夢である“理想の冒険者”になるために近付けると、心は嬉しいという感情で一杯だ。

 でも、そんな夢への第一歩を踏む前に、まだ私にはやりたい事が1つ残っている。

 

「相変わらず速いね、ナエナちゃんは。少し待たせちゃった?」

 

 お気に入りである草原の丘の上で座って待っていると、遅れて1人の男の子がやって来た。

 

「ううん、全然!来てくれてありがとう、アスタくん!」

 

 この子の名前はアスタくん。私の幼馴染み、そして大切な友達。

 神の恩恵から一気に身長が伸びて、同じ位の背丈だったのにいつの間にか超えられちゃった。男の子にしてはやや長い青い髪を風に揺らせ、彼は私の隣に座る。

 

「アスタくんとここに来るの久しぶりだね~!」

 

「確かにね……。そういえば神の恩恵から、一緒に居る時間が減っちゃったね」

 

 全くもってその通りだ。

 アスタくんは神の恩恵からペレーハ村に帰ると、なんとすぐにお店の手伝いを始めた。昔からお勉強が好きで毎日難しい本を読んでいるおかげなのか、彼は失敗することなく毎日頑張って仕事をしている。そのせいで一緒に遊ぶ時間が無くなって寂しかったけど、幼馴染みとして応援したい気持ちの方が強かった。だから私も我慢して、自分の訓練を一生懸命頑張れた。

 

「……そういえばさ」

 

「なに?」

 

「ナエナちゃんは6年間ずっと王都に住むんだよね?」

 

「うん、そうだよ!」

 

「ってことはやっぱり卒業したら、その王都で仕事をするんだよね?」

 

「……うん、そうしようかなって!」

 

「先の事まで考えているなんて、ナエナちゃんはすごいね」

 

「……ありがとう」

 

「じゃあ今日でこの草原もペレーハ村ともお別れか……。少し寂しくなるね」

 

「……うん……」

 

 なんて意地悪で、寂しい質問をしてくるのだろう。

「王都で仕事をする」……それはつまり、もう村に戻って来ないかもしれないんだよ?前みたいに一緒に遊べられないんだよ?こんな風に一緒に居られないんだよ?これから会えないのかもしれないんだよ?……アスタくんは、寂しくないの?

 

 アスタくんの質問に対して、その不安を隠しきれず歯切れの悪い返答をしてしまう。だってそうだろう、私たちは小さい頃からこの村で一緒に育ってきた幼馴染み。一緒にボロボロに汚れたこともあった、一緒にご飯を食べたこともあった、一緒に難しい本を読んだこともあった、一緒にちょっとした変なことで笑い合った。その2人が遠く離れてしまう、これほど悲しいことが他にあるのだろうか。

 確かに学校から来た合格通知が届いた時、天に昇るほど心の底から嬉しかったのは事実。でもそれと同時に、アスタくんと疎遠してしまうかもという現実に理解し、悲しくなったのも嘘ではない。是と否が入り交じった感情は爆発してしまい、思わずアスタくんの家に行って彼に抱きついてしまったこともあった。

 

「……アスタくんはやっぱり、村に残るんだよね?」

 

「そうだね、今は特に外に出る理由はないかな。もう少し世情について勉強して、それから考えようかな」

 

 アスタくんの方がよほど先の事をしっかり考えている。

 いつもそうだ。感情的にならず静かにしていて、ちゃんと物事を考えてから行動する。まるで大人みたいなアスタくんだけど、不思議と一緒にいると楽しかった。だけど、そんな時間も明日で終わってしまう。

 

「……終わらせたくない……」

 

「……?」

 

 溢れる気持ちに、無意識で口が動いてしまった。

 そう、私の気持ちはそんな未来を認めてはいない。この楽しい時間に終止符を打たせたくない。だから今日、思い出深いこの場所にアスタくんを呼んだ。

 

「ねぇねぇ~……アスタくん」

 

「なに……?」

 

 自分の思い通りに事が運ぶのか分からず、いつもより弱々しくなってしまう。それでも、今ここで口にしないと後悔する。しっかりと相手の眼を見て、私の我儘をお願いする。

 

「私と……一緒に、王都の学校に行かない?」

 

「……ッ!?」

 

 これはバカな私なりに思いついた打開策だった。

 私は“理想の冒険者”になるため王都に行く、だからアスタくんとも離れ離れになってしまう。ならば、彼も共に王都に来ればいい話だ。

 自分勝手で我儘な要望だって言うのは重々承知している。本当はもっと前から言うべきだった、前日に言いたくなかった。そう分かってはいても、いざ言おうとするとなかなか勇気が出なくて、口にする事が出来なかった。

 だけど今日は違う。迷惑だと思われる不安より、言わないと後悔するという気持ちに押されて行動できた。ここまで来ればもうヤケだ。この勢いに任せて、私は頭の中で描いた冒険図を語り始める

 

「私……アスタくんと一緒に冒険者になりたい!2人で冒険したい!一緒に色んな所に行って、一緒に色んな食べ物食べて、一緒にモンスターと戦いたい!アスタくんは頭もいいし、計算もできるし、私の火とアスタくんの水は相性いいし、一緒にいても楽しいし、なにより……優しいから!だから……お願い?」

 

「……」

 

 アスタくんは私の気持ちを真剣な眼で受け止めてくれた。

 バカにして笑うこともなければ、迷惑そうに嫌な表情も見せない。一体何を思い、何を考えているのか分からない。でも、彼なら正しいと思う選択をしてくれると信じている。期待の眼差しを向けて返答を待った。

 

「……もう入学試験は終わったんだよね?今更学校に入ろうとしても入れないし、一学年遅れて入学するのも世間体的に嫌かな」

 

「毎年秋の半ばに中途入学試験っていう、途中からでも私と一緒の学年で入学できるのがある!今から鍛えれば全然間に合うし、アスタくんなら入学できるよ!」

 

 私もそこまでバカではない。ちゃんと対策は考えてある。

 アスタくんと学校を通える方法がないか模索している時、学校のパンフレットに記載されていた中途入学を偶然目にした。これならいけると思い、その制度の詳細もちゃんと調べた。

 授業料は同じだけど、その合格ラインが入学試験と比べて非常に高いらしい。だけど真面目なアスタくんなら今から訓練すれば間違えなく合格できると信じている。

 

「……お金は?学校に入学するには確か、かなり大金が必要なはずだよね?あと王都に住む生活費とかも必要になる。そんなの、すぐには用意できない」

 

「貸してあげる!私の家、結構余裕があるってパパが言っていたもん。アスタくんは嫌かもしれないけど、アスタくんが冒険者になった時に返してくれればいい!」

 

 これは嘘ではない。

 アスタくんと学校に通う件については、前からパパとママに前から相談していた。パパとママも彼のことを信用してくれて、お金を貸してくれる事を許可してくれた。その分、王都での生活は少し貧しいものになるかもだけど、彼と一緒なら全く苦ではない。

 

「……数年前に出会ったロップさん、覚えているよね?あの人に“魔力量が少ない”って言われたんだよ?それだと出来る範囲が狭い。ほぼ使えないって思った方がいい。魔法が使えないなんて冒険者にはなれないんじゃないの?」

 

「そんなことない!アスタくんだって頑張れば色んな魔法やスキルが使えるようになるよ!それにもし使えなくても、学校で武器や色んなことを勉強すれば冒険者になれるよ!」

 

 アスタくんはまだ、あの時のことを気にしていたんだ。いや、逆にショックを受けないわけがない。「魔力量が少ない」……それは実質、冒険者に向いていないと言われたのと同じ。もし私だったらショックのあまり立ち上がれる自信がない。

 でも、だからどうだって話でもある。冒険者というのは、なにも魔力量が全てではない。先駆者たちが残した知恵と知識、臨機応変に対応できる経験値、力負けしない鍛えた体格、そして日々研鑽で培った武術。冒険者には魔力以外にも色んな力が求められる。幸いにもアスタくんは男の子。鍛えれば本当にすぐ私の隣にだって立てる。

 

「……俺、臆病だよ?モンスターと戦うなんてできないし、怖くて逃げだすよ?」

 

「私だってモンスターと戦うのはちょっぴり怖いけど、一緒に克服していこうよ!私たち……ううん、アスタくんならできるよ!」

 

 口ではちゃんと否定していないけど、私はアスタくんが臆病だなんて微塵も思ったことはない。寧ろ彼をどう見れば臆病だと思うのだろうか。

 数年前、ロップさんが草原の奥の森から現れた時、アスタくんはフードを深く被ったモンスターだと勘違いしてしまった時があった。私は興味本位でロップさんに無警戒に近付こうとした時、彼は性格に合わず大声で止めてくれた。あれは今でも忘れない。

 本当の臆病者なら保身のために声を出さず、自分だけでもすぐに逃げるはず。でもアスタくんは決死の覚悟で声を張ってくれた。私を守るのために。

 

「……ありがとう、頑張って考えてくれたんだね。……俺なんかのためにそこまで必死に誘ってくれることが……本当に嬉しいよ」

 

 淡々と続く口論の後、アスタくんは何か複雑な心境を思わせる表情を浮かべて、お礼を言ってくれた。ようやく折れてくれたのだろうか。私の提案に乗ってくれるのだろうか。

 そう思うと私の期待は大きく高まった。

 

「……でも、本当にごめん。やっぱり……冒険者にはなりたくないな」

 

 しかし、それを裏切る様にアスタくんは首を横に振った。

 ここまで対策を考えたというのに一体何故どうして。理解できない、出来るはずがない。

 

「どうして?怖いから?自信がないから?それとも……他にやりたい事があるから?」

 

 そう問い詰めると最後に質問で、アスタくんの顔色が明らかに変わった。図星だったのだろうか、そのまま口を閉じてしまった。

 この質問は興味本位でしたわけではない。私が冒険者を目指すように、アスタくんにも夢があるのか知りたかったから訊いたのだ。もし冒険者以外のやりたい事が見つかっているのであれば、私はこれ以上強引に彼を誘わない。アスタくんが私の夢を応援してくれたように、私も彼の希望を尊重しなければならない。

 数年前の神の恩恵の時、スラッタの街のとある飲食店で話している際もこの質問をしたことがあった。まだ特に決まっていなかったのか、当時のアスタくんは無言になってしまった。この現状とまさに一緒。

 返答がないまま会話は自然と終わらせてしまったが、今回は終わらせない。アスタくんの夢を、彼の口からきちんと確認したい。答えてくれるまで、私は彼の眼から離さなかった。そんな沈黙の間に耐え切れなくなったのか、アスタくんはようやく返事をしてくれる。

 

「……今はない」

 

「それじゃあ……私と一緒に……!」

 

「……ごめん、無理……」

 

「……っ!?」

 

 思わず絶句してしまった。アスタくんに拒絶されてしまった。こんな事は初めてだ。厳しい返答に私は青筋を浮かべてしまうほど、ショックを受けた。

 

「分かったよぉ、もぉ……じゃあね!!」

 

 その言葉とアスタくんを残して、逃げるように走った。彼は何か言いかけたが、聞く気になれなかった。

 まさかこんな結果になるとは、誰が予想できたのだろうか。認めたくない、受け入れたくない、分かりたくない。だけど頬に沿って落ちる涙で現状を嫌でも実感してしまう。「どうして、どうして!」と、それしか連呼しない今の私の姿は醜いと言い現わす他ない。

 走りながら流す涙で視界が歪んでいたせいで西門を通っていたのも気付かず、いつの間にかペレーハ村へと戻っていた。こんな涙でボロボロな顔、他に人には見られたくない。門を通った後、私は人が少ない裏道を歩きながら袖で涙を拭う。

 

 

星暦2025年 春の32日 闇の日 早朝

 

 ついにこの日が来た。ペレーハ村から出ていき、アスタくんと離れ離れになってしまう日が。

 今はペレーハ村の北東門に停車させている馬車に、私の家族が荷物を積んでいる。村の住民の協力のおかげで思ったより早く作業が進み、もうすぐ終わる。そんな大人たちが頑張っている時、私は馬車から少し離れた木陰で座って休憩している。

 

 結局あの後、アスタくんと話すことなく蟠りが残ってしまう形になってしまった。自分の言いたいことだけ言って、彼の理由も碌に聞かずに逃げ出してしまった。最後の別れにする行動ではなかったって、あの時からずっと後悔している。だけど、この後悔を拭いことはできない。あんな態度をとってしまった私が、一体どの頭を下げて謝ればいいのか分からない。きっと、この後悔は引っ越した後も引きずるのかもしれない。

 

 こんなことになるなら「一緒に冒険者になろう」なんて言わなきゃよかった……。まだアスタくんと仲良しのままでいたかった……。迷惑をかけた私にはもう、大人になってもアスタくんに会う資格がない。

 もう、この村に帰って来れないのかな?もう、あの草原を観れないのかな?もう……アスタくんと会えないのかな?心が……痛いよぉ……。

 

「……ナエナちゃん!」

 

 気が滅入りそうになった時、どこからか私を呼ぶ声が聞こえてきた。とても聞き馴染のある声。振り向くとそこには、なんとアスタくんが立っていた。

 

「お……おはよう……」

 

「うん……おはよう」

 

 まさか来てくれるとは思わなかった。また私の名前を呼んでくれるとは思わなかった。あまりの動揺に挨拶も変な感じになってしまったけど、アスタくんは返事を返してくれた。

 だけど、その後はお互い何を言えばいいのか分からず一瞬にして場は静かになる。そんな氷付いた場で勇気を振り絞り、アスタくんは手に持っている花瓶を私に差し出す。

 

「これ……受け取って……」

 

「これは……お花?……とても綺麗」

 

 手渡しされたその花瓶に咲くお花は、とても綺麗な赤色の花びらをしている。初めて見たお花に、つい釘付けになってしまう。

 

「引っ越しのプレゼント……。ナエナちゃんの髪の色と同じで綺麗だったから、今日のまで育でていたんだ……」

 

「っ……!」

 

 なんとこの日のために用意してくれたプレゼントだった。

 私が引っ越す事を知ったアスタくんは、自分の小遣いで様々な花の種を買い集めて、秋の終わり頃から育て始めていたらしい。しかし花の知識がまだ浅いせいで、気温変化や土地環境などにより殆どの種を死滅させてしまい、残ったのがこの1種だけになってしまった。だけど幸運にも、その花は私と同じ赤色の葉を持っていた。プレゼントにぴったりだと考え、今日まで萎れない様に大切に育でてきたそうだ。

 

「もし嫌だったら……受け取らなくても……えっ!?」

 

 話を聞いた私は思わず号泣してしまう。昨日の悲しみの涙とは違う、喜びの涙が流れ続けた。大粒の涙で顔は濡れて、頬は徐々に赤くなっていく。またも人に見せられない顔になっているだろう。それでも泣かずにはいられなかった。

 

「ナ、ナエナちゃん……大丈夫?」

 

「うぅっ……ありがとう……」

 

「……えっ?」

 

 言葉の意味を理解ができなかったアスタくんはまたも変な声を出してしまう。私は泣きながら頑張って、言葉にしてこの気持ちを伝える。

 

「私……アスタくんに嫌われたと思って……ずっと考えていたの!でも……アスタくんが……プレゼントをくれて……すごく……嬉しくて!」

 

 上手く伝えられたのか分からない。だけど唯一分かったのは、アスタくんから不安そうな表情が消えたということ。どうやら私のこの気持ちが伝わって安心してくれたみたい。

 両手持ちだった花瓶を片手で、空いた手の袖で涙を拭う。拭き取ってもまた涙が流れ、それをまた拭き取ってもまた出てくるのを繰り返す。

 

「嫌いになんて……思ってないよ。ただ、この前のせいで会いに行きづらくて……。この前をごめんね。せっかく誘ってくれたのにあんな言い方して……本当にごめん」

 

「ううん、私の方こそごめんね!アスタくんの気持ちも考えずに……本当に……ごめんね!」

 

「ナエナちゃん……俺は村に残るけど、応援するよ。学校、それに冒険者、頑張ってね……!」

 

「ありがとう……!私、頑張るね!!」

 

 謝罪の言葉も、感謝の言葉も、全部言えることができた。昨日の自分の悪態の後悔はまだある。だけど、そんなことどうでもいい程、今は清々しい気持ちがあふれている。

 最後のアスタくんとまた笑顔で話せてよかった。また笑い合えてよかった。

 

 

 話しが終わった私たちは一緒に馬車へ戻ると、引っ越しの積み荷がちょうど終わっていた。

 馬車は出発の準備を終えて、私たちはペレーハ村の人たちにお別れの挨拶をする。その時ふと、ある疑問が浮かび上がり、私はアスタくんの元へ駆け寄る。

 

「ねぇねぇ~、アスタくん。そういえばこの花、何ていう名前なの?」

 

 今も大切そうに持っているお花の名前を聞きたかった。今思うとアスタくんからのプレゼントはこれが初めてだ。是非とも名前を知りたい。

 質問に対してアスタくん、何故か照れる様に頬をかき始める。

 

「えっと……ポインセチア……だったっけ?」

 

「ポインセチア……。ありがとう……覚えとく!」

 

 結局アスタくんの様子の変化を知ることはなかったけど、お花の名前を知れたから別に気にしなかった。

 

「……ナエナちゃん、俺からも1つ聞いてもいい?」

 

「うん、なに?」

 

「昨日ナエナちゃんは、俺のこと“優しい”って言ってくれたよね?何で……そう思ってくれたの?」

 

 客観的な評価を気にしているのか、アスタくんは昨日話した彼の長所について疑念を抱いていたみたい。それを話すのは簡単、すぐにでも答えられる。だけど何故か、今ここで話すのを躊躇ってしまう。こんな気持ちは初めてだ。

 返答はまだかまだかと待つアスタくんに、私は悪戯に微笑みを見せる

 

「う~ん……内緒♪」

 

「ここにきて内緒はズルいよ」

 

「えへへ!また会えた時に教えてあげる!」

 

「うん、分かった。その時には、教えてもらうよ」

 

 そう話しているうちに、いつの間にか両親は別れの挨拶が終わっていた。それに気付いて私は両親の下へ戻り、最後に一家でペレーハ村の住民たちに深く一礼をする。それに対して住民たちは、応援の声があちらこちら聞こえる。こんなにも村の人たちに好かれていたなんて知らなかった。

 私たちは馬車に乗り込んで先頭に座っている御者に合図を送る。すると馬車はゆっくりと進み始め、北東門を越えて道なりに沿って進んで行く。離れていく私たちにペレーハ村の人たちは手を振って見送ってくれる。その中にはアスタくんもいた。

 

「アスタく~~~ん!!元気でねぇ~~~!!」

 

 この距離で声が届くのかは分からない。それでも私は大きく手を振り返し続けた。

 馬車は徐々に速度を上げて、数分後にはペレーハ村は完全に見えなくなる。数日前まではきっと寂しい気持ちになって泣いていると自分で思っていた。だけど今、泣きたいって気持ちにならない。確かに寂しいという感情はあるけど、それ以上にワクワクドキドキという感情が高ぶっている。

 次にアスタくんと会った時、王都バリエンスにある学校で6年間学び、冒険者になった私を見てどんな反応をしてくれるのだろう。それを想像するだけで、今から心が躍ってしまう。

 

 後日、アスタくんからプレゼントされたお花について、ママがあることを教えてくれた。

 

 赤いポインセチアの花言葉は“幸運を祈る”。

 

 花屋を手伝っているアスタくんはきっとこの意味を知っていて贈ってくれたはず。だから名前を教えてくれたあの時、この意味を知られると思って照れてしまったのだろう。

 このお花の意味も、幼馴染のロマンチックな一面も知れて、私は頬が緩んでしまう。そして不思議と、その日の夜はなかなか寝付けられなかった。

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